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錆喰いの古刀(ラスト・イーター)  作者: 赤紫


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幕外:五年後の空と手配者達、時々アップルパイ

1. 調査官の憂鬱と極秘ファイル

新生日本連合ネオ・ジャパン・ユニオン。それが、東西南北に引き裂かれた日本列島が、5年前の大戦を経て再統一された後の新しい国名だ。

「……野蛮だ。どいつもこいつも」

国立資源管理庁・特別調査官、二階堂ニカイドウ リョウは、輸送機の硬いシートで不快げに鼻を鳴らした。神経質そうな銀縁眼鏡を押し上げ、手元のタブレット端末に表示された「極秘報告書」に視線を走らせる。彼が向かっているのは、長野県・戸隠山トガクシヤマ。大戦の火種となった戦略物資「霊鋼タマハガネ」の鉱脈を、国の厳重な管理下に置くための最終調査だ。

資料の最初のページには、忌々しい男の顔写真があった。

【最重要指名手配犯:黒鉄クロガネ ジン】【罪状:国家資産「ゼロ号」の窃盗および不法所持、大量破壊兵器の使用疑惑】

「大戦後国が管理していた『ゼロ号』を持ち出し、海外へ逃亡……か」

報告書によれば、彼は現在、中東や東欧の紛争地帯で「黒い刀を持つ傭兵」として目撃されているという、再統一された日本は、荒廃した国土の復興を最優先事項としており、海外に逃げた一人のテロリストを追う余力はない。だが、二階堂にとって、秩序を乱す存在は許しがたい汚点だった。

「英雄気取りか。……薄汚い」

二階堂は悪態をつき、次のページへスワイプした。そこに記されていたのは、一般には公表されていない「抹消された記録」だ。

【被疑者:神楽坂 レイナ】【概要:強襲揚陸艦『黒鳥・改』を強奪し逃亡】

共犯者リストには、当時のクルーたちのフルネームが連なっている。 元パイロットのバン源蔵、整備士の枢木クルルギミナ、オペレーターの如月キサラギタキ。彼らは当時最高水準のステルス性能を持つ軍艦を盗み出し、日本の監視網を突破して姿を消した。資料の末尾には、『黒鉄ジンを追って海外へ渡ったと推測される』という分析官のメモが追記されている。

「軍艦一隻盗まれて『行方不明』で処理とはな。……国としても、こんな恥さらしな失態、到底発表できないというわけか」

二階堂が呆れ返っていると、コックピットからパイロットの男が顔を出した。

「よぉ、調査官殿。難しい顔してると眉間のシワが取れなくなりますよ? もうすぐ長野上空だ、少しは肩の力抜きなさいって」

フランクな口調に、二階堂は眉をひそめた。この男の軽薄さが、以前から気に入らなかったのだ。

「……貴方でしたね。旧天国での大戦後、黒鉄ジンや神楽坂レイナを護送した機のパイロットは」

二階堂は問いかけには答えず、冷ややかに切り込んだ。

「公表はされていませんが輸送機のパイロットのあなたなら強襲揚陸艦『黒鳥・改』強奪事件をご存知でしょ?。おかしいと思いませんか?、国の大事な強襲揚陸艦が、そう簡単に盗まれるとは思えない。セキュリティコードを知る内部の人間……誰かが手助けをする必要があると僕は考えていますよ。あなたは僕の推理をどう思いますか?」

パイロットの笑顔が凍りついた。彼は視線を泳がせ、帽子を目深にかぶり直した。

「……まさか。考えすぎですよ。あいつらは……いや、あの連中は規格外でしたからね」

「ほう? 『あいつら』と呼ぶほど親しい間柄でしたか」

「……さあて、着陸態勢に入りますんで」

パイロットは逃げるようにコックピットへ戻っていった。(……黒いな。いずれ監査室に報告してやる)二階堂は心の中で毒づき、再び資料に目を落とした。


2. 復興の資金源とアップルパイ

機窓の下には、雪解けの始まった長野の山々が見える。この国の復興は、皮肉なことに大戦の遺産によって支えられていた。資料の経済欄には、現在の日本の外貨獲得の二本柱が記されている。

一つは、旧金きん国エリア(現在は北陸特別経済区)で運営されている「公営カジノ」。

もう一つは、旧天てん国の企業・ミコトコーポレーションが輸出する「天候制御装置」の販売益だ。

かつて戦争の火種となった技術と金が、今は平和の礎となっている。なんとも皮肉な話だ。

二階堂はメガネを外して指で目頭を摘まんだ。

「まもなく、戸隠山麓の駐屯地に到着します」

輸送機が着陸したのは、山あいの静かな町外れにある臨時ヘリポートだった。出迎えたのは、「資源管理防衛隊」と書かれた装甲車。二階堂はそれに乗り込み、鉱山への道を進んだ。

車窓を流れる田舎町。その時、ふと一枚の看板が二階堂の目に入った。

『アップルパイ専門店 ル・ルナール』

手書きのキツネのイラストが描かれた、可愛らしい看板。(……こんな山奥に、専門店?)二階堂の「スイーツ好き」としてのアンテナが激しく反応した。だが、今は公務中だ。国家の重要資源である霊鋼の調査という重大任務を前に、ケーキ屋に寄り道などできるはずがない。彼は後ろ髪を引かれつつ、その看板を見送った。


