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17. マッサージマッサージ

 魔獣の剥ぎ取りを行い、練習のため広場の周りや木々の間を車が走り回り、ウィリアムの名前が決定した間、ずっとハイエルフ達は同じ姿勢のままたたずんでいた。本当に何の反応も無い。


「……しかし、ハイエルフのみんなはホントに起きませんね? 大丈夫なんですか?」


 雅花、さすがに放置しておくのもつらくなってきたようだ。


「ん? 寝とるわけではないぞ。なので、近くで声をかければちゃんと反応するぞ」

「なるほど。でも、声をかけるのはちょっと躊躇しますね、あれは」


 神獣は首を傾げている。ちょっとこの微妙な感覚は通じあえないようだった。


「まぁ、まだみんな本調子じゃないでしょうし、別にもう急ぐ必要も無いでしょうから、もうちょっとゆっくりしましょうかね」

「そうじゃな。今日は魔獣のヤツを葬ればそれで終わりでもかまわんからの」

「そういえば、どうやって葬るんですか?」

「我がやる。昨晩はゆっくり休ませてもろうたからの。そのくらいは出来るまで回復してきておる」

「さすが、回復はやいっすね。 ……無理してません?」

「早いほうがいいからの。多少の無理は仕方ない」

「……ポノサマ、僕、マッサージしましょうか?」


 幹都が手をあげて、そこに横になって、と神獣に指示する。


「それはうれしいの。是非頼む」

「ふみはもするー」

「あ、私も手伝います」


 神獣がうつ伏せに寝転び体を伸ばす。文葉が後ろ足の方に飛びつき、わしゃわしゃと動き回る。

 幹都と登志枝は前足のほうに行き、それぞれ左右に分かれて施術を行う。


「これは…… 気持ちいいのお」

「よし、私も手伝いましょう」

「そなたはいらん」

「えっ、ひどい! 仲良し親子なんですからみんな一緒で許可してくださいよー」


 気にせず雅花は幹都の後ろ側に立ち、背中から腰の辺りを撫でる。

 神獣も特に抵抗していないので、ただのじゃれあいなのだろう。


「……そなたは撫で方が下手じゃな。ミキトは当然として、トッシェも上手いのお。オフミは気持ち良いの」

「あー、としえさんはリフレクの資格持ってるし、幹都もなんか昔から上手いんですよねー。おふみは天使だから仕方ないです」

「幹都はされるの好きだったからか、小さな頃からすごい興味持ってたからね。私が鍛えた」


 登志枝が施術しながら大きな胸を張る。施術しづらかったみたいで、すぐに姿勢を正した。


「つーか、比べる対象が悪いだけで、私も悪いほうじゃないでしょ? 昔はマッサージ上手いね、って褒められてたんですよ?」

「人の子に撫でられるのはそなたたちが初めてじゃからの。よってマッサナが一番下じゃな」

「では、いつか雅花も捨てたもんじゃなかったんだな、と懐かしく思うがいいわ」

「ミキトとトッシェを思い出して終わりじゃの。あぁ、オフミもな」


 軽口を叩きあい皆で笑う。ある意味、アニマルセラピー。天国のような光景が広がっていた。人によっては、本当に天国のような光景だろう。


 しばらくの間、撫でる場所や立ち位置を変えながら神獣のマッサージをしていると、近寄ってくる人の気配がした。

 そちらの方に目をやると、クルンディが近くまで来ていた。


「マッサナ様、ミキト様、フミハ様、おはようございます。皆様、そのままで構いませんので、少しよろしいでしょうか?」

「うむ、どうかしたかの?」


 ぐでーっと(とろ)けながら神獣が続きを促す。皆も施術を続けながら視線をクルンディにやる。


「魔獣の消滅と同胞の見送りですが、出来れば里の者にも伝えてやりたいと思います。ただ、里の方からも連絡ありませんし、私たちから連絡を送るのもまだ厳しい感じです」


 うんうん、と神獣はうなづき、目線で続きを促す。


「聖母様やマッサナ様には、お願いばかりで大変心苦しいのですが、クルマで里まで送っていただけませんでしょうか? 里から転送の魔道具を持ってこちらに戻ってくれば、皆も参加出来るかと思うのです」


