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錆喰いの古刀(ラスト・イーター)  作者: 赤紫


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天都の底、ゼロ号の共鳴

「逃がすな! 追いかけろ!」

背後で響く【青龍】ハルアキの怒号。 だが、その声はすぐに遠ざかった。俺とレイナは、爆心地から離れた路地裏にあるメンテナンス用のハッチをこじ開け、暗闇の中へと飛び込んだからだ。

「……ッ、痛っ!」

汚水とヘドロの臭いが鼻をつく。数メートルの落差を転がり落ちた俺たちは、湿ったコンクリートの床に叩きつけられた。

「ジン、生きてる?」 「あぁ……なんとかな」

俺は古刀を杖にして立ち上がる。 頭上からはまだ、四柱の破壊音が響いているが、ここまでは届かないようだ。 だが、隣にいるはずの源蔵たちの姿がない。

「源蔵たちは……?」 「ダメ、通信が繋がらない。あのEMPのせいか、この地下が深すぎるのか……」

レイナが端末を操作するが、画面はノイズが走るばかりだ。 気絶したミナとタキを抱えた源蔵は、おそらく別のルートへ逃げるしかなかったはずだ。合流は難しいだろう。

「とにかく進むしかないわ。ここはてん国の首都、**『天都テント・ネオアルカディア』**の地下水道エリア。……地上は楽園だけど、下は『地獄』って噂よ」

地下道を奥へと進むにつれ、異様な光景が広がっていた。 壁には蛍光塗料で描かれた稚拙な壁画。錆びついたパイプ。そして、電子機器の残骸が祭壇のように積み上げられ、破壊されている痕跡。

「なんなんだ、ここは……?」 「静かに。……誰かいる」

レイナが鋭く囁き、鋼の刀を構える。 通路の奥から、ゆらりと数人の人影が現れた。 彼らはボロボロの法衣を纏い、目元を布で覆っている。手には銃やスタンバトンではなく、錆びた鉄パイプやなたが握られていた。

「……鉄を捨てよ」

先頭の男が、うわごとのように呟いた。

「穢れた電気を捨てよ。……肉体つちへ還れ」

「カルト……?」

俺が眉をひそめた瞬間、男たちが獣のような咆哮を上げて襲いかかってきた。 機械的な動作ではない。薬物で痛覚を麻痺させたような、狂信的な突進だ。

「ジン、電子制御アシストがないからって油断しないで! こいつら、やけに力が強い!」

レイナが男の鉈を受け流し、蹴り飛ばす。 俺も古刀を振るうが、相手はただの暴徒ではない。彼らの動きは洗練されており、組織的な訓練を感じさせる。

『……不味い……こいつらには……吸うべきエネルギーがない……』

脳内で古刀が不満を漏らす。 ハイテク兵器や電子刀を「餌」とする俺の相棒にとって、この原始的な暴力は最も相性の悪い相手だった。

「……チッ、きりがないな!」

俺は襲いかかってくる信者を蹴り飛ばし、古刀の柄を握り直した。 相手はただの鉄パイプやなたで武装した生身の人間だ。だが、その動きは恐れを知らず、痛みを感じていないかのように執拗だ。 何より厄介なのは、俺の相棒のご機嫌だ。

『……不味い……こんな肉の味はいらん……』 『……痺れる電気を……熱を寄越せ……』

脳内で古刀が不満を垂れ流している。 ハイテク兵器のエネルギーを「捕食」することに特化したこの刀にとって、原始的な暴力しか振るわない彼らは、文字通り「食指が動かない」相手なのだ。俺は黒いオーラによる防御も、斬撃の強化も使えず、ただの鋭い鉄の塊としてこれを振るうしかない。

