傭兵と獣道
暗殺集団“禿鷲”の一人、蛇毒の鞭エキドナ・アミラを打ち倒したルーク。
怒りを纏った幽霊の剣は蛇を断ち、少年の無念を晴らした。
エキドナがこぼした『ボスが戻ってくる』という言葉。
ロビンを殺す動機、ブルークォーツという謎の単語。
そして、再び現れた聖血清の存在。
数多の謎が渦を巻いてルーク達を囲む。
思慮を巡らそうとしても、今のルークにはそんな余裕は無かった。
(腕が……重い)
エキドナによって噛まれた蛇の毒が徐々に体中を蝕み始めていた。
戦闘中は感情が昂ぶっていたからか気にもならなかったが・・・・・・
今は安堵や魔断を使った疲労感も相まってルークへ追い討ちを掛ける。
まるで雨を浴びたかのように張り付く汗。
(……だめだ……力が……入らな……)
頭では必死に命令しているはずなのに、思い通りに体は動かない。
他人の体を操作しているように感覚にズレが生じる。
杖代わりにした剣が手から離れて倒れそうになる。
その時、屋敷から飛び出してきたロビンが必死にルークの腰元を支える。
「ロビン……無事か」
ロビンが枯れた声で心配する。
「ル、ルークさん……今すぐお医者様に!」
目の前であんな血生臭い戦闘を見て、震えだすのも無理はない。
何か緊張をほぐそうと気の利いた事を考えるが、口にできる余裕は無かった。
ロビンの小さな体では大の男はを支えきれず、ルークは倒れこんでしまう。
泣き疲れたようなロビンの表情を見て、ルークは微笑みを返すと彼の視界は真っ白になった。
「ルークさん!!そんな!!」
祖母だけでなく、自分を助けてくれた恩人まで死なせるわけにはいかない。
ロビンは医者を呼ぼうと足を町へと向け、全力で走り出す。
街路へと出る道に差し掛かろうとした時だった。
人気の少ない道に偶然、二つの人影が現れた。
藁にも縋る思いで、ロビンは声を掛ける。
「すいません!助けて下さい!」
青年と少女はロビンの登場に驚いたのか、目を丸くしている。
「お、落ち着きなさいよ。一体どうしたの?」
少女は腰を落とし、息を切らしたロビンの肩に手を掛けてやさしくなだめる。
「ルークさんが……向こうで僕を助けるために!蛇の毒で……!」
必死に伝えようとするあまり、つたない言葉を発するロビン。
それを二人は疑うこともなく真剣な目つきで少年の話に耳を傾けていた。
「どうする?フレッド」
「聞くまでもないさ、行こうエステル」
シアン領 郊外の獣道
そこはルーク達が通った道から脇に外れた森の中。
うっそうと生い茂った木の葉が陽の光を閉ざし、辺りは薄暗い洞窟のようだった。
湿った枯葉混じりの土に、何人もの男達が次々と顔を突っ伏していた。
最後に残った男が捨て台詞を吐いて倒れる。
「バカな……どうしてここが?しかもたった一人の野郎に」
「身分も隠さねェお尋ねものが、まっとうな道の上を歩く訳がねェと思ってさ」
そこには禿鷲が雇った傭兵達とドレッドの姿があった。
一仕事を終え、慣れたようにマッチを取り出し煙草に火を灯す。
煙を吐きながら、出発前に父であるハーディとの会話を頭の中で回想していた。
「戻ってきた?あの禿鷲が?鳥頭は三歩が限界というが……十年ならよく持ったほうだの」
のんびりと箒で墓地の石畳を掃くハーディ。
「冗談言ってる場合かよ親父、仕事の話しに来たんだぜ」
「わかっとるわ……ワシが気になるのはその鳥に食われた奥方、他所の国の出か?」
永遠の眠りを暴かれ、その身を禿鷲に食われたロビンの母親。
この国の土には骨よりも、灰が埋まっている方が多い。
「ん……そういや土葬なんて珍しいなァ」
「この町で土葬を希望してる奴なんてのは、レジーナのババアくらいだぞ」
不明瞭な禿鷲の目的。
「ルーク達は無事に着いた頃かなァ……」
もう一度煙を吸おうと口元へ煙草を寄せようとした時だった。
ひゅんと風切る音と共に煙草の火が消える。
「勿体ねェなあ、まだ火付けたばっかりなのに……」
音の通り過ぎた先には、深々と木に突き刺さった一本の矢。
