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1. シートベルトは着けよう

初投稿です。

最初は説明込みなので、ちょいシリアス多めですが、一段落すればほのぼのホームコメディになる予定です。

まったりお付き合い頂ければ幸いです。

 片山雅花は車のドアを閉めると、獣らしき物の上から飛び降りた。

 跳んだ時の感触はアスファルトの道路のように、堅くしっかりとした感じだった。


(これが死後硬直ってやつかな、それとも素でこのくらい堅い獣なんかね?)


 そんなことを考えながら、獣の方を一度振り返る。そのまま周りをゆっくりと見る。

 森。間違いなく森なのだろう、大量の樹木。ただし、山で見るような密集した木々の群れでは無く、十分なスペースがありつつも木々が生い茂り、少し向こうは樹のカーテンに遮られて見えなくなっている空間。そんな場所に雅花達はいた。もう一度周りを見回す。

 森。でかくてどす黒い獣、その上に乗っている車。血だまり。腕。寝てる人。脚。もういっちょ腕。上半身だけで寝てる人。今度は、下半身だけで寝てる人。他にもちらほら寝てる人。あと体のパーツ。


(……こう、意外にそれほど臭くないというか、マーケットの牛の血の方が臭いよなー。まぁ、グロ耐性無いので簡便して欲しいんですけどね! Ha-ha!)


 腕を組みながら少し青い顔でこわばった笑顔を浮かべる。そして、大きくため息を一つつく。


(……はー、現実逃避してる場合じゃねーか。ちくしょー、道端に転がってる野生動物の後片付けすらしたことないのに、いきなり人かよ! しかもどう見ても耳なげーじゃねーか、こいつら! いや、この方たち! ……エルフでも仏さんでいいのかなー? あーもー、嫌だけど子供たちに見せたくないし、としえさんにもさせたくないもんなー。あ、でも外傷が綺麗なやつは別にしといて見せよっと)


 その方を代表として、家族で手を合わせるつもり故の思考である。決して見世物感覚なわけではない。雅花は少々発言が無用心であるが、根は良いやつである。まぁ、発言してないので今回はセーフ、ということで。

 息を止めて比較的近くに転がっていた腕に近づく。素手で死体を触るのに少し生理的嫌悪を抱いたが、軍手も無いしハンカチで包むのも微妙だし仕方ない、これは死体じゃなくて仏さん、と自己暗示をかけながらまずは腕を拾う。

 うっ、と気持ち悪くなり、酸素が心もとなくなったので口で息を吸う。


(……口で吸うと、なんか血煙的なヤツを飲みそうでやだな)


 結局、鼻での呼吸に切り替えた。臭いは慣れるだろう、むしろさっさと慣れろ、と開き直る。

 その後、無心で死体を拾ったり引きずったりしながら、木の陰に集めていった。まずはパーツや体の一部が見えなくなっている死体などの軽いものから。


「……これ、あれかなー。異世界転移ってやつかなー? 実際に起きてみると勘弁してくれとしか思わんなー。まー、家族みんな一緒で良かったー、マジ良かったー」


 独り言を呟きながら黙々と作業を続ける。

 右側を爪で襲われたのか、右腕と右脚が千切れかけた死体が転がっていた。いや、いっそ千切れててくれた方がまだマシだわ、突き出た白いのとかこぼれた赤いのとかマジ勘弁、と思いつつ、左足首と左手首をつかんで引きずっていく。


「……ぅ……ぁ」


 死体から微かな声が漏れ、雅花は比喩ではなく実際に10cm程飛び跳ね、手を離す。


「……ぅ……」

「ちょっ、マジか。とりあえずなんや、根元を縛ればええんか?」


 雅花がダバダバとすでに集めていた死体の下に駆け寄り、ポケットからペン型はさみを取り出す。服を切り裂き、紐っぽくする。

 まだ生きているらしい人のところに駆け戻り、右腕と右脚の付け根をきつく縛った。ぶらぶらしている右腕と右脚が少し邪魔というか気持ち悪かったが、別のことに意識を集中して淡々と作業をこなしていく。


(あ、この人、腋綺麗だなー。いい脚してるなー、そういえば女性なのかな男性なのかな? みんな美形だしエルフだし、処理してるかそもそも腋生えない感じだったりするのかねー?)


 などと言う感じで。


(……こんなんで大丈夫かな? ……これは、さすがにとしえさんには来て貰おう。女性の方が血は平気って言ってたし、きっと大丈夫。生きているからホラーじゃない)


 彼の妻はホラー物が一切だめなのである。例えゲームであっても、リビングのテレビでホラー物をつけるならば別れるとまで言われている。

 生きているからホラーじゃない、と繰り返しながら雅花は車の方に駆けて行った。



  *****



 話は少し逆上る。


 片山雅花はとある会社のエンジニアである。あるプロジェクトの現地サポートとして、東南アジアのある国に家族と一緒に赴任して半年。赴任関係や家族関係が一段落したので、ある高地のある避暑地に家族旅行に来ていた。