「ジン、下がって! 数が増えてるわ!」

レイナが鋼の刀で応戦するが、暗闇の奥から次々と新たな信者が湧き出てくる。 完全に包囲された。そう悟った瞬間、通路の奥から澄み渡るような鈴の音が響いた。

「……おやめなさい、子供たちよ」

その声は、湿った地下道には似つかわしくないほど透明で、静謐せいひつだった。 獣のように唸っていた信者たちが、ぴたりと動きを止める。彼らはモーゼが海を割るように左右に退き、平伏して道を空けた。

「……誰だ?」

現れたのは、一人の女性だった。 ボロボロの法衣を纏っているが、その佇まいは高貴ですらある。 太陽の光を何年も浴びていないのだろう。透き通るような色白の肌と、痩躯そうく。その儚げな姿は、まるで深海に咲く白百合のようであり、この異臭漂うスラムで異様な「聖性」を放っていた。

「ようこそ、地上の迷い子たち。……私はサヤ。この『回帰のカイキノツチ』で祈りを捧げる者です」

彼女――教祖サヤは、敵意のない穏やかな瞳で俺たちを見つめ、そして俺の腰にある古刀に視線を落とした。

「……ああ、なんと可哀想に。その子もまた、電気の毒に冒され、飢えているのですね」

『……ッ!?』

古刀が反応した。サヤの言葉が、刀の「意志」に届いているのか?

「私たちについて来なさい。ここでの争いは、『彼』の仕事を邪魔することになりますから」

サヤはふわりと踵を返した。 拒否権はない。俺とレイナは顔を見合わせ、無数の信者たちに囲まれながら、彼女の後についていくしかなかった。

連行された先は、巨大な地下空洞を利用した「聖域」だった。 そこには、地上から廃棄されたであろう最新鋭のサーバーやドローン、サイボーグ義手などが山のように積み上げられ、巨大な「墓標」を作っていた。 電子機器の墓場。だが、その中心だけは違った。

カン、カン、カン、カン……。

リズミカルで、力強い打撃音。そして、舞い上がる火の粉。 そこにあったのは、最新のプラズマ炉ではなく、コークスを燃やす古式ゆかしい「鍛冶場」だった。 炉の前で、上半身裸の老人がつちを振るっている。全身が筋肉の塊のようなその男は、鎖で繋がれているわけでも、脅されているわけでもなかった。

「……集中している。静かにしてくれ」

老人は俺たちに目もくれず、赤熱した鉄塊を叩き続ける。 その背中には、数え切れないほどの火傷の痕と、何やら薬品で焼け爛れたような古いケロイドが刻まれていた。 ただの鍛冶屋じゃない。その背中から放たれる圧倒的な威圧感に、俺が息を呑んだ時だった。

「……嘘、まさか」

隣で、レイナが信じられないものを見るように目を見開いていた。

「ムラマサ……? 千子センジムラマサ博士なの!?」

「ムラマサ?」

聞き覚えのない名前に俺が眉をひそめると、レイナは震える声で言った。

「ウチの局の……『特別徴刀局』の元主席研究員にして、伝説の刀匠よ! 数年前に行方不明になっていたのに、まさかカルトに拉致されていたなんて!」

レイナはそこまで言うと、俺の制止も聞かずに老人へと駆け寄った。

「先生! 私です、神楽坂です! 今助けますから!」

レイナが老人の肩に手を伸ばす。 だが、老人は作業の手を止め、赤熱した鉄を水槽に突っ込んだ。

ジュワアアァァッ!!

大量の蒸気と共に、鋼の匂いが立ち込める。

「助ける? ……ふん、レイナの小娘か。相変わらず早とちりなことだ」

老人はタオルで汗を拭いながら、ニヤリと笑った。その扱いは囚人のそれではない。傍らに控えていたサヤが、恭しく彼に水を差し出していることからも、彼がここでは「主賓」として扱われていることが分かる。

