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錆喰いの古刀(ラスト・イーター)  作者: 赤紫


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3/6

境界を越える翼と古の呼び声

3

「ついて来なさい。裏口に『足』を用意してあるわ」

レイナが窓から飛び降りると同時に、俺も覚悟を決めてその後に続いた。 錆びついた非常階段を駆け下りると、路地裏の暗がりに、周囲の風景に溶け込むような光学迷彩カバーが掛けられた大型バイクが鎮座していた。最新の磁気浮上式エア・バイクだ。

「飛ばすわよ。舌を噛まないようにね」

レイナがまたがり、エンジンを始動させると、重低音が路地の空気を震わせた。俺が後部座席に飛び乗った瞬間、頭上でサイレンのような機械音が鳴り響いた。

「対象発見。……日本国治安維持法に基づき、排除します」

見上げれば、ビルの谷間から数機の自律型ドローンが降下してくるのが見えた。赤色レーザーの照準が俺たちの眉間に合わせられる。

「チッ、もう嗅ぎつけたか!」

レイナがアクセルを全開にする。バイクが弾丸のように飛び出すのと同時に、ドローンからプラズマ弾が発射された。 俺は走行風に煽られながら、腰の古刀を抜き放った。

『……喰わせろ……』

刀が意思を持ち、勝手に軌道を描く。 ジュボッ!! 俺の意志とは無関係に、刀身が飛来したプラズマ弾を空中で絡め取り、その熱量を瞬時に吸い尽くした。

「便利な『避雷針』ね!」 「……褒め言葉に聞こえねぇな!」

レイナも片手でハンドルを操りながら、自身の鋼の刀を一閃させ、並走してきたドローンのセンサーカメラを叩き割る。電子制御を失ったドローンが火花を散らして壁に激突した。 俺たちを乗せたバイクは、朝霧の立ち込める湾岸エリアへと疾走した。

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到着したのは、旧東京湾の最奥部に位置する廃棄された軍事港だった。 崩れかけた倉庫の影に、異様な威圧感を放つ黒塗りの機体が停泊していた。翼と船体を兼ね備えたような流線型。レーダーに映らないステルス輸送機だ。

「……ようこそ、幽霊船『黒鳥こくちょう』へ」

タラップを上がり、薄暗いキャビンに入ると、しゃがれた声が響いた。 パイロットシートで振り返ったのは、白髪混じりの不愛想な男。その右目の義眼が、赤い光を放って俺と腰の刀をスキャンする。

「『特級危険物』持ち込みとはな。レイナのお嬢ちゃんも、相変わらず拾ってくるモノが悪い」 「文句は局長に言ってよ、源蔵。この子は特別製なの」

レイナが慣れた様子でコパイロット席に滑り込む。 その背後から、機械油の匂いと共に小柄な影が飛び出してきた。

「うっそ、これが『オリジン』候補!? マジで鉄の塊じゃん!」

俺の腰元に顔を近づけてきたのは、両腕が肘から先まで武骨な機械になっているツインテールの少女、ミナだ。彼女は俺の顔ではなく、刀をキラキラした目で見つめている。

「ねえねえ、ちょっと触っていい? エネルギー吸収のメカニズム、どうなってんの? 回路図とかないわけ?」 「……悪いが、触ると寿命が縮むぞ」

俺がそう警告すると、ミナは「チェッ、ケチ」と頬を膨らませて整備パネルの方へ戻っていった。 すると、モニターに向かっていた顔半分をバイザーで覆った細身の男、タキが冷淡な声で告げた。

「無駄口はそこまでだ。……レーダーに感あり。方位1-0-4。コーストガードの巡回ドローン網だ」

タキの指先が高速でキーボードを叩き、船内の照明が赤から戦闘用の青へと切り替わる。

「捕まりゃ全員、極刑だ。……しっかり掴まってな、小僧」

源蔵がニヤリと笑い、スロットルを押し込む。 船体がきしみ、強烈なGが俺の体をシートに押し付けた。機体は海面スレスレを滑るように加速し、東国の監視網をすり抜けて外洋へと飛び出した。

