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錆喰いの古刀(ラスト・イーター)  作者: 赤紫


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14/21

紅蓮の彗星と砕け散る楽園

1. 樹海の目覚め(欺瞞の完了)

富士の樹海、深部。かつて鬱蒼と茂っていた原生林は、同心円状になぎ倒され、焼け焦げた荒野と化していた。その中心で、一人の少年が目を覚ます。

皇太子、ヤマト。彼はゆっくりと身を起こし、自身の手を見つめた。あの夜、てん国軍の攻撃から自分を庇って散った聖女サヤ。その温かい血の感触が、まだ掌に残っている気がした。

『……目覚めたか、我が王よ』

脳内に響く、鈴を転がしたような涼やかな声。それは以前のような破壊衝動を煽るノイズではない。理知的で、従順な家臣の声だった。ヤマトの足元には、一振りの剣が突き刺さっている。聖剣『天叢雲アメノムラクモ』。かつて禍々しい紅蓮に染まっていた刀身は、今は神々しい白銀の輝きを取り戻していた。

「……ああ。気分は悪くない」

ヤマトは静かに剣を抜き、月光にかざした。

「私は……怒りに飲まれたのではない。この力が強大すぎたゆえに、器が追いついていなかっただけだ。だが今は違う。私の心は凪いでいる」

『左様。汝の怒りは正義。汝の悲しみは慈愛。……迷うことはない。汝が振るう力こそが、この狂った世界を正す「王道」なのだから』

剣の甘美な囁き。だが、それは巧みな欺瞞ぎまんだった。ヤマトは制御できていると信じ込んでいるが、実際には彼の倫理観そのものが、「オリジン」の論理――強者が弱者を統べ、障害を排除することこそが善であるという神の理屈――に書き換えられていたのだ。彼の瞳の奥には、消えることのない紅い狂気が、静かに、しかし確かに燃え続けていた。

「行かなくては」

ヤマトはとう国の首都の方角を一瞥したが、すぐに視線を南へと向けた。

「待っていてください、兄上。……リンドウが作った偽りの鳥籠から、私が今、解き放ちます」

2. 南への飛翔

ヤマトが剣を振るう。たったそれだけの動作で、大気が悲鳴を上げた。キィィィィィン!!物理法則を無視した推進力が発生する。ジェットエンジンも、翼もいらない。彼自身が、この地上で最も強力な戦略兵器そのものだった。

ドンッ!!

樹海の大地が陥没し、衝撃波が木々を粉砕する。ヤマトの身体は重力のかせを解き放たれ、一瞬で音速を超えて空へと舞い上がった。眼下には、分断された日本の国土が広がっている。東の夜景、西の戦火。それら全てが、ひどくちっぽけな箱庭に見えた。

「……狭い。あまりにも」

ヤマトは加速する。身体の周囲に紅い粒子オーラが展開され、空気抵抗を無効化する。目指すは南。九州・沖縄エリアを支配する独立国家「てん国」。最愛の兄、ミコトが幽閉されている、美しくも残酷な檻へ。

3. 渇望の射出

同時刻。とう国・特別徴刀局本部。地下深くの隔離施設で、黒鉄ジンは苛立ちを募らせていた。

「クソッ、いつまでここに閉じ込めておく気だ! あの時、ヤマトを追えていれば……!」

監視カメラ付きの個室。ジンは粗末なベッドに腰掛け、頭を抱えていた。隣室のレイナや、別棟の源蔵たちとも隔離され、ただ無為に時間を過ごす日々。あの日、輸送機から飛び降りたヤマトの手を掴めなかった後悔が、亡霊のように付きまとっていた。その時だった。

ドクンッ!!

