再検査~君はまだあのキノコの名前を知らない~
元の世界ではマヨヒガや黄泉平坂といった不可思議な場所の話はよく聞いていた。まぁ、元は婆ちゃんから聞いたのがほとんどだけれど。
その世界の入り口は死の間際によく開かれるというがそんな世界に迷い込んでいたのだろうかという疑問が今も頭をよぎる。
そんなことを考えながら今、俺は何をしているのかというと。
「えーっと、壊された貸し武具の代金……5金貨になりますね?」
はい、絶賛現実逃避中でございます。ええ、まぁ、ね? 意気揚々とこれから自分にできることを探そうと前向きにいたわけなのですが……とりあえず失敗の報告だけでもと魔討斡会に行ったらですよ。受付のお姉さんに心配されながらもよく帰ってきたねと励まされ少し目じりに涙がたまっていたりしていたら。貸してもらっていた装備の弁償を求められた次第で……。
前にスライムもどきのドロップアイテムを換金した時に3銅貨でしたが元世界の通貨に換算すると300円ほどだそうで。そして、銅貨10枚で1銀貨。銀貨10枚で1金貨。
早い話が稼ぐ手段も確立できていないのに5万円分の借金というわけでしてはい。
この世界の金銭的価値感も元の世界とそれほど変わらないので大した借金ではないけれど……素質オールFの俺にしてみればこの世界で生きていくこと自体がものすごく大変なことなわけで。
まぁ、正式な借金ではなく壊した装備分の代金さえ払ってくれればいいので利子もないといわれたのが唯一の救いか。
「で、これが借用書になります。で、ここにサインを……っとはい、しっかりと確認しました」
「はぁ、無一文で借金持ちとは……」
「あはは、でもこうしてちゃんと帰ってきてくれる人も珍しいんですよ?」
「そうなんですか?」
「はい、大体みなさん失敗したら死ぬかそのまま田舎に引っ込むかですからねぇ……後者の場合はそこまで催促に行くことも可能ですが前者ですと……ねぇ?」
その言葉に背筋がぞっとする。うん、だって後ろの方で怖そうな黒服に身を包んだお兄さんたちがこっちを睨んでいるんですものっ!! よかった……ちゃんと戻ってきて……。
「でも、やっぱり無一文は厳しいですよ……どこか農場で雇ってくれる人とかいればいいんですが……」
その一言に「あー」という顔をするお姉さん。
「ボックスは港町ですらねぇ、漁師の募集は盛んでも畑仕事となると……内陸の方に行かないとないですかね」
あぁ、なんか積んだ気がする……このステータスでモンスターのうじゃうじゃいると思われる海で漁師なんてしたら今度こそ命を落とす自信がある。
「昔は街はずれの方で魔力芋とか作っていたんですけどねぇ……いまじゃ跡地が廃墟として転々とあるだけですから……」
その言葉にピンとくる。跡地でも前まで農業がなされていた土地ならもしかした土の状態はいいかもしれない。だが問題が一つ。
「その廃農場って今も誰かが土地を所有しているんですか?」
「一応、魔討斡会が魔物の発生などの理由から管理はしてますがその費用もバカにならないのでけむたがられてるみたいになってますけど?」
目に、光が戻ってくる! 今すぐには無理かもしれないが手に職をつけそうな機会が訪れ、心の中で小躍りを踊りだす勢いだ。
「その場所の使用許可とか出せますか?」
「えっと……たぶん使用目的とかを明確に記入して書類を出せば何とかなると思いますけど……お金を稼ぐのは難しいと思いますよ? 専門的な知識とかいりますし……」
その心配そうな声に俺は胸を張り声高らかに答える。
「それなら大丈夫、得意分野です!」
ニコニコとした俺の顔に嘘ではない事がわかったのか顔が少し柔らかくなるお姉さん、しかしすぐ様に眉を少し細めた。
「えーと、でも昇さんは……魔力の素質もFランクでしたよね? となると農業も出来なくはないですが難しいかもしれません」
その言葉の意味が分からず首をかしげると眼鏡を少し上げて眉間を指でつまみ、大変言いづらそうにつぶやいた。
「異世界人の昇さんは知らないかもしれませんが……この世界の農作物は魔力で成長します」
あんぐりと開いた口をどうにか戻そうとするもその努力虚しく顎は床につきそうな勢いでだらーんと下がっている(様な気がする)。
「それはどういう?」
恐る恐る聞いてみる。
「いえ、魔力がなくても作れるには作れるんですよ? ただ……魔力を使用した作物と何もせずに出来た作物は収穫までの時間が30倍はかかります……本来ならば3か月近くかかる作物が約3日ほどで収穫というのがいわゆる常識でして……それと魔力で育てた作物の方が味も栄養も段違いなのでまず市場では無魔力性の作物はみませんね」
もはや半泣きである。ステータスは写しを貰っていたので何とかわかるがそれでも10の位を少し超えた位であった。
「いや、それでもほかにできることもなさそうなのでやるだけやってみます!!」
ぐぬぬと歯を食いしばり、自分の少ない魔力でも細々やっていけば何とかなるのではないかと淡い希望を抱いてそう告げる。
「そうですか……あまり期待しないで聞いてほしいのですが、もしかしたらステータスの数値が若干増えてるかもしれません……」
「へっ?」
思わぬ発言に変な声が出る。レベルは上がっていないことを告げるがそれは分館で聞いているとあっさり言われる。
「そうではなくて、まれに死にかけた人がステータスを見てみると10~20ほど数値が伸びているという現象が報告されているんですよ。火事場のバカ力というやつですかね? まぁ、それで少しでも伸びていれば大丈夫だと思いますけど……1坪に尽きSPが1ポイント減る計算をしていただければ……」
最大まで伸びていても30ポイント……1日30坪を育てられるのか……。大体小さな家が一つ立てられるかという広さ……それでも日銭くらいは稼げるかもしれない、そこに小さな望みを見出した。
「わかりました。ステータスの確認お願いします」
静かにそう告げた。
「それでは失礼します……」
額に指の感触がピタッと触れる。目を閉じて結果を待つが緊張して動悸が激しくなり、魔道俱がせわしなくプリントする音と共に心臓の音がうるさい。
「えっ……」
お姉さんが驚いた声を上げる……それがどちらを指しての驚きなのかわからない俺はもはや気が気ではなかった……。
「999です……」
悪魔の数字……? ってそれは666か……じゃあ999ってなんだ? 遠まわしに9×3で27ですってことですか?
「SPの数値が……999でカンストしています……」
それから約4分ほど、俺はその言葉の意味が理解できずぽつーんと真顔で立っていた。
『はぁぁぁぁっぁっぁぁああああああ!?』
そして俺の声と周りの声が一斉に疑問を叫んだのだった。
読んでいる方がいらっしゃるかはわかりませんが一応、報告しておきますね
1週間ほど更新できそうにありませんのご了承ください