「呪いの古刀」と「ならず者の船員たち」。 最悪の逃避行の仲間としては、お似合いかもしれない。

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夜の海は、重油のように黒く沈黙していた。

「……ふぅ。どうやら振り切ったみたいね」

強烈なGが収まり、機体が安定飛行に入ると、レイナがシートベルトを緩めて息を吐いた。 俺もこわばっていた肩の力を抜く。窓の外は漆黒の闇だが、コックピットの中央モニターには、現在の航路を示す日本地図が浮かび上がっていた。

だが、それは俺が教科書で知っている日本とは似ても似つかない代物だった。

「……ひどいありさまだな」

俺は思わず呟いた。 北の北海道・東北エリアは禍々しい赤(宮国)。 俺たちが脱出した関東エリアは青(東国)。 北陸エリアは紫(金国)。 そして関西エリアは深緑(京国)。 かつて一つの国だった島国は、まるで縄張り争いをする猛獣たちによって食い荒らされたように、無惨に色分けされていた。

「きれいなパッチワークでしょう? これが今の私たちの国の姿よ」

レイナが自嘲気味に笑い、指先でモニター上の「色のついていない部分」をなぞった。

「私たちが今、迂回しているこの中部エリア。そして、これから向かう西の中国・四国エリア。地図上では**『白』**になっているけれど、平和って意味じゃないわ」

「……情勢不明アンノウン、か」

「ええ。どこの国も統治しきれなかった、あるいは統治を放棄した**『空白地帯』**よ。法も秩序もなく、小規模な武装勢力やカルト、そして野盗が跋扈ばっこする無法地帯。……日本の分断は、あんたが思っている以上に深くて重症なの」

俺はモニターを見つめた。 色のついた「国」同士が睨み合い、その隙間に広がる広大な「空白」。 俺たちは今、そんな薄氷の上を滑るようにして、南の果てにある**黄緑色(天国)**を目指しているのだ。

「感傷に浸っている暇はないぞ」

それまで無言だったオペレーターのタキが、冷淡な声で告げた。

「現在、本機はその『空白地帯』の一つ、遠州灘えんしゅうなだの沖合を航行中だ。……そして、この海域は決して安全地帯ではない」

タキの言葉を裏付けるように、モニターの端で赤い警告灯が明滅を始めた。

「……前方に熱源反応。戦闘行為を確認」

モニターに映し出されたのは、一方的な蹂躙の光景だった。 ボロボロの貨物船が、黒煙を上げながら波間を漂っている。掲げているのは、色あせた『中部自治連合』の旗。 そして、その背後から滑るように接近してくる影があった。

流線型のボディに、平安貴族の牛車を思わせるようなみやびな装飾が施されたホバー戦闘艇。その船体には、不気味な**深緑色フォレストグリーン**のラインが発光している。

「あれは……?」 「**『きょう国』**の国境警備隊よ」

レイナがモニターを睨みつけながら吐き捨てるように言った。

「関西エリアを支配する独自国家。最近、緩衝地帯になっているこの中部エリアへ強引に勢力圏を広げているの。おそらく、あの船は京国の支配から逃れようとした難民船か、密輸船でしょうね」

ヒュンッ、ドォォォン!!

京国の船から緑色のレーザーが放たれ、逃げる船の至近距離で水柱が上がった。直撃させず、わざと外して恐怖を与えているようだ。優雅で、陰湿な狩り。

「……趣味が悪いな」 「関わらないのが身のためだ。我々の任務はあくまで『てん国』への到達。ここで騒ぎを起こせば、本隊が出てくるぞ」

源蔵が冷静に舵を切ろうとした、その時だった。 俺の腰の古刀が、鞘の中でガチリと鳴った。

ドクン。

『……匂うぞ……』

脳内に響く声。それは、あの宮国の強化外骨格と対峙した時と同じ、高純度のエネルギーに対する食欲。 京国の船がチャージしている緑色の光。あれは、ただの電気じゃない。もっと呪術的で、高密度な力の波動だ。

