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Wraith  作者: 神威
第一章 夜道
15/23

新たな不穏

 シアン領 墓地


 町外れの南に位置するこの墓地には嘆きの鐘塔と境界池を見に来る者も多い。

 かつては異端者を処刑する号令の音も、今では時刻を知らせるただの鐘の音だ。


 まだ朝日も昇らぬ薄闇の中、墓地の門を潜る一人の女。

 境界池のテラスに訪れた依頼主アンナ・ハウエルだ。


 彼女はテラスにたった一つあるテーブルに新聞を置いた。

 一面には大きく『エルム、自滅』の文字。

 館は全焼し、エルム領は主と跡継ぎを同時に失った。

 今後は国の主導で新たな領主を決めるという。


 誰もいないテラスにアンナは涙を零し、か細い声で呟く。

「本当に……ありがとうございました……」

 泣き疲れて擦れきったような顔で池を見つめる。

 当時の怒り狂った面影は微塵も感じられなくなっていた。


「アンナ、此処にいたのか」

 心配して後を追いかけてきた夫がテラスへ訪れる。

「あなた……」

「よかった……その……変な事考えてるんじゃないかと思って」


 観光地とはいえこんな時間に墓地、そして池の前。

 嫌な事を勘繰ってもおかしくはない。


「ふふ、息子の分まで生きないと“レイス様”に叱られてしまうわ」

「そうだな……今頃あの世で息子を導いてくれているかもしれないな」

「行きましょう、あなた」


 朝焼けを背にテラスを去る夫婦。

 最後に見せたアンナの表情は少し曇りが晴れたように見えた。




 一部始終を見守っていたルークとハーディが柱の影から姿を現す。

「これで一通り終わったな……どうだ、ルーク。仕事を終えた感想は」

 アンナの置いていった新聞に目を通すルーク。

「どうって言われても」

「なんかあるだろ、こう……やり甲斐があった!とかさあ」

(そもそも因縁があったエフラムを始末したのはレイチェルだろ……)


