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錆喰いの古刀(ラスト・イーター)  作者: 赤紫


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錆びついた意志


第1章 錆びついた意志

西暦20XX年。日本。銃刀法が抜本的に改正され、「帯刀」が再び許された時代。

街のネオンサインにはドローンが飛び交い、ビルの壁面には最新鋭の『電子刀ネオ・カタナ』の広告ホログラムが踊っている 。カーボンファイバーとプラズマ技術の結晶。それが今の「強さ」の象徴だった 。

だが、俺の腰にあるのは、そんな洗練されたガジェットじゃない。

「あぁ。そんな骨董品で、俺の『ネオ・カタナ』に勝てるわけがない」

雑踏の中、ニヤニヤと笑う男が一人。クラスメイトの田所だ。彼は自慢げに、刀身が青白く発光する最新モデルを構えていた 。俺は静かに、自分の腰の鞘に手をかける。

「……時代遅れの鉄屑、だと?」「証明してやるよ。テクノロジーこそが最強だってことをな!」

田所が踏み込む。速い。内蔵された人工筋肉アシストが、彼の貧弱な腕力を補強しているのだ。俺は一歩も引かずに、鯉口を切る。

ガキンッ!!

金属音が響き、火花が散る。俺の古ぼけた刀身が、奴のプラズマブレードを受け止めていた。田所が刀を押し込んでくる。重量差はないはずだが、モーターの駆動音が唸りを上げ、俺の腕を圧迫する 。

その時だった。握っている柄から、奇妙な鼓動が伝わってきた。ドクン、ドクン。まるで心臓のように 。

『……飢えている……』

脳内に直接響くような、低く、嗄れた声 。俺はゾクリと背筋が震えるのを感じた。恐怖ではない。これは、共鳴だ。

「あれ? 出力が落ちてる!? なんでだ!?」

田所が焦った声を上げる。彼のネオ・カタナの光が、明滅を始めていた。バッテリー切れじゃない。俺の刀が……奴のエネルギーを「喰って」いるのか?

「……抜かせ」

俺は重心を低くし、呼気に意識を集中する。刀から溢れ出す黒い靄のようなオーラが、俺の腕を包み込んでいく。

「お前の剣はただの道具だ。俺のには『意志』がある。何世紀も生き延びてきた意志がな」「くそっ……まだだ! リミッター解除! フルパワーで行くぞ!! 『ネオ・バースト・スラッシュ』!!」

奴の刀が過剰な電流を帯び、バチバチと周囲の空気を焦がす。だが、もう遅い。俺は静かに、古の構えを取る。

「……見せてやる。いにしえの『わざ』を」

一閃。

ズンッ!!

二つの刃が交錯した瞬間、世界が黒く染まったような錯覚が走った。田所の放ったプラズマの輝きは、俺の刀が纏う漆黒の軌跡にあっけなく飲み込まれた。

パリーン!

乾いた音が響く。田所の手の中で、最新鋭のカーボンブレードが飴細工のように砕け散った。田所はその場に崩れ落ち、震える手で破片を見つめたまま気絶した。周囲を取り囲んでいた野次馬たちも、静まり返っていた 。

「……見つけた」

俺が立ち去ろうとしたその時、凛とした声が喧騒を切り裂いた。目の前に立っていたのは、セーラー服の上に陣羽織のようなものを羽織った、ポニーテールの少女だった。その手には、抜身の刀が握られている。それも、電子刀ではない。俺と同じ、鋼の匂いがする刀だ。

「その剣……ただの古刀じゃないわね? 私と勝負しなさい!」

少女は不敵に微笑むと、切っ先をビシッと俺に向けた。一触即発の空気。だが、その緊張は野太い怒声によって破られた。

「おい! 何の騒ぎだ!!」

人垣を乱暴にかき分けて現れたのは、紺色の制服に身を包んだ、恰幅のいい警察官だった。腰には対・帯刀者用の長尺警棒とスタンガンがぶら下がっている。

「チッ……。お巡りさんまで来るなんて、間の悪い」

少女は不機嫌そうに舌打ちをすると、流れるような所作で刀を納めた。

「覚えてなさいよ。私の名前は、神楽坂かぐらざかレイナ。その刀の秘密……次は絶対に暴いてみせるから」

捨て台詞を残し、彼女は一瞬の隙をついて群衆の中に紛れ込み、あっという間に雑踏へと消えてしまった。残されたのは、俺と、気絶したままの田所、そして怒り心頭の警官だけだ。