『……喰わせろ……あの緑の光を……』

「……悪いな、源蔵さん。少し寄り道してくれ」

俺は立ち上がり、ハッチの方へと歩き出した。

「おい小僧、正気か!?」 「うちの『偏食家』が、京料理も味わってみたいと言って聞かないんだ」

レイナが呆れたようにため息をつき、しかしその口元には好戦的な笑みを浮かべていた。

「……仕方ないわね。タキ、ハッチ解放! ミナ、回収用のアームを準備して! あの難民船の船員を拾うわよ!」 「了解! データ収集のチャンス!」

ハッチが開くと、猛烈な海風が吹き込んできた。 俺とレイナは、夜の海へと躍り出た。 眼下では、京国の戦闘艇が、とどめの一撃となる極大の緑色レーザーを放とうとしていた。

「……いただきます」

俺は空中で抜刀し、重力に任せてその光の射線上へと落下した。 緑色の閃光が放たれる。だが、それは難民船を焼くことはなかった。 俺の古刀が作り出した漆黒の渦が、その雅な破壊の光を、一滴残らず飲み干したからだ。

「な……!?」

京国のデッキにいた兵士たちの驚愕の表情が見える。 俺はそのまま戦闘艇の甲板に着地すると、エネルギーを喰らって赤黒く脈動する刃を一閃させた。

ザンッ!!

戦闘艇の主砲が、豆腐のように両断される。 混乱に乗じて、上空から降下してきた『黒鳥』のアームが、海上の難民たちを素早く確保していく。

「行くわよ、ジン!」

レイナの声と共に、俺は再び輸送機へと飛び移った。 背後で爆発音と怒号が響く中、俺たちは再び闇夜へと姿を消していった。

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「……ふぅ、間一髪だったわね」

救助作業が終わり、再び漆黒の闇に包まれた海上を航行する『黒鳥こくちょう』の格納庫。 レイナは腕組みをしながら、濡れた床に座り込む男たち――中部自治連合の難民たちを見下ろした。 その中心にいる船長らしきすすだらけの中年男、石動イスルギは、救出された感謝よりも先に、自分の横にある古びた金属製のトランクを必死に抱え込んでいた。

「おい、おっさん。命が助かったんだから、そんな荷物どうでもよかっただろ? 回収アームの重量制限ギリギリだったんだぞ」

整備士のミナが、オイルのついたタオルで手を拭きながら不満げに言う。 救助の際、石動はこのトランクを掴んで離さず、「これを置いていくなら俺も残る!」と喚き散らしたのだ。結果、ミナは舌打ちしながら彼ごとアームで吊り上げる羽目になった。

「う、うるさい……! これは俺の……俺たちの『命』なんだ。触るんじゃねぇ!」

石動は血走った目でミナを威嚇し、トランクの上に覆いかぶさる。 ただの着替えや現金にしては、必死すぎる。その異常な執着に、レイナが目を細めた時だった。

ドクン……ドクン……

「……ッ」

俺は不意に胸を抑えた。腰の古刀が、奇妙なリズムで脈打ったからだ。 いつもの「飢え」ではない。まるで迷子が親を見つけた時のような、あるいは長く離れ離れになっていた兄弟を見つけたような、切なく、静かな共鳴。

『……そこに……いるのか……?』 『……同胞はらからよ……』

脳内に響く声に、俺は無意識に呟いた。 「……おい、その箱。何が入ってる?」

俺の言葉に、石動の肩がビクリと跳ねた。 「な、何だと? ただの私物だ。ガキには関係ねぇ!」

「いいえ、関係あるみたいよ」

ミナが手元のタブレット端末を操作し、ニヤリと笑った。 「あんまり大事そうにしてるから、こっそりスキャンさせてもらったわ。……何これ? 密度が異常に高い。それに、微弱だけど**『生体電流』に近い波長**が出てる」

ミナが端末の画面をレイナに見せる。レイナの表情が険しくなり、抜身の刀の切っ先を石動の鼻先に突きつけた。

「……ただの難民船じゃなさそうね。その箱の中身、開けて見せなさい。拒否するなら、きょう国のスパイと見なして、ここで海に放り出すわよ」

「ひっ……!」

逃げ場を失った石動は、脂汗を流しながら震える手でトランクのロックを解除した。 重々しい音と共に蓋が開かれる。 中に収められていたのは、一見するとただの岩石だった。だが、その表面は鈍い銀色の光沢を帯び、格納庫の照明を受けて星空のように煌めいている。