心臓が、早鐘を打った。いや、違う。背中に置いたままの、鞘に収まった刀――**「ゼロ号」**が、かつてないほど激しく脈打ったのだ。

『……いる……』

脳内に直接響く、重低音の唸り声。それはいつもの「腹減った」という気怠げなものではない。獲物を見つけた獣の、殺意に満ちた咆哮だった。

『……そこにいるぞ……! 同胞オリジンが……!』『……逃がすな……喰らい尽くせ……!!』

「な、なんだ!? おい、熱いぞ!」

ジンが叫ぶと同時に、ゼロ号が鞘ごと高熱を発した。部屋の温度が急上昇し、スプリンクラーが作動する。警報が鳴り響く中、鉄製のドアが溶解し、吹き飛んだ。

「ジン! 何事!?」

騒ぎを聞きつけた神楽坂レイナが、看守を押しのけて駆け込んでくる。だが、彼女が見たのは信じられない光景だった。ジンが、自分の刀に「引きずられて」いたのだ。

「うわぁぁぁッ!? 離れねぇ! 勝手に行くな!」

ゼロ号の柄がジンの手に吸い付き、まるで強力な磁石に引かれるように、壁を突き破って屋外へと飛び出そうとしている。

「ジン!」 「レイナ、どけ! こいつが……制御できねぇ!」

ズドォォォォン!!

徴刀局の分厚い外壁が紙のように破られた。夜空へ飛び出したジンは、そのままミサイルのように空へと「射出」された。

「ふざけんなぁぁぁッ!! どこへ行く気だぁぁぁッ!!」

ジンの絶叫が夜風に消えていく。ゼロ号は、かつての地下聖域での決戦でヤマトの「血色の霧」を捕食した際に蓄え込んでいた膨大なエネルギーを、ジェット噴射のように放出していた。目指す方角は、西。遥か上空を高速で移動する、巨大な「磁石のS極」――ヤマトという名のN極へ向かって。

4. 空白地帯上空での邂逅(大戦の勃発)

東国と新・京国の中間地点。どの国にも属さない「空白地帯」の上空、高度一万メートル。成層圏に近い極寒の空を、二つの流星が切り裂いていた。

南へ向かおうとする**「紅蓮の彗星」。東から西へ、迎撃軌道を描いて上昇してくる「黒い弾丸」**。

カッ!!

二つの力が衝突した瞬間、真夜中の空に太陽が生まれたような閃光が走った。衝撃波が雲海を吹き飛ばし、はるか下の海面がすり鉢状に凹む。

「……!」

ジンは呼吸困難になりながらも、ゼロ号の黒いオーラに守られ、空中で踏ん張った。目の前には、白銀の剣を提げ、紅い光を背負って浮遊する少年がいる。

「……ヤマト!」

ジンが叫ぶ。ヤマトは足を止め、無感情な瞳でジンを見下ろした。かつて地下の闇の中で背中を預け合い、共に四柱と戦った同志。だが、今の彼にその面影はない。

「……ジンか。また会うとはな」

「待ちやがれ! その体でどこへ行く気だ! お前、自分が何をしたか分かってるのか!」

ジンは必死に訴えかける。地下での虐殺、サヤの死。それらが彼の心を壊してしまったのではないかと信じたかった。だが、ヤマトは静かに微笑んだ。それは、悟りを開いた聖人のような、あるいは狂人のような笑顔だった。

「ああ、分かっている。私は『掃除』をしただけだ。……そして今から、兄上を閉じ込める鳥籠を壊しに行く」

「鳥籠だと……? そのために、また人を殺すのか! サヤさんが守ろうとした命を!」

「犠牲は悲しいことだ。だが、世界を正すためには必要な痛みもある。……ジン、君なら分かってくれると思っていたのだが」

ヤマトが嘆息する。その傲慢なまでの独善に、ジンの中で何かが切れた。

「……ふざけるな。目が覚めねぇなら、ぶん殴ってでも連れ戻す!」

ジンはゼロ号を構えた。刀が歓喜の声を上げる。『……喰わせろ……その極上の光を……!』。ジンは刀の推進力を利用し、弾丸となってヤマトへ突っ込んだ。

5. 敗北と落下

「うおおおおぉぉぉッ!!」

ジンの渾身の一撃。ゼロ号の質量と、捕食のオーラを乗せた必殺の斬撃。だが。

「……どいてくれ。私は忙しい」

ヤマトは、剣を抜くことすらしなかった。ただ、ハエを払うように左手を軽く振っただけ。

ズンッ……!!

