表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/112

10. 奇跡のバーゲンセールやー

 森を風が吹き抜けていった。

 やはり先程までこの森はおかしかったのであろう。赤と凄惨な戦いの跡に彩られてはいたが、林立する木々やその緑を雅花や登志枝は美しいと感じていた。だが、今思えば森はどこか暗く重かった。

 今、周りは変わらず赤と戦いの跡に彩られていたが、先程とは明らかに違うと感じるぐらい、さらに美しく優しかった。

 風が吹いたのも、変化の現れではないだろうか。風が森を、死体を、魔獣を、優しく包み洗い流していく。

 雅花は思わず深呼吸をしていた。してしまった(・・・・・・)

 その風は、少々酸味がきつかった。


「……ぅおぇっ」


 登志枝が戻していたので。人体パズルのパーツを探すため、雅花がアレコレいじりながら並べていくところを見て、あっさりリバースしたのだ。この場合、おかしいのは完全に雅花の方なので登志枝に罪は無い。


「……ぅ、ぉええ」


 戻す登志枝の背中を雅花は優しくさすっていた。結婚生活10年以上、子供も大きくなっている。今更ゲロぐらいで愛情がどうこうなる仲でも無い。そもそもゲロや下の処理は子供達が小さい頃に散々やってきたので、懐かしさを感じる程度で別にどうと言うことも無かった。


「ごめんね。ちょっと無神経やったね。なんか、治るとなってテンションあがっちゃったのかもしんない。としえさん、ホラーあかんもんね。グロもあかんかってんねー」


 ぺっ、ぺっ、と口の中のものを出す登志枝に向かって、雅花は車から持って来たウェットティッシュを差し出す。ちなみにウェットティッシュは、死体を触ったり集めたりした後の手を拭くなどでも大活躍である。使った後は捨てずにまとめてある。森を綺麗に、という判断で。

 登志枝が口元を拭き、二人は現場から少し遠ざかる。


「……ううん、ごめん。でも、まさはなくんもホラーダメって言ってなかった?」

「うん、基本ダメよ。でも、俺の場合最初から見る気が無かったんで、見たことなかったから。意外に見る分には平気だったみたい。気持ちいいもんではないけど」


 なにそれずるい、と言いながら登志枝は雅花の右腕に自分の腕を絡め、肩に頭をこつんと乗っける。ヨシヨシ、と雅花がその頭を優しく撫でる。


「とりあえず休んどき。俺、その間にある程度まとめとくわ。大きな欠損があるやつはその間になおしとくし。外がいい?車の中がいい?」


 ちなみに、この場合の「なおす」は片付けておく、という意味である。雅花が癒したり治したりする訳ではない。

 外の方がいいかな、と登志枝が言うので、二人はゆっくりさっきのハイエルフの二人の近くに向かうことにした。

 お姫様抱っこする?という雅花の台詞は、絶対やだ、と登志枝にかぶせ気味に却下された。

 ハイエルフの二人から少し離れたところに登志枝を置いて、雅花は近くに止めておいた車に駆け寄る。

 車のトランクからエコバック代わりのビニールバッグを、運転席を空けて途中のガソリンスタンドに併設のコンビニで買った飲みかけのミネラルウォーターを持ってくる。ビニールバッグの上に登志枝が座り、水に口をつける。


「じゃ、俺行ってくんね。なんかあったら声かけて。……声、出る?」


 黙ってうなづく登志枝を見てから、雅花はさっきの場所に駆けて行った。

 登志枝はもう一口水を飲んでから、ハイエルフの二人に目をやった。

 二人の胸は浅く上下に動いている。血で汚れたままだが、足や腕も繋がっていた。ただし、どちらもまだ目は覚ましていなかった。

 体は治したが、もしかしたら目覚めなかったりどこか障害が残っているかもしれないな、とは考えたがとりあえず今は待つしかない。やれるだけやろうと、登志枝はもう一度ペットボトルに口をつけ、軽く口先を湿らせた。あまり飲みすぎるのも気持ち悪くなるので。



  *****



 思いの外軽やかに神獣は森を進んでいた。と言っても別にスピードが出てるわけではなく、その歩みは重さを感じさせないという意味で。ゆっくりと、だが一歩一歩丁寧に森を進んでいく。あまり体を揺らさないように。背中に幹都と文葉が乗っているので。

 幹都と文葉は神獣の背中の上でキャーキャーとはしゃいでいた。子供らしく大興奮である。

 雅花と登志枝が出発し少し休憩した後、もし本当に助かるのであれば、自分もなんらかの手助けをしてやりたい、と神獣が言い出した。ということで、残された者たちは皆最初の広場に向かうことにした。戦いの後を追えば、すれ違ったり迷ったりすることも無いだろう、と。

 傷も癒え、神獣は大分回復していた。ただし、やはりまだまだ本調子ではないそうだ。なので、歩いてゆっくり現場に向かっている。二人と人形二体を乗せるぐらいはなんともない。

 途中、いくつか死の気配がした。なのでそちらには近づかず、遠くからその周辺を『浄化』した。今はこのぐらいが精一杯であった。本調子ならここら一帯を一気に『浄化』することも可能であったが、今は消耗が激しすぎた。『蘇生』も無理だ。もっとも、死の気配が出ているので、本調子でも手遅れであったであろうが。

