助けを求めて
「母上を“鳥”の餌にしたんです……」
逃げてきた少年ロビン。
彼が涙ながらに話した衝撃の展開に二人は驚きを隠せなかった。
既に死んでいる人間の墓を荒し、鳥に食べさせる女。
……正気の沙汰を逸している。
一体この一家に何があったのか。
重くなった空気にルークが口を開いた。
「……それで、逃げ出して来たのか?」
「はい……もう何がなんだか分からなくて……」
気が付けば追われる身、命からがらこの町まで辿り着いた。
「それで、お婆様の家があるこの町に」
「事情は分かった、だが坊主……」
ドレッドが話を切り出し、ようやく本題に触れる。
「レイスを探していたのは、まさかその女を……」
どうしてロビンがレイスを探していたのか。
全ての疑問がここに収束する。
「レイスに会えば、母さんに会わせてもらえると思って」
眉を潜めるルークとドレッド。
「坊主、レイスは“人殺しの幽霊”だ」
当然ルークに死人に会わせる術など持ち合わせていない。
「え?」
ロビンの考えはルーク達の予想とは違うものだった。
レイスを死者への導き手だと思っていたようだ。
ある意味で間違ってはいない。
死ねばあの世にいけると言う意味では。
「……そのお婆ちゃんの家に行けばどうにかなるのか?」
「はい、お婆様なら何が起きてるのか分かる気がするんです」
「でもよ、またあの熊野朗がきたらどうすんだ?」
両手を挙げ、襲い掛かる仕草でロビンを茶化すドレッド。
「それは……」
ロビンは言葉を失くし、黙り込んでしまった。
また外に出れば間違いなく禿鷲に狙われる。
明日には子供の白骨死体の記事が新聞に載る事になるかもしれない。。
ハーディの言葉が頭に浮かぶ。
『理不尽な目に遭う人間はごまんといる』
今、目を背けて無かった事にすれば……あの傭兵達と何も変わらない。
少し間をおいた後、ルークが口を開く。
「家まで護衛してやる」
「お……?」
心境の変化に気が付いたドレッドは口元を緩める。
「本当ですか!?」
少年の眼がきらきらと輝きを取り戻す。
「だが代金は貰う」
少年は急いでポケットをまさぐり始める……
「全財産です!これで足りますか……?」
あどけない笑顔でテーブルに突き出したのは……
二枚の銅貨。
「……」
「……」
パン一斤が満足に買えるかどうかの金額。
この年頃の子供にはまだ金銭の価値が分からないのだろう。
銅貨二枚で暗殺者からの護衛……
ルークとドレッドは無表情のまま顔を見合わせる。
少年は暗い表情に戻り、俯く。
「すいません……家を飛び出して来たので、これだけしかなくて……」
金があれば馬車を使うような距離を歩いてきたりはしないだろう。
返事をしない二人。
表情が気になり、おそるおそる顔を上げる。
「あっ」
テーブルを見ると、銅貨は無くなっていた。
「あんたの分だ」
ルークはドレッドに向かって銅貨を1枚親指に乗せて弾き飛ばす。
ドレッドはそれをひったくる様に手で受け取る。
「確かに受け取ったぜ」
「ありがとうございます……!」
ロビンは目に涙を浮かべ、頭を下げる。
「今更ですけど、二人は何者なんですか?」
少し沈黙が流れた後、苦し紛れの回答が並ぶ。
「傭兵みたいなもんかな」
一人は曖昧な職種。
言われてみれば、役人の後ろ盾があるとはいえ……
自分は暗殺者です、など口が裂けても言える訳が無い。
「俺は墓守だ」
一人は半分事実。
確かに間違っては居ない。
ただロビンにとっては、いささか疑問が残る。
「えっ……その格好で……?」
「なんかこのやり取り、どこかでもしたなァ……」
ドレッドの足元でナティがくるくると回る。
「……なんだァ?」
「ふくのことならバーミリオン!」
屈託の無い目がドレッドを見つめる。
「商魂逞しい犬だぜ……」
「かわないの?」
賢明に尻尾を振り愛想を振りまくナティ。
「墓守らしい格好とか分かんのか?お前」
「ばかにすんな!まかせて!」
商品の棚へと向かっていくドレッドとナティ。
