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Wraith  作者: 神威
第一章 夜道
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暗躍する者

 エルム郊外・墓地


 ドレッドはルーク達の帰りを待ちわびていた。

 裏家業の初仕事で失敗する者は半分を越える。

 身分のある貴族や騎士と違い、捕まれば拷問を受け当然の様に殺される。

 返り討ちに合えば外道に落ちた身に悲惨な死は避けられない。

 例え成功しても素性が割れれば、二度と日の下は歩けない。

 割に合う仕事ではない。



 考えに耽るドレッドの周囲に黒い霧が湧き出し、月明かりが失われる。

 煙草の火が消え、吐き出した白い煙が闇の中に飲まれていく。

 常人なら恐怖するこの霧も見慣れてしまえば逆に安堵していた。

「今回は随分と時間が掛かったじゃねえか」

「ちょっと色々あってね。煙草やめたら?」

「お前さんの霧よりは百倍マシだ」



行きと同じ様に墓石をずらし、地下からゲート・オブ・ハデスを出現させる。

ルークが目にするのはこれで二度目だが怪しい雰囲気にはどうも慣れない。


 合流した三人は各々の首尾を確認する。

「領主の親子共々冥府送りにできたのか」

「そこまでは問題なかった……ただ帰り際に変な奴に絡まれて」

「ん?どういうこった?魔女のレイチェルがいて足が付くなんて」

「聖騎士だよ、戦ったのはルークの方」

「こんなど田舎に白のお偉いさんが?お前さんよく生きてたなぁ……」

 合流してから口数の少ないルークの様子に合点がいくドレッド。

 闇討ちを得手とする暗殺者が正面から腕利きの武人と戦う事自体が無謀。


「正直言うと、もうダメだ……」

 ヒドゥンと名乗る組織、謎の巨人、聖騎士……度重なる連戦に疲弊が生じていた。

 主にアルフレッドによる剣の衝撃が体から抜けきらず、ルークは立っているのがやっとだった。

「おっと!肩貸してやるよ……」

「初仕事、お疲れ様」


 丘の上から見渡す領主館は来た時と大きく変わり果てていた。

 金色の壁は剥がれ落ち、豪華絢爛だった建物は見る影もない。


 土埃を立てて緩やかに崩壊していく領主館に背を向け、レイス一行は門の向こうへと消えていった。





 エルム領・西街道


 パールヴァティとサラスヴァティは夜の街道を荷馬車で駆け抜ける。

 風に揺れる長く赤い髪を掻き分け、御者台から後方へ目を凝らす。


「追っ手は来てないわね」

「サラにしては珍しく、てこずったようだな。幽霊を退治とまではいかなかったか」

「火柱が効かなかったし、黒い霧が出たり噂通りだったわ」

「レイス……予測はしていたが、神出鬼没の雲散霧消は本当か」

「確かに戦った……でもあの霧のせいで声や顔を思い出せないわ」


 戦いを振り返るサラスヴァティの脳裏に黒い靄がかかる。

 一部の記憶を抜き取られ、本当に戦ったのか自信がなくなるほど思い出せない。


「ともあれ時間は稼げたのだ、お前は任務を全うした」

 パールヴァティは納得の行かない様子のサラスヴァティを宥める。

「……ところで、実験体の後始末は出来たの?」

「騎士どもの酒に聖血清を仕込んである、研究資料も今頃灰の中だ」


 後ろに積んだ荷は布で覆われ、道中揺れるたびに金属音を微かに鳴らす。


「私達の事、覚えてる人がいるのかしら」

「真の目的は聖血清より擬似魔剣の複製だ」

「あんなもので兵士を強化しても敵味方の区別も付いてないんじゃ……ねえ?」

「我々には関係の無い話だ」


 荷車を引く馬が何かに驚いたのか足を止める。


「何……?一体どうしたの」

「どうやら……我らの事を知っている者がいたようだな」


 二人の目の前に現れたのは初老の男。

 白髪が入り混じる頭髪に整えられた口ひげ。

