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Wraith  作者: 神威
第二章 禿鷹
16/23

逃げてきた少年

 青碧の国。

 大陸の南側に位置するこの国には不穏な噂が流れている。

 闇に紛れ、人を殺す幽霊の存在。

 神出鬼没、一切の目的は不明。

 目撃者達の記憶に残るのは……


 黒い霧。

 閃光を放つ剣。

 転がる死体。


 いつしかそれはWraith(レイス)と呼ばれ、恐れられた。

 

 付いた尾ひれは数知れず。

 殺し屋達が作り上げた免罪符。

 政府が用意した犯罪への抑止力。

 幽霊を模した新種の魔物。


 一部ではこうも言われていた。

『あれは人を憐れむからこそ、人を殺すのだ』



 暗殺者に身を落とし、渇望した復讐への手掛かり。

 依頼を果たしても目ぼしい情報も得られず、落胆していたルーク。

 彼はこのまま流され、利用されるだけの状況を危惧していた。

 彼は別の道を模索する、それは当初の傭兵として生きる道。


 そんな中、彼の考えを吹き飛ばすかのように現れた少年。

 この事件が彼をまた闇の世界へ踏み入れさせる事になるのであった……




「お兄さん……レイスがどこにいるか知りませんか?」


 突然の質問に一瞬身構えるルークとドレッド。

 正体を悟られぬ様に目配せする。

 無言のままドレッドはわずかに首を横に振った。

『今は答えるな』

 レイスの所在をルークに尋ねたのは偶然かはたまた……


 ルークは腰を下げ、少年と目の高さを合わせる。

 少年の容姿は十歳にも満たないほど幼い様に見える。

 身に纏った外套は土や埃で汚れ、穴が開いている。

 煤けたような汚れが顔にこびりついている。


「何のことだ?それよりも勝手に短剣を盗んだ事を謝れ」

 少年の額を強めに小突く。

「いたッ……ごめんなさい」

「これを盗んでどうするつもりだったんだ?」


「少しでもあの人たちに立ち向かおうと……」

 あの時の少年の構えは、とても武術の心得があるようには見えなかった。

 がむしゃらにでも一矢報いようとしたのだろう。

 ルークは、少年と過去の自分が重なる。

「……お前の度胸に免じて許してやる」

 少年に掴まれた裾を振り払い、立ち上がる。

「二度とこんな事はするな」

 ドレッドは倒れた傭兵二人を重ねるように寝かせて、逃げる支度を整える。

「傭兵が起こす騒ぎなんざ日常茶飯事だけどよ、ガキまで殺すと来たか」

「この町は平和な方だと思ってたんだけどな」

「んじゃ、さっさとここからとんずらしようぜ」


『グオオオオォン!!』

 その時、上空から獣の雄叫びのような声が響く。

 同時にルークが空けた外壁の穴が完全に崩れ落ち、周囲に砂埃が立ち込める。

『どいつもこいつも……傭兵ってのは使えねえ』

 空気を震わせ、威圧を放つ野太い声。

 大きな人影が砂埃の向こうから浮かび上がる。


「レイス……テメェ成仏してなかったのか」

 目の前に出てきた男は気絶した傭兵に足を乗せ、こちらを見据える。

「あの時の若造も一緒か……ンン?」

 縦にも横にも広い体躯で、足元の傭兵が今にも潰れてしまいそうだ。

 特徴的なのは、右手にだけ装着した銀色の籠手。

「……なんだあのデブは」

「銀腕の熊……あんた投獄されたはずじゃァ」



「その名前は好きじゃねえ……アガートと呼べ!」

 ドレッドが銀腕の熊と呼んだ男はこちらから傭兵へと目を移す。

 足元の傭兵へ銀色の拳を叩き付ける。

 拳が重なった傭兵二人の皮鎧ごと貫き、腕が血肉にのめり込む。

 串刺しになった傭兵の体が小刻みに跳ねる。

 周囲に血が飛び散り、石畳の路面を赤く染めていく……

「わ、わ!人が!ち、血がっ……!」

「落ち着け……!」

 少年は思わず声を出しそうになり、ルークに手で口を塞がれる。

 目の前の殺戮に耐えられず、少年は白目を向いて気絶する。


「相変わらず、手癖の悪さはダントツだな」

「十年経っても変わらねえよ……この快感はよぉ!!」