「こいつは……タダの鉄鉱石じゃないわね」

レイナが息を呑む。

「……『霊鋼タマハガネ』の原石。まさか、伝説の素材がこんなところに?」

正体が露見した瞬間、石動はガバリと顔を上げ、張り付いたような笑顔を作った。

「そ、そうさ! 俺たちはこれを……この貴重な資源を、あんたたち**『とう国』に届けるために運んでいた**んだ!」

「東国へ?」

「ああ! 京国の連中がこれを兵器利用しようと狙っていてな。奴らに渡すくらいなら、技術力のある東国に亡命して、正しく使ってもらおうと思ったんだよ! だから……必死で守ってたんだ」

石動はペラペラとまくし立てる。 レイナは少し考え込んだ後、刀を納めてふっと笑った。

「なるほどね。……いいわ、その話、信じてあげる。これは東国ウチにとっても、喉から手が出るほど欲しい『戦略物資』だからね」

「そ、そうだろう!? だから俺たちを保護してくれ!」

石動が安堵の息を吐く。だが、俺は見ていた。 彼が顔を伏せた一瞬、その瞳に浮かんだ暗い光を。それは助かった安堵ではなく、騙しおおせたという狡猾な安堵だった。

俺は無言で、腰の柄に手を添えた。 刀は、トランクの中の「沈黙の同胞」たちと呼び合うように、小さく脈打ち続けている。 こいつらは東国へ行くつもりなんてない。……もっと別の、血なまぐさい場所へ行こうとしている気がする。

「……行くぞ、小僧。ボヤボヤしてると、今度は京国の本隊がお出ましだ」

源蔵の怒鳴り声で、俺は思考を打ち切った。 『黒鳥』のスラスターが唸りを上げ、船体は再び南へ――「てん国」へと向けて加速を始めた。

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幕間:古都の影、雅なる怒り

場所:京国(関西エリア)首都・京都。 旧時代の寺院を模した、しかし細部はカーボンとホログラムで構成された巨大な指令室。

「……報告は以上でおじゃるか?」

御簾みすの向こう側、一段高い座から艶やかな、しかし氷のように冷たい声が響いた。 跪いているのは、先ほどの戦闘艇から緊急脱出した国境警備隊の指揮官だ。彼のホログラム映像はノイズ交じりで、恐怖に歪んでいる。

「は、はい……。我々の『緑光砲エメラルド・カノン』が……黒い刀を持つ少年によって、完全に無力化されました。その後、とう国のステルス機が介入し、難民船の積み荷――『霊鋼』の原石を回収していきました……」

「黒い刀……そして、東のネズミか」

御簾の主が扇子をパチリと閉じる音が、静寂な広間に響き渡る。 京国にとって、中部エリアから産出される「霊鋼」は、悲願である**「呪術兵器の実用化」**に不可欠なコアパーツだった。それを、よりにもよって品のない東国の連中に横取りされたのだ。

「あの原石があれば、電子制御デジタルに頼らぬ最強の兵が作れたものを。……それに、余の『雅』な狩りを邪魔する無粋な黒い刀」

指令室の空中モニターに、戦闘艇のドライブレコーダー映像が再生される。 緑色の破壊光線を、漆黒の渦が飲み込み、鋼鉄の船体を豆腐のように両断する少年の姿。 その映像を見た瞬間、周囲に控えていた京国の技術官たちがざわめいた。

「馬鹿な……純粋なエネルギー兵器ならともかく、我々の光には『呪詛』の波長も組み込んであるのですよ?」 「それを捕食したというのか……? あの刀、まさか『特級呪物』クラスか?」

御簾の主が立ち上がる気配がした。

「面白い。原石を奪還し、東国に目にもの見せてくれるのも一興だが……その『黒い刀』、余のコレクションに加えたくなった」

「はっ! では、正規軍を動かしますか?」

「いや。無粋な軍隊など興醒めでおじゃる。……あれを呼べ」

主の声が、嗜虐的な響きを帯びる。

「『陰陽寮おんみょうりょう』の特務部隊。……雅に、そして確実に、あのコソ泥どもの首を狩るよう伝えよ」

モニターの中で、南の空へと飛び去る輸送機『黒鳥』の航跡が赤くロックオンされた。 資源の略奪に対する報復と、未知なる古刀への執着。京国の静かなる怒りが、南へ向かうジンたちの背後に忍び寄ろうとしていた。



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