神殺しの火口と落日の首都
1. 損切りと契約終了
北陸・金国。本社ビル最上階、CEOオフィス。 壁一面のモニターに映し出されていた南の空の戦闘データが、唐突にノイズに飲まれ、**「NO SIGNAL」**の文字が表示された。
「……あらら」
銭屋・キョウは、手の中で弄んでいた黄金のチップをテーブルに落とした。乾いた音が、静まり返ったオフィスに響く。
「落ちたか。……ハルアキの野郎、結局『雅』だのなんだの言いながら、ただの鉄屑になっちまいやがった」
銭屋は嘆息し、琥珀色のブランデーを呷った。 ハルアキへの投資、貸与した兵器群、そして戦後の復興利権。それら全ての計算が、今この瞬間、巨大な赤字へと変わったのだ。
「社長、ご決断を」
秘書の雲母が、タブレット端末を提示しながら事務的に告げる。 「契約主である土御門ハルアキの生体反応消失を確認。……債務不履行です。これ以上、現地に展開している我が社の資産(傭兵と兵器)を消耗させるメリットはありません」
「……違いない。死人から金は取れねぇからな」
銭屋はつまらなそうに手を振った。
「損切りだ。全軍撤退させろ」
雲母が頷き、コンソールにコマンドを打ち込む。
『契約終了。全ユニット、直ちに戦闘行動を停止し、撤収せよ』
無機質なアナウンスが、遠く離れた天国の空へ送信された。
「……チッ。結局、最後に頼れるのは自分の手だけか」
ソファで沈黙を守っていた巨漢――ソーシア連邦大使、ヴォルグが、重い腰を上げた。 彼は飲み干したスキットルをゴミ箱に投げ捨て、分厚い毛皮のコートを翻して窓際へと歩み寄る。
「おいおい、ヴォルグさん? まさかご自分で出る気ですか?」
「ハルアキごときでは、やはり荷が重かったようだ。……私の『計画』に遅れが出る」
ヴォルグは懐から、無骨なコントローラーを取り出した。 窓の外、金国のハンガーから、グライダー型の攻撃ドローンが射出され、オフィスの前にホバリングする。
「挨拶してくるよ。……東のネズミと、この国の『龍』にな」
ヴォルグは窓を蹴破り、吹き込む雨風など意に介さずドローンへと飛び乗った。 死の商人が直接、戦場へと飛び立つ。その手には、ソーシア連邦が極秘裏に持ち込んだ「最終兵器」が握られていた。
2. 迎撃する死の商人
一方、南の空。 ハルアキとの激闘を制した黒鉄ジンは、不可解な光景を目にしていた。
「……なんだ?」
今まで『黒鳥・改』を取り囲み、激しい弾幕を張っていた無人戦闘機や傭兵部隊の動きが、唐突に止まったのだ。 彼らは一斉に銃口を下げ、反転し、蜘蛛の子を散らすように北の空へと去っていく。
「逃げた……のか?」
「いや、違う」
オペレーター席のタキが、冷や汗を拭いながらモニターを解析する。
「奴らの統率ネットワークから信号を傍受した。『契約終了』……ハルアキが死んで雇い主がいなくなったから、金にならない戦いは止めたんだ」
「……ハッ、現金な連中だぜ」
源蔵が呆れたように笑い、操縦桿を握り直す。
「だが好都合だ。これで邪魔者はいなくなった。……急げ、源蔵。嫌な予感がする」
ジンはコクピットの窓から、不気味に晴れ渡った空を睨んだ。 障害は消えたはずなのに、肌を刺すような悪寒が消えない。
「分かってるよ! エンジンが悲鳴上げるまで回してる!」
源蔵がスロットルを限界まで押し込む。 『黒鳥』が東国方面――レイナが連れ去られた北へのルートを取ろうとした、その時だった。
ビビビビッ!!
レーダーが甲高い警告音を鳴らした。
「前方より高速接近物体! 機影、極小! ミサイルか!?」 「いや、違う……あれは!」
タキがモニターの映像を拡大する。 雲海を切り裂いて現れたのは、コウモリのような翼を持つ小型のグライダー型ドローンだった。その上に、分厚い毛皮のコートをなびかせた巨漢が、仁王立ちで乗っている。
ヴォルグ。 ソーシア連邦大使にして、この国を裏で操る全ての元凶。
すれ違いざま、ヴォルグの冷徹な義眼と、ジンの視線が交差する。 ヴォルグは強風の中で悠然と腕組みをし、まるで虫けらを見るような目でハルアキをを睥睨した。
「役立たずめ。……やはり、最後に頼れるのは自国の兵器か」
彼は懐から、無骨なデザインの大口径リボルバーを取り出した。 照準など合わせない。ただ、挨拶代わりにトリガーを引く。
ドンッ!