「私は捕まったのではない。自らここに来たのだ」

「自らですって? こんな……電子機器もまともに動かない、カビ臭い地下に?」

レイナの問いに、ムラマサと呼ばれた老人は鼻を鳴らした。

「だからこそ、だ! 地上を見てみろ。どこもかしこも電波、ノイズ、電子制御の補助アシストだらけだ。あんな『うるさい』環境で、真に魂の宿る刀が打てると思うか?」

「ここはいいぞ。余計なノイズがない。聞こえるのは炎の音と、鋼の声、そして……地下深くから響く『星の鼓動』だけだ」

「星の鼓動……」

俺は足元の地面を意識した。 そうか。ここは地上よりも「オリジン」に近い。 俺の古刀が鞘の中で小刻みに震えているのは、敵への殺意ではなく、この環境そのものへの共鳴だったのか。

「サヤ殿たち『回帰の土』は、文明を否定する狂人かもしれん。だが、余計なテクノロジーを排除し、純粋な『鉄と炎』を崇めるその姿勢は、ワシの刀作りにとって最高の環境なのだよ」

ムラマサは歪な笑みを浮かべ、俺を指差した。

「さて、小僧。……その腰の『出来損ない(ゼロ号)』を見せてみろ。随分と腹を空かせているようじゃないか」

カルトの聖女と、マッドサイエンティストの刀匠。 異様な取り合わせだが、ここが俺たちの逃避行の、最初の中継地点となることは間違いなさそうだった。


第5章 天都の底、ゼロ号の共鳴(完)

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幕間1:やりすぎたミナの誤算

場所:天都テント・ネオアルカディア 地下廃棄層

「ゲホッ、ゲホッ……! なんて埃だ。ここはドブ川の底か?」

源蔵が咳き込み、タキはヒビの入ったバイザーを神経質そうに拭いていた。

「……最悪だ。EMP(電磁パルス)の直撃で、俺の端末は全滅。通信もナビも使えない。これではただの迷子だ」

「文句を言うな。ジンとレイナのお嬢ちゃんとはぐれちまったが、とにかく生きてるだけマシだろ。……おい、ミナ! 無事か!?」

源蔵が瓦礫の向こうへ声をかける。 返事はなかった。代わりに、少女の黄色い悲鳴が響き渡った。

「きゃあぁぁぁぁぁっ!!」

「ミナ!? 怪我したのか!」 「敵襲か!?」

源蔵とタキが慌てて残骸を乗り越える。 だが、そこにいたツインテールの整備士、ミナは、血を流しているわけでも、敵に襲われているわけでもなかった。 彼女は、うず高く積まれたゴミの山に抱きつき、頬をすり寄せていたのだ。

「すっご……! 何これ、嘘でしょ!? きゅう国軍の第四世代サーボモーターに、きょう国の呪術回路基板……それにとう国の未発表プロトタイプ義手まであるじゃん! ここ、天国パラダイス!?」

ミナの両目が、薄暗い地下道で爛々と輝いている。 源蔵とタキは顔を見合わせ、深いため息をついた。

「……あのな、お嬢ちゃん。ここは天国の『ゴミ捨て場』だ。俺たちにとっては不快な産業廃棄物の山でしかない」

「分かってないなぁ、源蔵は! これ全部、宝の山だよ!」

ミナは瓦礫の中から、保存状態の良い強化外骨格のパーツを引っこ抜くと、二人に振り返った。その表情は、真剣そのものだった。

「ねえ、二人とも。現状を整理しようよ」

ミナが機械の両手で指折り数える。

「通信不能、位置不明。ジンみたいな『魔剣』も、レイナみたいな『剣術』もない丸腰の私たち。……このまま地上に出たら、あの『四柱しちゅう』とかいう化け物たちに瞬殺されちゃうよ?」

「……癪だが、正論だな」 タキが渋々認める。彼らの武器は『黒鳥』という輸送機そのものだった。機体を失った今、彼らは無力な技術屋に過ぎない。

「でしょ? だから提案!」

ミナがニカっと笑い、スクラップの山を指差した。

「作っちゃおうよ。私たちの武器」

「はぁ?」

「ここには最高級の素材ジャンクが揃ってる。電子制御が死んでても、物理駆動やアナログ回路なら動かせるわ。私が即席で、あんたたちにピッタリの『対・四柱用決戦兵器』を組み上げてあげる!」

