1章 転生 02
森の中を彷徨うこと数十分。
やっとのことで森を出ることができた。
道中、何体ものヤバそうな獣に出会ってしまったときは玉ヒュンものだったが……全てメリアちゃんの力がなんとかしてくれた。
と同時に一つ分かったことがある。
最初に獣と出会ったときに逃げられなかった理由だ。
あれは恐らく、メリアとしての意思が働いたということなのだろう。
メリアちゃんは負けず嫌いと言うか過度な自信家と言うか、結構強情なところがあるからな。
メインパーティに入れている時は逃走の成功確率が減少していたことからも可能性は高いはず。
けどそれは俺にとっては困る!
出来れば戦わずに逃げたいんだ俺は!
考えてもみてくれ。
平和な現代日本で暮らしていた人間がいきなり異世界的な何かにぶち込まれ、未知の獣に食い殺されかねないんだ。
最悪だよ。
最悪だね。
幸い今の俺はメリアの力を使えるからそう簡単には死なないんだろうけど、脅威に自ら突っ込むんじゃ精神的に参っちまうよ。
まあでも、きっとそれもここまでだ。
こうして森を出てしまえば獣と出会う回数も大きく減るってもんよ。
近くには辛うじて道のようなものも確認できるし、これを辿って行けばどこかしらの村や町にでも辿り着けるだろう。
問題は……この道を見る限り、ここが相当な田舎だと思われることか?
舗装路じゃない道なんて日本の都会暮らしじゃまったく見ないしな。
或いは本当にここが異世界だとすれば文明レベル自体が低い可能性もあるか?
いやでもまだそうと決まったわけじゃ……ああ、いやここ異世界だわ。
めっちゃ遠くの方にアホみたいにデカい木が生えている。黄金樹とか世界樹の類だろあれもう。
あんなの地球にある訳がないだろいい加減にしろ!
ま、まあ待て、ポジティブに考えろ。
この場合は近くに大きめの街があることも期待できるぞ……いや、それ以上の不安と恐怖が確定しちまったんですけどねぇ。
とは言えどっちにしたって転生しちゃったことはほぼ確定していた訳だし、それならここで生きて行く覚悟を決めるしかないか。
いやいや現代人が中世ヨーロッパ風味な世界で生きていけるとは思えないぞ。
……などと、その気になっていた俺の姿はお笑いだったぜ。
数時間歩くと、さっきまでの後ろ向きな考えが馬鹿らしくなるくらいの光景が見えてきた。
ビルだ。高層ビル。
超絶巨大な壁に覆われた街らしきものの中にはこれでもかと大量のビルが建っていた。
どうやらあの街においては現代日本の都心と同等の文明レベルはあるらしい。
いやぁ安心だ。生活水準もそうだけど、これだけの技術があれば森にいたあの獣たちなんかちょちょいのちょいで倒せるでしょうよ。
――しかし、この時の俺は気付いていなかった。
それならば何故、あれほどの巨大な壁で街を覆う必要があるのかと言う事に。
「ふむ、期待以上のものが出てきたではないか。これは僥倖と言ったところだな。いや、或いは必然か」
おっと、人の気配を感じられたことで気持ちが昂ったのかメリア語が出てきてしまった。
けどそんなことは気にせず、俺は足早に目の前の都市へと向かって歩き出す。
すると、街の中へと入るための門が見えてきた。それもやたら頑丈そうな造りをしている。
正直あの獣らが入らないようにするためにしては少々大掛かり過ぎる気もするけど……まあ頑丈であるにこしたことはないか。
そんなことを考えながら早速中へ入ってみると、まずは分厚いトンネルがお出迎え。
あれだけデカい壁なんだからこんだけ分厚くもなるってもんだな。
で、そこを抜けて見えてきた光景に俺は安心感すら覚えた。
鉄筋コンクリのビル群に、道路を走る自動車。
そこにあったのは紛れもなく平穏な現代社会のそれだった。
ただ一つだけ違うとすれば、妙な格好をした人が歩いていることだろうか。
どういう訳か彼らは武器らしきものを背負い、鎧やローブを着ている。
……コスプレ?
ああそうか、今日はコスプレイベントか何かの日なんだろう。
なーんだびっくりしたぜ。でなければあんな格好の人が大量にいるはずがないからな。
と、そう思っていた。
そう思いたかったのかもしれない。
けど違う。
そうじゃないんだ。
考えてみれば当たり前のことだった。
森で出会ったあの獣も、人の気配を全く感じられなかった街の外も、街を覆う巨大な壁も、ここが地球とはまったく違う地であることをはっきりと示している。
明確な人類への脅威。
そういった物が存在していることの証明だった。
ああ……どうやら俺は、とんでもなく物騒な世界に転生してしまったらしいぞ。
しかし何はともあれ、こうして安全そうな場所へ来れたんだ。
となればまずは情報集めをしないと。
この世界がどういった世界なのか、今の俺には何の知識もない。
幸いこういうときに取るべき行動は知っている。
図書館だ。
TRPGにおいて図書館と目星が腐らない必須技能であることは確定的に明らか。
それにこれだけ文明が発展してる都市なら図書館くらいあるだろ。
うん、実際あった。
多分建築デザイナーが暴走したタイプの見た目をした巨大な図書館があった。
ありがたいことに完全フリーで利用できるらしいし、片っ端から情報を仕入れるとしよう。
どういう理屈かはわからないけど文字は読めるし会話も聞き取れるんだ。閉館までたっぷりと読ませてもらおうか。
……と、そうして読書にいそしむこと数時間。
気付けば外は暗くなり始めていた。
同時に気付く。
今の俺は一文無しであると言うことに。
つまり……。
野 宿 確 定
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