 高速バスで行くか自家用車で行くかでしばらく悩んでいたが、初めてだからうろつこうということで自家用車で行くことにした。初めてだからこそ、高速バスを使って現地ではタクシー移動すればよかったと気付いたのは運転して四時間ぐらい経ってからだった。


「……うおっと!!」


 雅花があわててハンドルを握りなおす。車の右側には派手な水しぶきが数メートルに渡って飛んでいた。


「どうしたの!?」

「あ、いや、右側のタイヤが取られたというかロックした。こえー、これがハイドロプレーなんとか現象か。もうちょっとスピード落とそ」

「気をつけてね、あわてなくていいからね。 ……やっぱりバスで来ればよかったね」


 外は激しいスコールだった。まだお昼過ぎぐらいだというのに外は暗く、雨と水煙で視界も悪い。他の車があまりいないのがせめてもの救いか。


「同僚の子が、絶対自家用車、って言ってたの信じすぎた」

「だって、カティさん、現地の方だし。そりゃ慣れが違うよね」


 雅花のつぶやきに、妻の登志枝が苦笑しながらそう返す。ちなみに、シートベルトで見事なパイスラッシュが出来ていた。はっきり言って相当デカい。


「次回は絶対に高速バスにしよう、完全に順番逆だったなー」


 残念ながら運転中の雅花は助手席の方は見れない、さすがにスコールの中での運転中によそ見は危ないので。


「二人とも、ちゃんとシートベルトしてる?」

「「してるー」」

「よーし、えらい! 水溜りよけるためにちょっと蛇行するかもだから、しっかりつけててな」


 登志枝が後部座席に座る二人の子供達に声をかけた。

 子供二人は仲良く携帯ゲームで遊んでおり、声をそろえて元気に返事する。雅花も二人を褒める。


「しっかし、道は狭いし標高高いし雨で暗いしすべるし、あとでネタになるなー、これは」

「ホント、安全運転でね。どうせこの雨だから、ホテルについてもゆっくりすることしか出来ないし」

「そうねー。うわー、雨で煙って下が見えんね。ある意味神秘的かなー」


 道の横側にある崖下が、雨で煙って霧がかかったようになっていた。スピードを落とした車をゆっくり走らせながら、ちらちらと横目で見る。

 登志枝が、写真撮る? と携帯を構えた時だった。


 大きな音がした。

 先に見える道路を切断するように亀裂が走っている。またたく間に亀裂が大きくなり断層が見える。微かな浮遊感。雅花はとっさにブレーキを踏む、が止まることは出来ず、滑落する道路から放り出され崖に向けてダイブする。思わず目を瞑る。誰かの悲鳴が聞こえる。雅花も知らぬ間に叫んでいた。

 ジェットコースターのような浮遊感。田舎の小さな遊園地や夢の国のような可愛いものではなく、乗れるものなら乗ってみろと挑戦を待ち構える系の凶悪なヤツの方だ。雅花は軽い高所恐怖症なので、ふざけるな、と思った。



 そして衝撃が来た。



 ……気付いた時、エアバッグの白がまず目に付いた。あわてて後ろを振り返る。


「みんな、大丈夫っ!?」

「……大丈夫」

「……びっくりした。みんな、怪我は無い?」


 後部座席と助手席から声が変える。後部座席からは嗚咽も聞こえる。下の娘の文葉が泣いているようだ。

 後ろを振り返り様子を見る。


「おふみ、大丈夫?! 幹都、怪我してないか見てやって!」


 息子の幹都がもう大丈夫、泣くな、と声をかけながらシートベルトの周りや顔を覗き込み、大丈夫みたい、と返す。

 どうやら家族全員無事のようだ。シートベルトとエアバッグ様々である。


「ちょっと車見てくる。危ないしどういう状態かわからないから、あまり動かずじっとしててな」


 雅花がゆっくりドアを開けて外に出ようとする。スコールは止んでいた。軽く気を失っていたのだろうか?

 ドアを開け、視線が少しおかしいことに気付いた。何かに乗り上げているらしい。いきなり外に飛び出なくて良かった。落ちるところだ。

 下を良く見てから、赤黒い土だかなんだかわからないものを踏みしめる。あまり幅は無い。結構ギリギリで止まったようだ。


(……? なんだ、これ?)


 雅花は少し違和感を感じていた。

 なんというか、感触はアスファルトのようだが色がどこか変だ。そしてどうも、毛というか毛皮というか、なんか毛並み的な模様が見える。あと、どう見ても足のように見えるものが横から突き出ている。


「……としえさん、窓開けてみて。道路か崖か見える?」

「……ううん、木だけ。結構ギリギリで止まってるみたい……って、何この黒いの? って、え? あれ、あそこ人倒れてない?!」

「――! ごめん、窓閉めて! お子様二人はまだ外見ないこと。見ても良いけど、気持ち悪いだけだから見ない方がいい!」


 雅花は少し体を乗り出して車の前面と反対側、後部方面とぐるりと見渡す。

 さらに周りを見回す。

 どうやら車はとてつもなくデカい獣のようなものの上に乗り上げているようだ。

 そして、周りに木はあれど、山や崖や滑落跡のようなものは一切見当たらなかった。

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