源蔵とタキは迷った。一刻も早くレイナたちと合流すべきだ。だが、丸腰でこの迷宮を彷徨うのは自殺行為に近い。 二人は諦めたように頷いた。

「……手短に頼むぞ。派手なのは無しだ」 「了解! マッド・メカニックの腕の見せ所ね!」

ミナはそう叫ぶと、魚が水を得たように瓦礫の山へとダイブした。

「タキ! そっちの産業用ドロイドの残骸から、油圧シリンダーを引っこ抜いて! 源蔵はそっちのリニアモーターカーの残骸から、コイルとコンデンサを回収!」

ミナの指示が飛ぶ。 彼女自身の機械の両腕は、指先が高速回転してドライバーやレンチへと変形し、目にも止まらぬ早さでスクラップを分解していく。

「まずは源蔵の分!」

ミナは回収した油圧シリンダーを、建設機械のフレームに強引に溶接し始めた。彼女の指先からアーク溶接の火花が激しく散り、地下道の闇を焼き焦がす。

「ちょっ、お嬢ちゃん! 火花が凄すぎるぞ!」 「細かいこと気にしない! 制御チップが焼けてるなら、物理スイッチで直結すればいいのよ!」

ガギンッ! ジュッ、ジュワアアアッ!

「はい、装着して!」

渡されたのは、無骨な鉄の塊だった。建設用ドロイドの腕をそのまま流用し、先端に巨大なタングステンの杭を取り付けた**「パイルバンカー(杭打ち機)」**だ。

「……重いな。だが、悪くない」 源蔵が腕を通すと、ズシリとした重量感が伝わる。引き金を引くと、圧縮空気がプシュン!と音を立て、杭が凶悪な勢いでスライドした。 「これなら電子制御なしで、戦車の装甲もブチ抜けるな」

「よし次はタキ!」

ミナは、リニアモーターのコイルをボウガンのフレームに巻き付け、即席の加速レールを作成していく。

「EMP環境下だと、複雑な照準補正AIは使えないわ。だから……」

彼女は廃棄された偵察ドローンのカメラレンズをもぎ取り、アナログな光学スコープとしてライフルの上部にガムテープとボルトで固定した。動力源は、瓦礫の中から見つけ出した大容量の化学バッテリーだ。

「電気回路は単純な直列繋ぎ。これなら磁気嵐の影響も受けない」 ミナが配線をショートさせ、バチバチと通電テストを行う。

「完成! 電磁投射ライフル(レール・クロスボウ)・簡易版!」

タキが受け取り、スコープを覗き込む。 「……無骨だが、理にはかなっている。矢弾はこの鉄骨の破片を使えばいいか」

「そして最後は、私!」

ミナは自分の肘から先を見つめた。 繊細な整備作業用のマニピュレーター。だが、今の状況で必要なのは「修理」ではなく「破壊」だ。 彼女は躊躇なく、自分の腕の接続ロックを解除した。

プシューッ……。

両腕が外れ、床に落ちる。 代わりに彼女が装着したのは、産業廃棄物カッターの回転ノコギリと、暴徒鎮圧用ドロイドの高電圧ジェネレーターを無理やり接合した、悪魔のようなユニットだった。

接続コネクト……回路バイパス、オールグリーン!」

ガシャン!

装着音が響くと同時に、ミナの背負ったジェネレーターが唸りを上げた。

「これなら、あの陰陽師の式神だって紙切れみたいに切り裂けるわ! さあ、起動テストよ!」

ミナが足元のペダルを踏み込む。 即席で組み上げた**「近接戦闘用アーム・改」**から、バチバチと凄まじいスパークが迸った。

ギュイイイイィィィン!! バリバリバリバリッ!!