それだけで、空間そのものが歪んだ。圧倒的な「神の圧」。ジンの斬撃は空中で静止し、ゼロ号の黒いオーラは、ヤマトの放つ紅い輝きに触れた瞬間、蝋燭の火のように吹き消された。

『……!?』

ゼロ号が悲鳴を上げる。格が違う。出力が違う。今のヤマトは、オリジンそのものだ。

「が、はっ……!?」

ジンは全身の骨がきしむ音を聞いた。見えない巨人の拳で叩き潰されたような衝撃。血を吐きながら、ジンは枯れ葉のように弾き飛ばされた。

「邪魔だ」

ヤマトは一度も振り返ることなく、再び南へと加速した。紅い光の彼方へ消えていく背中。かつて地下で共に戦った少年の姿は、もうどこにもなかった。ジンは意識が遠のく中で、自分が落下していく感覚だけを感じていた。落ちていく先は、暗い雲の下。かつてきょう国と呼ばれ、今はハルアキという名の魔王が支配する、西の焦土へ。


3. 楽園の警報(天国・防衛ライン)

九州・沖縄エリア独立国家「てん国」。首都、天都テント・ネオアルカディア。環境制御システムによって常に快適な気温に保たれたこのドーム都市に、建国以来初めての「最高レベル空襲警報」が鳴り響いていた。

「熱源接近! 方位0-0-0(ノース)! 速度マッハ20以上!」「識別信号(IFF)……該当なし! いえ、この波長は……!」

中央指令センター。首相リンドウは、モニターに映し出された解析データを見て、血の気が引くのを感じた。

「まさか……ヤマト殿下!? やはり、生きておられたのですか……」

歓喜はない。あるのは戦慄だけだ。彼女が愛するミコト様を脅かす「不純物」。そして何より、そのエネルギー反応は、個人の枠を超え、戦略核兵器級の災害規模を示していた。

「首相! 迎撃しますか!?」

部下の問いに、リンドウは唇を噛み締め、決断を下した。

「迎撃せよ! 全防衛システムを最大出力で展開! ……あれを、絶対にミコト様に近づけるな!」

彼女は直感していた。あれはもう、かつての優しい弟君ではない。彼女が心血を注いで作り上げた「鳥籠」を、内側から破壊しに来た捕食者だ。

4. 硝子の空、紅の雨(楽園崩壊)

ドォォォォォォン!!

天国が誇る最強の環境制御兵器「天候操作システム」が起動した。上空に人工的な積乱雲が発生し、数億ボルトの落雷と、竜巻のような暴風がヤマトを襲う。だが、紅蓮の彗星は止まらない。

「……無駄なことを」

ヤマトが『天叢雲』を一閃させる。ただそれだけで、空を覆っていた黒雲が消滅した。雷も、風も、物理法則ごと切り裂かれ、雲一つない青空が広がる。

「なっ……!?」

迎撃に出た天国軍の航空部隊がミサイルを放つ。しかし、ヤマトの周囲に展開された紅い粒子が触れた瞬間、ミサイルは爆発することなく、砂のように分解されて霧散した。

「なぜ邪魔をする? 私は兄上を迎えに来ただけなのに」

ヤマトは悲しげに呟くと、眼下に広がる美しい白いドーム都市――天都を見下ろした。そこには、彼が守るべき民がいる。

「眠りなさい。……悪い夢が過ぎるまで」

ヤマトは剣を振り下ろすのではなく、優しく掲げた。空から、紅い雨のような光が降り注ぐ。それは破壊の光ではない。強制的な「停滞」の光だ。

パリーン……!!

