プロローグ~序章にも満たない序章で~
地獄絵図、目の前の光景はまさしくそういった類のものだろう。少なくとも彼女の目にはそう映ったのだ。
石造りの蔵の下、地面と建物の小さな隙間から彼女は涙があふれる目をしっかりと決して閉じることがないようにその光景をただひたすら目に焼き付ける。
隣に住む仲の良い友達が、いつも買いに行く笑って私の頭を撫でてくれた商店の叔父さんが、いつもやんちゃばかりしている私を叱りながらもどこか優し気な青年団のお兄さんが……蹂躙されゆく様を石の壁に左手の爪を突き立てどんなに血が出ようとも、目から溢れんばかりの涙が流れようとも、彼女はただ目を見開きじっと見ていた。
泣き叫びたい、今すぐ助けを乞い声を荒げたい。そんな気持ちを右手で抑え、少女はただ涙する。親しい人たちが一瞬でその命を刈り取られる様をその目はひたすらに見ていた。それは誓いの目、憎悪の目。
少女はつぶやく、来るべき日のために。 少女は想う、ただ来るべき日が来ると信じて。
「魔王、魔王!! 殺してやるっ、私がっ!! 私がっ!!!」
小さな声は彼女以外には聞こえない、ただゆっくりと広がる村の炎が彼女の憎悪と決意を静かに燃やしてゆくのだった。
♦ ♦ ♦ ♦
空は快晴眺めよし、古いながらも情緒のある町の夜道は空の星がくっきりと見えるほどに澄んでいた。これだけならば今日はとても気持ちのいい夜なのだろう、どこかこ洒落たバーなんかに入って一杯やればそれはもう最高だろうと思うのだ。うん、本当……こんな田舎にあったらの話だけれど……。
少し現実逃避しながら注文したウーロン茶をすする。さすがに焼酎のロックをもう一杯とは向かいに座っている高校からの友人である彼を見ては思えなかった。
「きぃてりゅのかぁ! おりぇはぁ、じぇっちゃい東京じぇぇ、ビッグににゃってやゅんだぁぁぁ!!」
もはや呂律も怪しい彼に呼び出されたのは軽く2時間ほど前だろうか。呼び出してそうそうに彼は……。
「聞いてくれよ昇っ!! 親父が農場つげってうるさいんだよっ! 俺は東京にいってスターになるって言ってるのにっ!!」
そう叫ぶ彼を店内の客が一斉に注目する、俺は「すいません」とすこし頭を下げながら謝罪すると皆、興味を無くしたのか自身の話に戻ってゆく。
「ほらっ、大声で叫ぶと迷惑になるから。なっ? てか、それは継ぐ農場がない俺に対する嫌味か?」
「別に、そういうわけじゃないけどよぉ」と少しトーンを落とすがすぐに「でもさっ!」と大声でつづける。
「お前は大学で農学の研究してるのに今さらなんで自分の農場なんて持ちたいんだよ」
ぶつぶつと続ける彼はたぶんもうここに来る前に若干出来上がっているのだろうと感じながらも、これも昔からかと半ば諦め交じりに答えた。
「俺は別に研究がしたいんじゃなくて農業がしたいんだよ、でも親が普通の商社勤めのサラリーマンじゃ継げるような農場なんて持ってるわけないだろ? ましてや俺に一から開くお金だって今あるわけじゃあるまいし、貯金中なんだよ。 察しろっ!!」
冗談交じりにすこし口調を荒げるがそれが冗談だとわかっている彼はスルーして自身の愚痴をつぶやく。
「でもさぁ、最近じゃ親父だけじゃなくてお袋も見合い写真とか持ってきてさぁ……いい加減お前の倅が見たいもんだなんて言うんだよぉ」
まぁ、確かに齢25にもなって東京いってスターになるなんて言ってる息子じゃ嫁さんもらってしっかりしてよとは思うかもしれないが……。
「だいたい、俺は最初から言ってんだよ? 上京するってさぁ……俺ぐらいになると芸能事務所だって引く手あまただってのに親父たちはわかってくれないんだよ……」
ある意味この根拠がどこから来るのかわからない自信がすごいとは思うがここは友人としても親父さんに加勢しておかないとな……。
「まぁ、まぁ、祐樹。そういうなって親父さんだって心配していってるんだから。それに東京だってそんな気持ちで行ったら痛い目を見て帰ってくるのが落ちだって」
実際問題うちの大学の生徒の中にも年に1人位こいつみたいなこと言って上京して痛い目見て帰ってくるのが男女問わずいるからな……。
しかし、そんな俺からの助言も彼には意味もなくただ。「おい、昇っ!! お前っ!! 親父に買収されやがったなっ!! 裏切者っ!!」と聞く耳を持ってもらえないようです。頑固なのはその親父さん譲りなんだけどなぁ……同族嫌悪ってやつですか?