回転ノコギリが空気を切り裂き、過剰な電流が地下道の鉄骨に放電する。 暗闇だった地下道が、真昼のように明るく照らし出され、工事現場のような轟音が反響する。

「おい馬鹿! 音がデカすぎる!」 「ははは! すごいパワー! これなら無敵よ!」

ミナが笑い声を上げた、その時だった。

「……鉄を、捨てよ……」

暗闇の向こうから、無数の殺気が膨れ上がった。

「あ?」

ミナが動きを止める。 周囲を見渡せば、いつの間にか、ボロボロの法衣を纏った集団が、びっしりと彼らを取り囲んでいた。その数、およそ五十人。 彼らの目は血走り、手には錆びた鉄パイプやなたが握られている。

「穢れた電気を……光を……断ち切れぇぇぇ!!」

「えっ、ちょっ、待って! タイム!」

ミナが叫ぶが、狂信者たちの耳には届かない。 ここはテクノロジーを憎悪するカルト教団『回帰のカイキノツチ』の支配領域。 そこで高電圧のスパークと爆音を撒き散らせば、どうなるか――火を見るより明らかだった。

「うわあああ! 数が多すぎる!」 「この馬鹿娘がぁぁぁ!!」

源蔵がパイルバンカーで一人を吹き飛ばし、タキがボウガンを連射するが、多勢に無勢。 あっという間に人の波に飲み込まれ、三人は押さえつけられた。

「連れて行け! 聖域へ!」 「穢れた者たちに、サヤ様の裁きを!」

ぐるぐる巻きに拘束され、ずるずると引きずられていく三人。 だが、この「誤算」が、結果として彼らをジンとレイナの待つ「聖域」へと導く最短ルートになるとは、泣き叫ぶミナはまだ知る由もなかった。

(幕間1 完)

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幕間2-1

1:イズナの憂鬱

場所:きょう国首都・京都 『ネオ・茶屋』の個室

「ねえ、聞いてよマキ! もうホント、ウチの職場の男連中、どいつもこいつもキャラが濃すぎてマジうざいんだけど!」

休日の昼下がり。 京国の繁華街にある人気のカフェで、【朱雀】狐火イズナは、抹茶パフェをスプーンで突き崩しながら友人に愚痴をこぼしていた。 任務中の扇情的な巫女装束とは違い、今の彼女は流行りのオーバーサイズパーカーにショートパンツという、ごく普通の(少し派手な)若者の格好だ。

「えー、でもイズナの部隊ってあれでしょ? 『陰陽寮おんみょうりょう』のトップ、精鋭部隊『四柱しちゅう』じゃん。エリート揃いでカッコいいって噂だよ?」

友人の言葉に、イズナは「はぁ?」と露骨に顔をしかめた。

「カッコいい? ないない! 外ヅラが良いだけだって。……いい? あいつらの実態、教えてあげるから聞きなよ」

イズナはスプーンを指揮棒のように振り回し、まずは一番の不満の種について語り始めた。

1. 貴族かぶれのリーダー

「まず、リーダーのハルアキ様よ。……いや、仕事中は『様』付けしてるけどさ」

イズナは忌々しげに鼻を鳴らす。

「あの人、自分のこと平安貴族の生まれ変わりか何かだと思ってるわけ? あの白いコートも『これは現代の狩衣かりぎぬである』とか言って特注だし、戦闘中にいちいちホログラムの扇子パチパチさせてさぁ……。見てるこっちが恥ずかしいっつーの!」

「あはは、みやびだねぇ」

「雅すぎて胃もたれするわ! 喋り方もねちっこいし、『無粋』とか『風流』とか、単語のチョイスがいちいち古臭いの。……こないだなんて、任務終わりの報告書に和歌を添えようとしてたのよ? さすがに引いたわ」

