プロローグ
肌寒い風を感じ、俺は重たい瞼を開けた。
ボンヤリと映るのは、木製の天井。さぁぁと風が吹き、カーテンが舞った。
頭が痛い。ジンジンするし、ガンガンする。体が重く、手も動かす気にもなれない。動かそうにも、まるで腕に鉛でも詰まってるみたいに重かった。
「……あ…………う……………っ」
のどが痛い。水が飲みたい。カラカラだ。声も出ない。
ここはどこだろう。誰かいないのだろうか。どうして俺はここで寝ている? この全身が重いのは何故だ? なぜこんなに頭が痛い? 疑問だらけだ。
どこからか、足音が聞こえてきた。トントントントントン。近づいてくる。
その足音は、どうやらこの部屋の前で止まり、コンコンと、ドアをノックする音が聞こえた。直ぐにガチャリとドアが開く。体は相変わらず、動いてくれなかった。
テクテクテク。誰かが近づいてきた。誰だろうと思い、何とか動こうとする。けれども相変わらず、動かない。
(このっ、動け…!)
「うっ!?…………………っ!」
「ひゃぁっ!!?」
動こうと思いっきり力を入れたら、全身に鋭い痛みが走った。ぶっとい針でぶっすりと刺されたみたい。苦痛の声が漏れる。
「う、………うう……………っ」
「お、おきてるの?」
痛みを堪えてると、可愛らしい女の子の声が聞こえてきた。5歳ぐらいの子が、俺の顔を覗き込んでくる。女の子は俺と目が合うと、「おきた! せんせーおきたよー! あのこがおきたー!!!」と大声をあげてバタバタと部屋から出ていった。
頼むから大声をあげないでくれ。頭に響く。そんなことを思いつつも、俺は全く違うことを考えていた。
それは、先ほどの女の子について。――あ、別に惚れたとかではなくて。…いや、確かに可愛らしい顔立ちをしてたけど、将来は別嬪さんになるだろうとも思ったりもしたけど、そうじゃなくて――
――あの子の頭の上、猫みたいな獣の耳がなかったか……?
……………。
いや、きっと気のせいだ。痛みと疲労で、幻覚でも見ているんだろう。
俺は勝手にそう判断すると、襲ってきた睡魔にその身を任せた。
◇
咽喉に冷たい者が流れ込んでくる。美味しい。水だ。
少しづつ流されてるのを、コクコクとゆっくり飲んでいると、咽た。ゴフッと少なくない水が口から溢れた。
(………?)
瞼が重い。眠たい。それらを追いやって、薄らと目を開けると、綺麗な大人の女性が、俺の顔を覗き込んでいた。
「―――――――! ――――――――!!!」
その人は何やら必死に声をかけてくるが、上手く聞き取ることができない。
何なんだろうと思いつつも、何だか励まされているようだったので、上手くできたか分からなかったけど、小さく微笑んで、また睡魔に身を任せた。
◇
体が冷たくて、目を覚ました。暗い。夜だろうか。遠くで虫の鳴く声が聞こえる。
寒い。あと、気持ち悪い。着ている服が汗でびちょびちょだ。冷たい。このままでは風邪をひく。誰か傍にいないのだろうか。初めて目を覚ました時よりかは、体が動く。まだ動くと全身が痛いが、前ほどではない。何とか、寝がえりならうてそうだった。
取り敢えず気持ち悪いわ寒いわで、着替えようとも思ったが、無理そうだったので、ならばと場所を変えることにした。取り敢えず、うつ伏せになりたい。背中冷たい気持ち悪い。
で、寝返りを打ったら、打ち過ぎたのかベットから落ちた。ドスンかゴスンか。とにかく人が落ちる音がそれなりに大きくして、俺は全身に激痛が走り、声にならない声を上げた。自分でも耳を防ぎたくなるような…それは悲鳴に近かったように思う。
遠くでバタバタバタと、大勢の人の走る音が聞こえる。その音が近づいてきて、バタンと勢いよくドアを開け離れたのを聞き届けてから、俺の意識はまたまた闇に沈んだ。
◇
頭が酷くぼ~っとする。吐く息が何となく熱いと分かった。汗もかき、関節が痛い。そうでなくても全身が痛いのに、本当、勘弁していただきたい。咽喉が焼けるようだ。腫れているのか、ひどく痛い。唾が飲み込めない。
確実に、風邪を引いた。絶対この前の汗のせいだ。ガタガタと体が震える。そしてそれに合わせて痛みが走る。眠りたいのに眠れない。今夜はカーテンが開きっぱなしで、月の光が頭上の窓から入ってくる。眠れないので、しばし月を眺めていよう。
偶にせき込みながら、月を眺めていたら、いつの間にか眠っていた。
◇
いい匂いがして、目を覚ました。見るとすぐ傍に、前にも見た大人の女性がいた。まだ熱が引いていないようで、視界が酷くぼやける。彼女は流れるような金色の髪をしていて、目は碧眼。ここはどこだろう。改めてそう思った。気のせいか、耳も尖っているように見えたのだが…これもきっと熱による幻覚だろう。そう思うことにした。
彼女が、その手に持ったお椀からどろどろとした何かをスプーンで掬い、俺の口元まで持ってきた。
これを食べろ、ということだろうか。俺は小さく口を開ける。するとニコッて笑って、ゆっくりと口に流し込んでくれた。ドロッとしたものの正体はお粥…のようなもの。よく分からない。でも不味くはなかった。だから飲み込んだのだけれど……胃がそれを受け付けず、それをそのまま戻してしまった。
ああ……もったいない。それと、ごめんなさい。それだけを思い、俺は力尽きるように眠った。
◇
そんな感じの日々が、あと数日続いて。
俺はようやく、この世界で目を覚ました。