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錆喰いの古刀(ラスト・イーター)  作者: 赤紫


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黒き翼の帰還と凍てつく代理人

1. 墜落からの生還

意識が、暗い海へと沈んでいく。 ヤマトが放った、空間そのものを歪めるような一撃。あれは、もはや剣術などという次元のものではなかった。ただの手のひと振りで、ジンの体は枯れ葉のように弾き飛ばされ、雲海を突き抜けて落下していた。 走馬灯の中で見た、相棒である「ゼロ号」の長い記憶。血と錆、そして電気への渇望。 (……悪くない夢だったな) 薄れゆく意識の中で、俺は自嘲した。あれほどの化け物相手に、生身で喧嘩を売った代償だ。地面が迫る。俺は死を受け入れ、瞳を閉じた。

その時だった。

ズオォォォォン!!

大気を震わせるジェット音が、落下音をかき消した。 衝撃。だが、それは硬い地面に叩きつけられ、肉体が砕け散る痛みではなかった。 全身を柔らかな、しかし強烈な力場を持つ「網」のようなものに受け止められ、内臓が浮き上がるような強烈なGと共に空中で停止したのだ。

「……捕まえたわよ、ジン!」

通信機越しに聞こえる、勝ち気な少女の声。 目を開けると、目の前に漆黒の装甲板があった。雲海を切り裂いて現れたのは、かつて俺たちが乗っていた輸送機によく似た、しかし遥かに攻撃的で、鋭利なフォルムを持つ黒い機体だった。

強襲揚陸艦『黒鳥・ブラックスワン・カスタム』。

機体下部から展開された「重力制御ネット」が、俺を優しく、かつ強引に回収していく。 プシューッという排気音と共にハッチが開き、俺は機内へと転がり込んだ。

「ゲホッ……! はぁ、はぁ……こいつは……」 「お目覚めかい、英雄さん。随分と派手なスカイダイビングだったじゃねぇか」

コクピットから振り返ったのは、不愛想な片目のパイロット、源蔵だった。その右目の義眼が、怪しく赤く光っている。 整備士のミナが、オイルまみれの手でVサインを作りながら駆け寄ってきた。 「へへっ! どう? 私の最高傑作! ただの輸送機じゃないわよ。ステルス性能マシマシ、重力ネットに電磁砲まで積んだ、空飛ぶ要塞へとフルモデルチェンジしたの!」

俺は荒い息を吐きながら、周囲を見渡した。見知った顔ぶれ。そして、頼もしい鋼鉄の匂い。 「……助かった。だが、ヤマトは……」 「行ってしまったよ。南へな」

オペレーター席のタキが、冷静にモニターを指差した。 レーダーには、音速を遥かに超えて南下する高エネルギー体――ヤマトの反応が、赤い光点となって遠ざかっていくのが映っていた。その速度は、この改造機をもってしても追いつけるものではない。

「……クソッ!」 俺は床を殴りつけた。止められなかった。友を、あの悲しき怪物を。


2. 新皇帝の目とステルスの翼

『黒鳥・改』は一度旋回し、体勢を立て直すためにとう国方面へと機首を向けた。 その直下。 制圧したばかりのきょう国・上空を、漆黒の強化外骨格を纏ったハルアキが浮遊していた。

眼下に広がるのは、炎上し、瓦礫の山と化した古都。 かつて多くの兵士や貴族が闊歩していた街は、今や動くもの一つない死の静寂に包まれている。 ハルアキは、たった一人だった。 彼の背後に従う軍勢はない。きゅう国軍はハルアキを傀儡として置いて撤退し、京国軍は壊滅した。 ここは今、兵のいない、孤独な魔王だけが君臨する焦土である。

「……静かだ。これが、まろの国か」

ハルアキが虚無感を噛み締めていた、その時。 センサーが、雲の切れ間に一瞬だけよぎった「黒い影」を捉えた。 かつて天国で自分たちをコケにし、出し抜いた東国の輸送機。その形状を、彼が忘れるはずもなかった。

「あれは……東のネズミか!?」

ハルアキの瞳に、個人的な憎悪の炎が宿る。 「よくもノコノコと……! 我が領空を汚すとは、万死に値するでおじゃる!」

ジャキッ!! ハルアキは背中のスラスターを全開にし、迎撃に向かおうとした。指先で扇子型端末を操り、呪術的なロックオンを試みる。軍隊などいらない。今の彼が纏う霊鋼のスーツは、単騎で一個師団を殲滅できるほどの出力を誇っている。捕まえれば、ただでは済まない。

だが。

フッ……。

ハルアキの視界から、そしてスーツの索敵レーダーから、機体の反応が蜃気楼のように消滅した。 肉眼でも見えない。熱源も、音も、呪術的波長さえも完全に遮断されている。

「な……消えた? 馬鹿な、余の『千里眼』から逃れられるはずが……!」

ハルアキは空中で停止し、周囲を睨め回す。だが、そこにはただ風が吹いているだけだった。 ミナが心血を注いで開発した「対呪術用ステルス迷彩」が、京国の技術(魔王の目)を凌駕した瞬間だった。