そんなこんなで、やけ酒をあおりながら続く酒盛りが長く続くとは思えず。俺は焼酎を1杯飲んだ後はすぐさまお茶類にシフトした。ウーロン茶から始まりプーアル茶、なぜかあるトウモロコシ茶なんてのも飲んだ後、冒頭に戻ります。
すっかり出来上がった高校時代からの友人をなだめながら定員さんにお会計を頼む。こんな彼に会計をさせるわけにもいかずにその場は俺が払う。後で絶対、こいつの飲んだ分は払ってもらうからな……。
こんなダメダメな祐樹でもお金の面だけは割としっかりしているちゃんと払うべきところでは払ってくれるしこうして酔いつぶれた後に俺が払っても後でちゃんと自身が飲み食いした分は払う。そこは一番信頼している部分だったりする、ほかはダメ人間だが。
「まったく!! 親父はなにもっ……ぅうっ」
ちょっ、マジですか祐樹さんっ! こんな道路の真ん中でっ!?
「おいっ! さすがに道路はまずいからあの路地でやれっ!」
「す、すまねぇ……うっっぷっ」
肩を貸しながらなんとか路地裏まで連れてきて背中をさする酸っぱい香りがするが気にしたら負けだっ! 主にもらっちゃうからっ!!
「大丈夫かっ!? まったく……しっかりしろよ? スターになるんだろ?」
「あぁ、ちょっと戻したら楽になった……ふぅ」
毎回こんな調子だから慣れてしまっている自分が恨めしい……そんな風に悲劇の主人公風にやれやれと首を振っていると祐樹が変なことを言い出す。
「なぁ、なんか聞こえないか?」
「はぁ? 飲みすぎて幻聴でも聞こえ始めたか?」
いよいよダメ人間ここに極まれりか? なんて冗談を思ってみたがどうやら様子がおかしい。
「なんだっ!? 誰なんだよっ!?」
「おいっ、ほんとどうしたんだよっ!」
次の瞬間だった、空から光の柱が落ちてきた。いや、比喩表現ではなくそのままの意味で。はぁ、こんなアニメや漫画みたいなことってあるんだなぁ。なんて現実逃避も長くはもたず、次の瞬間には光の柱に包まれた俺たち二人は空へと浮かび上がってゆく。
「はぁっ!? 浮いてるっ!?」
えぇ、浮いてますよっ!! 祐樹さん、お願いだから状況確認だけの発言はやめてくれませんかねっ!? かえって混乱するのでっ!!
だんだんと浮かび上がりついには車がミニカーサイズに見えるほどまで上がったところで出口らしき光の穴が見えてきた……あぁ、キャトルされちゃうんですね、ミューティレーションされちゃうんですね。
最終的に犬あたりと頭部を交換されちゃうんですね……さらば地球、私は遠い星で……。
一人パニック状態な中、隣のダメ人間はもはや処理できないのか頭から煙がモクモクと上がっていた。
あぁ、バカになりたい……こういうときのために私はバカになろう……そう決意する中で光の穴の出口に俺たち二人は吸い込まれた。
結果から言うと確かにさらば地球よといったさっきの言葉は嘘ではなかったが……かと言って未確認宇宙生物に連れ去られたわけでもなかった。まぁ、それがわかるのはもうちょっと先なんですけどね。
急に重力がかかる感覚を感じ、お尻からどすんっと落ちた先は人生この方いったことはないが。なんとなくどこか予想が付く場所だった……。
「女の子の部屋……?」
そう、そこは男子が入ったら気まずいところランキング上位には絶対入っているであろう女子の部屋だったのですっ!!