 顔には切り傷と見間違うほどの深い皺が貫禄を見せる。


「これはお二人とも……こんな夜更けにどちらへ向かわれるのですか?」

「この人……エルムの屋敷にいた執事じゃない」


 馬の足でもここまで辿り着くのに二時間は掛かる。

 異変に気付いたとしても杖をついて歩く老人が間に合う訳が無い。


「我々は依頼人を失った。契約は終了したのだ。帰るのは当然だろう」

「さようでしたか、これは失礼しました」

「そういう事だ、道を空けて貰おう」


 パールヴァティは馬の手綱を引き前に進むように促す……が馬は一向に動く気配を見せない。


「ただ……少しだけよろしいでしょうか」

「なんだまだ何かあるのか?」

「後ろの“それ”はエルムッド様の私財でございます。置いて行って頂けませんか?」


 老人の表情は愛想笑いから一変して険しくなる。

 垂れた瞼から見える青い瞳に殺気が宿る。


「あなたどこまで知ってるのかしら?」

「老人をいたぶるのは好きではない。状況は二対一……それでも退かぬと?」


 年寄りの冷や水だとパールヴァティは老人に退く事を促す。

 だが老人は口を開く事もなく睨んだまま微動だにしない。


 溜息をついたパールヴァティは仕方なく御者台を降りようとした時だった。


 荷馬車を引く馬の一頭が雄叫びを上げ床に崩れ落ちる。


「なっ……何が起きたの!?」

「この老骨……あなた達の足を削ぐ事くらいはできますよ」


 倒れた馬を見やるサラスヴァティ。

 急所の“こめかみ”部分に小さい穴が穿たれている。

 明らかに素人のやり口ではない。


 積んだ荷物を護ったままこの老人を相手に出来るのだろうか。

 老人とは思えない、大胆不敵な威嚇にパールヴァティは実力差を感じていた。


「……望みはなんだ」

「パール!?」


 好戦的な彼女はパールヴァティの及び腰に目を丸くする。

 自分よりも強い男が、突然出てきた老人の交渉を飲むとは。


「落ち着けサラ」

「あんたこそ怖気づきすぎよ」


 杖をついた老人に一体何ができるというのか。

 彼らを脅す為に手の込んだ手品でも使ったのかもしれない。


 老人は二つの条件を提示する。


「荷馬車の放棄と、あなた達の雇い主を白状して頂くだけで結構でございます」

「荷物の条件は飲めないわ」


 彼女は自分達の成果に傷が付くと抵抗を見せる。


「ああ……でも雇い主は教えてあげる。領主の―」


 笛のような音が一瞬。


 彼女の言葉は遮られ、肩に激痛が走る。

 とっさに痛む箇所を手で抑える。

 痛みを堪え、恐る恐る手を離すと鮮血が流れ出していた。


「……っぐ!」


「人の言葉には言霊(ことだま)が宿ると言われております。信念や思いの丈のような、鋼の言霊もあれば――」


 老人が杖から細剣を抜き出し、自らの暗器を露にする。


「……嘘という、いくら重ねても薄く“突きやすい”言霊もございます」


「嘘を見抜く細剣使い……まさか『嘘突きバイロン』か」

「その名で呼ばれるのも久しい。もはや捨てた名、いまはただの老いぼれでございます」


「今日は幽霊といいツイてないわね……」

「この老人も似たようなものだ、あの刺突……化け物だ。伝説が本当なら我々は“問答”をしてしまった時点で負けている」

 布を取り出し応急処置をするサラスヴァティ、その表情は苦悶に満ちていた。

「くっ……仕方ないわね」

「我々の雇い主は……」


 静寂が時を止める。

 パールヴァティはゆっくりと口を開いた。


「聖女ラウラだ」


「……」

「……」


 睨み合う両者。

 バイロンは納得したのか一人頷く。

 さっきは間髪無く刺した様子から、既に真偽の判別は分かっているのだろう。

 わざとらしい間を作り、威圧を掛けるところにパールヴァティは不快そうな顔を見せる。


「どうやら本当のようですね」


 バイロンは武器を収め、塞いでいた道を譲り頭を下げる。