都市を覆う強化ガラスのドームが、音もなく砕け散った。破片がダイヤモンドダストのように舞い散る中、紅い雨が街へと降り注ぐ。街角の兵器は回路を焼き切られて沈黙し、銃を構えた兵士たちは糸が切れたようにその場に崩れ落ちる。逃げ惑う市民たちもまた、紅い光に触れた瞬間、深い眠りへと落ちていった。

血は流れない。建物も壊れない。だが、その圧倒的な力による「無力化」は、虐殺よりも恐ろしい神の御業みわざだった。数分後。楽園は死んだように静まり返り、ただ一人、空から降り立った少年だけが、宮殿へと続く道を歩いていた。

5. 兄弟の再会(宮殿・最奥)

天国政府宮殿。誰もいなくなった回廊を、ヤマトは静かに進む。近衛兵たちは皆、眠るように倒れている。ヤマトは彼らを踏まないように、丁寧に避けて歩いた。

そして、最奥の「謁見の間」。豪奢な扉を開けた先で、一人の女性が剣を構えて立っていた。リンドウだ。彼女は震える手でサーベルを握りしめ、背後の玉座を守るように立ちはだかっていた。

「……そこまでです、ヤマト殿下」

リンドウが声を絞り出す。だが、ヤマトは彼女を見もしなかった。

「……どいてください、リンドウ。君に用はない」

ヤマトから放たれる「神のプレッシャー」。物理的な重圧となってリンドウにのしかかる。

「う、ぐ……ッ!」

ガシャン。リンドウの膝が折れ、床に崩れ落ちた。金縛りにあったように指一本動かせない。ヤマトは動けなくなった彼女の横を、まるで路傍の石でも見るように素通りした。

「君ごときが、兄上の檻になれると思ったか」

冷たく言い捨て、ヤマトは玉座へと歩み寄る。そこに、彼はいた。天国天皇、ミコト。彼は玉座から立ち上がり、近づいてくる弟を凝視していた。

「……兄上」

ヤマトは足を止め、微笑んだ。全身から紅いオーラを立ち昇らせ、返り血を浴びたような禍々しい姿で、しかし顔だけは無垢な少年のままで。

「迎えに来ました。……さあ、行きましょう。この偽りの楽園から」

ヤマトが手を差し伸べる。だが、ミコトはその手を取らなかった。彼の瞳に浮かんでいたのは、再会の喜びではない。底知れぬ悲哀と、恐怖だった。

「……なぜ……」

ミコトの唇が震える。

「なぜ、変わってしまったのですか……ヤマト……」

その言葉は、ヤマトの胸を刺した。変わった? 私が?違う、私は力を手に入れただけだ。兄上を守るための、絶対的な力を。

「何を仰るのです。私はヤマトです。貴方の弟です」

ヤマトが一歩踏み出し、何かを言おうとした、その瞬間だった。

「――ミコト様は、誰にも渡さないッ!!」

背後から、裂帛れっぱくの気合い。ヤマトの「圧」を、妄執じみた愛の力でねじ伏せ、リンドウが跳躍していた。彼女の手には、隠し持っていたビームサーベル。狙うはヤマトの心臓。背後からの必殺の一撃。

(……愚かな)

ヤマトは振り返りもせず、剣を振るうまでもなく、ただ「障壁」を展開して弾き飛ばそうとした。だが。

「!!」

ヤマトの視界の端で、白い影が動いた。リンドウの刃が届くより早く、ヤマトの前に誰かが割り込んだのだ。

ドシュッ……!!

生々しい音が響いた。時が止まった。

ヤマトの目の前で、リンドウのサーベルが、ある人物の胸を深々と貫いていた。リンドウの動きが凍りつく。ヤマトの思考が白に染まる。

「……あ……?」

リンドウの剣が貫いていたのは、ヤマトではなかった。弟を庇うように前に飛び出した、ミコトだった。

「ミ、ミコト……様……?」

リンドウの手からサーベルが滑り落ちる。ミコトの身体が、スローモーションのように崩れ落ちた。胸からは、鮮やかな、あまりにも鮮やかな赤が溢れ出し、純白の衣装を汚していく。

「あ……あぁ……あぁぁぁぁぁッ!!」

リンドウが絶叫し、ミコトの体を抱き留める。狂ったように傷口を押さえるが、血は指の隙間からどくどくと流れ出し、止まらない。床に広がる血溜まりが、リンドウの膝を濡らす。

「嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ! なぜ……! 私はヤマトを……貴方様を守るために……!」

リンドウは錯乱し、血まみれの手でミコトの顔に触れる。地獄だった。愛する人を守ろうとした刃で、愛する人を殺してしまった。その事実は、リンドウの精神を一瞬で粉砕した。

ヤマトは、呆然と立ち尽くしていた。理解できなかった。なぜ、兄上が? 私を庇って? なぜ?

