ファースト・ドーピング~多々食わなければ生き残れない~
ただひたすらに生きるために動かし続けた腕はもう限界に近付いていた。もう動いていること自体が奇跡だといわんばかりに筋肉に激痛が走る。
「やっとわかったんだぞ、バカ野郎……生きてやるっ!! 死んでたまるかっ!!」
もはや意地だけが支えだった、そこには先ほどまでの傲りはなくただ純粋な己に負けるものかという強い意志。
霞む視界を気力だけで見開き生きるために突き進む。執念の先に女神は微笑んだらしい……。
「畜生、あんなむかつく煮すぎたおでんの卵みたいな女神に感謝しなくちゃならないってのは癪だな」
目の前に広がる一面の青い光景はまさしく今の俺にとっての桃源郷だった。
広がる傘に地面に往々しく突き刺さる柄、その色は水晶のように透き通った青色。
焼けば香ばしく一口かじれば肉厚な実が口の中を蹂躙しそうなそれは紛れもなくキノコであった。それも1つや2つではない見渡す限り一面がそのキノコで埋め尽くされている。
もはやなりふりは構っていられないとはいずりながらキノコにかぶりつこうとした時、俺は歯を突き立てる寸前で動きを止める。
「これ、まさか毒キノコ何てことはないよな……」
そう、死に物狂いで見つけたこのキノコだがそれが毒キノコであったなら餓死以前にその毒で死んでしまう……それでは今まで俺が見てきた走馬灯も必死の決意もすべて無駄になってしまう……。
あらかじめ、魔討斡会の受付のお姉さんに絶対に食べてはいけない猛毒の植物や小動物の知識は教えてもらっていたがこのキノコは一ミリも話には出てきてはいなかった。
話に出て来なかったからこれに毒はなく、食べても死にはいたらないという考え方もできるだろう。だが待ってほしい。
これはキノコだ、元の世界でも不用意に知らない野生のキノコは大変危険だというのは常識だ。食べたが最後、カエンタケの様に数gで致死量なんて理不尽な大自然の中ではざらにある。
酷く残念だがこれを食べるリスクは高すぎると別の場所へ移動しようと腕を上げようと力を籠める。が、まるで腕に力が入らない……どうやらこの大量の食糧を目の前に張り詰めた精神の糸が緩んでしまったらしい。口を大きく開けてキノコを食べようとする体制のまま俺は動けなくなってしまった。
「くそっ、腹をくくるしかないのか……」
もはや、毒キノコではないことを祈り。そのキノコを食べるしか選択肢がなくなってしまった。俺は大きく目をつむると次の瞬間に自分がこの世にいることを祈る。
「南無三っ!!」
そして一気にキノコを食いちぎり、ろくに噛まずに飲み込む。
「…………う、うぐぐぐぐ」
体が震える、目は大きく見開き口からは大量のよだれがしたたり落ちる。
瞳孔はこれ以上はないというほど大きくなり、脳みそが沸騰しそうなほどに熱くなる……。
そして、俺はその一言を最後に理性を手放した……。
「うまいぞぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!!!!」
そう、うまいのだ空腹せいだけではなく。これまで食べてきたどんな食べ物よりもそのキノコはうまかった。
調理せずその素材の味だけでこのキノコは25年間に食べてきたどんな料理の追随を許さぬほどの味を出していたのだ。
もともとの飢餓状態にそのような絶品の食糧が現れたことによって限界を超えて気力だけで持ちこたえていた俺の理性もこれが俺の本体のハンサム顔だといわんばかりに轟音を立ててはじけ飛ぶしかないだろう。
たがの外れた食欲を止めるすべもなく、俺はあたりのキノコを食い尽くさん勢いで貪る。もはや元々どこぞで聞いた毒キノコは美味なものが多いという明日を生きる無駄知識すら思い出している余裕はない。
ただただ、キノコを遮二無二に体をひねらせて口へと運ぶ。その様はまさしくRPGなどでたまーに目にするワームの様な動きと言えばわかっていただけると思う。
そうして、俺はもはや理性を手放してほぼ意味のなくなった意識がいつ途切れたのかわからなくなるまでキノコを食べ続け……目が覚めた時には……。
