表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
錆喰いの古刀(ラスト・イーター)  作者: 赤紫


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/21

黄金の雨と北の影

幕間:迷い狐と石探しの少年


1. 漆黒の海

「ゴボッ……!? ハ、ハルアキ様……!?どこ……!?」

冷たい。重い。暗い。 イズナの体は、漆黒の海に揉まれていた。 空中でハッチから飛び出した直後は、ハルアキの手を握っていたはずだった。だが、海面に叩きつけられた衝撃で、その手は無情にも離れてしまった。

「うぐっ……嘘、どこ……? センサーが……動かない……」

自慢の呪術装備は海水でショートし、ただの重りになって彼女を深淵へと引きずり込んでいく。 急いで装備を捨て 海面に浮上する。波の谷間で必死に息継ぎをし、暗闇に向かって叫ぶ。

「ハルアキ様ぁ! ベンケイ! ヨイチ……ッ!」

返事はない。あるのは、荒れ狂う波の音だけ。 ベンケイは死んだ。ヨイチも死んだ。そして今、唯一の頼りだったハルアキともはぐれてしまった。 生まれて初めて味わう、完全なる孤独。 きょう国のエリート、特務部隊『四柱しちゅう』の【朱雀】。その肩書きが、ここでは何の意味も持たない。ただの無力な少女として、イズナは夜の海を漂流した。


2. 時代遅れの港町

それからどれくらい経っただろうか。 運良く通りかかった漁船に拾われたイズナは、浜松沖の「どの国にも属さない空白地帯」にある漁港にいた。

「ゲホッ……うぅ、最悪……。髪がギシギシ……」

錆びたトタン屋根の倉庫。磯の臭い。薄汚れた作業着を着た人々。 ネオンサインもホログラム広告もないこの場所は、まるで歴史の教科書で見た「昭和」の映画セットのようだった。 濡れた身体を借り物の毛布で包み、岸壁のベンチに座り込んでいると、少年が近づいてきた。

「お姉ちゃん、大丈夫? お腹すいてない?」

10歳くらいの、日焼けした少年だ。足元には雑種らしき犬が寄り添っている。

「……アンタ、誰?」 「僕、石動イスルギケント。こっちはポチ」

石動……? どこかで聞いたような名字だと思ったが、イズナは寒さと疲労で深く考える余裕がなかった。 それよりも驚いたのは、彼らのコミュニケーション方法だ。

「ねえ、お母さーん! このお姉ちゃんにお水あげていいー?」

ケントが大声で叫ぶと、少し離れた場所で荷物の整理をしていた母親らしき女性が「いいわよー!」と怒鳴り返してくる。 脳内インプラント(テレパス)もしないで、いちいち大声で会話するなんて、なんて原始的な世界なのだろう。


3. 石探しの夢と呪いの記憶

「ふーん。じゃあ、アンタもお父さんを待ってるわけ?」

イズナはケントから貰ったペットボトルの水を飲みながら聞いた。 どうやらこの親子は、船で帰ってくる予定の父親を出迎えるために、長野県の山あいの町から、わざわざここまで来て待っているらしい。

「うん! 父ちゃん、すっごいんだよ!」

ケントは目を輝かせ、誇らしげに語り始めた。

「父ちゃん、今回は『石』を売って大金を持って帰るって言ってたんだ。そのお金で、もっといいお家を買って、僕たちを楽させてくれるんだって!」 「石?」 「そう。父ちゃんは**『石探し』の名人**なんだ」

ケントの笑顔は眩しかった。だが、その横で母親が浮かない顔をしているのを、イズナは見逃さなかった。

聞けば父親が帰ってくる予定の日を、もう一週間も過ぎているらしい。滞在費も底をつき、これ以上は待てず、明日の夜には、諦めて町へ帰るという話だった。

(ふん、よくある話ね。山師の父親が蒸発したか、海で事故ったか……)