放たれたのは、たった一発の弾丸だった。 だが、その弾頭が『黒鳥』の至近距離で炸裂した瞬間、世界が白く塗りつぶされた。
3. 戦術核の雨
ズオォォォォォォォン……!!
「なっ……なんだこの威力は!?」
源蔵が操縦桿にしがみつく。機体が木の葉のように舞い上がり、装甲板が熱波で飴のように歪んでいく。爆心地には、不気味なキノコ雲が立ち昇っていた。
「……核、だと!?」
タキが戦慄する。ヴォルグが撃ち込んだのは、ソーシア連邦が極秘開発した
「超小型戦術核弾頭」。
銃弾サイズにまでダウンサイジングされた、悪魔の兵器だった。
「挨拶代わりだ、ジャップ」
ヴォルグは空中で旋回し、次弾を装填する。ジンはハッチを蹴り開け、外へ飛び出した。このままでは『黒鳥』ごと蒸発させられる。
「テメェ……!」
ジンは空中で「ゼロ号」を抜き放ち、ヴォルグへと肉薄する。ヴォルグは嘲笑い、二発目を放った。
カッ!!
至近距離での核爆発。ジンはとっさにゼロ号を盾にし、その爆発エネルギーを捕食しようとした。
だが。
『……重い……! 消化しきれん……!』
刀が悲鳴を上げる。ハルアキの霊鋼エネルギーとは質が違う。核分裂による物理的な熱量と、破壊的な衝撃波。それはゼロ号の「食べる」というプロセスを上回る速度で、ジンの肉体を焼き尽くそうとしていた。
「ぐぅ……アツいッ……!!」
ジンは爆風に弾き飛ばされ、きりもみ状態で落下していく。ヴォルグは冷笑しながら、リボルバーのシリンダーを回した。
「貴様のその刀でも、核の炎までは食い切れまい? ……死ね」
三発目の引き金が引かれる。終わりだ。ジンがそう覚悟した、その時だった。
4. 神の帰還
キィィィィィン!!
真横から奔った白銀の閃光が、核弾頭を空中で両断した。爆発すら許さず、そのエネルギーを「無」へと還元する神の御業。
光の中から現れたのは、一人の少年だった。ボロボロの服を纏い、手には白銀の聖剣『天叢雲』。かつて東国への護送中、自身の宿命を悟り、輸送機『黒鳥』のハッチから暗い海へと身を投げた友――ヤマトだった。
「……ヤマト! お前、今までどこに……!」
ジンが叫ぶ。ヤマトは空中に静止したまま、ジンを振り返り、寂しげに微笑んだ。その瞳からは、かつての狂気も、迷いも消えていた。
「……遅くなってすまない、ジン」
ヤマトはヴォルグを見据え、剣を構える。
「兄上の愛したこの国を、これ以上汚させはしない」
「フン……生きていたか、亡国の皇子」ヴォルグは忌々しげに舌打ちをするが、その表情には焦りの色が浮かんでいた。今のヤマトが放つ「神気」が、戦術核すら凌駕していることを悟ったからだ。
「ジン、ここは私に任せて先へ」
「なっ……何言ってんだ! 一緒に戦えば……!」
「ダメだ。君には、君にしかできないことがある」
ヤマトは東の空を指差した。
「君が守りたいと願う人々が、待っているのだろう? ……行け」
その言葉には、絶対的な決意が込められていた。ジンは葛藤する。だが、ヤマトの瞳を見て悟った。彼はもう、戻るつもりがないのだと。
「……死ぬなよ! 絶対だぞ!」
ジンは歯を食いしばり、再び『黒鳥』へと戻った。源蔵が機体を立て直し、東の空へと加速する。背後で、神と悪魔の激突による衝撃波が、雲海を二つに割った。
5. 龍脈の心臓
「チッ、邪魔なガキめ……!」
ヴォルグは舌打ちし、グライダーを急降下させた。ターゲット変更。いや、本来の目的への回帰だ。彼はジンを追うのを止め、日本のへそである富士山の火口直上へと移動する。
「小僧、貴様を殺すよりも効率的な方法がある」
ヴォルグはリボルバーに残った全ての弾丸――四発の戦術核弾頭を、火口の奥底へと向けた。そこは、日本列島を支えるエネルギーライン『龍脈』の心臓部。
「プロジェクト・ラグナロク、最終フェーズ。……日本よ、海に還れ」
ドンドンドンドンッ!!
四連射。核弾頭は火口の闇へと吸い込まれ、マグマの溜まり場で同時起爆した。
ズズズズズ……ッ!!