 アガートは貫いた体から心臓を引き抜くと、狂喜の声を上げて握りつぶした。

「あいつ、何をしてるんだ!?」

「いらねぇんだよ……ガキ一匹も殺せん役立たずは」

 困惑するルークに躊躇いも無く答えるアガート。


「テメェ……若返った訳じゃねえな、目の色が違う」

 品定めをするようにルークを見るアガート。

 彼が頭に浮かべる過去のレイスとルークは一致しない。

「……青くせえ」


 突如、鐘の音が響く。

『こっちで音がしたぞ!』

 騒ぎを聞きつけた兵士達の声が路地にまで通る。



「チッ……」

 アガートは右腕で地面を割り、土煙を巻き起こし姿をくらます。

禿鷲(ヴァルチャー)はテメェを許さねえ。その血肉、俺達が喰らう!!』


 背後からは兵士達が駆けつける足音が聞こえる。

「禿鷲……?」

「ぼさっとしてる場合じゃねェ、ここから離れるぞ!」

「……ああ」

 気絶した少年を抱え、二人は夜の町中へ溶ける様に消えていった……




 服飾店バーミリオン


 住民達はすでに寝静まる真夜中。

 レイチェルの店へと押しかけたルークとドレッド。

 皮肉な事に、寂れた店内が隠れ家としては最適だった。


「よりにもよってここか」

「仕方ねえさ、墓場じゃ目覚めが悪いだろ。お前さんの家は遠いし……」


 店主が不在の中、迎え入れたのは一人の老婆。

 レイチェルの祖母レジーナだった。

 皺くちゃの肌、垂れたまぶた、高い鼻、しゃがれた声の老婆が歩み寄る。

 血色の失せた骨と皮だけの指で、ルークが背負った少年の髪を掻き分ける。


「あんたの子供にしちゃ似てないね……連れ子かい?」

「そんなわけないだろ」

「あんたも隅におけないねえ」

 流石元魔女というべきだろうか。

 唐突な来訪に冗談を飛ばすほど肝が据わっている。


「婆さんそりゃ無理があんだろ、俺なら分かるが……」

 まじまじとドレッドの顔を見た後、とぼけたようにレジーナはこう言い放つ。

「お前さんは女子供に逃げられたって顔しとるわ」

「……そんな甲斐性なしに見えるか?」

 ドレッドの口から震えた声が悲しげにこぼれる。

「オ、オレに振るなよ」

「そこは否定してくれよ!」

「まったく、にぎやかでしょうがないね」

 レジーナはそそくさと従業員用の部屋へと行ってしまった。


「……あのババァ、いつか殺す」

「死んでも化けて出るだろうな……」

 からかわれるドレッドを見てルークは少し笑顔を見せるのであった。



 ルークは少年を二階のベッドに寝かせ、事情をレジーナに話す。

 ドレッドの言った『黒霧が無い』という意味がここで分かる。


「レイチェルが旅行中?」

 彼女無しでは黒霧を生み出せない。

 つまるところレイスの所在が割れてしまう可能性がある。

「レジーナはできないのか?魔女だったんだろ?」

「黒の魔女は一子相伝で、席を渡したら能無しなんだよ」

 レジーナは手にした煙管(きせる)の煙を吐きながら脱力して答える。

 対して苦い顔で紅茶を飲み干すルーク。


「若いんだからそんな焦っちゃいけないよ」

「白騎士だか聖騎士だかのせいで痺れてたのを誰が診てやったと思ってんだい」

「あの時は本当に助かったよ」

 アルフレッドの聖剣によって体に軽度の麻痺を負ったルーク。

 その後、レイチェルとレジーナによって介抱してもらったのだ。

「正直ほぼ自然治癒してたから、あたしたちゃ半分遊んでたけど」

「は?」

 突然の暴露に困惑するルーク。

 対してレジーナは皺くちゃの表情をさらに歪め納得がいかない様子。

「アンタの体は魔力を通さなかった……魔断を使う魔力はどこから取ってるんだい」

「前にも答えたとおり、“周りから”」

「アンタ、いつか苦労するだろうね」

「そんなことよりもだ……」


 魔女に看てもらっていた数日間を振り返るルーク。

「あの湿布は?」

「シーサーペントの抜け殻。青海の魔女からは肌が青く鱗になるって聞いたねえ」

「鱗!?」

 湿布が張られた部位を手でさするが、そのような形跡は見られない。