イズナは内心で冷ややかな感想を抱いたが、口には出さなかった。代わりに、気まぐれな「アドバイス」をしてやった。

「ねえボク。大きくなったら、こんな田舎出て都会に行きたいでしょ? 都会にはね、ここにない楽しいことがたっくさんあるよ。美味しいスイーツとか、VRゲームとかさ」

イズナにとって、この薄汚れた生活は耐え難いものに思えた。だが、ケントはきょとんとして、すぐに首を横に振った。

「ううん。僕は行かないよ」 「へ? なんで?」 「だって……」

ケントは海を見つめ、真っ直ぐな瞳で答えた。

「僕は大きくなったら、父ちゃんみたいに立派な石探しになって、**霊鋼タマハガネ**の鉱脈を見つけるんだ。そして、いっぱいいっぱいお金を稼いで、父さんや母さんを楽させてあげたいんだ」

「――ッ!?」

イズナの表情が凍りついた。 今、このガキ、何て言った? 霊鋼タマハガネ。 それは京国が血眼になって探し求め、自分たちが失態を演じた原因となった、あの戦略物資の名前だ。

「ちょっと待って。ボク、その石……どこにあるの?」 「えっとね、僕の町には**『戸隠トガクシ山』**があって、そこの奥の洞窟で霊鋼……」

ハッとしたように、ケントは慌てて両手で口を塞いだ。

「あ、いけない! 父ちゃんに『外でこの話をしたら絶対ダメだ』って言われてたんだった! だからダメ!」

イズナの心臓が早鐘を打った。 これはチャンスだ。もし霊鋼の未発見の鉱脈を見つけ出し、御門に献上できれば、今回の失態を帳消しにできるかもしれない。

(……生き残れる。廃棄処分されずに済む……!)

その思考と同時に、脳裏に焼き付いた光景が蘇る。 あの地下での激戦。自分を庇って背中を斬られた、無愛想なスナイパーの最期。

『イズナ……お前は生きろ。……決して、死ぬな……』

ヨイチの掠れた声。血まみれの手。 イズナは唇を噛み締め、拳を握りしめた。 死ぬわけにはいかない。どんな手を使ってでも生き延びて、京国へ帰るのだ。ヨイチの遺言を守るために。そして、あの屈辱を晴らすために。

「ね? お願い♡ 誰にも言わないからさ」 「だ、だめだってば……!」


4. 狐の爪

「おいおい、姉ちゃん。ずいぶん別嬪べっぴんじゃねえか」

その時、ドカドカと足音が響いた。 現れたのは、鉄パイプやナイフを持った数人の男たち。この港を縄張りにしている野盗崩れだ。彼らのねっとりとした視線は、明らかにイズナの派手な容姿に向けられていた。

「その服、見たことねえ素材だな。高く売れそうだ。……中身も楽しませてくれよ?」

男たちがイズナを取り囲む。その殺気立った空気に、少し離れていたケントの母親が息を呑み、思わず声を上げた。

「ケント!」

母親は震えながらも駆け寄り、ケントと犬を自分の背中に庇った。だが、男たちの狙いはあくまで、異質なオーラを放つイズナだ。

「へへっ、大人しくしろよ……」

薄汚れた手が、イズナの肩を掴もうと伸びる。

「……はぁ」

イズナは深くため息をついた。 これだから、教養のない野蛮人は嫌いなのだ。

「ねえ、おじさんたち。私、今すっごく機嫌悪いの。……消えてくれる?」

「あ? 何言ってんだ、このアマ……」

バキッ!!

「ぎゃあっ!?」

一瞬だった。 イズナが素手で男の手首を逆にへし折り、その勢いを利用して顎に裏拳を叩き込んだのだ。 さらに、残りの男たちが反応するより早く、彼女は地面を蹴った。 自慢のドローンも、呪術装備もない。だが、彼女は京国の最終兵器「四柱」の一角。高度に強化されたサイボーグ体術の前では、ゴロツキ程度など案山子かかし同然だった。

ドスッ、ガッ、バタン!

