黄金の破滅シナリオと魔王の雅なる最期
1. 黄金の憂鬱と大陸の死神
北陸・金国。本社ビル最上階、CEOオフィス。 窓の外には「黄金の雨」が降り注ぎ、室内にはクラシック音楽が高らかに流れている。 銭屋・キョウは、壁一面のモニターに映し出される戦況図――西日本を制圧していく新・京国軍と、東国へ侵攻する宮国軍の進路――を見上げ、琥珀色のブランデーを揺らしていた。
「ハハッ! 最高だね。軍需産業株はストップ高、復興支援の先物も爆上がりだ。……これぞ戦争特需。焼け野原になった日本を買い叩いて、俺たちが新しい支配者だ」
銭屋は上機嫌だった。すべては計算通り。ハルアキというイレギュラーはあったが、それすらも利益に変えてみせた自分の手腕に陶酔していた。 だが。
「……復興? 買い叩く?」
部屋の温度が氷点下に下がったような錯覚。 同席していたソーシア連邦大使、ヴォルグが、安酒のスキットルをあおりながら、侮蔑を含んだ低い笑い声を漏らした。
「銭屋、貴様はまだ理解していないようだな。……誰が『復興』などさせると言った?」
「……あ?」 銭屋のグラスを持つ手が止まる。 「どういうことですか、大使。国がなくなっちまったら、商売ができねぇでしょうが」
「商売など必要ない」 ヴォルグは重い体を起こし、モニターの地図――日本列島の中心、富士山脈のあたりを指でなぞった。
「我々ソーシア連邦の真の目的は、この極東の島国の支配ではない。……**『処分』**だ」
「処分……?」
「ヤマトという個体が暴走させた『龍脈』。あれは今、列島の地下で臨界点に達しようとしている。……我々の計画は、これに人為的な干渉を行い、富士山を噴火させ、日本列島を地殻ごとへし折ることだ」
ヴォルグは事もなげに言った。それは国家戦略ですらない。ただの破壊工作、地図からの消去だ。
「大陸にとって、この島国は目障りな防波堤に過ぎん。……沈めてしまえば、太平洋への航路も開く。日本列島そのものを巨大な兵器実験場として使い潰し、海に還す。それが『大株主』ソーシア連邦の決定だ」
「お、おい……冗談だろ?」 銭屋の顔から血の気が引いた。 「日本を沈める? 俺の会社も、資産も、全部パーになるじゃねぇか! ふざけんな!」
銭屋が詰め寄ろうとした瞬間、ヴォルグが懐から拳銃を抜き、銭屋の眉間に突きつけた。 カチャリ。乾いた音が、音楽よりも大きく響く。
「……貴様はただの財布だ、銭屋。財布が持ち主に意見するな」
ヴォルグの義眼が、感情のない赤色に光る。 銭屋は凍りついた。理解してしまったのだ。自分が手を組んでいたのは、利に聡いビジネスパートナーなどではない。損得勘定すら超越した、純粋な「破滅」そのものだったのだと。
「黙って見ていろ。……極東の最期をな」
2. 雪原の捕食者
同時刻。東国・北関東国境ライン。 猛吹雪が吹き荒れる雪原は、阿鼻叫喚の地獄と化していた。
「うあぁぁぁぁッ!!」 「来るな! 化け物ぉぉッ!!」
東国軍の防衛隊員たちが、次々と雪の中に沈んでいく。彼らを襲っているのは、宮国軍の先兵――「狂人兵団」。 彼らは皆、簡易的な量産型強化外骨格を身に纏っている。だが、その背中からは異常なほどの白煙と排熱が噴き出し、装甲の隙間からは皮膚が焼ける臭いが漂っていた。 彼らが纏うスーツの動力源は、高純度の「霊鋼」だ。常人には耐えられないその出力を、脳のリミッターを焼き切ることで無理やり接続させている。 活動限界はわずか10時間。 彼らは戦って死ぬか、時間切れでスーツの中で焼き殺されるかしかない、正真正銘の「使い捨て」だった。
「……退がって! 前線は私が支える!」
神楽坂レイナが叫び、雪煙を上げて疾走した。 鋼の刀を一閃。飛びかかってきた狂人兵の腕を切り落とす。だが、兵士は悲鳴も上げず、残った腕でレイナの首を絞めにかかってきた。
「ッ……!」
レイナは柄頭を相手の顎に叩き込み、吹き飛ばす。 倒れた兵士のマスクが割れ、その素顔が露わになった。それは、どこにでもいるような中年の男性だった。その瞳が一瞬だけ正気を取り戻し、涙を流す。
「……た、す……け……て……」
「え……?」
レイナの動きが止まる。 兵士ではない。一般市民だ。宮国に拉致され、無理やり兵器に改造された被害者たち。 レイナが見渡せば、押し寄せる数千の軍勢すべてがそうだった。
「こんなの……戦いじゃない! 虐殺よ!」
レイナの手が震える。斬らなければ殺される。だが、斬れば守るべき市民を殺すことになる。 その逡巡が、致命的な隙を生んだ。
ズドォォォォン!!