 腑に落ちないルーク。


「人を殺して、礼を言われても」

「傭兵家業をやろうと思ってた奴の言葉とは思えんな」

 ハーディに対して返す言葉が見つからない。


 ルークは新聞へ視線を戻す。

 一面の記事にはこう書かれていた。


『今回の事件は謀反を企んだエルム領の騎士団が違法な薬物を用い、領主エルムッドを殺害した。

薬物の副作用により理性を失い暴走した騎士達を殲滅し、解決したのは聖騎士アルフレッドとその従者。

噂ではエルム領は国家反逆を企てていた疑いが―』


「綺麗に収まりすぎだ、この新聞もブルワークが関してるのか?」

 ルーク達が暗躍した事は一文字も記事に書かれていない。

 唐突に、ハーディは語る。


「さっきの夫婦の息子……それとブルワークの二人……」

「なんだ?いきなり」

「後はレイチェルの報告にあった地下にいた聖血清の実験体が十二人か」

「それは……元は人間とはいえ、殺すしかなかった」

 正気を失い、異形の姿に成り果てていたとしても人間の命を奪った事に変わりはない。

 ハーディは『業を背負え』と言うのだろうか。

 眉をしかめるルークを気にも留めず彼は被害者を数える。


「どのみち、放っておけば誰かが殺され続けていた。仮に一人の巨人が三人殺す計算でも……」

 人の命を指折り数えるハーディの軽率さに少々苛立つルーク。


「何が言いたいんだ?」

「……それを抜いても、今までのエルムッドの非道で五十はくだらんかの」

「だから―」

 ハーディはルークの言葉を遮るように指をゆっくりと突きつけた。


「お前は他人を救ったということだ」

「……救った?」

「エルムッドをあのまま放っておればいたずらに犠牲者は増え続けておった」

「死人が出てからじゃ遅いんじゃないのか」


「この世の中、人を殺すより守るほうがずっと難しい」

 ハーディは非情な現実をいくつも見てきたのだろうか。

 老人の口から出る悲観的な言葉は相当の重みがある。


「理不尽な目に遭う人間はごまんといる」


「お前は一体どれだけの人間にその手を差し伸べられると思う?」


「ワシらの手は二つしかない。憎い奴らを殺してやるだけで手一杯だ」


 ルークと似たような境遇の人間は多い。

 しかし他人に助けを求めるよりも自分の手で復讐を決めた者にとっては、いささかどうでもいい。

 ルークはハーディの言葉の真意を理解していても、やはり納得はしていなかった。


「オレが同じ立場なら自分で復讐したいけどな」

「はぁ……お前……まじかあ……」


 突然気の抜けたように深い溜息をつくハーディ。

 色々と察しが付いた様子で、ハーディはルークから新聞を取り上げる。


「モーガンの奴がどうしてお前にこの仕事をやらせようと思ったのか、よう分かったわ」

「……」

「ワシらの仕事は晴らせぬ恨みを晴らす事。その分……金は貰うが」

 新聞を傾けると隙間から封筒が顔を出す。

「これはレイチェルの分だな」

 恐らく、アンナが支払ったこの件の報酬金だろう。

 ハーディはそれを懐にしまう。


「復讐する事にこだわりすぎて周りが見えてないな」

「モーガンは剣だけ教える薄情な奴じゃなかったと思っていたんだがの」


 そう言うとハーディは町の方へと歩いていった。


 はたして他人の手で成された復讐に意味はあるのか。

 最後に見せたアンナの表情が頭をよぎる。

 復讐を果たせたとして、その先に待つものは安らぎか虚しさか。

 煮え切らない感情を抱え、ルークは悩むのであった。




 ドレッドは町の北方にある寂れた鍛冶屋に来ていた。

 理由はエルムの武器商人から取り戻した『絶対に折れない剣』を依頼主に返すため。

 昔は鳴り響いていた金槌の音も聞こえず、煙突もしばらく使われた様子がない。


「おーい、誰かいませんかー!」

 ドレッドが扉を叩くと、どたばたと何かが倒れる音がした後、女性の声が返ってきた。

「おっとと……はーい!今出ますー!」


 扉が開くと黒髪の少女が慌てた様子で飛び出してくる。


「あなたがクロエさんですか?わたくしは墓守の―」

「え?あ!はい、クロエ・ブラックスミスです!」

 クロエはドレッドの容姿を足のつま先から頭のてっぺんまでまじまじと見る。

「武器の修理とかは今受け付けてなくて」

 どうやらドレッドを傭兵か何かだと勘違いしたようだ。

 右目に眼帯、腰に二本も剣を差していたら間違われるのも無理はない。

「いや、ですからこうみえて墓守でしてね、南の外れの墓地で―」

「それは……ちょっと無理がありませんか?」

 クロエは扉を内側へ閉めようとするがドレッドの足が挟まり、ぴたっと止まる。

「まあまあ、話だけでも聞いてくださいよ」

「ひえっ」

 彼はとっさに言葉を続けて食い下がる。

「今朝墓掃除をしていたらね、おたくの墓に剣が―」

「入ってください!」

 今度は勢い良く外側へ扉を開け、ドレッドの顔面に直撃する。

「がぁっ!」

「あ、ごめんなさい」

「あたた……切り替えのはえェ嬢ちゃんだな……」


 剣という単語が聞こえた途端、彼女の眼が丸くなった。

 恐らく心当たりがあるのだろう。

 ドレッドは招かれて店の中に入ると、無数の槍や剣などがそこらじゅうに散らばっていた。

(さっきの音はこれか……危なっかしいな)