「ぐ、ぐああ……」 「な、なんだこの女……化け物か……!」

数秒後。そこには、泡を吹いて気絶した男たちの山が築かれていた。 イズナはパンパンと手を払い、呆気に取られているケント親子に振り返った。

「……あーあ。汗かいちゃった」

「す、すごい……!」

ケントが目を丸くして声を上げた。

「ありがとう、お姉ちゃん! ……強いんだね! びっくりした!」

ケントの言葉には、純粋な驚きと称賛が混じっていた。 イズナは鼻を鳴らし、少しだけ得意げ

に髪をかき上げた。


5. 闇夜の道

結局、あの騒ぎのせいで、ケントから鉱脈の詳しい場所を聞き出すことはできなかった。 だが、収穫はあった。 野盗を追い払ったことで母親に感謝され、彼らが帰る車に同乗させてもらえることになったのだ。名目は、道中の「護衛」である。

車は、ボロボロの軽自動車だった。 静音性と優雅さを兼ね備えた、京国の**『浮き牛車レビ・ギッシャ』**しか知らないイズナにとって、ガソリンエンジンの下品な振動と騒音は、まるで拷問器具に乗せられているようだった。

「……うぇ、臭い。揺れる」

イズナは内心で毒づいた。 だが、これでいい。 ただの迷子の旅行者として、採掘を生業とする町に潜り込み、霊鋼の在り処を突き止める。

窓の外を見る。 街灯一つない、漆黒の山道。 京国の夜は、いつだってネオンとホログラムで昼間のように明るかった。こんなに濃密で、底のない「闇」を見るのは初めてだった。

ヘッドライトだけが頼りなく前を照らし、ただただ黒い景色が流れていく。 道路標識が、亡霊のように現れては消える。

「……夜って、こんなに暗いんだ」

イズナは誰に聞かせるでもなく呟いた。 その闇の先にある長野の山奥へ、迷い込んだ狐は、ガタゴトと揺れる鉄の箱に運ばれていった。

幕間:迷い狐と石探しの少年(完)

--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------


第10章 黄金の雨と北の影


1. 株式会社 金国(Kin-koku Inc.)

北陸エリア、かつての石川県金沢市。 ここには、日本列島で最も冷たく、そして最も高価な雨が降る。

「……本日の金沢・ゴールデン街の株価は、前日比プラス2.5%で推移しております。きゅう国関連の軍需銘柄が買い越されている模様です」

降りしきる雨の向こう、濡れた路面に反射するのは、無数のネオンサインと空中に浮かぶホログラムの株価チャートだ。 古都の情緒を残す町並みは、極彩色のサイバーパンク・デザインで上書きされていた。瓦屋根には広告用ドローンが止まり、加賀友禅を着飾った芸妓アンドロイドたちが、富裕層の乗る浮遊車に媚びを売る。 ここは**【きん国】**。 紫のネオンに彩られた、黄金と賭博の企業国家。

街の中央にそびえ立つのは、城郭を模した超高層ビル――「金国本社ビル(天守閣)」。 その最上階、全面ガラス張りのCEOオフィスで、一人の男が眼下の街を見下ろしていた。

「……ケッ。シケた相場だぜ」

男の名は、銭屋ゼニヤ・“ジャックポット”・キョウ。 この国の国家元首にして、株式会社金国の代表取締役社長(CEO)である。 金箔を織り込んだオーダーメイドのスーツをラフに着崩し、左目には絶えず変動する数値(マーケット情報)を映す高性能義眼スカウターが埋め込まれている。

「社長、業務時間中にポーカーの練習ですか?」

冷ややかな声と共に、秘書の女性が入ってきた。 雲母キララ。加賀友禅をタイトにアレンジしたボディスーツに身を包み、背中には凶器を仕込んだ番傘を背負っている。

「うるせぇな、雲母キララ。これはメンタルトレーニングだ」

キョウは指先で黄金のチップを弾き、テーブルに積み上げた。彼の義眼には、先日の「てん国」における戦闘データが流れている。

「しかし笑えるよなぁ。あのプライド高いきょう国の『四柱しちゅう』が、とう国のガキどもにボコボコにされたって噂、マジなのかよ?」

キョウは鼻で笑った。 彼の元には、「四柱が壊滅した」という事実と、「現場にいたのは東国の逃亡者ジンやレイナだった」という断片的な情報しか届いていない。 実際には、皇太子ヤマトが聖剣『天叢雲アメノムラクモ』に飲み込まれ、神ごとき力で暴走した結果なのだが、その真実は「混乱に乗じたハルアキたちの暴走」という京国の公式発表や、情報の錯綜によって隠蔽されていた。 キョウにとって、あの「みやび」を鼻にかける最強部隊が、東の未熟なエージェントに後れを取ったという(誤った)事実は、最高の酒の肴だった。

