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錆喰いの古刀(ラスト・イーター)  作者: 赤紫


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渡り鳥の軌跡:凍れる花と鉄の狂気

序:迷い鳥

季節外れの雪が降る南の空から、一羽の白鳥が飛び立った。本来なら、渡り鳥はこの季節、北からこの場所へ越冬のため渡って來る、そして春に再び北へ帰る。だが、この国の気候も、人のことわりも、とうに狂ってしまっている。白鳥は本能に逆らい、凍てつく風に乗って北を目指す。その白い翼の下には、分断された日本の、静かで残酷な現在いまが広がっていた。


1. 南:七色の光と凍てついた時間(天国)

最初の眼下は、白く染まった南国。てん国・首都、天都テント。ドームが破壊され、雪に埋もれたこの街で、黒鉄ジンは奔走していた。

「D4ブロックの電力復旧、急げ! 凍死者が出るぞ!」「食料配給の列を乱すな! 東国からの支援物資は十分にある!」

『黒鳥』クルーと東国からの先遣隊は、混乱する政府に代わり、必死で治安維持とライフラインの復旧にあたっていた。だが、国民の不安は消えない。彼らの精神的支柱である「ミコト陛下」と「リンドウ首相」が、あの日以来一度も姿を見せないからだ。

「……ハスミ副首相。いい加減、会わせてもらえないか」

宮殿の廊下で、ジンは神経質な眼鏡の男――**蓮見ハスミ**を問い詰めた。

「リンドウ首相も、ミコト陛下もだ。国民へのメッセージ一つ出さないなんて異常だろう」「……ええ。おっしゃる通りです」

ハスミは青白い顔で、不気味なほど素直に頷いた。「貴方には……いや、ヤマト殿下の友人である貴方には、知る権利があるでしょう。……こちらへ」

案内されたのは、宮殿の地下深部。厳重なセキュリティゲートの先にある、「開かずの間」だった。重厚な扉が開くと、冷気と共に甘い花の香りが漂ってきた。

「……な、んだ……ここは」

そこは、まるで大聖堂のような空間だった。天井の巨大なステンドグラスから、人工照明による七色の光が降り注いでいる。その光の中心に、最新鋭の冷凍保存機能を備えた、半透明の白い棺が安置されていた。

ジンは息を呑み、棺に近づいた。中には、真っ白なバラの花が敷き詰められ、その埋もれるようにして一人の青年が眠っていた。天国天皇、ミコト。その肌は蝋細工のように白く、胸元には隠しきれない血の跡が滲んでいる。胸は、動いていなかった。

「……死んで、いるのか」「ええ。あの日、ヤマト殿下が去った日に」

ハスミの淡々とした声が響く。そして、その棺の横には、粗末な木製の椅子に腰掛けた女性がいた。リンドウだ。かつて「鉄の女」と呼ばれた覇気は見る影もない。彼女は人形のように微動だにせず、虚ろな瞳で、ガラス越しにミコトの死に顔を見つめ続けていた。

「リンドウ首相……?」

ジンが声をかけても、反応はない。彼女の時間は、ミコトの心臓が止まった瞬間に停止していた。

「あの日、天国の時間は止まりました。……リンドウ様のお心も、あの棺と共に凍りついてしまったのです」

ハスミは眼鏡の位置を直し、歪んだ笑みを浮かべた。「だから私が守らなくてはならないのです。この美しい悲劇を。……国民には『静養中』と伝えてありますが、いつまで保つか」

ジンは拳を握りしめた。ヤマトが背負った罪の重さ。そして、この国がすでに死んでいるという事実。七色の光は、死者を飾るための虚飾に過ぎなかった。


2. 西:黄金の誘いと魔王の武装(新・京国)