「狭いところですが、どうぞ座ってください」

 案内された客間の席に着くとドレッド。

 客間のテーブルに剣を置き、クロエは眉間に皺を寄せそれを調べ始める。

 少女の予感は見事に的中する。

「この柄に鞘。間違いない、父さんの剣……アンチマテリアル……!」

「ほぉ!そういう名前でしたか」

「ええ、頑固だった父の写し身のような、強く硬い剣なんです」


『絶対に折れない剣』もとい『アンチマテリアル』

 エルムの闇商人に騙され、命とともに奪われたそれが都合よく墓の前に置かれて戻ってきたなどありえない。

 不意にクロエの口から一つの名前がこぼれ出す。

 恐らく……これを持って来たのは……

「レイス……」

 ドレッドが思っていたよりクロエは冷静だった。

 彼女は戸棚から大量の金貨袋を取り出すとテーブルに置くと、こう言った。

「私も馬鹿ではありません。これを受け取りに来たってことですよね……」

 おそらくこの男はレイスか、またはその関係者なのだろうとクロエは思った。

 それを裏付けるかのように先程まで朗らかだったドレッドが表情を変える。

 テーブルの上にあるのは一般人が腰を抜かすような大金。

 それを前に笑みを浮かべるどころか、反対に目つきを険しくし驚きもしない。

 正面に着席しているのは裏社会の人間。

 クロエの膝に置いた手が無意識に震え、父の死を思い出す……




 クロエが一度だけ、父の墓の前で悲しみに耐え切れず声を出して泣いたあの日……

 父の死因は明らかで犯人は分かり切っていたのにエルムの権力にもみ消された。

 あの商人を“殺してやりたい”と心の底から願ったときだった。

 絶望に陥っていたクロエに老人の声が背後からささやく。

『その恨み、晴らしたいか』

 その声に頷き、周囲を見渡した頃には人の気配はいなくなっていた。




 その時は気のせいかと思っていたが、目の前にある父の形見で確信する。

 幽霊(レイス)は実在したのだと。

 提示された金額を前に、ドレッドは首を横に振った。

「お嬢ちゃん……」

 ドレッドの声音が低くなる。

「えっ!?」


 この金額では足りなかったのだろうか?