イズナはパフェの白玉を乱暴に咀嚼した。

「私、ああいう気取った態度って鼻につくんだよね。中身はバリバリの電子制御サイバー使いのくせに、なんであそこまで『貴族ごっこ』にこだわるわけ? もっとフランクに生きられないの? マジうざい!」

2. 喋らない岩石

「で、次はあのデカブツ、ベンケイよ」

イズナはため息をつく。

「あの人、マジで無口すぎ。何を考えてるのかサッパリ分かんない。こっちが『ねえ、荷物持ってよ』とか『このスイーツ美味しそうじゃない?』って話しかけても、センサーが光るだけで完全無視よ、無視!」

「硬派なんじゃない?」

「ただの思考停止よ! 一番ムカつくのがさ、私とあの人は同じ『四柱』で階級は一緒なわけ。なのに、あの人ってばハルアキ様の命令しか聞かないの!」

イズナはテーブルをバンと叩いた。

「ハルアキ様が『行け』って言えば壁だろうが地雷原だろうが突っ込むくせに、私が『ちょっと援護して』って言っても動こうともしない。私の方が火力(DPS)出してるっつーの! 『私の意見も聞け!』って何度怒鳴ったか……。あーもう、思い出したらイライラしてきた」

3. 天井裏の陰キャ

「そして極めつけが、ヨイチね」

その名前を出した途端、イズナの声のトーンが一段低くなった。

「あいつが一番キモい。……いや、仕事はできるわよ? 狙撃の腕は悔しいけど認める。でもさ、存在感がなさすぎるのよ! 休憩室に誰もいないと思ってリラックスしてたら、いつの間にか部屋の隅とか、最悪の場合は天井のはりの上とかにいて、じーっとこっち見てんの!」

「……それは怖いかも」

「でしょ!? 『いたなら言いなさいよ!』って文句言うと、あの無表情でフンッて鼻で笑うのよ。『気配に気づかない君が未熟だ』みたいな目でさぁ……。あの見下したような視線! センサー越しでも分かるわよ、私のこと『騒がしい馬鹿女』とか思ってるんでしょ!? ムカつくーッ!!」

イズナはパフェの底に残っていたコーンフレークを、親の仇のようにガリガリとかき込んだ。

「どいつもこいつも協調性ゼロ! 私の可愛さと愛嬌でなんとかチームが回ってるようなもんよ。ホント、私ってば苦労人……」

「でも、なんだかんだ最強なんでしょ?」

「……まあね。御門みかどの命令は絶対だし、失敗したら即『廃棄処分』だから必死なだけよ」

イズナはふと真顔に戻り、冷めた紅茶を一口飲んだ。 だが、すぐにまた「営業用」の明るい笑顔に戻る。

「ま、愚痴ってスッキリした! ……あ、そういえば次の任務、なんか東の田舎ネズミを狩る仕事らしいんだけどさ。久々に遠征だって。またあの貴族かぶれが『旅の風情が~』とか言い出すと思うと、今から頭痛いわ……」

イズナは大きく伸びをすると、伝票を掴んで立ち上がった。

「さ、行こ! 今日はカラオケ付き合ってよね! ストレス発散しなきゃやってらんないっつーの!」

(幕間2 続)

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幕間2-2:イズナの憂鬱

4. 命がけのブラック企業

「……でさ、極めつけがこれよ。ウチの職場、福利厚生が最悪なわけ」

カフェを出て、カラオケボックスへと向かう道すがら。 イズナの愚痴はヒートアップしていた。

「『四柱しちゅう』とか偉そうな二つ名もらって、きょう国の最高戦力扱いされてるけどさ。給料はそこそこ良くても、退職金が出ないのよ、退職金が!」

「え? 公務員みたいなもんなのに?」 友人のマキが目を丸くする。

「出ないわよ。だってウチの定年退職は**『死』**だもん」

イズナは冗談めかして笑ったが、その目は笑っていなかった。

「任務に失敗したら、即座に**『廃棄処分』**。再就職先なんてない。……この前だって、少しミスした部隊が、御門みかどの命令であっさり消されたし。ハルアキ様なんて『散り際こそみやび』とか言って陶酔してるけど、私は御免よ。もっと美味しいもの食べて、イケメンと遊んで、煌びやかに生きたいっつーの!」