 後で改めて弔おう。神獣はそれぞれの場所をしっかり記憶しながら、ゆっくり進んでいった。幹都と文葉が気付かぬよう、のんびり話しかけながら。


「……ん? なんじゃ、この気は?」

「あっ、ポノサマ、もうちょっとで着きます。広いスペースが見えた気がします」

「おお、そうか。……ということは、これはそなたらの母のおかげかの? 『浄化』までしてくれたんじゃのお」


 のっしのっしとゆっくり神獣一向が進む。

 と、前方の木の陰からふらふらと一人のハイエルフが姿を現した。そのままおぼつかない足取りで神獣たちの方に近寄ってくる。幹都たちは聞こえなかったが、神獣はその口が動き小さく「神獣様」とつぶやく声を聞いた。大きな声は出せないのかもしれない。

 神獣は少しスピード上げてハイエルフに近づいていった。


「ピローテス! そなた無事じゃったか」

「……神獣様っ! あぁ、神獣様! いえ、無事ではありません、無事ではなかったのです。聖母様が、聖母様が私を、私達を……」

 そういいながら倒れこむように神獣の左前足にすがりつくと、そのままピローテスと呼ばれたハイエルフはむせび泣いた。

 神獣としては先に進んで登志枝達と合流したかったのだが、こうなっては動くことも出来ない。さすがにこの状態のピローテスを置いて先に進んだり、左前足にしがみつかせたまま強引に進む気にはなれない。

 仕方が無いので、神獣は後ろ足を後方に伸ばすと、そのままずるずると体を地面に添わせて伸ばしていく。

 雅花が見たら、実家の犬がよくこんな感じでお腹を地面につけて涼んでたなー、とか言った事だろう。


「ミキト、オフミ、すまぬが降りてもらってもいいかの? 降りれるかの?」


 二人は「ハイ」と返事をすると、滑らないすべり台を無理やり足を使って下りるような感じで、ずるずると神獣の背中から後ろ足を伝い、そのまま地面に降り立った。

 そしてピローテスに駆け寄ると、頭や背中を撫でる。幹都はちょっと戸惑いつつ、文葉はヨシヨシ、と声をかけながら。

 ピローテスの体がビクっと震え、ほんの少しだけ神獣から顔をずらして二人を見る。

 神獣も二人はそのまま広場の方に向かうと思っていたので、少し驚いたがピローテスに優しく声をかける。


「その二人は聖母のクラスを持つ者の子供じゃ。大丈夫、何も心配いらぬ」


 その声を聞くと、ピローテスはまた両目から涙をあふれさせ、そのまま顔を神獣に押し付ける。二人はそのままピローテスを撫で続けた。神獣はそれを優しく見守る。

 と、神獣はピローテスが来た方から蘇生魔法を使用した気配を察知した。


「!! すまぬ、ピローテス! そなたに鞭打つようで悪いが、トッシェの様子を見に行きたい。すまぬが、我の背中に乗ってくれぬか」

「っそ、にゃ、し、ぅっく、し、しじゃ、ひゃっ、っ、もっ」

「すまぬ、問答してる暇は無い。ミキト、オフミ、そなたたちも我の背に」


 何を言ってるかわかりそうにもないしの、と思いつつ神獣がピローテスを強引に立ち上がらせ、幹都が支え、文葉が後ろから押して神獣の背に登らせる。

 ハイエルフはヒューマンと比べると華奢とは言え、幹都とピローテスでは身長差がある。さらに文葉は手伝っているつもりだが、実際は好きに押しているだけでたいした役にはたっていない、というか実は結構邪魔だ。ぷー子とぷースケもさすがに応援することしか出来ない

 それでも幹都は文句も言わず、頑張ってピローテスを支えて神獣の背中に乗り込んだ。

 神獣が少し急ぎで広場を目指す。ピローテスは神獣の背中でうずくまりしゃくりあげていた。その態度も神獣を不安にさせていた。


「あれー? ポノサマ来たんですか? 大丈夫ですかー? おっ、幹都、おふみ、いいなー、それ。ポノサマー、後で私も乗せてくださーい」


 登志枝の横で突っ立っていた雅花が、神獣たちに大きく手を振りながら叫んできた。

 能天気な声と態度に神獣はイラッとしたが、幹都と文葉は笑顔で手を振り返す。

 登志枝も立ち上がり、神獣の方を振り返る。その顔は少し青く、体調が少し悪いように見えた。雅花がさりげなく登志枝を支え、登志枝も雅花に寄り添いながら笑顔で手を振る。その様子に、神獣はほっとする。

 雅花と登志枝の側には、さらにハイエルフ達がいた。二人ほどが上半身だけ起き上がり、一人は笑顔で、一人は泣き顔で手を振ってくる。その他にも4人ほど、反応は無いが胸が上下しているハイエルフがいることに神獣は気付いていた。

 さらに、神獣はこの場だけでなく、視界の端に映った魔獣までもが『浄化』されていることにも気付いていた。


「……まったく、これではまるで神の奇跡ではないか」


 呆れたように呟く神獣の顔は満面の笑みであり、そこを一粒の涙が通って行った。

前回もそうですが、アラフォーとアラサーのイチャラブシーンってどうなんでしょうねー?

まぁ、今後も続くわけですが。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