 クロエは慌てふためく。

「……じゃあ後の代金は何でお支払いすれば」

「話を最後まで聞け、逆だ。半分でいい」

 ドレッドは腰に付けていたもう一振りの剣をテーブルに置く。

「残りの代金はこれの修理でいい」


 ドレッドが出したのはぼろぼろの使い古された剣。

 柄に刺繍のように巻かれた糸はところどころほつれている。

 鞘の差し入れ口は何回も抜かれた跡のせいか開ききっていて、僅かに刃が覗く。


 クロエはそれを手に取り剣を引き抜くとまじまじと精査する。

「片刃?この国の武器じゃない……黄砂の国のサーベルでしょうか」

「似ているが違う。それはカタナと呼ぶらしい」

 それはルークが酒場のマスターに引き取って貰った武器。

 かつてモーガンが仕事に使っていたものだった。


「今までよく折れませんでしたね。この血錆の量……わざと手入れしなかったように見えますが」

「使ってた奴も変人だったし詳しい事はわからねェ、ただそれを使えるように打ち直してくれねえか」


 得体の知れないぼろぼろの刀。

 一体何人の人間を斬ったのか恐ろしくて想像もできない。

 例えこれの持ち主が卓越した技術を持っていたとしてもこの状態で使えるものなのか。

 この刀はまるでわざと汚れ、何かを隠すような無機物らしくない何かを感じさせる。


「魔剣ですよね?これ……その類を私に打ち直すなんて……できるかどうか」

「無理なら仕方ないが……」


 ドレッドは右目の眼帯をずらし、テーブルに置かれた二本の剣を見つめる。

「俺には親父さんのそれと持ってきたこれ、両方魔剣に見えるんだけどなァ……」

 この男が全てを見透かした上で、申し出ている事に気付いたクロエは観念した。

「……そうです。それは父の手で“作られた魔剣”です」

 ドレッドには恐らく、何かが見えている。


「分かりました、引き受けます」

「行動の早いお嬢ちゃんで助かるぜ」


「ところでこれほどの武具なら名前がついているんじゃないですか?」

「なんだっけなあ、確か……天断刀だったかな」




 服飾店バーミリオン


 昼を知らせる鐘の音が響く頃。

 店内に客の姿は一人も見えず、今日も閑古鳥の代わりに黒い小犬がほえていた。


「あおぉぉーーん!」


 ナティの遠吠えを聞きつけたレイチェルが階段を降りてきた。

「こらナティ、その鐘と一緒にほえる癖やめなさいっていったでしょ。おばあさまに怒られるよ」

「ごめんなさい」

「よしよし、今色々と別の事してるからお客さん来たときは教えてね」


 ナティの頭を撫で終わるとレイチェルが再び階段を上ろうとする。

「あおぉぉーーん!」

「だからね……それをやめなさいって……」


 レイチェルは苦笑いしながらその小さい体を抱えようとしたが逃げるナティ。

「ちがうよ、おきゃくさん!」

「あら」


 からんからん、と扉に付けられた鈴の音が店内に響く。

「いらっしゃいませ!ってなんだハーディか……」

「なんだとはなんだ、これはいらんのか?」

 懐から出した封筒をレイチェルにちらつかせる。

「いります」

 即答すると同時にレイチェルは指をくいっと動かすと、封筒が宙に浮き手の中へ収まる。

 すぐさま封筒を開け、中身を見ると彼女の頬が緩む。

「これでなんとか食べていける……!」

「ちゃんと手で受け取らんか……その調子じゃいつか人前でもボロが出るぞ?」

「魔法の事?“お客様”の前なら使わないから」

 レイチェルの視線が服とハーディを往復する。

 露骨に何か買っていけという雰囲気を醸し出している。

「いやー……仕事で着る喪服はもう間に合っとるしのう……」

「ナティ、噛み付いておやり」

「がるるる!」

 ズボンの裾に噛み付くナティ。

「これ、やめんか!ほれ、おやつをやるから」

「わあ!ほしにくだ!」

 ハーディが懐から出した肉に飛びつくナティ。

 皺くちゃの手で可愛がる様にあごを撫で、機嫌を取っている。

「さすが地獄の『番犬』……犬の扱いは慣れてるね……」

「それは、そういう意味じゃないんじゃがァ……」


「でも丁度良かったわ、私二週間くらい出かけるから。仕事はあの二人にお願いね」

「珍しいな、どこに行くんだ?」

「魔女のお茶会」