彼女が爪を噛む癖を見せる。 華やかなエリート部隊の裏側にあるのは、絶対君主による恐怖政治だ。彼女のヒステリックな性格や、任務への異常な執着は、このストレスから来ているのかもしれない。

5. 無粋な呼び出し

「ま、暗い話はナシ! 今日は歌って忘れるわよ! 予約したVIPルーム、すごいんだから!」

イズナが強引に話題を変え、カラオケ店の自動ドアをくぐろうとした、その時だった。

『……風が、騒いでおじゃるな』

イズナの脳内インプラントに、直接通信が割り込んだ。 着信音もなしに響いたそのねっとりとした声に、イズナの表情が凍りつく。

「……げっ」

「イズナ。貴様、今どこにいる?」

通信の主は、間違いなく【青龍】土御門ハルアキだ。 イズナは友人に「ごめん、ちょっと待って」とジェスチャーし、愛想の良い声を作って応答した。

「はぁ~い、ハルアキ様ぁ♡ 今はですね、貴重な休日のリフレッシュ中でしてぇ。……出発の日取りでも決まりました?」

予定では、数日後の出発だったはずだ。まだ心の準備も荷造りもしていない。 だが、ハルアキの声は、一瞬で冷徹な指揮官のものに変わった。

『悠長なことを言っている場合ではない。……事態が動いた。御門より勅命ちょくめいだ』

「勅命?」

『我々が狩る予定だった「東のネズミ」どもが、想定より早く動いた。あろうことか、我々の庭(中部エリア)で「霊鋼」を掠め取り、国境警備隊の船を沈めおった』

「はぁ!? 船を沈めた? あの田舎ネズミたちが?」

イズナの声が素っ頓狂に裏返る。 ただの潜入者排除任務だと思っていた。それが、いきなり国家間の重大インシデントに発展したというのか。

『さらに、ターゲットの中には「黒い刀」を持つ少年が含まれている。……予定を変更する。「四柱」総員、直ちに緊急招集スクランブル。10分以内に合流せよ』

「じゅ、10分!? 私いま街の反対側に……」

『遅れる者は「無粋」。……御門への忠誠を疑われても文句は言えんぞ?』

ブツッ。 一方的に通信が切断された。

「…………」

イズナは数秒間、虚空を見つめて固まっていたが、やがてスマホを握りしめた手が震え出した。 よりにもよって、休日。 よりにもよって、カラオケの直前。 予定を前倒しにされた挙句、たった10分で来いだと?

「……あいつ、マジで許さない」

「イ、イズナ?」

友人が恐る恐る声をかけると、イズナは鬼のような形相で振り返った。

「ごめんマキ! 今日のカラオケなし! 急な仕事入った!」

「ええっ!?」

「あーもう! マジありえない! 私の休日返せ! これだからブラック組織は嫌いなのよ!!」

イズナは叫びながら、パーカーのフードを脱ぎ捨てた。 路地裏へ駆け込むと同時に、彼女の背中から緑色の発光ユニットが展開される。

「絶対に許さない……! その東国のネズミだか何だか知らないけど……私の休日を潰した罪、たっぷりと味わわせてやるからぁぁぁ!!」

ヒュンッ!!

緑色の光の尾を引き、彼女は京都の空へと飛び去っていった。 残された友人は、飲みかけのタピオカを手に呆然と立ち尽くすのみ。

こうして、八つ当たりの殺意を漲らせた【朱雀】は、ジンたちの待つ南の海へと出撃したのである。


(幕間2 完)


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