「――ッ!?」
突如、雪の中から巨大な影が飛び出した。 通常の狂人兵よりも二回り大きく、全身に重厚な装甲を埋め込んだ個体。 かつて東国の警察署でジンを襲撃し、その後囚われていたはずの宮国のパイロット――その成れの果てだ
「……黒い……刀……殺す……」
彼は理性のかけらを残していた。だがそれは、「敗北の屈辱」と「殺意」という負の感情のみ。 彼は丸太のような腕を振り回し、レイナに襲いかかった。
「くっ……!」
レイナは受け流そうとするが、リミッターの外れた膂力は桁外れだった。 刀身に亀裂が入り、衝撃が骨まで響く。 防戦一方。心の迷いと、物理的な暴力の嵐。 そして――。
ガギンッ!!
レイナの愛刀が、半ばから折れ飛んだ。
「ぐぁっ……」
次の瞬間、巨漢の強化外骨格の拳がレイナの腹部にめり込んだ。 彼女の体はくの字に折れ、雪原を転がった。
「はぁ……はぁ……まだ、通さ……ない……」
レイナは血を吐きながらも立ち上がろうとする。 だが、そこへ宮国軍の本隊――剛羅将軍率いる直属部隊が到着した。 無数の銃口と、捕獲用ネットランチャーが彼女に向けられる。
『ほう、あの強化個体の攻撃を耐えたか。……素晴らしい「素材」だ』
装甲車から降りた剛羅が、冷酷な目でレイナを見下ろした。
『殺すな。ハルアキに次ぐ、第二の適合者になれるかもしれん。……丁重に「梱包」しろ』
「放せ! ジン! ……逃げて……!」
レイナの絶叫は吹雪にかき消され、彼女は捕獲ネットに包まれ、北の闇(宮国)へと引きずられていく。 東国の防衛ラインは崩壊した。 宮国軍の車列が、無人の野を行くが如く関東平野へ雪崩れ込んでいった。
3. 遮断と激突
南の国、天国。 暫定政府の指令室にいた黒鉄ジンの元に、東国からの緊急通信が入った。
『国境線、崩壊。……神楽坂徴刀官、反応消失』
「なんだと……!?」
ジンの頭の中が真っ白になる。 レイナが、負けた? あのタフなレイナが?
ハスミや周囲の制止を振り切り、ジンは滑走路へと走った。
「源蔵! 出せ! レイナを助けに行くぞ! 今すぐだ!」
補給を終えた『黒鳥・改』に飛び乗る。 だが、離陸しようとした瞬間、タキが悲鳴のような声を上げた。
「ダメだ! レーダーに反応多数! 頭上を完全に抑えられている!」
モニターに映し出されたのは、空を埋め尽くす無数のドローンと戦闘機。 金国から供与された最新兵器群。そして、その中心に浮遊する、漆黒の強化外骨格。
『……動くな、ネズミ共』
通信機から、聞き覚えのある、しかし以前とは全く違うノイズ混じりの声が響いた。 土御門ハルアキ。 新・京国の御門となった男が、天国の空を完全に封鎖していた。
『この空域は既にまろが制圧した。……東の女がどうなろうと知ったことではない』
ハルアキは、西日本の空白地帯を完全に掌握し、天国(南)と東国(東)を分断する巨大な包囲網を完成させていたのだ。
『貴様らの相手は、この御門、ハルアキでおじゃる。……ここで野垂れ死ぬのが、貴様らの「運命」よ』
圧倒的な物量と殺意。 源蔵が舌打ちして操縦桿から手を離す。「ダメだ、抜けねぇ。無理に突っ込めば撃ち落とされる」
ジンは拳を血が滲むほど握りしめた。 レイナが連れ去られていく。一刻も早く助けに行きたい。 だが、目の前の「壁」を壊さなければ、一歩も進めない。
「……上等だ」
ジンはハッチを開け、強風吹き荒れる機体の上へと躍り出た。 背中の「ゼロ号」が、激しい怒りと焦燥に呼応し、黒い靄を噴き上げる。
「どけぇぇぇぇッ!! ハルアキィィィッ!!」
4. 南の決戦:ジン vs ハルアキ
ジンが空へ舞う。同時に、ハルアキも背中のスラスターを噴射し、急降下した。
ガギィィィィン!!