 お願いできませんでしょうか、とクルンディは膝立ちになり、右手を左肩に添え左手は地面に付いた姿勢で頭を下げてきた。

 後ろを見ると、他のハイエルフ達もクルンディと同様の姿勢で頭を下げていた。やっぱりお願いする時は頭を下げるんだなー、と雅花は思っていた。


「……我からも頼む、トッシェ、マッサナよ。可能じゃろうか?」

「えーっと、了解です、大丈夫です。ただ、何人ぐらい連れて行けばいいのかな?」


 雅花の声にクルンディがさらに深く頭を下げてから頭を上げ立ち上がった。


「私と、あと一人か二人いれば大丈夫かと思います。説明や指示など、私一人では少々厳しいかと」

「わかった。じゃ、家族みんなでは無理かな。俺だけ行って、みんなは留守番でいい?」

「うん、それでいいんじゃないかな? そんなところにお邪魔するのも申し訳ないし」

「こっちでもまだ色々と準備もあるからのお。他のハイエルフの皆も連れてきてやりたいし。ただ、そうなるとミキトとオフミはハイエルフの里に行っといた方が良いのではないか、とも思うがの」

「ん? ……あぁ、そういうことですか。確かに、あまり見せたくないですね」


 ここで言うほかのハイエルフとは、魔獣討伐に参加して広場以外で力尽きた者たちのことなのだろう。

 登志枝でもリバースしたのだ、子供たちには見せたくない。


「一応聞いておきますが、その人たちも蘇生出来る可能性はありますかね?」

「……無理じゃろうな。もうつながりは切れているじゃろうて。我も道中で何人か確認しておるが、もう手遅れじゃった」


 クルンディは正面を見たまま真剣な表情を変えないが、背後のハイエルフ達の何人かは顔をうつむけていた。


「……クルンディ、さっき里から連絡が来ないって言ってたけど、もしかして里の方もなんか問題が起きてたりする?」


 雅花の質問に、クルンディは驚いた顔を浮かべた。


「……はい、実は里も魔獣に襲われまして。怪我人や死人も出ております。ただ、今は残してきた者たちで後片付けも済んでいると思います。滞在などには支障はないかと思います」

「そっか。じゃ、俺じゃなくてとしえさんが運転した方がいいね」

「え? 私?」

「うん、としえさんは幹都とおふみと一緒にハイエルフの里に行って、ついでにまだ怪我人が居たら癒してあげて。俺だと、本当に運転手しか出来ないし。俺、こっちでハイエルフ達と一緒に残ったみんなを連れてきとくわ」

「それは…… 助かりますが、よろしいのでしょうか?」

「今更遠慮しないでいいって。その代わり、ちょっと狭いよ? としえさんが治療中は子供たちの面倒も見てもらわないといけなくなるから、3人は行った方がいいでしょ? おふみは誰かの膝の上かなー? それでいい?」

「うん、わかった。安全運転で頑張る」

「ふみは、母のうえがいいな」

「ふみ、母は運転だから我慢しないと」

「……ありがとうございます」


 クルンディが再びさっきの姿勢で深く頭を下げた。後ろのハイエルフ達も再度頭を下げる。


「では、さっそく動くとするかの」

「そうですね。よし、みんな準備して。ぷー子とぷースケはみんなについて行ってね」

「ぷー子が行くのなら、オレは父様を守っててもいいぜ」

「え、マジか? ありがとう、ぷースケ、感動した。でも、血で毛並みが汚れても困るし、ハイエルフやポノサマもいるからこっちは多分大丈夫。それよりも、もしかしたら里で幹都とおふみは二人だけになるかもしれないから、一緒に遊んであげたり守ってあげたりしておくれ」

「……わかったぜ!」


 そういうことで、ウィリアムを含む雅花以外の片山一家、クルンディ、サーサリとアーシェラが里に向かうことになった。

 片山一家、初めての異世界の文明との接触である。雅花は除く。

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