「……リンドウ……」

ミコトが、掠れた声で名を呼んだ。彼は苦痛に顔を歪めながらも、リンドウの血で染まった手を取り、自分の胸元へと引き寄せた。

「……あなたの手を……これ以上、血で染めたくは……なかった……」

ミコトの瞳から、一筋の涙が零れ落ちる。

「なのに……私の血で、こんなに汚してしまった……。……やはり、私は……無能な天皇です……」

「なぜ……なぜですか……!」

リンドウは泣き叫ぶ。(なぜ自分を犠牲にしてヤマトを助けたのですか)(なぜ私を置いていくのですか)言いたい言葉は溢れるのに、声にならない嗚咽しか出てこない。

ミコトは、震える手でリンドウの血濡れた手を持ち上げ、自分の頬にあてた。そして、聖母のように優しく、儚く微笑んだ。

「……愛していますよ。……私の、可愛い小鳥……」

ゴボッ!!

ミコトが大量の吐血をした。鮮血がリンドウの顔にかかる。ミコトの身体から力が抜けていく。死の影が、その美しい顔を覆い始めていた。

「兄上……! 兄上ェェッ!!」

ヤマトが我に返り、駆け寄ろうとする。ミコトは、霞む視線をゆっくりとヤマトへ向けた。そこには、かつて弟に向けていた慈愛と、そして深い失望が入り混じっていた。

「……なぜ……変わってしまったのですか……ヤマト……」

「あ……」

「……あの日の……優しい、貴方に……戻っ……て……」

言葉は、そこで途切れた。ミコトの手が、リンドウの頬から滑り落ち、床に落ちた。瞳は開かれたまま、虚空を見つめている。

6. 結び:孤独な神

「……嘘だ」

ヤマトは後ずさりした。 足元の血溜まりを踏み、ぴちゃりという音が静寂な広間に響く。

「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ!! 私は……私は兄上を救うために……!」

リンドウは動かない。ミコトの遺体を抱きしめたまま、魂が抜けたように一点を見つめている。彼女の心もまた、ミコトと共に死んだのだ。

ふと、ヤマトは肌に冷たいものを感じた。 見上げれば、頭上の天井――先ほど自らが破壊したドームの大穴から、冷たい風が吹き荒んでいる。

ヒラ……ヒラ……。

舞い落ちてきたのは、白い欠片だった。 雪だ。 一年を通して温暖に管理されていたはずの「楽園」に、本来あるはずのない冬の使者が降り注いでいる。 空調システムが破壊され、外界の凍てつく空気が流れ込んできたのだ。

白い雪は、ミコトの頬に、リンドウの背中に、そして床に広がる鮮やかな赤に、音もなく降り積もっていく。

ヤマトは一人残された。 鳥籠は壊した。敵は排除した。最強の力も手に入れた。 だが、守りたかった「心」は、自らの行いが招いた結果によって、永遠に失われてしまった。

『……嘆くな、我が王よ』

脳内で、剣の声が響く。

『……世界が間違っていたのだ。脆弱な命、不完全なことわり……それらが兄上を殺したのだ』

「……そうだ」

ヤマトの瞳から、光が消えた。 代わりに、底なしの昏い闇が宿る。

「世界が……間違っているから……」

ヤマトは笑った。 頬を涙が伝う中、引きつった、壊れた笑顔を浮かべた。

「ならば……作り直そう。兄上が……誰もが悲しまない、完全な世界を」

南の空には、不吉な紅いオーロラが立ち昇り、地上には静かに白い雪が降り積もる。 赤と白に染まった玉座で、愛を失い、心を失った孤独な神が、この日、真に誕生した。 楽園の崩壊と、南国に降る雪。それは、世界の終わりの始まりを告げる弔鐘ちょうしょうだった。



第14章 紅蓮の彗星と砕け散る楽園(完)

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