一服するのを諦めドレッドは煙草を放り投げ木陰に身を隠す。
「外した事、後悔するんじゃねェぞ」
一方、傭兵達は暴れまわっていたドレッドに一矢報いた事で思い上がっていた。
「おい見たか、煙草消されてビビってるぞ」
「流石に弓矢には手も足も出ないみたいだな」
射手達はお互い近くの木で身を隠し、弓を構えながら小声で言葉を交わす。
「一般人の身なりして、恐ろしい動きだ」
「なんにせよ、あの木からはもう一歩も出られねえっしょ」
「私は脇から仕留める」
「了解、ここで待っとくぜ」
抜き足、差し足、忍び足。
射手の一人は音を立てずに距離をとったまま、相手が隠れた木の側面へ移動する。
位置に付き、矢を弦に宛がい目を凝らして獲物を探す。
ゆっくり、じりじりと顔を出して木陰の裏を見る。
「……消えた?」
そんなはずはないと、冷静を保つ射手。
見失ったと合図を仲間のほうへと手話で向ける。
「一体どこに?」
手話の合図を受け、その場で待機していた射手が困惑した表情を見せる。
次の行動を手話で受け取っている最中、急に武器を捨て両手を上に挙げ静止する。
「はあ?なんだその合図、教えてもらってないぞ」
「あれは降伏の合図だ」
後ろから耳元をさするように聞こえてくる男の声。
「う、うわぁ!!」
「撃ち手が同じ場所にいるのは悪手だぞ、若造」
突然後ろから聞こえたドレッドの声に不意を突かれ、射手は片腕を後ろに固められる。
「あの男……どうやって……」
隠れていたと思われる木には一本の短剣が真横に突き刺さっているだけだ。
「まさかあれを足場にして上から木々を伝って来たのか!?」
「お前さんもだ、殺し屋なら一発で仕留めろ。そうじゃなきゃ……」
傍の木陰に射手を連れて行くドレッド。
はみ出て見える射手の足がじたばたと動き、抵抗している様が分かる。
たったの数秒で、もがく様子が終わりドレッドが再び姿を現す。
「こいつもこんな目に遭わなくて済んだのになァ」
最後の一人となった射手とドレッドが向き合う。
射手はまるで悟ったように抵抗の様子は見られなかった。
「私はしがない傭兵だ」
「どんな内容で雇われた?俺達のことも知らねェんだろ?」
射手は胸から何かまさぐり始める。
ドレッドは一切警戒する様子は見せなかった。
悲しみを訴えるような男の目からは、武器を取り出すようには見えなかった。
「……旧市街で死んだ傭兵二人は私の友人だった」
射手が突き出した拳には、首飾りがぶら下がっていた。
それには国が認めた傭兵の証が二つ、血の染みがこびりついていた。
「あいつらはその日暮らしの生活で最期は碌な仕事をしていなかった、だがそれでも……」
二人の事を思い浮かべ、突き出した拳は微かに震えていた。
「ジョンとヨゼフをあんな惨いやり方で殺した、幽霊とやらを私は許せない……!」
「……その二人をやったのはあの熊野郎だ」
「ははっ……これだけやっておいて今更しょうもない嘘を」
次々と仲間たちを倒された後に言われたところで信憑性など一切ない。
「あいつらはヘマした奴を生かしてはくれねェ“そいつら”連れて遠くまで逃げるんだな」
「俺達は余計な殺しはやらねェ」
そう吐き捨てるとドレッドは溶けるように森の中へと姿をくらましていった。
「……すまないジョン、ヨゼフ。情けない私を許してくれ」
周囲を警戒しながら、床に伏した傭兵の首に射手は手をあてがう。
「……!」
首元は熱を帯び、確かに脈をうっていた。
傭兵たちの小さい吐息も聞こえる。
「まさか……誰も殺していない……のか……」
ドレッドは風を切って獣道を走り抜けていたが、奇妙な違和感を覚え足を止める。
「動物と人間の足跡……こりゃ狼か犬だな」
足跡の向きはドレッドと同じ邸宅へと向かう方角。
もう一つは全く逆を向いている、往復したような後だ。
それだけではない、どこか鼻を刺す異臭も漂っている。
自分の経験を頼りに、ドレッドは生い茂る雑草を掻き分け臭いの元へ向かう。
途中で衣服の切れ端と鳥の羽らしき物を見つける。