「盤面が荒れてきやがった。そろそろデカイ山が動くぞ」

「ええ。その『デカイ山』のお客様が、到着されましたよ」

雲母が顎でしゃくると、オフィスの重厚な扉が開かれた。 入ってきた瞬間、室内の空調が効かなくなったかのような寒気が漂う。そこに立っていたのは、極寒の北国を思わせる分厚い毛皮のコートを纏った巨漢だった。


2. 北の死神と在庫処分

「……相変わらず趣味の悪い部屋だ、銭屋」

巨漢の声は、凍てつく風のように低く、重かった。 顔には古い傷跡が走り、片目は軍用グレードの無骨な義眼。手には安酒のスキットルが握られている。

「ようこそお越しくださいました、ヴォルグ大使。……いや、ソーシア連邦の死神殿」

キョウは椅子に座ったまま、皮肉っぽい笑みを浮かべた。 ヴォルグ。かつて日本への侵攻を主導し、この国を分断させた元凶――北の大国**「ソーシア連邦」**の特命全権大使である。 表向きは外交官だが、その実態は、金国を隠れ蓑にして日本国内へ武器を流し、紛争を煽るフィクサーだ。

「無駄口はいい。……ビジネスの話だ」

ヴォルグはソファにドカと座り込み、スキットルの中身を煽った。強烈なウォッカの臭いが漂う。

「聞いたぞ。南の『てん国』で、きょう国の自慢のオモチャ……『四柱しちゅう』が壊滅したそうだな」

「ええ、傑作でしたよ。おかげで京国関連の銘柄は大暴落だ。今頃、あの気取った連中は顔面蒼白でしょうね」

キョウが肩をすくめると、ヴォルグの義眼が赤く光った。

「好機だ」 「あん?」 「牙を抜かれた京国は今、死に体だ。……我々の『在庫』を売りつける絶好のチャンスではないか?」

ヴォルグが懐からデータチップを取り出し、テーブルに放った。 空中に投影されたのは、ソーシア連邦製の無人兵器群のリストだ。重厚な装甲を持つ多脚戦車や、無人爆撃機。カタログスペック上は「最新鋭」と銘打たれているが、ヴォルグの口元には嘲るような笑みが浮かんでいた。

「……おいおい、マジかよ」

キョウはデータを一瞥し、口笛を吹いた。

「これ、型落ち(旧式)じゃねぇか。一世代前の自律制御AIに、燃費の悪い旧型ジェネレーター……。こんなガラクタ、あの技術オタクの京国が買うと思います?」

「買うさ。奴らは今、溺れているのだ」

ヴォルグは断言した。 そして、その奥にある真の狙いを語り始めた。

「いいか、銭屋。このポンコツ兵器を『最新鋭』として京国に売りつけろ。奴らはこれを使って、焦って失地回復に動くだろう。……だが、所詮は型落ちだ。他国への侵攻に使えば、必ずボロが出る」

ヴォルグが凶悪な笑みを深める。

「京国は、この兵器で他国――特に『きゅう国』あたりに喧嘩を売るだろう。だが、返り討ちに遭い、さらに国力を疲弊させる。……そこが狙い目だ」

「なるほど……。兵器の代金と、敗戦の賠償金。ダブルパンチで借金漬けにして……」

「そうだ。最終的には、経済と軍事の両面から京国を完全に掌握し、ソーシアの傀儡かいらいとして吸収合併(M&A)する。……それが、私の描くシナリオだ」

恐るべき計画だった。 武器を売って儲けるだけではない。武器を売ることで相手を弱体化させ、国そのものを乗っ取る。まさに死の商人の発想だ。

「ハイリスク・ハイリターンな賭けだねぇ。腐っても『雅』な連中だ、プライドは高いぜ?」

キョウが難色を示すと、ヴォルグは低い声で告げた。

「やれ、銭屋。……これは**『大株主(ソーシア連邦)』からの命令だ**」

その言葉には、拒否権のない絶対的な圧力が込められていた。金国といえど、バックについているソーシア連邦の意向には逆らえない。 キョウはチップを指で弄び、やがてニヤリと笑った。