もはやキノコは1本残らず駆逐されていた……。
「……まじか、いや、まじかぁ……」
最初見た時は軽く100本近くあったのに……どうやらそれらはこの自己主張が控えめなまな板腹筋に消えていってしまったようだ……俺、元の世界で大食いとか出れたのかも。
そんな自身の意外な一面を知りつつもどうやら命はつないだらしい事を確かめる。
手のひらを握り開いて動くことを確かめる。手足に痛みはなくどうやら後遺症などは残ってはいないみたいだ。
意識が飛ぶ前の状態がまるで嘘だったかのように体は軽々とその身を立ち上がらせた。
とりあえずは自身が軽々と動けるまでに回復したことに激しい疑問を持ちながらももう、無理をせずに自分ができることを探そうと町への帰還を決意する。
あのキノコも町に戻る際の食糧にしようと少し探したがどうやらあれがすべてだったらしい。
残念に思いながらもさすがに何の準備もなくあの道を逆戻りするとなるとまた餓死の危機が襲ってくることは目に見えていたのでとりあえず周辺をくまなく散策する。
「これ、セリみたいだな……いや、異世界だからたぶん違うんだろうけど」
小さな花がちらちらと咲いているそれは日本では七草のひとつとして名高いセリによく似ていた。というか見た目そのまんまだった。
「昔、婆ちゃんに連れていかれた山菜取りでは一応毒セリとの見分け方も教えてもらってたっけ」
そうしてそのセリもどきをしっかり握り、根っこを引っ張り出す。
「うん、ひげ根だな……でも一応割って匂いを確かめてみるか……」
今度は茎を両手でしっかり持ち、二つに割ってその断面の香りを確かめる。
「よしっ、せり科特有のあの匂いだ……あんまり得意じゃないけど背に腹は代えられん」
確信すると近くにあったセリもどきを次々と引っこ抜いていく。そんな中一つだけ種がすでに熟している一本を見つけた。
「これ……持って帰ったら栽培とかできないかな……」
こういったものを育てて町の商店に卸せばある程度の収入になるのではないかと打算しながらその種をズボン臀部のポケットにハンカチに包みおしこむ。先は長くはなるが一応それなりの知識はあるのでやっていけるのではという思いもあった。
セリもどきを集め終わると着ていたTシャツの下部分を少し破り紐を作ってまとめる。それを背中に括り付けて固定する。
「さて、ボックスの町に戻るにはどこへ歩き出せばいいんだ?」
とりあえずの食糧を手にはしたものの、無我夢中でゴブリンから逃げまどってきた俺はどちらが町なのか皆目見当もつかない。
はてさてと困っていると、少し向こうの林の奥で何かがうすぼんやりと光って見え。一瞬ゴブリンか何かが野営しているのかと警戒したがどうやら炎の光ではないようだった。
光はついては消え、ついては消えをくりかえし。こっちにおいでと誘っているかのようにも見える。
「どうせどっちが出口かなんてわからないんだ。とりあえず森さえ抜けられれば小さい町でもそこからボックスへの道のりだってわかるだろう」
希望的観測を並べながら自分を無理やり納得させ光の方へと歩いてゆく。町へ戻ったら自分にできることでこの世界の役に立とうと鼓舞しながらどんどん光へと近づく。
ふと、なぜだか後ろが気になった……理由はわからない、だが不思議と気味の悪さは感じず。そのまま後ろを振り向く。
「……気のせいか?」
そのまま前に向きなおり、再び光へと歩き出す。
『今度は絶対に忘れないでね?』
「っ!?」
聞こえたその声に慌てて振り向くもやはりそこに誰もいない……だけれど……その一言を聞いて自分がもう道を間違えることがないように固く心に誓う。
光を見据え、歩き続けた先に出るとそこは一面草原が広がっていた。その光景には見覚えがある。
ボックスの町の近郊で俺がスライムもどきと死闘を繰り広げた場所付近……だが、前に通りかかった時には森なんて……。
そう思い、歩いてきた道を振り返るとそこに森はなく遠く小さく見えるボックスの町が目に映るだけだった。