一人と一匹のやり取りを見てロビンは改めて驚く。
「やっぱり不思議な所ですね、白と黒しかない服に喋る犬……」
「ま、まあ世間は広いってことだ。今日はもう寝な」
「わかりました。おやすみなさい」
ルークは手に取った紅茶を飲み干す。
暗殺者集団『禿鷲』に追われるロビンの事は不憫に思う。
だが一番気に食わないのは……
「いい大人が弱い者いじめて暗殺者気取りかよ……ったく……」
――翌日。
シアン領 旧市街
町の西側には老朽化により、建て直しを検討されている旧市街がある。
昨日の戦闘により崩れた外壁と床を染める血の跡は残ったままだ……
そんな中、銀色の鎧を身に纏った男達が現場を捜査していた。
町で働く国直属の兵士達だ。
「ちょっと前にエルムの事件があったと思ったら今度はなんだ……」
「傭兵の揉め事っすかねえ、ひでえありさまっすよ」
「俺、国の為にこの仕事に志願しましたけど」
「死体はやっぱり苦手っす……うっ……」
周囲に飛び散った血や傭兵の死体を見て、吐き気を催す。
普段から窃盗などの軽犯罪に対応している兵士には刺激が強すぎる。
「馬鹿、吐くなら壁の向こうでやれ!」
若い兵士達のやり取りを見て、一番年老いた兵士が忠告する。
「お前さん達、今日は真面目にやったほうがいいぞ」
「今日は何かありましたっけ?」
眠たそうな顔つきで兵士が問う。
「噂ではこの事件の捜査の為に“憲兵”が来るそうだ」
「首都のお偉いさんが!?」
さっきまでの顔つきが嘘のようにしゃきっとし始める。
彼らにとって首都の騎士や憲兵は敬うべき対象だからだ。
「この事件には禿鷲が絡んでおる、嫌な予感がするぞ……」
「禿鷲?この事件って鳥がやったんすか?!」
すっとんきょうな声を上げる若い兵士。
空を見上げ、化け物じみた鳥の姿を頭の中に浮かべている。
「はぁ……」
若い兵士の反応を見て溜息を付く老兵。
十年も前なら彼らも子供だった時代。
禿鷲と聞けば普通に思いつくのは鳥だ。
「そういえばフュリー兵長、来てないですね」
「兵長ならここだ」
背後から聞こえた男の声に兵士達が一斉に振り向く。
どすん、と重い音を鳴らし現れたのは青い鎧の男。
足元には地に這いつくばってに倒れる兵長の姿があった。
「へ、兵長!?」
「馬鹿者、敬礼しろ!」
驚きを隠せないまま、大慌てで整列する。
青い鎧の男の前に、十数人の兵士が一列に並ぶ。
「え!?は、はいっ!」
事態が飲み込めないまま、老兵に言われ目の前の男に敬礼する兵士達。
青い鎧の男も鋭い眼光のまま敬礼を返す。
「本日、シアン領に視察に来た。エドガー・フレデリクだ」
兵士達の視線が足元の兵長に釘付けの中、エドガーが説明する。
「この者は金に目が眩み、国を守る兵士としての誇りを捨てた」
「意図的に巡回に穴を開け、この事件に加担していたのだ」
重圧を纏った低い声。
その声は兵士達に注意を促すには十分だった。
「次に取り締まる相手が君達ではない事を切に願う」
憲兵が相手にするのは兵士。
民間に対して立場や権力の乱用の抑止を目的としている。
「はっ!」
「君達は町民の盾であり、矛である事を忘れるな」
外壁を片付けながらエドガーについて語り合う兵士達
「うわ……兵長ぼこぼこだよ……鎧にへこみできてますよ」
死んでいるのかと不安になるくらいぴくりとも動かない兵長。
明日は我が身と言わんばかりに、兵士達はそっと心の中で国に忠誠を誓う。
「前の聖騎士とは違う威圧がありますね……殺意に近いっていうか」
「下手なこと言うと左遷させられるぞ」
震えた声で忠告する兵士。
噂で聞いたエドガーの恐ろしさを耳打ちでそっと伝える。
「なんでもコバルトの兵士は北東の僻地に飛ばされたらしい」
「マジっすか……」
兵士がエドガーの方を振り向くと目線が合ってしまった。
「君達も行きたいなら喜んで手続きしよう」
「す、すいませんでした!!」
兵士達の口数が減り、黙々と作業が進んでいく。
老兵とエドガーが事件について話し合う。
