表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

私の愛する彼

作者: 湊 悠美

「今日、この場にて。(わたくし)柏木かしわぎ朱雀すざくと、『夕霧ゆうぎりきみ』との婚約破棄を発表します」


 広い空間に響く声。


 私は、やっと安心出来た。彼を、初恋の人を解放できると。




 私は、『夕霧の君』の異名を持つ、プログラマー。と言われても、プログラミングだけではなく、ハッキングなど、IT関連の仕事を個人的に請け負っている。

 今、私との婚約を破棄した、柏木朱雀は、天下の柏木家のご子息。柏木家は、昔から不動産業を営み、現在はそれに加え、IT・医療などを先端技術と言われているものを生業としている。それぐらい、柏木家は名門一族。


 では何故、私、朧月おぼろづき朝顔あさがおと、婚姻関係にあったか。其れは、今から14年ほど前になる。


 当時、私は4歳…うん?計算が合わないと?間違っていない。私は、正真正銘の18歳。この場所も、『空蝉(うつせみ)学園』の大広間。丁度、『卒業間近!おめでとうパーティ』(ネーミングセンスの無さは実行委員に言って欲しい)が開かれていた。そこで、朱雀が重大なお知らせがあると、壇上の上に立ち、冒頭の発言をしたという訳だ。


 兎も角。当時の私は4歳だった。大人びたとよく言われており、IT関連の仕事にもう手を出していた。と言っても、精々、簡単なパソコンゲームしか作れなかったが。

 説明が遅くなったが、朧月家も結構な名門一族。勿論、柏木家には劣るが。その為、当時6歳の兄の朧月夕顔(ゆうがお)の誕生日パーティが開かれていた。夕顔兄さんは、とっても綺麗な顔立ちをしていて――日本人の黒髪黒目だったけど――違う雰囲気を醸し出していた。まぁ、それは私以外の、家族全員に共通している話だ。

 兎も角、兄さんに近づく少女は、空腹時の犬のようだった。少女を連れている親も、顔がおかしかった。ーー今でこそわかるが、女豹と権力好きな輩という訳だーーそれを見て気分が悪くなった私は、両親に許可を貰い、庭へ避難した。家の薔薇園は、生きた絵画と言われるほど素晴らしく、心が癒やされる。そして、朧月家にしか分からない迷路になっていて、他人に会う心配が無い!


「はっ、はなせ!」

 薔薇に癒やされつつ歩いていると、私の耳に子供の声が飛び込んできた。駄々をこねて恥ずかしくないのか、と立ち去ろうとしたが、次の言葉で足を止めた。


「はなせよっ!この、ゆうっ」

「近所迷惑だから騒ぐなよ」

「そうそう、誰かが来たらどうすんだ?」

「う~。うう~」


 ゆう・・・?あぁ、誘拐かぁ。・・・誘拐!?何で!!??

 余りにも唐突なことで頭が回らなくなった。深呼吸をし、落ち着いて考える。

 ・・・よし!あれを使おう。


 テッテテー!ノートパソコン!

 ッコホン!私だって、ボケるのだよ。

 この迷路には、隠しカメラが仕掛けてあって、其れにより、朧月家は迷路から出れるという訳だ。そのカメラを制御するプログラムを作ったのは、私なので簡単にアクセス出来る。


 カメラに写り込んでいたのは、二人の男と、口を塞がれている男の子だった。あの暴れ具合だと、やっぱり誘拐か。私の神聖な庭でそういう野蛮な行為はやめて欲しいのにな。まぁ、一先ず彼を救出するのが先だろう。

 エンターキーを押すと、男達は叫び声を上げ、蹲った。テーザー銃による攻撃。テーザー銃は、日本では銃刀法違反に当たる為回って居ないのだが、命に関わる特定の為にだけ私達、上流階級の人間は使用を黙認されている。まぁ、後で怒られそうだが。

 これは、電気を流すので、彼がタオルで口を塞がれ、男達の手から逃れた瞬間が出来て本当に良かった。


 男達が、蹲って復活でき無さそうだが、彼を助ける為に、私は薔薇の生垣を飛び越えた。勿論、その前に警備に連絡をしている。

 彼は、ドレス姿の私が現れて、驚いていた。普通の人間なら、飛び越えられない高さだしな。


 彼に近づき、タオルを外して、彼の顔を観察する。薔薇園のライトで照らされた彼の髪は、金髪に輝き目は茶色の目をしている。そして、その様子は天使のようだった。


 そして、気づいた。外国の血が強く、家のパーティーに出席出来る家格で、主催者よりも誘拐される可能性が高い人物。

 奥様に某国のご令嬢を迎えられた、天下の柏木家のご子息に違いないと。


 本当ならば、畏まった喋り方をしなければならないのだが、彼は誘拐未遂に会ったばかり。流石に家の親も許してくれるだろうと思い、彼に話しかけた。


「大丈夫?お話しできる?」

「だ…いじょうぶ。きみは……どうしてここに?」


 彼の声は素晴らしく、私は聞き惚れていたが、彼に不安を抱かせるまいと、話を続けた。


「誘拐されようとしてたでしょ?だから、助けに来たの。もうそろそろしたら、大人も来るから安心して」


 微かに聞こえ出した足跡がどんどん大きくなっていく。私が手を振り去ろうとしたら、彼が慌てだした。


「そんな!きみは…きみがだれかぐらい、教えてくれないか?」


 私は、曖昧に微笑んだ。天下の柏木家からお礼をいただく為に、彼を助けた訳ではないのだから、名前を告げる事が出来なかった。だから、私は言って去った。


「……夕霧。夕霧の君と」




 なぜ、夕霧かと思うだろう。其れは、私が現れるのは大体夕方で、霧のように実態がわからないと言われたからである。家の付き合いがあり、国も絡んでいるのだから、正体が分かるはずもないのに。