 酒場は昼食や酒を求める人達で賑わいを見せている。

 店内に入ったルークは脇目も振らずカウンター脇、従業員専用の扉へと向かう。

 カウンターの中に座っている店主は読んでいる新聞越しにこちらへと話しかける。

「いらっしゃい、さすがはモーガンの孫だな!中に入りな」

「孫じゃない。お邪魔します」


 相変わらず地下は一階と違い、社交場のような雰囲気を醸し出している。

 ルークが初めて入ったときは記憶でも飛んだのかと思ったくらいだ。

 使用人の服を着た彼らは普段どのような客をもてなしているのだろうか。


「こっちですよ、こっち」

 店内を見渡していたルークに、既に席に着いているブルースが手招きする。

 上客をもてなすかのようにテーブルの上には肉厚のステーキや湯気が立ったスープが置かれていた。


「まずは御礼を、領主の件ありがとうございました」

「ああ……どうも」

 先程のハーディとのやりとりもあった為か、ひねくれた返事を止めたルーク。

 言葉が見つからない以上、そっけなく返すのが精一杯だった。


「件の聖騎士とやりあったそうですが、お体のほうは大丈夫なんですか?」

「一日中痺れて仕方なかったけど、すぐに治ったよ」

 宝石のように色とりどりの果実が皿に盛られている。

 見たこともないそれを手に取って恐る恐る口に入れるルーク。


「噂では彼の剣で動脈を切られると、生まれたての小鹿のようにぶるぶると血を噴出して死んでいくと聞いたんですが」

 ブルースはステーキにナイフを入れながら例えるように話す。

 ルークは聞いた話と口に入れた果実が思いの他甘酸っぱく、口を窄めて渋い表情になる。


「……それ本当か?」

「聖騎士が緑の国に遠征したときの逸話ですよ、ご存知ないですか」

「今の話を聞いて、本当に無傷でよかったと心の底から思ったよ」


 ブルースは思い出したように懐に手を入れるとルークに何かを手渡した。

「ああ、そうだ報酬の小切手です。銀行で受け取ってください」


 名刺のような小さい紙切れを渡される。

 裏には見たこともないような金額、それと青の国が使う正式な紋章の印影。


「庭付きの家が一軒買える額だぞ……本当か?」

「公的にエルム領を取り上げていた場合はその十倍の金額が掛かります、安いものです」


「当たるかも分からない矢を何本も使い捨てるより、絶対に殺せる剣にお金を掛けた方が有意義でしょう」

「仕事を成してくれるのなら、幽霊でも悪魔でも正当な報酬をお支払いしますよ」

「お前らブルワークにとってはレイスも手段に過ぎないってことか……」


「……とはいってもですねえ、ルークさん」

「なんだよ」

「お仕事、もうちょっとスマートにやってもらえませんか?」

 間違いなく、館を両断した事を指しているのだろう。

 あれだけ派手にやった事を新聞の中ではレイスの存在を一言も触れずに片付けられていた。

 情報操作も苦労したと見える。


「あなた達は仲間内でコンセンサスを取らないんですか?プライオリティは館じゃなくて領主ですよ?」

「コンセ……?プラ……?ちょっと待ってくれ、“古代共通語”は詳しくないんだ」

「ああ……これは失礼しました、なにぶん白の国と接することが多いと自然に出てしまって……」

「オレは子供の頃でも聞いた事ないぞ……」

「あなたの名字は確かシルヴェストル。西側の生まれでしょう?」


 白光の国は国土を大陸の中心に構え、殆どの国に対し国境を構える大国。

 南に青碧の国、東に緑風の国、北に黄砂の国。

 広大な国土になると、地域によって文化や風習も少しづつ変わって来る。

「首都のゴールデンブルグは東側ですからね」

 七歳の時にあった事件以降、青碧の国から一歩も出ていないルークは国際事情には疎い。


「話を戻しますけど、あなた方の仕事は暗殺ですよ?戦争屋じゃないんだから」

「それは……申し訳ない……」

「本当に苦労したんですよ。モーガンさんなら新聞の一面を飾らずに済んだと思いますけどね」

 ルークは面目ない表情で謝ったが、一つ腑に落ちなかった点をブルースに問いかける。


「ところで、あんた達は情報屋なんだよな?」

「ええ、そうですよ」