「脱獄した銀腕の熊が傭兵を殺したという事だが」
「この傭兵達は禿鷲に雇われていた、という事までは割れております」
「用済みになったところを殺したと思うのが普通ではないでしょうか」
「……禿鷲は飛んできたか?」
「そういえば来ていませんな……」
外壁の一部の破片を見るエドガー。
一見ただの石ころにしか見えないそれが、エドガーにある存在を予感させる。
「恐らく何者かに邪魔をされたのだろう」
「どうしてそう思うのですか?」
「この切断面、これは熊にはできない」
エドガーは深く腰を落とすと石を手に取り、独り言を呟いた。
「……幽霊だ」
「なにかおっしゃいましたか?」
無言で首を振り、エドガーは思考を巡らせながら顎を手でさする。
「禿鷲の討伐隊はいかがなさいますか?」
エドガーが視察に来た理由は兵士の治安管理だけではない。
脱獄した禿鷲の始末も兼ねて来訪したのだ。
幽霊とは違い、彼らは多くの人間を巻き添えにする。
民間へ被害が出る前になんとしても牢へ連れ戻さねばならない。
「一人でいい」
「そうですか、では一番功績のある者を……」
「違う」
エドガーは働く兵士達を一瞥した後、その場から去ろうと立ち上がる。
「はい?」
「私一人でいいと、そう言ったのだ」
シアン領 郊外
町を出て北東の門をくぐると、整った街路と草木が広がっている。
元々裕福な者達が土地と邸宅を構えている地帯である。
ルーク達が歩いているこの道から少し脇に出れば、そこはもう誰かの広い土地の中だ。
「ドレッドの奴、後から来るって言ってたけど道分かるのか……?」
「あのおじさんがレイスなんですか?」
先ほどからロビンは何かの確証があるのか、誰がレイスなのかと聞いてばかりだ。
それだけでは済まず、あの光る短剣はなんだったのかなど……
傭兵なのに傭兵章が胸にない、と指摘されたときは本当に参った。
しまいにはナティの好物まで聞く始末。
レイチェルに聞いて欲しいと心底思ったルークだった。
「だから違うって」
「じゃあやっぱりルークさんが?」
子供特有の止む事のない好奇心に耐え切れず、深い溜息を付くルーク。
「それとも――」
声音を低くし、少し脅すようにロビンに警告する。
「いいか少年……」
顔を近づけ、喰らうぞといわんばかりの顔で睨みつける。
「レイスは存在しない」
「は、はい……」
正体を悟られぬようにはこうするしかない。
気まずい空気を咳払いで流して、道を進む。
町を出てから数十分、今の所誰も襲い掛かってくる気配は無い。
領主の館ほどとは言わないが、木々の隙間から大きめの屋敷と門が見えてきた。
「流石に真昼間から襲い掛かってくるほど間抜けじゃないか」
通行量はさほどなく、近くに人が住んでいる気配もしない。
ルークはいつ襲い掛かってきても不思議ではないと構えていたのだが。
「やっぱり家より兵士の駐屯所に行った方がよかったんじゃないか?」
「お婆様は細剣の名手で有名だったんです!悪い奴なんかに負けません!」
ロビンの言うとおりであれば、武家だったのだろうか。
ハーディなら詳しい話を知っていたかもしれない。
屋敷の正門をくぐるルークとロビン。
どうやら迎えの者は居ないようだ。
「こういう時は従者とかが来ると思うんだけどな……」
「突然の事ですから、きっと気付かないんですよ」
辺りの庭を見ると少し草が茂っているようにも見える。
名家の屋敷でも、こういう事は関心が無いのだろうか。
ふと、ルークの眼にあるものが映る。
「これは……」
「なんですか?それ」
手に取ったそれは、白い布のような物体。
よく見ると茶色い斑点がびっしりとついている。
「何かの皮ですか?」
「蛇の抜け殻……?」
ルークの中で何かが引っかかり始めた、その時。
「あら、お客様ですか!これは失礼しました」
振り返ると給仕の格好をした緑色の髪の女性が後ろに立っていた。
「いえ、こちらこそ勝手にお邪魔しちゃって」
「私はエイアと申します。一体何のご用件でしょうか?」