「……了解ラジャー。ま、商売敵ライバルを合法的に食えるなら、悪くない話だ。……それに、兵器のスペックなんざ俺には分からねぇしな。『売れれば官軍』ってね」

キョウは兵器が「型落ち」であることを理解しつつも、それが具体的にどの程度戦局に影響するかまでは深く考えていなかった。彼にとって重要なのは、この取引で動く莫大な金と、スリリングな展開だけだった。


3. 蜘蛛の糸

会談の数分前。水面下ではすでに、金国による周到な根回しが行われていた。

きょう国の首都・京都。 「四柱」を失い、さらに天国政府から莫大な損害賠償を請求された京国上層部は、通夜のような静けさに包まれていた。 自慢の国境警備隊も、「霊鋼タマハガネ」を狙うきゅう国の潜水艦部隊に対し、技術的優位性を失いつつある。このままでは、ジリ貧だ。

そんな絶望的な状況下で、太政大臣システムの元に一本の極秘回線が開かれた。 発信元は、株式会社金国。

『御社の危機的状況、深く憂慮しております』

金国のエージェントは、慇懃無礼な態度を隠し、甘美な提案を持ちかけた。

『我が社には、北の大国とも渡り合える強力な兵器の在庫がございます。……もしよろしければ、特別レートで融資レンタルいたしましょうか? 手続きは即日、審査なしで』

それは明らかに罠の匂いがした。 だが、溺れる者は藁をも掴む。プライドの高い京国にとって、とう国に頭を下げることも、北の宮国に屈することも耐え難い屈辱だ。ならば、金さえ払えばドライに手を組める金国の方が、まだマシな選択肢に見えたのだ。

「……御門。いかがなさいましょう」 「……繋げ。毒を食らわば皿まで、でおじゃる」

こうして、黄金と雅の、虚飾に満ちたオンライン会談の幕が上がった。


4. 雅と金の化かし合い

「いやぁ、大変そうっすね大臣! 御社の株価、ストップ安じゃないですか。心中お察ししますよ」

CEOオフィスの巨大スクリーンに映し出された太政大臣に対し、キョウは開口一番、わざとらしく同情してみせた。

『……無礼な。何の用でおじゃるか』

太政大臣の声には、隠しきれない苛立ちと疲労が滲んでいた。背景の御簾みすは固く閉ざされ、御門の気配だけが漂っている。

「単刀直入に言いますよ。……業務提携しませんか?」

『……提携だと?』

「ええ。御社、防衛力スカスカでしょ? そこでご提案! ウチの倉庫にある『最新ガジェット(在庫処分品)』を、格安で融資しますよ。呪術の修行なんていらない、ボタン一つでドカン! ……どうです?」

キョウが指を鳴らすと、ソーシア製兵器のカタログが画面に送信された。 重厚長大な多脚戦車、無骨な無人爆撃機。それは京国の「雅」な美学とは対極にある、醜悪な鉄の塊だった。 太政大臣の無機質なフェイスプレートが、微かに歪む。