「使用人の服か?嫌な予感が……」
少し開けた場所に出ると、そこには無残な光景が広がっていた。
死体に群がる鳥の群れ。
黒い翼をはばたかせ、桃色の首を伸ばして死体を嘴でつつき、貪っている。
それを見守る護衛のように大きな白狼が一匹、佇んでいた。
ドレッドはこの狼に見覚えがあった。
周囲に感じる人の気配に向かって独り言のように呟いた。
「この十年間、お前だけはまっとうに生きてたと思ってたよ。俺はな」
白狼はドレッドを一瞥をすると、木陰に向かってゆっくりと歩く。
それを迎えるように木陰から一人の黒髪の男が現れる。
流れるような長い髪の隙間から見える顔つきに、歳はドレッドとさほど変わらないように見える。
「殺ったのはエキドナだ、俺は手を出してない」
男はそう言って、優しい手つきで白狼の頭を撫でる。
目に負った縦筋の傷を見てドレッドは確信する。
十年前に戦った禿鷲の一人。
常に狼と行動し、その剣の腕から凶刃の狼と名が付けられた男。
シルクレイ・ヴォルフだと。
「爺さんがアンタら三人を見逃した訳が、分かってなかったみてェだな」
「俺はこの十年間、不殺を貫いた。この傷に誓って言おう」
シルクレイの重い表情にドレッドは困惑する。
その傷が誰に付けられたのかは言うまでもない。
「あの頃は俺も若かった。強い相手に飢えて、誰にでも斬りかかっていたな」
苦い思い出をどこか懐かしく語るシルクレイ。
しかしドレッドはとてもじゃないがそんな気分には浸れなかった。
すぐ傍で死体を囲む鳥達が視界に入っているせいだろうか。
「悪いが昔話に付き合ってる暇はねェんだ、止めるつもりなら……」
「さっさと行け」
「本気で相手を……あ?」
シルクレイの言葉に肩透かしをくらうドレッド。
元殺し屋だったとは思えぬほど殺気のない立ち振る舞いにドレッドの動揺が続く。
「俺が受けた命は“見張り”だ。エキドナは屋敷にいる」
「油断させるつもりなら、アンタ役者になれるぜ」
「…………」
疑う姿勢を崩さないドレッドにシルクレイはしばらく沈黙を続けた後、少し躊躇う様な表情で口を開いた。
「……俺はこの十年間、子守をしてきた」
「孤児院でも始めたか?殺し屋だったアンタが?」
煽るドレッドにシルクレイは全く相手にせずといった様子。
「孤児というのもあながち間違ってはいない、お嬢は頭の娘だからな」
「初耳だ、あいつに娘がいたとはなァ」
「この計画はお嬢の命。故に逆らえない、だがもっと逆らえぬものがある」
二人の話を遮って騒々しい鳴き声が耳に響く。
死体を食らい尽くした禿鷲達が、『次の餌はどこだ』と喚き散らしている。
「やかましいなァ」
そうドレッドが呟いた瞬間、一斉に禿鷲達が首を揃えてこちらを向いた。
飢えをまだ満たせなかった一羽が、ドレッドに飛び掛かる。
足の指を開き、鋭い爪で突き刺そうと足を伸ばした瞬間。
「散れ!」
「失せな」
ドレッドとシルクレイが同時に動いた。
僅かな一瞬で禿鷲は首と体を離して床に転げ落ちる。
胸からは血を噴出し、痙攣を起こしている。
「腕を上げたようだな」
「アンタも衰えてない」
一連の流れを見た禿鷲達は二人の放った殺気に焦り、翼を荒げる。
白狼が追い討ちと言わんばかりに禿鷲たちに吼えると散り散りに飛び立っていった。
禿鷲の残骸を見て、ドレッドは話しかける。
「これも片付けないと証拠が残るぜ」
「俺の受けた命は“見張り”だ。これにて失礼する、行くぞシルバ」
剣を鞘に収め、速やかにその場を後にしようとするシルクレイと白狼。
いまいち意図が掴めないドレッド、彼らも一枚岩ではないのだろうか。
ドレッドは警戒を解き、最後にシルクレイに問う。
「んで、もっと逆らえないモンってのは何だよ」
「己の信条だ。子供は殺さん、今も昔もな」
自分より弱い者には決して手を出さない。
それはひたすらに強者を追い求めた殺し屋らしい言葉だった。
文章に変な点、荒い所を見つけ次第
添削・修正しております。