「ゼロ号」と、ハルアキの霊鋼の爪が激突する。 衝撃波が空気を震わせ、周囲に舞う雪を吹き飛ばした。 鍔迫り合い。だが、質量も出力も桁が違う。ジンの全身の骨が軋みを上げ、足元のコンクリートが蜘蛛の巣状にひび割れていく。
「無駄だ! 見よ、この力を!」
ハルアキが腕を振るう。 単なる腕力ではない。宮国の「霊鋼」による圧倒的な出力と、京国の「呪術」による空間干渉。 二つの力を融合させたハルアキは、物理法則をあざ笑うかのような挙動でジンを翻弄する。
「遅い! 止まって見えるぞ、ネズミ!」
ハルアキが扇子を一閃させる。 『呪言・視覚阻害』 ジンの視界に真っ赤なノイズが走った。敵の位置を見失った刹那、横合いから漆黒の爪が襲いかかる。
「ぐっ……!?」
とっさにゼロ号を盾にするが、衝撃までは殺しきれない。ジンは弾き飛ばされ、廃墟と化したショッピングモールの壁に激突した。 瓦礫の山から這い出すジン。その額からは鮮血が流れ、肩で息をしている。
対するハルアキは、空中に浮遊したまま、優雅に扇子を仰いでいた。その背後には、金国から供与された無数の自律兵器が従い、一斉に照準をジンに合わせている。
「どうした? 威勢が良いのは口だけか?」
ハルアキの声には、絶対強者特有の愉悦が滲んでいた。 彼はかつてのエリート然とした態度を取り戻し、いや、それ以上に傲慢な「王」として振る舞っていた。
「学習しない男だ。あの地下での敗北を忘れたか? 貴様のその錆びた刀では、新時代の帝たる余の装甲には傷一つつけられぬ」
「……へっ、やってみなきゃ分からねぇだろ!」
ジンは血を吐き捨て、再び地面を蹴った。 真正面からの突撃。策も何もない、ただの特攻。
「無粋な! 芸がないにも程がある!」
ハルアキは呆れたように嘆息し、スラスター全開で迎撃に出る。 ドローンが一斉射撃を開始し、レーザーの雨がジンを襲う。 ジンはゼロ号を振り回し、黒い靄で光弾を喰らい尽くしながら突き進む。
『……喰わせろ……!』
刀が飢えを訴える。だが、ハルアキ本体のエネルギー密度は高すぎて、近づくだけで肌が焼けるようだ。
「死ねぇッ!!」
ズドォォォォン!!
再度の激突。ハルアキの蹴りがジンの腹部にめり込む。 ジンは吹き飛び、雪原を転がる。 圧倒的だった。手も足も出ないとはこのことだ。
だが、ハルアキは止めを刺そうとはしなかった。 彼は自らの力を誇示するように、両手を広げて天を仰いだ。
「見たか! これぞ『雅』! これぞ御門の力! 貴様のような薄汚い野良犬とは、存在の格が違うのだ!」
ハルアキの背中の霊鋼回路が、心臓の鼓動のようにドクン、ドクンと赤く脈打ち、その輝きを増していく。 彼はジンをただ殺すだけでは満足できなかった。 圧倒的な、絶望的なまでの力の差を見せつけ、完全に心を折ってから殺す。それが、かつて屈辱を味わわされた彼なりの復讐だった。
「消えよ。塵一つ残さずな」
ハルアキはスロットルを限界まで押し込んだ。 全身の装甲が灼熱し、周囲の雪を一瞬で蒸発させるほどの熱量を放ち始める。
「最大出力! 我が怒りの炎で、貴様を焼き尽くしてくれる!」
ジンは防戦一方だった。焦りが剣を鈍らせる。 だが、違和感があった。 ハルアキの攻撃は激しいが、どこか焦っているように見える。霊鋼の輝きが、不自然なほど赤く、強すぎるのだ。
『……警告。出力限界。冷却システム、エラー』
ハルアキのスーツ内でアラートが鳴り響く。 彼はジンを圧倒し、「雅」な勝利を見せつけるために、霊鋼の出力を限界以上に引き上げていたのだ。生身の人間ならとっくに蒸発している領域。適合者である彼とて、無傷では済まない。
「だ、黙れ! 余は御門だ! この程度の熱、どうということはない!」
ハルアキは警告を無視し、さらに出力を上げた。 だが、その傲慢さが仇となった。
バチチチッ!!