『……ソーシア連邦の兵器か。……無粋な鉄屑を、我らに使えと言うのか?』

「人聞きの悪い。あくまで『ビジネスパートナー』ですよ。……それとも、このまま東のネズミどもにナメられたまま、歴史から消えますか?」

キョウは痛いところを突いた。 「四柱」が敗れた相手は、東国のエージェント(と彼らは思っている)。ここで反撃しなければ、京国の威信は地に落ちる。

『……条件は?』

「単純明快。代金は後払いで結構。ただし……担保として、**御社の『関西エリア全域の土地権利』および『国民データ』**を設定させていただきます」

『なっ……!? 国を質に入れろと言うのか!』

太政大臣が激昂する。それは事実上の、国家主権の譲渡に等しい。 だが、キョウは余裕たっぷりにチップを弾いた。

「嫌なら結構。……ま、他の買い手がつく前に決断した方がいいっすよ? それに、この兵器があれば……あの『宮国』に一泡吹かせることも可能でしょう」

宮国。 その単語が出た瞬間、御簾の奥の空気が変わった。 中部エリアで「霊鋼」を横取りし、京国の面子を潰した憎き泥棒猫。彼らへの報復は、京国にとって急務だった。

長い沈黙の後、御簾の奥から、氷のように冷たい声が響いた。

『……よかろう』

京国の支配者、**御門みかど**の声だった。

『……無粋な金貸し風情が足元を見おって。だが、背に腹は代えられぬ』

『御門!? しかし……!』

『よい。……その無粋な力、借り受けるでおじゃる。まずは我らの庭を荒らした盗人どもを排除し、この屈辱を晴らすために利用させてもらう』

御門は、兵器が「型落ち」である可能性や、金国の背後にあるソーシアの影を薄々感じ取ってはいた。だが、それ以上に今の彼を突き動かしているのは、奪われたプライドを取り戻したいという焦燥と怒りだった。

「……契約成立ディールですね。毎度あり!」

キョウが満面の笑みでウインクした。 それは、京国が「死の商人」の掌の上で踊らされることが決まった瞬間だった

5. 悪魔の契約と次なる標的

通信が切断されると、キョウは大きく息を吐き、椅子の背もたれに体を預けた。

「……へっ、落ちたな。チョロいもんだ」

「お見事です、社長。これで西日本の支配権は、実質的に我々のものですね」

雲母が冷ややかに賞賛し、ヴォルグが満足げにスキットルを煽る。

「フン……。だが油断するなよ。あの御門とかいう奴、兵器を手に入れたらすぐに動き出すぞ」

「分かってますよ。……借金踏み倒す気満々でしょうね。……で、奴らはそのオモチャをどこに向ける気です?」

キョウの問いに、ヴォルグは地図データを展開した。

「ターゲットは二つだ。一つは、『きゅう国』。中部エリアで『霊鋼』を掠め取ったことへの報復攻撃だ。奴らは新型ポンコツ兵器の威力を試すために、北へ軍を向けるだろう」

「なるほど。で、宮国に返り討ちにされてボロボロになったところを、俺たちが美味しく頂くと。……もう一つは?」

「『四柱』の生き残りだ」

ヴォルグが冷酷に告げる。

「ハルアキとイズナ。奴らは京国の最高機密を知りすぎている。生かしておけば、東国や天国に情報を売られる可能性がある。……京国は、技術流出を防ぐために、なりふり構わず彼らを抹殺しに行くだろう」

「へぇ、身内切りか。世知辛いねぇ」

キョウは他人事のように笑った。 金国から供与される強力な(しかし欠陥のある)兵器を使って、京国は自滅的な戦争へと突き進んでいく。そのすべてが、金国の利益となり、ソーシアの影響力拡大へと繋がるのだ。

「さぁて、次はどの駒に賭けるかな……」

キョウは手元のコンソールを操作した。 空中に浮かび上がったのは、東国政府のデータベースからハッキングした、ある人物の詳細な個人データだった。

【氏名:黒鉄クロガネ ジン】 【状態:東国・特別徴刀局にて拘束中】 【特記事項:特級危険物(ゼロ号)所持者】

「東国の手にあるこの『ジョーカー』……。こいつがどう動くかで、オッズが変わるな」

モニターには、拘束衣を着せられ、虚ろな目で尋問を待つ少年の顔写真が映し出されている。 黄金の雨が降り注ぐ中、北の影に操られた新たな「死の商人」が、日本全土を巻き込む巨大な賭けを始めようとしていた。


第10章 黄金の雨と北の影(完)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