 そして、幾許か過ぎ社交界にある噂が流れた。柏木家の長男、柏木朱雀が、得体も知れないプログラマー『夕霧の君』と婚約を一方的に結んだと。

 一番驚いたのは、他でもない朧月家だろう。情報関連の仕事を生業とする家が他の家より先に聞き、先に柏木家に真偽を確かめに行ったのだから。

 朱雀に良く似た、柏木夫人によると、息子を助けてもらったので、お礼という形で婚約を結んだ。だから、知っているのであれば教えて欲しい、と。

 綺麗な返しだった。家が生業とするのは情報。だから、『夕霧の君』の事を知っていなければならない。だが、朧月家(こちら)は、其れを言うわけにはいけない。何故ならば、簡単に(ではないのだが)戝を入れてしまった事が、広まるから。柏木家も実は、当主の座を羨ましがった親族の仕業と話すわけにはいかない。つまり、水面下でこの事はなかった事にされた。

 しかし、柏木朱雀は、お礼の名の下に婚約を結んだ話だけは綺麗に残った。


 だから、私は彼とずっと一緒だったのだ。小中高と。彼が一位なら、私は2位。彼が主席なら私は次席だった。其れは、当たり前のことになっており、誰も反感を持たず、寧ろ違う目で私を見て来たのだが、あんまり理解できなかった。




 そして、今、婚約破棄の話が出た。私はいつしか、彼に惚れていた。外見は美しいだが、それだけではない。本心による気配り、きちんと相手の立場を考える態度など、柏木家の朱雀ではなく、朱雀と言う男性に惚れてしまっていた。

 しかし、彼は私を愛していない。彼を愛しているからこそ、彼が愛している人と結婚して欲しかった。だからこそ、この婚約破棄は、彼を解放できる意味でとてつもなく、嬉しかった。


「そして、発表させて頂きます。『夕霧の君』こと朧月朝顔嬢との婚約を!」


 …えっ? 私が固まるのと同時に周りの空気が爆発するのが聞こえた。

 おめでとう〜。やっとだな。お似合いだよ〜。二人とも一目惚れだもんな〜。


 いよいよ、話がわからなくなって来る。どう言う事なんだ?


「朝顔嬢。僕は知っていましたよ。あなたが『夕霧の君』だと言うことに」


 物凄く近いところから、声が聞こえ顔を上げると朱雀が目に前に立っていた。いつ見ても麗しいお姿だ。


「朝顔に会った時、一目惚れしてしまったんですよ。薔薇の生垣を飛び越えたときの貴女は、目の前に舞い降りた天使のようでした。だからこそ、親に頼んだんです。天使に助けてもらったから、天使と結婚したいと。朝顔に自覚は無いかも知れませんが、朝顔は美しいのですよ。細好男(ささらえおとこ)の異名を持つ、貴女の兄のように」


 朱雀の言葉が、右から左に流れていく。何時もなら、その麗しい声に乗せられた言葉を感動しながら聞けるのに。何故か頭に一切入ってこない。


「ですから、直ぐに貴女が『夕霧の君』だとわかりました。ですが、ご両親によって止められてしまったのです。空蝉学園を卒業するときまで、貴女を愛し、貴女も僕を愛してくれていたのであれば、婚約を認めると。僕は、貴女を愛しています。朝顔。貴女はどうですか?」


 朱雀の言葉で、周りからの注目を浴びる。その人たちの顔を見ていれば、親友の(あおい)(かおる)の姿を見つけた。二人は、必死に手を振っている。多分、これは激励の態度だと思い、私は気持ちを告げた。


「よろしくお願いいたします。初恋の人」


 そっと、背伸びし、頰に口づけることを忘れずに。





「彼、告白に成功しましたよ」


 暗がりに溶け込むほどの黒い服を着た、夕顔が告げる。


「そうだと思ったんだよ。かの一族の執着は素晴らしいからね。特に、今回の彼は、時をも超えたんじゃ無いかな?」


 ふふっとワイングラスを揺らす男性に、女性が声をかける。


「其れを貴女が言いますか?(ひかる)?貴女も私を見つけたでしょう?」

「どうだろうね、(ふじ)?少なくとも、私は君を愛しているよ。永遠に」


 男性は、女性を抱きしめ、夕顔に声をかける。


「君も見つけているんだろう?夕顔」

「えぇ。俺と同じ、夕顔と言う名の美しい女性ですよ」

「早く連れてきてやりなさい。藤を安心させるためにも」

「えぇ」


 その日の夜、二人の男性の笑い声が響いていたそうだ。皇族とも呼ばれる朧月家で。

美しすぎる朱雀と、色々無自覚な朝顔。

この話でルビが振られている名前にはある共通点があります。

朱雀は朧月を愛し、光は藤を愛す。彼は夕顔を愛す。

だから、時を超えたと言っているわけです。


一番分かりやすいのは、冷泉帝ですかね。個人的にかのお話を読んで思ったものです。生まれ変わっても愛し続けると言うことです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