ロビンは女性に駆け寄り、屈託の無い笑顔を向ける。
「お婆様に会わせてください!」
「お婆様……?アシュリー様の事でしょうか?」
事情を説明するとエイアは快く屋敷へと招き入れてくれた。
庭と違い、屋敷の中は手入れされているのかさっぱりとしていた。
華美すぎず、寂れた雰囲気でもないといった様子。
「ロビン様はこちらへ、お召し物を変えましょう」
エイアがロビンを案内しようと手を掴む。
すかさず、ルークが待ったと声を掛けた。
「いかがなさいましたか?」
「そいつが着てる服は買ったばかりの新品なんですが」
ロビンが着ているのはバーミリオンで買った黒い服。
ボロボロの姿を見かねたルークがちゃんと立て替えて購入した物だ。
「久しく会われるお孫様がこの様な格好では縁起が悪すぎます」
ナティが聞いたらすぐさま飛び掛りそうな発言だ。
ロビンのお婆様……アシュリーという人物の年齢が分からない。
だが少なくとも老人の目の前で真っ黒い服装は死を連想させるのだろう。
妙に説得力のある言い分にルークは納得してしまった。
「そ、そうですか……」
「アシュリー様は二階奥のお部屋でお待ちです。私はロビン様と共に参りますので」
そういうとエイアとロビンは廊下の奥へと消えて行った……
渋々二階へ歩みを進めるルーク。
「本当にこんな屋敷に預けて大丈夫なのか……?」
部屋の数は結構あるようだが、不思議と誰の気配もしない。
この屋敷はエイア一人で管理しているのだろうか。
「とはいえ当事者抜きで何を話せっていうんだか」
言われたとおり部屋に着き、扉を軽くたたく。
「……?」
反応が無い。
再度扉をたたくが、やはり反応が無い。
「入りますよ」
扉を開け、部屋に入るルーク。
部屋の中には壁に掛けられた細剣や恐らく若い頃のアシュリーと思われる女性の絵画が飾られていた。
屋敷の主はこちらに背を向けて揺り椅子に座り、窓の外を眺めている。
(なんだ……いるなら返事してくれよ……)
しかしルークは違和感に気付く。
壁に掛けられた細剣が一つ、鞘しか残っていない。
絵画にも、不自然な黒い点がいくつか見られる。
……乾いた血の跡だ。
「まさか…!」
沈黙した空気の中、ルークは駆け出した。
アシュリーと思われる人物の正面に回り込むと……
干からびた老婆の姿がそこにあった。
全身の血を抜かれた、骨と皮の身体。
言うまでもない……既に息絶えている……
「酷いな……」
目の前の老婆に衝撃を受けてはっと気付く。
給仕のエイアと名乗った女。
屋敷の主がこの状況で気がつかないはずが無い。
嫌な予感がして、体中の毛が逆立つ。
その時だった。
背後で何かの音。
隙間風のような掠れた何かの鳴き声が耳の後ろにぞわっと響く。
身の危険を感じ、ルークは反射的に剣を引き抜く。
後ろを振り向くと目に映ったのは身の丈ほどの巨大な赤い蛇。
胴体を上に伸ばし、ちろちろと舌を出して威嚇していた。
「……!」
驚く間も与えずに飛び掛る大蛇。
対してルークは横一閃で胴体を斬り払う。
赤い塊のような強烈な印象とは裏腹にあっけなく絶命した。
頭を無くした胴体は不気味に立ちすくみ、切断面からは噴水のように血が飛び散った。
辺りに血を撒き散らし、ルークの顔にも赤い染みをつける。
状況から見て、この老婆を干からびさせたのはこの大蛇だ。
普通の蛇は、血液に毒を送り込んで殺す。
この気味の悪い蛇は一体……
ルークが扉の方へ振り向くと、そこには給仕とロビンの姿があった。
「きゃあああああああ!!」
「そんな……お婆様……」
絶叫するエイア。
目の前の光景を見て愕然とするロビン。
剣を抜き、血に染まった姿でこちらを向くルーク。
沈黙したままの愛しい祖母の後姿。
「少年、落ち着け」
「どうして……そんな……!」
大蛇を見れば状況は一目瞭然のはず。
足元を見るルーク。
大蛇は見当たらず、萎んだ風船のような蛇の皮だけがそこにあった。
どうやら先ほど噴き出した血が体積の殆どを占めていたようだ。
(そういう事か……!)