「だから、体外からの魔法は効かなかったんだわ」

 残念そうな顔をして煙を吐くレジーナ。

 対してドレッドは顔を俯いて肩を揺らしている。

 笑うのを堪えているようだ。


「じゃあ屁理屈こねてヘンテコな鳥の爪だかを煎じた薬は?」

「サンダーバードの嘴だね、紫電の魔女の理屈だと雷人間になる」

「雷人間!?オレは本気で体の痺れを外に出す効果だと思っていたぞ!」

「体内への魔法は少し影響があったようだね」

「少し?金属を触るたびにパチパチしたぞ?」

「孫と新人類が生まれるかもってワクワクしていたんだがねえ……」

 再び残念そうな顔をして鼻をほじるレジーナ。

 ドレッドは口元に丸めた手を当ててそっぽを向く。

 少し笑っているかのように見える。


「とかげのしっぽの野菜炒めは?」

「サラマンダーの尻尾……?あれは在庫切らしてたはずだ」

「じゃあ何だったんだ?」

「多分、孫の手料理だろう」

「あんなまずかったのに!?」

 どこからともなく、ナティが現れルークの右手に噛み付く。

「がるるる!!」

「お前どこから出てきた!やめろ、やめろ!いたたた……」

「ハハハ!」

 ドレッドは堪えるのをやめ、腹を抱えて大声で笑っている。


「要は魔法は無くとも同等の道具は作れるから安心しろってことさね」

「あ、そう……」

 ルークは呆れて返す言葉も見つからなかった。




 三人が談笑する中……レイチェルは西の海、上空を箒にまたがり飛んでいた。

「ふぃっ……くしゅん!!」

「んん……誰か私の噂したな?ルーシーかな……」




 レジーナとレイチェルの事情を聞き終えたルーク達。

 今度はレジーナがルークに問う。

「で、どうすんだい若旦那?探してるんだろ?」

「赤い髪の男か?」

「違うわアホたれ」

 要領を得ない質問に困惑するルーク。

「あの子だよ、レイスを探しているんだろう?」


 沈黙するルーク、助けたとはいえ成り行き。

 自分の得にもならない事をして何になるのか……

 それでも、あの少年を見ていると昔の自分を思い出してしまう。

「仕事ならハーディを通さなくていいのか?」

 ルークはドレッドのほうを見やる。

「話の筋が通ってんなら、構わないと思うぜ」

 予想よりも軽い反応。

 先代の幽霊は安請け合いしていたのだろうか。



「……じゃあ今は話だけだ。ナティ、少年を見てきてくれ」

「いいよ!」

 ナティは小さい体躯で器用に階段を登っていった。

「二代目は冷たいねえ」

「仕方なくやってるだけだ」


「あたしも二階で作業をとっとと始めるかね」

 ゆっくりした足取りで階段を上りかけ、レジーナはこちらを振り返る。

「お代はちゃんと頂くからね!」

「しっかりしてんな……」

 金銭に関しては祖母も孫も変わらないなと溜息を付くルークだった。




 血眼になって少年を殺そうとしていた傭兵達。

 ルークは一連の出来事で一番気になっていた事を尋ねた。

「あの熊が言ってた、禿鷲って何だ?」

「あいつらは金と血に飢えた殺し屋だった」

「同業者なのか?」

「……商売敵なのは合ってる。先に『元』がつくけどな」

 ドレッドから、にやついた表情が消える。

「禿鷲の(かしら)は……爺さんと俺で殺したはずだ」

 煙草に火を付け、ドレッドは語る。




 十年前、青の国の各所で起きた奇妙な暗殺事件。


 昨日までは元気に歩いていた被害者達が、翌日には白骨死体で見つかる。

 数少ない遺品や服装から被害者を特定するのは困難を強いられた。

 だが白骨化の原因は死体の近くに散らばった無数の羽根ですぐに判明した。


 血肉に飢えた禿鷲の食事の跡だったのだ……


 幽霊は暗殺者として人々の記憶の中をうつろい、消えゆく。


 だが禿鷲は違う。

 彼らは自らの証をそこに立て、記憶の中にいつまでも鮮明に残すのだ。

 それゆえその名と顔が大陸に知れ渡るのには、そう時間は掛からなかった。


 銀腕の熊、アガート・グリゴリー。

 蛇毒の鞭、エキドナ・アミラ。

 凶刃の狼、シルクレイ・ヴォルフ。


