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悪夢

 朝のニュースだった。

 美貌以外に取り柄のないアナウンサーがニュースを読み上げる。

「昨夜、茨城県のつくば市にある、私立明啓学園の非常階段の下で、中学二年の女子生徒、清水奏さん14歳の遺体が発見されました。茨城県警では、死因を飛び降り自殺と見ており、近く学校関係者に話を聞く予定です」

 アナウンサーの読み上げが終わると同時に画面が切り替わり、話題は池袋で流行っているラーメン店へと移っていった。

 

 

 悪い夢を見た。

 私が死ぬ夢だった。

 朝日が私の部屋の窓から差し込んでいた。

 時計はまだ5時だった。

 私は制服のままベッドに寝ていて、背中にぐっしょりと汗をかいていた。

 田中のブレザーも、しわがついてしまっていた。

 とりあえずバスルームに行った。

 ブレザーはハンガーにかけておき、着っぱなしの制服を脱いでシャワーを浴びた。

 私の、ふくらみの小さな胸を、お湯が流れ落ちていく。

 ふと思った。

 私は田中を好きなんだろうか?

 どうなんだろう。

 確かに、田中の腕は温かかった。

 田中になら、私の手首を見せてもいいと思った。実際に田中はもう知っているかも知れない。

 私のすべてを知られてもいいと思った。

 でも、それが好きということなのか、小説に描かれた恋愛しか知らない私にはよくわからなかった。

 髪を洗っていると、シャワーの音で起きたらしく、父親の声がした。

「奏、昨日は言い過ぎた。ごめんな」

 そう言う父親は哀しげだった。

「うん、いいよ」なぜか許してしまう。

 髪を洗い終えて、父親がいないのを確かめてから浴室から出ると、少し寒かった。

 制服を着て、歯を磨くと、空腹感が急に襲ってきた。昨日は夕食を食べずに寝てしまったのだから、当たり前。

 リビングに行くと、父親はコーヒーを飲んでいた。その脇を通って、私は食パンを取った。隣を通るときに、父親からアルコールの匂いがした。昨日の夜、浴びるように飲んだのだろう。うちの父親は、いつもはほとんど飲まないのに、私となにかあるとアルコールに救いを求める。私が小説に救いを求めるのと同じように。

 食パンにジャムを塗っていると、

 なあ、かなで、と父親が寂しげに、に口を開いた。私も昨日、言い過ぎたかもしれない。

「かなで、夢ってあるか?」

 唐突な問いだった。

 なんでこんな朝早くにそんなことを聞くのだろう。昨夜にあんなに叱っておいて、夜が明けると哀しげに私に謝り、夢はあるかと聞く。

 このごろわからなくなった父親の気持ちが、さらに不可解になっていく。

「うーん、まだわからない」私は答えた。

とにかく医者以外がよかった。父親の思い通りになるなんてまっぴらだった。

私は自分の道を行きたい。けれども、その道が見えない。

「そうか、夢は大きいほうがいいからな。

 自由でいいんだぞ、自由で」

 大人ってそうだ。

 夢を持てと言う。大きな夢を持てと言う。

 夢って何?

 どうせ叶わない夢なんて、抱くだけ無駄。

 大人に抱かされる夢なんて叶っても嬉しくない。

「夢なんて抱くの、馬鹿らしいと思うけど」私は言った。

「いつかわかるよ」父親は遠くを見つめるような目でそう言った。

 私の大嫌いな言葉だった。

 いつかわかる=お前はまだ子供だからわからない、そんなふうに感じるのだった。

 私はもう子供じゃない。

 私はパンを食べながら、息苦しさを覚えた。

 周りの酸素濃度がだんだん下がっていくような、そんな息苦しさだった。

 パンを1枚食べただけで、私は家を出た。

こういう日は、朝早い学校の図書室で本を読むのが一番いい。

「いってきます」

 玄関のドアを開けると、小鳥が鳴いていた。

 私も小鳥みたいに飛べたらいいのに。などと、金子みすずの詩のモチーフを思い浮かべる。

 腕に持った、田中のブレザーの中で財布が揺れていた。

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