地殻が悲鳴を上げた。人為的な核爆発が引き金となり、龍脈が暴走する。山体そのものが膨れ上がり、列島を分断し、沈没させるレベルの大噴火が始まろうとしていた。
6. 火口への道連れ
「ハハハハ! 任務完了だ!」
ヴォルグは狂喜し、グライダーで上昇・離脱しようとする。だが、その足を、下から伸びた手が掴んだ。
「なっ……!?」
見下ろせば、ヤマトがしがみついていた。彼は『天叢雲』を自らの胸に突き立て、全身から血のような紅い粒子を噴き出し、両目からは血涙が流れ落ちて頬に「隈取」のような紋様を描いている。それは、暴走する龍脈のエネルギーを、自らの肉体を「鞘」として封じ込めようとする、捨て身の術式だった。
「逃がさない。……その業火、貴様も共に味わえ」
「き、貴様、正気か!? ここで死ねば骨も残らんぞ!」ヴォルグが顔を引きつらせ、ヤマトを蹴り落とそうとする。だが、ヤマトの手は鉄万力のように外れない。
「構わない。……私はもう、十分生きた」
ヤマトは微笑んだ。脳裏に浮かぶのは、兄・ミコトの優しい笑顔。そして、地下で共に過ごしたサヤの温もり。(やっと……皆の元へ行ける)
「……さらばだ、ジン」
ズオオオオオォォォォッ!!
火口から、一条の光の柱が噴き上がった。ヤマトはヴォルグを引きずり込んだまま、噴き上がるマグマとエネルギーの奔流の中へと突入していった。
「や、やめろぉぉぉぉッ!!」
断末魔の叫びと共に、ヴォルグの体は瞬時に蒸発し、消滅した。ヤマトの姿もまた、光の中に溶けていく。彼が命と引き換えに展開した結界により、列島を砕くはずだったエネルギーは抑制され、小規模な噴火として空へ逃げていった。
神ごとき力を持った皇太子は、国を救い、二度と戻らなかった。
7. 落ちた首都と翻る敵旗
数十分後。東国上空に到達した『黒鳥』の機内で、タキが悲痛な声を上げた。
「……富士山上空にて高エネルギー反応、消失」
タキが、感情を押し殺した声で報告する。その手は、コンソールの上で微かに震えていた。
「……ヤマトの生体反応、ロスト」
「嘘……でしょ……?」
整備士席のミナが、顔を覆って泣き崩れる。 彼女はかつて謹慎中にヤマトを探し出し、連れ戻そうとしたことがあった。彼女にとってヤマトは、ただの皇太子ではなく、守りたかった年下の少年だったのだ。
「そんなの……あんまりだよ……! やっと会えたのに……!」
「……ッ!!」
ジンはコクピットの壁を力任せに殴りつけた。 ドンッ! という鈍い音が響き、鋼鉄のパネルが凹む。拳から滲んだ血が、床に滴り落ちた。
「馬鹿野郎……! 死ぬなと言っただろうが……!」
しかし現実はジンたちに友の死を悼む時間さえ与えてはくれない、さらなる絶望の光景を突きつけてきた。雲を抜けた『黒鳥』の眼下に広がっていたのは、見慣れた東国の首都(東京)の夜景ではなかった。
「おい、あれを見ろ……」
源蔵の声が震えている。そこは、黒煙が立ち上る焼け野原となっていた。国会議事堂は半壊し、高層ビル群はへし折れ、街の至る所で火の手が上がっている。
そして、その瓦礫の頂上や、焼け残ったランドマークの至る所に、禍々しい旗がはためいていた。 血のような赤地に、黒く染め抜かれた「交差する二丁の自動小銃」。 暴力と闘争を国是とする、北の軍事国家の紋章だ。
「宮国」の国旗。
「……嘘だろ」
東国は既に、北の軍勢によって陥落していたのだ。レイナが命懸けで守ろうとした故郷は、もうどこにもなかった。
ジンは操縦席の窓に手をつき、眼下の地獄を見下ろした。神は死に、国(東国)は滅んだ。残されたのは、囚われたレイナと、絶望の淵に立つ自分たちだけ。
「……まだだ」
ジンは涙を拭わず、燃える首都を見据えた。瞳の奥で、決して消えない復讐の炎が揺らめく。
「まだ、終わっていない。……このふざけた世界に、きっちり落とし前をつけるまでは」
全てを失った少年が、最後の戦場へと足を踏み入れる。 神殺しと国崩しの旅路、その終着点。 物語はいよいよ、最終章へと加速する。
第19章 神殺しの火口と落日の首都(完)




