憧れ~親愛なる隣人へ~
ずるずるとただ生きるために這いつくばり、何とか食べられるものがないものかとあたりに目を凝らす……。
しかし、目につく食べられそうなものは魔討斡会の受付で無償でもらった野草一覧に猛毒と書かれたものしか生えていなかった。
「ははっ、勝手に異世界に連れてこられて。親友だと思ってたやつにはバカにされながら見捨てられ……くそっ、ここで死んじゃうのかな……俺……」
もう、心の中での気の利いた冗談も思い浮かばなかった。
昔からの癖だ……あまりメンタルの強くない俺は何か動揺しそうなことがあると心の中で冗談を言う……それが顔に出てしまって薄ら笑いになってしまうのだがよく顔は上の下あたりなのにもったいないなどといわれたものだ。
いつからだったかな……冗談を考えて一人笑うなんて気持ちの悪い癖が付いたのは……。思い出そうとするけれど記憶が辿れない……あれは…、あれは……。
気力もまばらにズルズルと体を引きずり前に進む。死ぬことも意識しだすと先ほどよりも前に進むスピードが下がってくる。
「バカだなぁ……」
ふと口に出る、ほんとバカだ……おとなしく町で仕事でもなんでも探して祐樹が魔王を倒すのを待てばよかった……死ぬ思いしてまで何をしているんだろうとかすんだ笑いが口から洩れる。
引き返せる場所はあったんだ、スライムもどきを換金してアホみたいな必要経験値を聞かされていたところから。いや、それよりも会館で素質がオールFだと告げられた時に「じゃあ、やめます」といえたはずなのだ。
それを言わなかったのは自分の粗末なプライドが邪魔をしたから……辺に研究職なんていう職業に誇りとすらいえない傲りを思っていたのも粗末なプライドを守るため。
「ははっ、これじゃ、祐樹のことを笑えないな……あいつが、厨二病なら俺は高二病じゃないか。全くいい年してさ」
研究職なんていっても資料持ちやスケジュール管理の雑用しかやってないのに祐樹にいい加減現実を見ろなんて大層な説教をしちゃって……。どっちがダメ人間だか。
心の中で自嘲する、そういえばなんとなく……前にもこうして体を引きずりながら死ぬのかな……なんて考えたことがあった気がする。
遠い記憶の中に靄がかかっていてよく思い出せない記憶を必死に辿る。
思い出そうとしながらも体を止めることはしない。止めてしまったらたぶん俺はそこまでな気がしたから、心も体も両方が。
ひねり、進んだ横目で見えた木の上にプラーンと垂れ下がる一匹の蜘蛛……それは何かしら失われたピースがぴたりとはまるなんてかっこつける言い方が妙に当てはまる感覚だった。
『すごぉいっ! すごいねっ! お母さんっ!!』
あぁ、昔の俺か……暗いなぁ、ここは何処だっけ……。
『ほら、昇? ほかのお客さんの迷惑になるでしょ、ちっちゃい声でね?』
『はぁい』
子供の頃の俺が母さんに言われて視線を前に戻す……目の前に立つ俺は子供の自分とちょうど見つめ合うように視線が重なるも子供の俺が見ているものは俺の先にあるものだった……。
『やっぱり、かっこいいなぁ』
その一言で俺は自分の体をひねり後ろを振り返る……。
『僕も、いつかこんな……』
それは俺の中の根っこの部分……きっとあの気持ち悪い癖の原点……そこに映っていたのは。
『ヒーローになりたいなぁ』
俺が昔にあこがれた……どんな逆境もへらず口をたたきながら乗り越える……最強のおしゃべりヒーローだった。
そこで確信する、俺は……俺は……。
「俺は、この状況で勇者に選ばれた祐樹に本当に嫉妬してたんだな……」
口に出してしまえば簡単なことだった。あの妙な苛立ちもこっちにきてから必死に祐樹を自分の下だとダメ人間なのだと思いこもうとしてたのはただ……羨ましかったんだ。
憧れを憧れといえる祐樹が……俺は恥ずかしがって好きなヒーローみたいに冗談を実際に口にするのではなく心の中にしまうのにいつも、自信たっぷりに好きなものは好きなのだといえる祐樹が。