「……おのれ。卑怯な真似を……」

ハルアキはギリと歯噛みし、漆黒のガントレットを握りしめた。その怒りは、逃した獲物への執着だけでなく、自らの「雅」な支配をコケにされた屈辱によるものだ。 「逃げ隠れするしか能のない無粋者どもめ。……まあよい。いずれ西日本全土を平らげるついでに、巣穴ごと焼き払ってくれる」

新皇帝はマントを翻し、誰もいない瓦礫の玉座へと降下していった。その背中は、あまりにも強大で、あまりにも孤独だった。


3. 貧乏くじと分断される道

東国領空へ入ったところで、艦内のコンソールに緊急通信のランプが点滅した。

『こちら東国政府、特別徴刀局とくべつちょうとうきょく本部。……聞こえるか、黒鳥』

モニターに映し出されたのは、厳格な表情をした初老の男――特別徴刀局・局長だった。東国の裏仕事を統括する、俺たちの直属の上司にあたる人物だ。

「……何の用です、局長? こっちは撃墜寸前で帰ってきたんですがね」 源蔵が露骨に嫌そうな声を出す。だが、局長はそれを無視して事務的に告げた。

「緊急の任務がある。……先ほど、てん国政府より正式な救援要請があった。差出人は、天国副首相・蓮見ハスミ

「ハスミ……?」 聞いたことのない名だ。局長が続ける。 「リンドウ首相は……先のヤマト皇太子による襲撃事件の心労で倒れ、指揮不能の状態にあるらしい。現在、天国は政府機能を失い、国民はパニック状態だ。そこで、政府機能を立て直すための助力を求められた」

「要するに、火事場泥棒の手伝いをしろってか?」 源蔵が皮肉るが、局長は首を振った。 「人道支援だ。……それと、ヤマト皇太子の捜索も兼ねている。君たちには『先遣隊』として、直ちに天国へ向かってほしい」

「はぁ? 直ちに?」 源蔵が声を荒らげる。 「冗談じゃねぇぞ。俺たちは今戻ってきたばかりだ。補給も休息もなしに、またあの危険地帯へとんぼ返りしろってのか? 大体、天国は俺たちをテロリスト扱いして指名手配してただろうが」

「背に腹は代えられない状況なのだ。……それに、北の国境付近できゅう国軍の動きが活発化している。正規軍の主力部隊はこちらの防衛に割かねばならん。身軽に動けるのは君たちのような遊撃部隊しかいないのだ」

局長の言葉に、艦内に重い空気が流れた。 北の脅威。東国もまた、無傷ではないのだ。

「……チッ。貧乏くじを引きやがったな」 源蔵は舌打ちをし、乱暴に頭を掻いた。 「了解したよ。……行くぞ、野郎ども。追加報酬はたっぷり請求してやるからな」

源蔵が渋々といった手つきで操縦桿を倒し、進路を再び南へ向けようとした、その時だった。

「待って。……船を降ろして」

通信機から、凛とした声が割り込んだ。 神楽坂レイナだった。 彼女はすでにフライトスーツではなく、ボロボロになったセーラー服と陣羽織に着替えていた。背中には、愛用の鋼の刀を背負っている。

「レイナ? ……なぜ?」

俺は思わず問いかけた。てっきり「何を言っているんだ」と止める言葉が出るかと思ったが、彼女の瞳を見た瞬間、その言葉は飲み込まれた。彼女の目は、すでにここではない「別の戦場」を見据えていたからだ。

「聞いたでしょ? 北の『きゅう国』が不穏な動きを見せているって」

レイナはモニターの地図――東国の北側国境ラインを指差した。そこには、赤色(宮国軍)の反応が不気味に集結しつつあった。

「天国への支援要請……それ自体は罠じゃないかもしれないけど、タイミングが悪すぎるわ。ウチの主力が南(天国)へ向かえば、あるいは混乱に乗じて東国が手薄になれば、宮国の『戦闘狂』たちが指をくわえて見ているはずがない」

彼女は冷静に分析していた。 「誰かが残って、ここを食い止めなきゃならない。……アンタたちが南へ行くなら、私はここで降りる」

「一人でか!? 無茶だ!」 「一人じゃないわ。東国の防衛隊もいる。それに……」

レイナは俺の目を見て、ニカっと笑った。いつもの、不敵で、少し寂しげな笑み。 「ジン、アンタはヤマトを追いなさい。それが『ゼロ号』を持つアンタの役目よ。……こっちは私が守る」