 自慢げな表情でブルースは指を鳴らし従業員を呼ぶと、グラスにワインを注がせた。

「国を左右させるほどの凄腕だとか」

「もちろんですとも!」


「じゃあなんで聖騎士が来たことを黙ってたんだ」

 ブルースは口につけていたワインのグラスを離し、むせる。

「エェン!ンンッ!」

 突然のルークの発言に動揺している。


「今時そんなわざとらしい動揺するか……」

「何の根拠があってそんなこと言うんですか、まったく……」


 疑問に思っていたことを淡々と述べていくルーク。

「あんたが指定した日時には領主のパーティ。それに参加するには招待状が必要だった」

「そこはレイチェルさんの魔法でどうにかなったのでしょう?」

「オレ達はともかく、まるで正義の代弁者のような奴をエルムッドが迎え入れるとは思えない」


 自然と目が泳ぐブルース。

 情報を集めるのは得意でも嘘を付くのは下手なのか。


「知りませんでしたよ。一体どんな手を使ったんでしょうね、もしかしたら魔法とか使えたり―」

「これ以上ごまかすなら幽霊の手を借りるより聖騎士に頼んだ方がいいんじゃないのか」


 ルークの過去を知っていたり、情報操作が出来る人物が聖騎士の意向を知らない筈が無い。

「国家に仇名す人物かも知れないのに、目を付けてない訳無いだろ。この町にも来てたんだぞ」


 しばらく沈黙すると、ブルースは諦めた様子で膝にかけたナフキンを取ると口を拭う。

「存在は知っていました。ですが全ては綺麗に事を収めるためで……」

「だから黙ってたのか?オレ達とはコン……えーと……コンサ……」

「コンセンサス」

「そう、それを取らなくてもいいってことか?」

「無理に合わせなくても大丈夫ですよ」


「いやあ、まさか剣を交えるとは思ってもいませんでしたよ」


 すっとぼけたように笑顔を見せるブルースにルークは呆れていた。

 モーガンにレイスの役目を押し付けられた事については、まだ何らかの意図があるのだと感じられた。

 しかし目の前の青いスーツの男にはまるで駒にされて遊ばれている気がする。


「赤い髪の男の情報を得たら、二度とお前の仕事は引き受けない」

「報酬はちゃんと払いますから、どうかそんなに怒らないで下さい」

「それで、赤い髪の男はどこにいるんだ?」

「その男はとある組織に属しています、その名は―」

「ヒドゥンか」

 ブルースは驚いた表情を見せる。

 ルークは領主を殺した後、赤い髪の女サラスヴァティと交戦したことは誰にも伝えていなかった。

 余計な事を言う前にブルースがどこから話すのか気になっていたからだ。


「まさか話はそれで終わりじゃないよな?」

「ご存知で……まさか会ったんですか?」

「どこの国の出身で、名前は?今はどこにいるんだ」

「出身は不明ですが、今まで白の国絡みの事件があるたびにヒドゥンの報告が上がっていました」

「奴らはレイスを青の国の抑止力だと言っていた」


 頭を抱えるブルースは『やはり居たのですか』とぽつりと独り言を零した。


「……まさか!あんた達でも情報を集めきれない相手なのか?」

「いえ、正確には集めている最中でして。今のところ目ぼしい成果は……ありません」


「闇の世界の住人は基本的に痕跡を残さないので、難しいんですよ……」


 あまりにも頼りない発言に今後の身の振り方を考えるルーク。

 確かに受け取った金額を考えれば、恐らくブルースは約束は必ず果たすのだろうが…


「痕跡を残さない?なら直接会った奴がいるのか」


 サラスヴァティが放った言葉が脳裏を過ぎる。

 黒霧の対策、レイスの存在を確信していたやりとり。

『何故、黒霧の効果を知っている』

『今更?あれだけ邪魔をしてきたら、嫌でも覚えるわよ』


 ヒドゥンの暗躍を阻止し続けていたレイス。

 言うまでもなくそれはルークではなく、先代の……


「お察しの通り、モーガンさんですよ」

「あのジジイ……本当に何を考えてやがる……」


 情報を収集し続けるとブルースは約束した。

 望んだ情報を得られるまで無理難題をいくつ吹っ掛けてくるのか想像もできない。


 その間、一体何人の人間を殺すことになるのだろうか。



 ルークが酒場を後にし、モーガンと過ごした自分の家へ向う。