これはルークがアシュリーを殺したと思わせる罠。
企てた人物は……
「逃げましょう!ロビン様!」
呆然と立ち尽くすロビンの手を取り、逃走を促すエイア。
少年の眼は絶望して虚空を彷徨っている。
「今逃げたら、ずっと変わらないままだぞ」
ルークは壁に掛かった細剣をロビンの方に投げる。
「どうしても疑うなら、それでオレを突き刺せ」
目を据えて、ロビンに落ち着いて話しかける。
「……オレは逃げも隠れもしない」
「涙を拭いてその目でよく見るんだ!」
「早く!ロビン様!」
腕を引っ張るエイアを無視して、ロビンは裾で涙を拭う。
「これが……今さっき死んだ人間に見えるか……!」
揺り椅子を正面に回し、干からびたアシュリーの姿をロビンに向ける。
少年の目に映る血塗れの老婆。
過去の記憶に宿る、優しく抱きしめてくれたあの面影はもうそこにはない。
「……」
ロビンはエイアの手を振りほどき、細剣を手に取る。
「僕は……もうどうしていいか分からないよ……」
残酷な光景を目の当たりにし、再び涙が溢れるロビン。
「僕が……何をしたっていうんだ……!」
その細剣の切っ先はエイアに向けられていた。
ロビンの腕を放し、エイアは後ずさる。
「ひっ……」
「茶番は終わりだ」
彼女の口元が歪む。
「ひっ……ひひひ……」
彼女から発せられる声は明らかに怖気づいた悲鳴ではなかった。
……堪えられずに出た引き笑いだ。
「まさか……ガキが篭絡されていたとは予想外だったよ!」
エイアは髪を解き長髪を露わにする。
「折角温存したヒルヘビも台無しだ」
先ほどまでの穏やかな表情は消え失せ、狡猾な笑みを浮かべていた。
「でもその血は本当におばあちゃんのさ……よく味わってね」
「下品な女だな」
エイアはスカートの中から蛇を模した鞭を取り出し、ロビンの細剣を素早く絡め取る。
「あっ……」
細剣を放り投げると間髪居れずに鞭を振り下ろし、ロビンの頭へと叩き付けようとした。
素早く目の前にルークが割って入り、剣で鞭を払いのける。
「わあ、すごい速いのねぇ」
その声音はとても驚いているようには聞こえない。
エイアは体を斜めに傾け、ロビンに気味悪く微笑む。
彼女の視線を邪魔するかの如く、ルークの剣が勢いよく床に突き刺さる。
ロビンが思わず声を上げる。
「わっ!」
突き刺さった剣の近くには、切断された蛇の頭が転がっていた。
「チッ」
「油断も隙もないな……」
悔しそうに鞭を両手に持ち引き伸ばすエイア。
「決めたよ、あんたは私が直々に絞め殺す」
エイアの瞳孔が縦に伸びる。
まるで蛇のような目がルークを睨む。
エイアは鞭を器用に操り、ルークの左腕を絡めとる。
お互い綱引きのようにその場で硬直する。
「そのガキを守るなんて命知らずな奴だ、なんて名前だい?」
「オレは騎士じゃない、教える訳ないだろ」
いけ好かない態度に舌打ちするエイア。
「表の人間の癖に生意気な……じゃあ私の名前を教えてやるよ!」
エイアは鞭を解くと突然自分の服を引き裂いた。
「私は禿鷲の一人……」
蛇の鱗で体を覆ったようなボディスーツが露になる。
胸元には鳥の羽のような刺青。
「蛇毒の鞭、エキドナ・アミラ」
どこからともなくエキドナの首に蛇がまとわり付き、こちらを睨む。
掠れた鳴き声を発し、舌をちろちろと出している。
「裏の人間が名を教えるのは……相手を絶対に殺す時さ」
銀腕の熊、アガートと似たような狂人の気配が彼女から満ち溢れている。
「こんなに早く禿鷲の一人に会うとはな」
ルークはロビンが心配になり、背後へ目線をやる。
ロビンは干からびた老婆の膝元ですすり泣いていた。
着替えたばかりの服が血だらけになろうが、そんな事は気にも留めない。
冷たい手のひらを、強く握りしめている。
「ひひひ!たまんないね!」
それを嘲笑うエキドナ。
「子供相手にいきがってんじゃねえよ」
ルークは顔を歪め、静かに怒りを露わにする。
「泣くのは後だ、全部終わったら思う存分泣け!」
押し寄せる蛇達を斬り払い、間合いを取るルーク。
「今は……お前がどうしたいのか決めろ!」
あくまでルークがロビンに申し出たのは“護衛”だ。
逃げるのか、それとも戦うのか。
「ロビン!」
泣きじゃくるロビンに選択を迫る。
「僕は……僕はこんな酷い事を終わらせたい……!」
悲しみで声が震える。
ロビンは静かに、されど強かに訴える。
「お婆様の……仇を……とって下さい!」
ルークは頷き、答える。
「確かに聞いたぞ」
エキドナの鞭を剣で弾き、すかさず間合いを詰める。
「はっ……!」
ルークの剣が首元の蛇を貫き、背後の壁へと打ち付ける。
その衝撃で蛇に引きずられるようにエキドナも姿勢を崩す。
「クソッ……!」
首に巻きついた蛇をはずそうと、もがくエキドナ。
「エキドナと言ったな、オレも教えてやる」
ルークは裾で顔の血を拭う。
少年の強い悲しみにルークは応える。
もはやこの状況に躊躇う必要など無い。
「オレの名前は―」
聞こえてきた単語にエキドナは金色に光る蛇の目を大きく見開いた。
それは十年前、彼ら禿鷲を壊滅に追い込んだ悪夢の名……
「幽霊だ」
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