白鳥は海峡を越え、西へ。眼下に広がるのは、黒く焼け焦げた古都・京都。瓦礫の山と化した御所パレスの頂で、土御門ハルアキは空を見上げていた。

「……静かだ。あまりにも」

兵も民もいない。あるのは鉄屑と死臭だけ。そこへ、手元の扇子型端末が着信を告げた。

『よぉ、ハルアキちゃん! 生きてる~?』

空中に巨大なホログラムが展開され、きん国のCEO、銭屋キョウの軽薄な顔が映し出された。

「……何の用だ、死の商人。まろに売りつける国はもうないぞ」『つれないなぁ。今日は祝勝祝いを持ってきたんだぜ?』

銭屋が指を鳴らすと、京都郊外の映像が表示された。そこには、金国の輸送トレーラーの大船団が到着し、コンテナを降ろしている様子が映っていた。中から出てきたのは、以前京国に売りつけた「型落ち」ではない。流線型のフォルムを持つ最新鋭の無人戦車や、対呪術用ジャミング装置を搭載した航空機だ。

『「次のビッグウェーブは新・京国だぜ!」……ってね』

銭屋は両手を広げた。『ソーシア連邦製の最新モデルだ。以前の詫びも込めて、これら全部、金国軍のオペレーター付きで 「無償」 で貸し出してやるよ』

「……無償、だと?」ハルアキの目が細められる。タダより高いものはない。背後にいるヴォルグの意図――日本のさらなる混乱と消耗。そして銭屋の狙い――ハルアキを暴れさせて市場を破壊し、最終的に全てを安値で買い叩くこと。それらが透けて見える。

『条件は一つ。その力で、西日本の空白地帯を平らげて、天国まで進出すること。……どうする?』

ハルアキは、眼下に並ぶ鋼鉄の軍勢を見下ろした。これは毒饅頭だ。だが、今の彼には「力」が必要だった。あの屈辱を晴らし、魔王としての威厳を保つための、圧倒的な暴力が。

「……良かろう」

ハルアキはニヤリと笑い、扇子を開いた。「その無粋な玩具、使い潰してやるでおじゃる。……まろの『雅』な国盗りの道具としてな」


3. 東:雪原の守り手(東国)

白鳥は東へ。雪雲に覆われた関東平野の北端へ。 そこは、吹き荒れる猛吹雪の世界だった。

東国・北関東防衛ライン。 国境沿いに築かれた監視塔の上に、一人の少女が立っていた。 神楽坂レイナ。 彼女は防寒コートを羽織ることなく、ボロボロのセーラー服と陣羽織姿で、北からの寒風を正面から受けていた。

「……嫌な風ね。血の匂いがする」

彼女の脳裏に、数日前の忌まわしい報告がよぎる。 ――きゅう国軍特殊部隊による、東国収容所への強襲事件。 警備兵を皆殺しにし、奴らが奪い去ったのは、たった一人の囚人だった。 かつて警察署での戦いでジンに敗れ、拘束されていた宮国の強化外骨格パイロット。

「わざわざ特殊部隊を送り込んでまで、敗北者を連れ帰るなんて……」

宮国は身内に甘い国ではない。敗者を英雄として迎えるはずがないのだ。 だとすれば、目的は一つ。 「黒い刀」と交戦し、生きて戻った唯一の「サンプル」としての回収。

「ロクなことにはならないわね」

レイナは愛刀の柄を握りしめた。 ヤマトを追うジン。その帰る場所を守るのが、今の自分の役目だ。

「来るなら来なさい、戦闘狂ども」

地平線の向こう、雪煙を上げて迫る無数の熱源反応。 「……ここから先は、一歩も通さない」 彼女のポニーテールが強風になびく。その瞳に迷いはなかった。


4. 北:使い捨ての狂気(宮国)