 時刻は夕刻、空は茜色に染まっていた。

 町の門へと差し掛かったとき、背後からドレッドが声を掛ける。


「よう、一本どうだい?」

「どうも」

 気さくな挨拶しながら差し出された煙草を受け取る。

 眉間に皺を寄せ、複雑な心境で吸った煙を吐くルーク。

 そんな彼の顔を見てドレッドは笑う。


「面白い顔してんなァ、俺も新入りの頃ブルースに会った時いつもそんな顔してたな」

「あいつ、いやブルワークが役に立つのか正直分からない」


「赤い髪の男を探してるんだったか」

「ドレッドは会った事ないのか、結構長くこの仕事を続けてるんだろ?」


 ドレッドは首を横に振り、当時の事を語る。


「正面切って色んな奴の相手してたのは、ほぼ爺さんだったからな。おっかねェ人だったよ」

「てっきり同じ様に戦ってきたのかと」


「俺が死線を潜るときは、絶対に勝てるときだけさ」


 これが守るべきものに仕える兵士や騎士なら、後ろ指をさされて笑われていただろう。

 一度の失敗が致命的なリスクとなる暗殺者なら当然の発言だ。


「一理あるよ、死んだらお金も貰えないしな」

「なにも、俺が暗殺者をやるのは金の為だけじゃないぞ」


 不意を付くような発言に驚いたルーク。

 ドレッドは煙草を消すと、真剣な表情で答えた。


「……人情だってあるさ」

 騎士道精神のように、暗殺者の彼にも彼なりの道理があると察したルーク。

 しかし暗殺の見返りが薄かった事もあったせいか八つ当たりのように冷たい言葉を放ってしまう。


「とんでもないお人好しだな」

 ルークの冷たい切り替えしに怒りや呆れた様子もなく、口元を緩めるドレッド。


「お前さんにもいつか分かるだろうよ」

「オレは正直……情報が手に入らないなら、この仕事を―」

 ルークが『辞める』と言い掛けた時だった。

 駆け足の子供がルークの脚にぶつかる。


「ごめんよ!!」

「お、おお!?」


 目が合った途端、再び突風のような勢いで少年は通り過ぎていく。


「なんだ今の……?」

 何かを見抜いたのか、ドレッドはとっさにルークを心配する。


「ルーク、持ち物を確認しろ」

「ん……?」

 とっさに懐を調べるが金銭や貴重品は盗られていない。

 腰に下げた剣もちゃんと刺さっている……

 心なしか、足元が少し軽い。


「短剣が無い」

「やっぱりなァ……いでっ」


 今度は二人の男がドレッドを突き飛ばしながら走り抜ける。

 身なりからして傭兵のようだ。

「どけ!邪魔だ!」

「待ちやがれ!」

「ったく騒がしいな、なんだってんだ……」


 体勢を立て直し、ドレッドは問う。

「傭兵にまで喧嘩売るとは命知らずなガキだな。どうする?盗られた短剣は―」

「取り返す!!」


 焦る形相でルークは地面を蹴り、駆け出した。

 相槌を打つ暇も無くドレッドも一緒に走りだす。


「あれはレイチェル謹製の魔断を蓄える短剣なんだ、多分光ってる……」

 ルークの額には冷や汗が湧き出す。

 ただの短剣という様子ではなさそうだ。


「へェ……レイチェルの奴、便利なモン作ったな。俺にも欲しいな」

「ダメだ。魔断ができない奴が触れば、とんでもない事になる!」

 険しい表情のルークを横目に、おそるおそるドレッドは具体的に問う。


「……どうなるんだ?」

「溜めた魔力を放出できなければ粉々になって四散する。至近距離で浴びれば……」


 破裂した金属片がいくつも体中を通り抜け血だらけになる光景が頭に浮かぶ。

「魔女は物騒なモン作るの大好きだなあ」

「緊急用にオレが頼んで作ってもらったんだ。普通なら砂になるだけで済む」

「んな危険なモン見えることにぶら下げてるお前さんもお前さんだよ……」


 遠くを見渡せるように跳躍して屋根に移る。

 夕闇の静かな町の路地に、夜空の星に似た淡い光を見つける。




 少年は土地勘がないのか、二人の男にあっという間に袋小路に追い詰められてしまう。

 背には町の外壁、飛び越えて逃げられる高さではない。


「やっと追い詰めたぜクソガキ!」

「悪いが雇い主の要望だ、死んでもらう」

 二人の傭兵は剣を引き抜き、殺気を放つ。

 子供相手だというのに本気で殺すつもりのようだ。


