夏
教室の窓からは、青い空にぽっかりと浮かぶ入道雲が見えていた。もう6月だった。
泡立ちの良すぎるシャンプーの泡みたいな雲だった。雲をアイスクリームとか、綿菓子に例えるならよくあるけれど、シャンプーの泡か……、私のセンスの無さを再認識する。
外のさわやかさ(シャンプーの泡がさわやかとは決していえないけれど)とは対照的に教室の中は蒸し暑かった。
そしてまた私は、机の下に隠した左の手首を触る。私の中毒的なリストカットは止まらず、傷が治ると同時に新しい傷ができていた。
国語の先生が小説の構造読みの説明をしている。討論の形式での授業が、この学校の国語の自慢らしいけど私はこの授業が嫌いだった。
「えー、小説の構造読みで気をつけなければいけないものは何か、答えられる人いますか?」
10人くらいの手が挙がる。
4月の初回の授業で先生が、授業での発言を高く評価する、と言ったからだった。
浅ましい。
「えー、では、この羅生門におけるクライマックスがわかる人、手を挙げてください」
今度はさっきよりも多く、16人の手が挙がった。死体に群がるハイエナみたい。
「えー、じゃあ13番、田島君」先生が指名した。
眼鏡をかけた、いかにも勉強ができそうな生徒が意見を述べた。そういう人ほど本を読まないのだ。シェイクスピアって誰?ギリシャの哲学者?と聞くような人たちだった。
先生は意見を聞いて大きくうなずき、満足そうな顔をした。その生徒が述べたことを黒板に書いていく。
私はそれをノートにとる。いくらこの授業を軽蔑していても、私だって、テストで悪い点は取りたくない。軽蔑するなら軽蔑し通すべきなのに。
考え方によれば、私は、あのハイエナたちよりも卑しいかもしれない。ハイエナに寄生しているのだから。
点数というものに負けている自分が悔しい。
しかし、それが学生というものの宿命でもあるのかもしれない。学生は所詮、先生や親より下。悲しい存在。
私はまた手首の傷をいじった。傷口が開いて血が少し出る。
傷をそんなに触ったら化膿してしまう。それでもいいや。どうでもいいや。
投げやりな気持ちが私の心を支配する。
どうせなら傷口から菌が入って破傷風にでもなって死んでしまいたい。
まあ、今の日本の医療なら、うちの父親が
注射をうって安静にしていれば助かっちゃうんだろうけれど。
ねえ、死にたいよ。
私は、前に座っている田中の背中に語りかける。何度こうしたかわからない。
もちろん田中は何も言わない。
その背中が、無言の、ささやかな、慰めだった。