3. 魔女の店

数時間後。鉱山での現地調査と成分分析を終え、二階堂はヘリポートへ戻ってきた。予定より早く終わったことに満足していたが、先ほどのパイロットから無線が入る。

『悪いっす調査官殿! エンジンに鳥が突っ込んだみたいで、点検に30分ほどかかりそうです』

「……はぁ。整備は万全にしておけと言ったはずですが」

二階堂は溜息をついたが、内心では小躍りしていた。30分ある。彼は護衛の兵士たちに「周辺の巡回をしてくる」と告げ、早足で町へと向かった。目指すは先ほどの看板だ。

カラン、コロン。

ドアを開けると、甘く香ばしいバターとシナモンの香りが鼻腔をくすぐった。店内は古民家を改装したレトロモダンな内装で、ショーケースには黄金色に輝くアップルパイが並んでいる。

「いらっしゃいませー! お好きな席へどうぞ!」

明るい声。二階堂は奥のテーブル席に座り、メニューも見ずに注文した。「焼きたてアップルパイと、アップルティーを」

程なくして、注文の品が運ばれてきた。湯気を立てるパイ。幾重にも重なった層が美しい。二階堂がフォークを手に取ろうとした時、ふとトレイを置いた店員の顔を見た。

「ごゆっくりどうぞ~♪」

その店員は、エプロン姿の若い女性だった。特徴的な、猫のような……いや、狐のような吊り目。派手な髪色を隠すように巻かれたバンダナ。そして、その首筋に見える、特徴的なタトゥーの痕跡。

(……え?)

二階堂の手が止まる。彼は仕事柄、というよりは元来の神経質さとオタク気質な性格から、大戦に関する資料を穴が開くほど読み込んでいた。特に、各国の幹部クラスの顔写真は脳裏に焼き付いている。

この女、まさか。

【国際指名手配犯:旧京国・特務部隊「四柱」【朱雀】狐火 イズナ】

見間違えるはずがなかった。かつて天国を火の海にし暴れまわった広域殲滅兵器の使い手。それがなぜ、こんな長野の山奥でウェイトレスをしている?

(ま、まさかここは……旧京国の残党のアジトか!?)

イズナが厨房へ戻っていく後ろ姿を見ながら、二階堂は恐怖に震えた。彼女の実力は資料で何度も読んでいる。無数のレーザービットを操り、一瞬で部隊を消滅させる「魔女」だ。丸腰の調査官など、指先一つで灰にされるだろう。

(生きて帰れるのか……?)

だが、恐怖の次には使命感が湧き上がってきた。ここは戸隠山。「霊鋼」の鉱脈がある町だ。かつて京国はこの石を狙っていた。四柱の生き残りである彼女がここにいるということは、いまだに「霊鋼」の入手、あるいは兵器化を画策しているのではないか?

(阻止しなければ。……だが、どうやって? 通報するか? いや、気づかれたら殺される)

混乱して頭を抱える二階堂。その視界の端に、湯気を立てるアップルパイが入った。

(……今は、糖分が必要だ。脳を動かすために)

彼は震える手でフォークを突き刺し、パイを口に運んだ。サクッという軽快な音。広がるバターの芳醇な香りと、煮詰められたリンゴの甘酸っぱさ。

「……ッ!?」

美味い。今まで食べたスイーツの中で、間違いなく5本の指に入る。サクサクの生地と、とろけるようなフィリングのバランスが絶妙だ。これは計算し尽くされたプロの仕事だ。

二階堂は夢中で二口目を運んだ。先程までの恐怖も、国家の危機も、使命感も、すべてが甘い幸福感の中に溶けていく。(なんだこれは……京国の技術力は、スイーツにも転用可能だったのか……?)


4. 決意と残り香

『……輸送機の修理終わりましたんで、いつでも飛び立てます、調査官殿』

胸元の無線機から、パイロットの間の抜けた声が響いた。二階堂はハッとして我に返った。皿の上はいつの間にか空になっていた。

「……不覚」

彼は胸元のレシーバーを押さえ、慌てて残りのアップルティーを流し込むと、席を立った。レジに向かう足取りは重い。だが、ここで逃げるわけにはいかない。

「お会計、850円になります!」

レジにはイズナが立っていた。二階堂は彼女と目を合わせないようにうつむき、震える手で千円札を出した。「……お釣りは、いりません」「えっ、いいの? ありがとー! また来てね、お兄さん!」

イズナの屈託のない笑顔。その背後で、揺らめく緑色の光が見えたような気がしたが、二階堂は振り返らずに店を出た。

店の外に出ると、冷たい山の空気が火照った顔を冷やした。彼は「アップルパイ専門店 ル・ルナール」の看板を背にして、大きく深呼吸をした。

(……危なかった)

命拾いをした。だが、重要な情報を得た。国際指名手配犯が、資源重要拠点に潜伏している。これは国家を揺るがす大事件だ。

(鉱山の調査のため、この場所にはこれから何度も来るだろう。……まだ焦る時ではない)

二階堂は眼鏡の位置を直し、背後の店を一瞥した。

(「四柱」【朱雀】……いや、狐火イズナ! お前の目的を必ず暴いて見せる。……そして、このアップルパイのレシピもな)

そう固く決意した二階堂は、口の周りについていたパイの欠片を指ですくい取り、名残惜しそうに口に入れた。それはとても甘く、危険な味がした。

(終)


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