「クソ、こうなったら……さっき盗んだこの短剣で……!」

 逃げる事に必死だったからか少年は手に持っていた短剣の異変に今気が付く。

 護身の為に奪った短剣が光輝いてぶるぶると震えている。


「な、なんだこの短剣……」

「なんだ?その玩具は」

「へへ、そんなへっぴり腰じゃ人も殺せねえぞ!」


 傭兵達が剣を構え飛び掛る。

 恐れるあまり少年は目を閉じ、短剣を突き出すので精一杯だった。


 その瞬間、少年の顔に影が差した。


 傭兵達の音が消え、想像していた痛みは襲ってこない。

 一体何が起きたのだろうか。

 恐る恐る瞼を開くと、手に持っていた短剣が消えている。


「人の物を取るなって最近の子供は教わらないのか」

 少年の目の前には長身痩躯の壮年の男と、黒い外套を着た青年がこちらに背を向け立っていた。




「なんだテメェは!」

「あらよっと」

 ドレッドは早業であっというまに傭兵の一人を組み伏せる。

 傭兵の手から落ちた剣を再び取れないよう蹴り飛ばす。

「町の兵士さんは何してんだかねェ」

「離せ!クソ!」


 ルークは取り戻した短剣を見て魔断の残り時間が少ない事を把握する。

「間一髪だったな……エグゾースト!」

 かざした短剣がさらに強く光る。

「見たことろ騎士ではないな、お前も傭兵か?なら邪魔をするな。胸の傭兵章が目に入らないのか」


 傭兵の言葉を無視してルークは短剣を後ろに振り抜く。

「インビジブル・サイズ!」


 剣身が一瞬、流れ星のような光を放つ!

 一部の視界が遠近が狂うような歪みを見せる。

 尻餅を付いた少年の頭上を強風が通り抜け、後ろにあった外壁に衝突する。


「なんだこけ脅しか?」

「子供相手に本気で剣振り回すのが傭兵の仕事かよ」


 レイスの役に就く時、傭兵も碌な仕事は無いと言ってはいたが、これはルークの想像を上回る。

 雇い主の命令ならなんでもするのが傭兵、金欲しさに目が眩み道徳は二の次らしい。


(道徳に関してはこっちも大して変わらないか)


「いいか我々傭兵の邪魔をすれば、この界隈では仕事ができないようになるぞ」

「よけいなお世話だ、オレの邪魔をしたらこうだ」


 ルークは傭兵に見えるように親指で背中の外壁を指す。

 石で積まれた外壁の一部がまるで土砂崩れのようにこぼれ落ちる。

 外壁に空いた穴は、まるで巨大な生物が付けた爪痕に見える。


 まるで伝承の光景を垣間見たといわんばかりに傭兵は大口を開けて驚愕する。


「ひゃー、黒霧がねえのによくやるねぇ。二代目の魔断解放は派手だなあ」

「なんだありゃ……夢でも見てんのか」

「おっと、忘れてたぜ」


 ドレッドは短剣の柄で組み伏せていた傭兵の首元を強烈に叩く。

「がはっ」

「目が覚めたら分かるさ」


 戦意喪失と言わんばかりにもう一人の傭兵も自然と剣を手放した。

「……化け物か?これはまるで……レイス―」

「外壁の修理代、お前らで出せよ」


 いつの間にか脇に居たルークに気づく事もなく、こめかみを殴られ昏倒する。

「うっ」


「あとは問題の子供の方だな……」

 短剣を盗んだ子供は壁とルークを交互に見て呆然としてた。

 ドレッドは歩み寄り耳打ちをする。


「あの様子じゃ逃げる気はないと思うが、騒ぎを聞きつけて兵士が来るぞ」

「それもそうだな、そこの少年。逃げるなら早く……」


 目が合った瞬間、少年はこちらに向かって駆け出す。


「……そうだ」

 唐突にドレッドが思い出したように呟く。

「どうした?」

「さっきの言葉、そのまんま返すぜ」

「何のことだ」



「とんでもないお人よしだよ、お前さんも」

「勝手に言ってろ」

 ルークは無意識に名も知らぬ少年の世話を焼いていた事を今更実感した。

 本当は短剣を勝手に盗んだことを説教しに来たのだが。


 少年はルークの外套の裾を強く掴む。

「お、おいなんだいきなり」

 こちらを見つめ、少年は突然とんでもないことを言い出した。


「お兄さん……レイスがどこにいるか知りませんか?」

文章に変な点、荒い所を見つけ次第

添削・修正しております。

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