「君もだ。署で詳しく話を聞くが、まずはその刀を渡しなさい。凶器として一時押収する」

警官が俺の腰にある古刀に手を伸ばそうとする。だが、俺は反射的に体を引いてその手を避けた。

「……悪いが、こいつを渡すわけにはいかない」「公務執行妨害で逮捕されたいのか? 抵抗はやめろ!」

警官が苛立ちを露わにし、強引に俺の腕を掴み、もう片方の手で鞘に触れようとした瞬間だった。

ドクン。

再び、掌から心臓のような鼓動が伝播する。

『……喰わせろ……』

先ほどよりも強い飢渇の念が、脳髄を直接撫で回すように響いた。田所のネオ・カタナから吸ったエネルギーだけでは、こいつはまだ満足していないのだ。

「うわっ!?」

警官が悲鳴を上げ、弾かれたように手を引っ込めた。彼の顔色が青ざめている。静電気などではない。もっと異質で、冷たい何かに触れたような反応だ。

「な、なんだ今のは……? 刀が、まるで生きているように……」「忠告したはずだ。ただの古刀じゃないってな」

俺は暴れ出そうとする刀を必死に抑え込みながら言った。こいつを警察の証拠品保管庫なんかに放り込んだら、一夜にして署がパニック映画の舞台になりかねない。俺の剣幕と得体の知れない現象に気圧され、警官は不承不承、俺が刀を持ったまま同行することを認めた 8。

こうして俺はパトカーの後部座席へと押し込まれることになった。車窓を流れるネオンの光が、防弾ガラスに反射して過ぎ去っていく。隣では田所がまだ目を覚まさない。

「……君、その刀は本当にただの骨董品なのか?」

運転席の警官が、バックミラー越しに恐る恐る話しかけてきた。

「ただの鉄の塊ですよ。使い手が良かっただけです」

俺は短く答えたが、それは嘘だ。膝の上の刀からは、鞘越しでも不気味な体温が伝わってくる。こいつと出会った日のことを、俺はふと思い出していた。

それは、ネオンの光も届かないような、路地裏の古びた骨董店でのことだった。最新鋭の電子刀がもてはやされるこの時代、誰も見向きもしないガラクタの山に、こいつは無造作に突き刺さっていた。だが、俺が何気なくその柄に手を伸ばした瞬間、世界が一変した。

『……求む……主を……』

今の「飢え」とは違う、渇望の声が脳内に響いたのだ。指先が吸い付き、鼓動がシンクロし始めた。店主は厄介払いができたとばかりに、「金はいらねえ。そいつを持って行ってくれ」と震える声で言った。俺がこいつを選んだのではない。こいつが、俺を「餌」あるいは「共犯者」として選んだのだ。

「……おい、着いたぞ」

警官の声で、俺は過去の記憶から引き戻された。窓の外には、無機質な警察署の建物がそびえ立っている。俺は深く息を吐き、未だ微かに震える古刀の柄を強く握りしめた。

自動ドアが開き、冷房の効いた署内へ足を踏み入れた瞬間だった。

ドォォォォォォンッ!!

鼓膜を破るような轟音と共に、俺たちの目の前で受付カウンターが爆ぜ飛んだ。熱風と衝撃波が、俺と警官をコンクリートの床へと叩きつける。舞い上がる粉塵、そして瞬く間に広がる紅蓮の炎。

「な、なんだ!? テロか!?」

警官が悲鳴を上げる中、俺は煙の向こうに揺らめく影を睨みつけた。炎の壁を割り、重厚な軍用ブーツの音が響く。現れたのは、全身をマットブラックの強化外骨格パワードスーツで覆った巨漢だった。その右手に握られているのは、通常のネオ・カタナの倍はあろうかという巨大な大太刀。その刀身は赤熱し、周囲の空気を歪ませるほどの高熱を発している。

「……見つけたぞ。『特異点』」

ヘルメットのスピーカー越しに、機械合成された無機質な声が響いた。

「貴様が所持しているその『古刀』……回収対象だ」

ただの通り魔じゃない。俺の刀を狙ってここに来たのか。俺の背筋に悪寒が走ると同時に、腰の古刀がかつてないほど激しく脈打ち始めた。

ドクン、ドクン、ドクン!

『……美味うまそうだ……』

脳内に響く声は、恐怖ではなく歓喜に震えていた。目の前の敵が発する膨大な熱エネルギー。それを喰らいたくて、こいつは鞘の中で暴れ狂っているのだ。

「……悪いが、こいつは偏食家でな。お前みたいな暑苦しいのは好みじゃなさそうだ」

俺は警官と気絶したままの田所を背に庇うように立ち上がり、鯉口を切った。周囲は灼熱地獄。最新鋭のテクノロジー武装対、飢えた呪いの古刀。

最悪の夜は、まだ始まったばかりだった。

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