白鳥は最後に、極寒の地・北海道へと至る。そこには、人道を踏みにじる鉄の工場があった。

宮国軍事研究所。巨大なプラントの中、宮国軍最高司令官・剛羅ゴウラ将軍が、完成した「ライン」を視察していた。

「将軍。霊鋼タマハガネを用いた次世代型強化外骨格……ハルアキのような『完全な適合者』の捜索は、依然として困難を極めています。これ以上の選別は時間の無駄かと」

白衣の研究員が報告する。霊鋼の出力に耐えられる人間は、数万人に一人。そんな奇跡を待っていては、戦争に間に合わない。

「ならば質より量だ。……『消耗品』で構わん」

剛羅は冷酷に切り捨て、眼下の光景を見下ろした。そこには、「特別配給」や「安全な避難所」という嘘で集められた市民たちが、列をなして並ばされていた。彼らは何も知らず、工場の奥へと進んでいく。

その先にあるのは、部屋にずらりと並んだ不気味な円筒形の装置。宮国が開発した、簡易的な強化人間製造装置――通称 『人型焼成炉ヒトガタ・キルン』 だ。

「や、やめろ! 何をする!」「助けてくれぇぇぇ!!」

抵抗する市民たちが、強化兵によって次々とキルンへ放り込まれていく。ハッチが閉まり、高圧電流と薬液、そして劣化コピーされた霊鋼のエネルギーが注入される。

ギャアアアアアアアッ!!

断末魔の悲鳴と共に、中で肉体が焼き直され、精神が破壊されていく。数分後。ハッチが開くと、そこから出てきたのは、もはや人間ではなかった。焦点の合わない瞳、膨れ上がった筋肉、そして皮膚に埋め込まれた制御端子。理性を焼き切られ、ただ命令に従うだけの**「狂人兵マッド・トルーパー」**たちだ。

彼らは霊鋼スーツに一時的に適合するが、その肉体は霊鋼の出力に耐えられず、活動限界はわずか10時間。その後はスーツの中で焼き死ぬ運命にある。

「生産効率は順調です。現在、3,000体の狂人兵がロールアウトしました」

「十分だ」

剛羅は満足げに頷いた。 その視線の先、列をなす「素体」たちの中に、ひときわ屈強な男の姿があった。 かつて東国の警察署で、黒い刀を持つ少年ジンと激闘を繰り広げ、敗北して拘束されていた宮国のパイロットだ。

彼は先日、宮国軍特殊部隊による東国収容所襲撃作戦によって奪還されたばかりだった。 「祖国は俺を見捨てなかった!」 歓喜の涙を流して帰還した彼を待っていたのは、英雄としての称賛ではなかった。

『黒い刀との交戦データ、ご苦労。……だが、敗北者に居場所があると思うな』

剛羅の冷酷な宣告と共に、彼は拘束され、この列に並ばされたのだ。 「貴重なサンプルだ。その脳に焼き付いた恐怖ごと、兵器として再利用してやる」

男は絶望の表情で何かを叫ぼうとしたが、すぐに強化兵によって『人型焼成炉ヒトガタ・キルン』へと突き落とされた。 ギャアアアアアアアッ!! 断末魔と共に、彼の自我と記憶は焼き消され、ただの殺戮プログラムへと書き換えられていく。

「個体の寿命は短いが、数で圧倒すればいい」

剛羅が北の空、東国の方角を指差す。

「10時間を順次使い潰せば、東国の防衛ラインなど食い破れる」

工場のゲートが開く。数千体の「使い捨ての怪物」たちが、雪原を踏みしめて進軍を開始した。彼らの命の灯火は短く、それゆえに爆発的な火力を秘めている。


結び:舞い散る羽根

南から北へ渡った白鳥は、宮国の上空で立ち昇る黒い煙に巻かれ、方向を見失った。純白の羽根が、すすに汚れて舞い落ちる。日本列島を覆う雪は、これから流れる血の色を隠すように、静かに、深く降り積もっていく。

心が死んだ神は姿を消し、魔王は軍を手に入れた、孤独な守り手、そして人道を踏みにじる狂気の軍団。

白鳥が見た景色は、終わりの始まりのパノラマだった。


第17章 渡り鳥の軌跡:凍れる花と鉄の狂気(完)

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