 そしてこの三人を束ねる男。

 禿鷲の首領、ストーム・バルツ


 彼らの歩いた道には禿鷲が羽根を散らし、屍を求めて舞い降りる。

 依頼者からは金を根こそぎ奪い。

 標的を殺して遺産まで貪っていく。

 彼らは総じて、禿鷲(ヴァルチャー)と呼ばれた。




 昔話を終えたドレッドは煙草の火を消し、珈琲をすする。

「禿鷲に手段や道理なんてなかった、金さえ積めばどんな依頼も受けた」

「十年経った今になってもまた殺しを?」

「さあな……それしかできねェんじゃねえのか」

 突然現れた銀腕の熊、アガートが言った言葉を思い出す。

『レイス……テメェ成仏してなかったのか』

 引っかかる言い方がどうしても記憶に残っていた。

「あのデブはオレの顔を見るなり『成仏』と言った」

「二代目になったことがもう知れ渡ったのかねェ」


 そんなバカなと声を荒げるルーク。

 ブルワークの手回しによりエルムの件に幽霊の記述は一言も無い。

 黒霧の効果もちゃんと機能していたはずだ。


「一般人なら騙せても、闇の世界の住人はあの程度じゃ騙せねェ」

「現にあの熊……アガートは、お前さんとモーガンの違いにすぐ気づいた」


 黒霧は吸い込んだ人間の負の感情を煽り、幻覚を生み出す。

 レイスは今までそれを隠れ蓑に暗殺を繰り返し、存在をひたすらに隠してきた。

「まさか聖騎士の時と同じ……」

 しかし、効果が出ない人間も少なからず居る。

 負の感情に堕ちた“狂人”

 正の感情に満ちた“聖人”

 心の迷いを断ち切った人間に黒霧は効かない。


 結論は簡単だった、今回の遭遇したのは――

「“狂人”か……」

 傭兵の内臓を抉り出していたあの様子、尋常ではない。

「この件、黒霧は元々要らないかもしれねえな」



 二人の会話に沈黙が差す。

 そんな中、二階からナティが子供を連れてやってきた。

「つれてきたよ!」

「ど、どうも……」

 少年は当たりを見回して動揺している。

 無理もないだろう。

 目を覚ませば見知らぬ家。

 喋る犬に導かれた先は白と黒の服だらけの空間。

 まだ『夢を見ている』と少年の顔には書いてある。




 少年は自己紹介を済ませ、テーブルを皆で囲み、身の上を話し始めた。

 名はロビン・アンセラム、年齢は八歳。

 コバルト領から馬で一日掛かる距離を自分の足でやって来たという。


「三ヶ月前、母上が病気で死んでしまったんです」

「ほう、おっかさんがねェ」

 少年の名字と、らしくない母親の呼び方にドレッドは眉を潜める。

「一ヶ月後、すぐに父上は新しい人と結婚しました」

「そんなに早く……?」

 悲しみに暮れる間もなかったのだろうか。

 片親だと子供に哀しい思いをさせたからだろうか。

 だとしてもあまりにも早すぎる再婚に疑問が積もる。


 外套を外した少年の服装は、比較的裕福な育ちの者が着るような代物だ。

 敬語を使えるあたり、教育はまともに受けていたように思えるが……


「それから父上は人が変わり、事あるごとに僕に暴力を振るようになりました」

「……新しい母上は見て見ぬふり、でもそれはまだ許せました」

「どうして?家族なら止めるべきだ」

「あの人から見れば、血が繋がってない子なんていらないでしょうから」

「………」

「………」

 少年の暗い影を聞かされ、じっと口をつむぐ二人。

 こんな小さな子供に『自分が必要ない』と認識させる残酷さ。

 気付けばルークも、哀しげな表情が顔に出てしまっていた。


「すまん、続きを聞こう」

「僕が一番許せな……許せなか……ったのは」

 ロビンは顔をうつむき、嗚咽を漏らす。

 少年の涙が頬を伝う。


「死んだ母上の……墓を暴いて……」

「母上を“鳥”の餌にしたんです……」



「なっ……!?」

「なんだって!?」


 衝撃の事実が二人を驚かせた。

文章に変な点、荒い所を見つけ次第

添削・修正しております。

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