 詫びる様に見せたその隙だらけの姿勢は強者の余裕か、それとも情けか。


「お手間を取らせました。どうぞお通り下さい」


 二人は残されたもう一頭の馬に跨り、その場を去ろうとする。


「次に会う時は剣を抜く暇を与えていただけると助かるな」


 パールヴァティの苦し紛れの捨て台詞に気を留める様子もないバイロン。

 不意に思い出したように一つ問う。

「そうでした、気になることが一つ」

「ったくなによ……まだなにかあるっての?」


「先程呟いていましたが『幽霊』とお会いになったのですか」

「ええ。嘘だと思うならその汚い剣で貫いてみたら?」


 最後にサラスヴァティはそう吐き捨て、二人は荷馬車を残し街道を駆け抜けて行くのだった……





 赤い髪の二人組みの姿が奥へ消えて行くのを見送り、バイロンはぽつりと呟く。

「……本当のようですね」


 バイロンは再び仕込み杖から細剣を抜き、腕力を振り絞り街道を囲む林の中へと投擲する。

 暗闇の中、投げた方向から少し遅れて大きな金属音が鳴り響く。

「あの人には参ったものです」


 細剣を投げた方へ向かうバイロン。

「ご説明願えますか。確か『幽霊』は辞めたと聞きましたが?」


 目前には枯葉色の外套を着た老爺が佇んでいた。

 その顔の真横には投げられた細剣が深々と木に突き刺さっている。

 さっきの金属音は手に持っている剣で軌道を逸らした音。

 額を貫かんばかりの一撃をかわし、老爺は涼しい顔をしている。


「はっはっは!すまんな、嘘を吐いたつもりはなかった」

「はあ……相変わらず、あなたは屁理屈がお上手で」


 老爺が細剣の柄を握ると同時に、剣身が一瞬発光する。

 根元まで突き刺さったそれを軽々と抜き取ると、宙に放った。


「ではあの屋敷は誰があのように?あの剣技以外考えられませんが」

「さあのう……ワシは魔断を誰にも教えた事はない」


 細剣が弧を描きすとん、とバイロンが持つ鞘へと見事に収まる。

 見慣れた光景なのか、鮮やかな曲芸に対し、無反応の二人。


「……あなたのような人が他にもいると思うとぞっとしますね」


 バイロンの第六感が嘘を察知しなかった。

 これ以上掘り下げても無駄と悟ったのか話を変える。


「手筈どおり魔剣は回収しました。あの程度ならあなた一人でよかったと思いますが」

「ワシの剣では手加減には向いてなくてな」


 バイロンは遠まわしに殺せないという発言に察しが付いた。


「いわゆる闇の掟ですか。暗殺稼業も楽じゃないですね」


「赤い髪には先約がいてな……それにかつての針千本をまた見たかった」

「今しがたその針も、モーガンさんに曲げられましたがね」


 嘘を付く者を必ず貫くというバイロンにも貫けぬただ一人の男。

 それが悠々と目の前に立つ、かつての同僚モーガン・ウェイン。


「腕は衰えておらんようだな」

「二十五年前もあなたの無茶には幾度も振り回されましたからね」

「はっはっは」


 往年の同僚を突然呼び出した事に、モーガンは申し訳なさそうに笑う。

 彼の神出鬼没っぷりに慣れていたバイロンもそれほど根に持ってはいない様子。


 懐かしむ様にバイロンは別れ際に放ったモーガンの言葉を口走る。


『暁は白く塗れ、光は影を失くした』


「そう言って『鬼神将』を解散したのはあなたですよモーガンさん」

「王と“暁の国”が亡き今、一体何をされるおつもりですか?」


「……ワシもこの歳になると老い先が短い事を身にひしひしと感じて焦ってしまう」

「過去を清算しに暁……いや白光に行く」



 モーガンは少し間を置き、深刻な顔付きで目的を吐露した。


「エクスキャリバーを破壊する」

文章に変な点、荒い所を見つけ次第

添削・修正しております。

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