認めてしまえばどうってことない、自分もそうそうダメ人間で子供だっただけの話だ……子供から大人になれなかったからこうして……死にかけてる。
「ほんと、子供すぎて死ぬなんてカッコ悪っ!!」
残った気力を少し振り絞り、出せるだけの張りのある声でそう叫ぶ。死ぬ間際ながら自分の未熟さをやっと自覚したことに少しおかしさとすがすがしさを感じながら目を閉じる。
目の前の小さな俺は俺を見つめ返す。
『あの約束も忘れちゃったの?』
あの、約束……なんだろう、俺はまだ、何を思い出していない? 冷たい泥の感触を体で感じながら考える。しかし疲れから目がだんだんと開かなくなっていくのがわかった……。
必死に抵抗するけれどどんどん下がってゆく瞼を止められず、最後はぴたりと閉じきってしまう。
「俺が忘れている……約束」
必死に言葉を紡ぎ、目を開ける……体は泥だらけで痛みは激しいが空腹がなぜだか感じられない。
いよいよ死ぬのかと思い、自分の手を見ると小さな子供の手が目に映る。
なんだ、いよいよ思い出と現実がごっちゃになってるのか。
『大丈夫?』
ふと、背中から声が聞こえる……バッと痛む体をひねり、振り向く。
「君は……」
そこに立っていたのは子供の俺より少し歳が下くらいの女の子……その姿を俺は覚えていた。
思い出す、そうだ、思い出したしたんだ……遠いあの時の記憶。
森に来て蔦にぶら下がりあのヒーローの真似事で遊んでいたんだっけ、蔦が俺の体重を支え切れなかったのか切れてしまい激しく地面に叩きつけられて……足をくじいて傷だらけの体で泣きながら誰かに助けを求めていたんだ……。
『ダメだよ、だって足が痛くて……』
口から勝手に出る言葉に驚くけれどそういえば、走馬灯だったなと思いだす。
『それより、早く大人を呼んでっ!!』
子供に体を強打して足もくじいた状態で自力で立てというのは酷というものだ、大人でも苦しいのだから。
『私にはあなたが自分で立てるように見えるけれど』
んっ? こんなこと言っていたっけ? まぁ、記憶は美化されるというし……それにしてもこの娘、なかなかにドぎついな……。
『だって、苦しいからって自分から諦めるようにしか見えないよ?』
「『そんなことないよっ』」
なんでだろう、俺の言葉と昔の自分がシンクロして言葉を発する……。
「『だって、ヒーローは絶対にあきらめないんだっ! どんなに弱っちくても、一生懸命でっ!』」
『それじゃ、あなたは”今”どうするの?』
その言葉にはっとする……諦めていた、ここで死んでもしょうがないんだって。
でも、それは……それじゃっ!!
「諦めないッ! あのヒーローみたいにっ!! たとえ弱くても無力でも、自分にできることをするんだっ!!」
痛みはもう感じない……気力も溢れるようにわいてくる……。
『これでもう大丈夫……だけど、少しだけ……小さな水の一滴分……頑張ってる君に……小さな加護(勇気)を』
温かい光が俺の体を包む……、なんだろう……落ち着くな。
『それじゃ、私はもう行くね? 最後に一言だけ……もう、忘れないでね?」
その言葉にドキッとしたけれど、なぜだろう理解はできないのに納得はしている。
「絶対に忘れない……あの時の気持ちも君からもらった立ち上がる気力も」
「よかった、あっ、あとね……あの時、言い忘れてたことがあるんだ……君の信じるヒーロー、とってもかっこいいと思うよっ!」
「うん、彼は俺の……最高のヒーローだからっ!!」
意識がはっきりとする……空腹感が体を襲う、のども乾いている……腕に力も入らないし、足はもぞもぞと動かすのがやっとだけれど……。
「スターになるっていう祐樹をなんでずっと気にかけてたのか……なんで、それをなんとなく心のそこでバカにしてたのか……わかったからには進むしかないよな」
腹に力を入れる……痛みを我慢して、腕を動かすことに集中する……そして、そこに……諦めはもう、なかった。