「……レイナ」 「死ぬなよ、なんて野暮なことは言わないわ。……お互い、生きてまた会いましょう」

シューッ……。 『黒鳥・改』は高度を下げ、北関東の荒野へと着陸した。 ハッチが開くと、吹き込んできたのは冷たい冬の風だった。 東国もまた、厳しい冬の季節を迎えていた。

レイナが一人、雪の積もる大地へと降り立つ。 鉛色の空の下、白く染まった荒野に立つ彼女の姿は、あまりにも小さく、そして鮮烈だった。 強風が吹き荒れ、彼女の長いポニーテールと、セーラー服のスカートを激しくなびかせている。羽織った陣羽織が、まるで戦旗のようにバタバタと音を立てた。

彼女は一度だけ振り返り、Vサインをして見せた。 そして、迫りくる北の軍勢が待つ地平線の方角へと、迷いなく歩き出した。

「……行くぞ」 源蔵が短く告げ、スロットルを上げた。 『黒鳥・改』は再び空へと舞い上がり、雪の降る東国を背に、南の楽園へと加速した。 二つの戦場が、同時に動き出そうとしていた。


4. 凍てつく楽園と神経質な代理人

数時間後。 『黒鳥・改』は、天国の首都・天都テントの空港に着陸した。 かつては「常春の楽園」と呼ばれ、一年中花が咲き乱れていた場所。だが、俺たちの目に飛び込んできたのは、信じられない光景だった。

「……なんだ、こりゃ」

ハッチが開くと同時に吹き込んできたのは、肌を刺すような冷気と、白い雪だった。 ミナが温度計を見て目を丸くする。 「気温、氷点下!? ここ、九州よね!?」

見上げれば、都市を覆っていた巨大な強化ガラスのドームが無惨に砕け散り、その大穴から冬の寒気が容赦なく流れ込んでいた。 ヤマトが破壊した爪痕だ。 空調システムは完全にダウンし、温室だった街は、今や凍てつく廃墟へと変わり果てていた。滅多に降らないはずの雪が、南国のパームツリーや白いビル群に降り積もり、異様なコントラストを描いている。

「……ヤマトの姿は、ないわね」

ミナが熱源センサーを確認するが、反応はない。ヤマトはすでに、この国を去った後だった。破壊と寒波だけを残して。 代わりに、雪の積もった滑走路で俺たちを待っていたのは、数名の近衛兵と、一人の青年だった。

「……ようこそ、東国の皆様。お待ちしておりました」

神経質そうに眼鏡の位置を直しながら進み出たのは、細身の青年だった。 名は、蓮見ハスミ。天国副首相。 彼は病的なほど色が白く、雪景色の中に溶けてしまいそうだった。その目はどこか焦点が合っておらず、常に何かに怯えているような、あるいは何かに執着しているような危うさを秘めていた。

「ハスミ副首相だな。東国からの救援部隊だ」 俺が名乗り出ると、ハスミは恭しく、しかしどこか芝居がかった動作で頭を下げた。

「救援……ええ、感謝いたします。混乱している政府の建て直しに、貴国の知見をお借りしたく」

「リンドウ首相は?」 俺が尋ねると、ハスミの表情がピクリと引きつった。

「リンドウ閣下は……あのような事態になり、現在は臥せっておられます。……あぁ、可哀想なリンドウ様。全てはあの裏切り者、ヤマト殿下のせいで……」

ハスミはブツブツと呟き、自分の親指の爪をガリガリと噛んだ。 「ミコト陛下も……あの襲撃によるショックで、現在は深く心を閉ざされ、誰ともお会いになれない状態です。……私が、私がお支えしなければ。この国の理想を、守らなければ……」

ハスミは、ミコトが殺害されたという決定的な事実を伏せていた。公表すれば国が崩壊すると判断したのか、あるいは彼自身の精神が事実を受け入れられていないのか。 その言葉の端々から、彼がリンドウに対して異常なほどの崇拝――いや、狂信を抱いていることが見て取れた。

彼はハッと我に返ったように、眼鏡を光らせて俺たちを見据えた。

「政府機能の再建、手助けは歓迎します。……ですが、忘れないでください。この国はあくまでリンドウ様とミコト陛下の理想郷(箱庭)。……それを乱す者は、誰であろうと許しませんよ?」

ハスミの背後で、近衛兵たちが微動だにせず銃を構えている。 ヤマトのいない、雪の降る国。 壊れた指導者の代わりに出てきたのは、もっと歪で、神経質な代理人だった。 ここにあるのは「友好」ではない。薄氷の上の「利用関係」だ。

「……厄介なことになりそうだ」

俺は「ゼロ号」の柄を握りしめ、凍てつく空気の中で武者震いをした。 南では狂った代理人が微笑み、東ではレイナが孤独な戦いに挑み、西ではハルアキが魔王として君臨する。 四つ巴の最終戦争へのカウントダウンは、静かに、しかし確実に始まっていた。


第16章 黒き翼の帰還と凍てつく代理人(完)



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