「ぐ、あぁぁッ!?」
スーツの関節部から、白煙と共に火花が散った。暴走したエネルギーが逆流し、ハルアキの神経を焼く。 一瞬の硬直。 鉄壁の防御に、致命的な隙が生まれた。
『……今だ……喰らえ……!』
脳内で刀が叫ぶ。 ジンはその隙を見逃さなかった。防御を捨て、肉薄する。
「その力、御しきれてねぇじゃねぇか!!」
ズブッ!!
「ゼロ号」が、ハルアキの装甲の隙間に深々と突き刺さる。
「なっ……馬鹿な! バリアごと!?」
「いただきだ!!」
ギュオオオオオオォォッ!!
ゼロ号が咆哮を上げた。 ただでさえ限界を超えて暴走しかけていたハルアキの霊鋼エネルギー。その奔流が、堰を切ったように刀へと吸い込まれていく。
5. 雅なる崩壊
「ぐ、がぁぁぁぁぁッ!?」
ハルアキが絶叫した。 エネルギーを吸われたことで制御リミッターが完全に崩壊し、スーツの維持機能すら失われる。
「あ、熱い! 痛いッ! 余の体が……!!」
『警告。生体維持レベル低下。システム、崩壊』『警告...』
装甲が焼けただれ、システムダウンのアラートが断末魔のように響く。 二人はもつれ合うようにして、天国の白い大地へと墜落した。
ズドォォォン!!
土煙が晴れる。 クレーターの中心で、ハルアキは仰向けに倒れていた。 漆黒の鎧はボロボロに砕け、中のハルアキは見る影もなく満身創痍だった。
「……ハ、ハハ……」
ハルアキは、空を見上げて乾いた笑いを漏らした。 ジンがトドメを刺そうと近づくが、その必要はなかった。彼の命の灯火は、もう消えかけている。
「……宮国の技術で鎧い……ソーシアの兵で周りを囲み……金国の金で飾り立て……」
ハルアキは自嘲気味に呟いた。
「他人の力だけで着飾った余は……なんと『無粋』な御門であったか……」
最期に、彼は自分が追い求めた「雅」の正反対にいたことを悟ったのだ。 ハルアキの瞳から光が消え、彼の手からホログラム扇子が滑り落ちて砕けた。
6. 結び:北への進路
西の脅威は消滅した。 空を覆っていた金国貸与のドローン群や傭兵部隊は、契約主であるハルアキの生体反応消失を確認するやいなや、即座に戦闘行動を停止した。
『契約終了。撤収する』
無機質なアナウンスと共に、彼らは潮が引くように西の空へと去っていく。彼らにとってこれはビジネスであり、金にならない戦いをする義理はないのだ。
静寂が戻った。だが、勝利の余韻に浸る時間はない。
「ジン! 急げ!」
『黒鳥』から源蔵が叫ぶ。 時間は過ぎてしまった。レイナは既に、遥か北へと運ばれている。
ジンは、倒したハルアキの屍を越え、北の空を睨みつけた。 そこには、全てを飲み込もうとする雪雲と、諸悪の根源たちが待っている。
「待ってろ、レイナ。……次は、北(宮国)だ」
ジンは『黒鳥』へと駆け出した。 南方での戦いは終わり、物語は最終局面へ。 残る敵は、北の軍事国家、そして裏で糸を引く死の商人。 神殺しと国崩しの旅が、いよいよクライマックスへと加速する。
第18章 黄金の破滅シナリオと魔王の雅なる最期(完)




