2章 隠しダンジョンと魔群大陸 07
警報の影響か、そこら中が騒がしくなっている。
それもそうか。このままここにいたら王都の騎士隊とやらが来てしまうんだもんな。
となると、俺たちはどうしたものか。
ここの常識とか全然わからないし、何をどうすればいいのかさっぱりでござる。
マジでどうしよう。
「あぁどうしよう! 騎士隊なんてどうしようもないよ!」
まあでも、俺以上にニーニャの方が慌てているから逆に落ち着いてきたかもしれない。
こういうとき自分よりもヤバそうな人がいるとかえって冷静になれるもんね。
「と、とりあえず皆さんこっちに来て!」
ニーニャが駆け出した。
ひとまず今は彼女に従うか。
ここの常識もわからないし、少なくとも俺たちが勝手に行動するよりかはマシなはず。
「後ろに乗って!」
彼女の後を追っていくと一台の馬車へとたどり着いた。
……いや、本来なら馬がいるべき場所にドラブロが収まっている。
ならばこれは馬車ではなく竜車か。
「一人用だから少し狭いかもだけど、今だけは我慢してね!」
「いえいえそんな! 乗せてもらえるだけありがたいですよ。それに、五人で乗ってもそこまで狭くは感じないですから」
「そうかな? それならよかった」
実際、竜車の中はそこまで狭くは感じなかった。
積まれている荷物の量にもよるんだろうが、少なくとも五人で乗っても問題ないくらいのサイズ感はある。
「全員乗ったみたいだから移動するよ! ちょっと激しいかもだから、ちゃんと掴まっててね。あっでも掴まれるところもないか……それじゃあ手でも繋いでおいて!」
「は、はい! わかりました!!」
隣に座っているアイリが手を握ってくる。
……ひょっとしてそれはナチュラルにやっているのか?
いや待て、冷静になれ。今の俺はメリアなんだ。
彼女にとっては女の子同士なわけで、特に変な意味もないに決まっている。
だが!
俺にとっては一大事だ!
なんせ女性と手を握った経験なんて、俺の人生には全くと言っていいほどに存在しないんだからな!
「ふーん、それなら僕も握らせてもらおうかな?」
ぬおぉっと!?
反対側の手にも柔らかな感触が!
待ってくれ!
ただでさえ今の俺はアイリに手を握られてヤバいんだぞ!
なのにエルシーの色白すべすべやわらかおてては……あまりにも刺激が強すぎるって!
ああ、そうさ!
俺はロリコンだ!
メリアちゃんが推しな時点で俺がロリコンじゃないはずがないだろいい加減にしろ!!
「どうかしたの?」
エルシーが不思議そうに覗き込んでくる。
不味い、俺の心の中の動揺がバレたか?
いやそのはずはない。
メリアとしてのこの体はこんなことでは決して動揺しない。
けどそんなに可愛い顔を近づけるのはやめてくれ。
マジで動揺が顔に出かねない。
うわ、まつ毛長い。おめめもぱっちりだ。
「あらあら、まさに両手に花ですね~」
二人に挟まれる俺を見ながら、ユイはのほほんとした様子でそう言ってきた。
いや、確かにそうだけどさ。
そうじゃないんだよ。
だって中身は男なんだぞ?
事案だよこれ。
それに俺の内心も知らないでさぁ。
メリアちゃんさんからも何か言ってやってくださいよ!
「ふむ、何をぬかすかと思えば……其方、オレたちが置かれている状況を理解していないのか?」
「うふふ、きちんと理解していますよ。……むしろ、こんな状況だからこそ楽しいんじゃないですか」
……え?
いやいや、突然何を言っているんだこの人は。
まさか、非現実的なことが起こりすぎておかしくなってしまったのか?
「Aランクになってからでしょうか。ハンターとして強くなっていくほどに、だんだんと刺激を感じにくくなっていって……正直なところ、平凡な毎日にとても退屈していたんです。でも、ここ魔群大陸に来てからはもう何もかもが滅茶苦茶で、非現実的で、非常識。だから久しぶりに……高揚しているんだと思います、私」
……なんてこった。
数少ない常識人枠だと思っていたユイが、実はとんだクレイジーレディだったってわけだ。
まさに、人を見た目で判断してはいけない……だな。
いや無理です。
誰がこの包容力を持った聖母をクレイジー枠だと思えるのよ。
「キヒッ……驚いたでしょ。ユイを初めて見た人は皆……おしとやかで清楚な印象を抱くから。けど、本当は違う。常に刺激を求めて、誰よりも冷静に狂っている……それがユイなの」
冷静に狂っている……ねぇ。
それこそエリが「動の狂い」だとしたら、ユイは「静の狂い」と言うわけか。
おいおい、ただでさえ未知の大陸だってのにとんでもねえ奴らと行動することになっちまったなぁ!?
あの、本当にどうするんですかこれ。
Aランクハンターって皆そんな感じなの?
「へぇ~、ウチもそんな風には見えなかったよ。やっぱり、逸脱者って言うのはウチらの想像を遥かに超えた存在なんだね!」
「うふふ、そう言われるとなんだか恥ずかしいですね。……ですが、期待されるのは悪くない気分です」
そう言いながら微笑んでいるユイを見ると、さっきまでの話が嘘のように感じる。
ニーニャと会話している姿なんてまさしく聖母のそれだ。
微笑ましいとしか言えないよこれ。
「なら、やっぱり皆さんに頼んだのはただしかっ……ッ!? 衝撃に備えて!!」
――ゴガガガッ
おぉぉぉッ!?
なんだ!?
とんでもない急ブレーキだ!
くお~!
ぶつかる~!
インド人を右に!!
「うわぁっ!?」
おっふ……。
急ブレーキの衝撃でアイリが密着してきて……あぁ、やわらか……。
って、何を考えているんだ俺は!
心頭滅却、邪念は捨て去るべし。
「ニーニャさん……!? なっ、何かあったんですか!?」
「わからない……前を走っていた馬車が急に止まって……」
ニーニャの言う通り、前の馬車もこちらと同じく急ブレーキで止まったんだろう。
タイヤの跡がはっきりと地面についている。
ただ、ここからだと前で何が起こっているのかがわからないな。
前の馬車が止まったってことは、恐らくその前も更に前も急ブレーキをしないといけないほどの何かが起こったってことなんだろうけど……。
「ひとまず、皆さんはそのまま待機していて。ウチが前へ行って確認を……」
「ニーニャよ。命が惜しいのならばやめておけ」
「……え?」
なに!?
何かわかるのかメリアちゃん!
「前方から強い魔力を感じる。ただ者ではないだろう。魔獣か、或いは……」
「も、もしかしてもう騎士隊が!? でもそれならどうしてウチらの前に……!」
ニーニャの言う通りだ。
俺たちは王都から向かって来ていると言う騎士隊から逃げていたはず。
追い付かれることはあっても、既に前にいるなんてことはありえない。
とは言え、メリアちゃんがああ言っているんだ。
なら実際に強い力を持つ何かが前にいると言うのは事実なんだろう。
となれば、メリアちゃんのこのあとの行動はもはや分かり切っている。
「騎士隊であろうが魔獣であろうが、オレの邪魔をするのであれば……ただ討ち取るのみだ」
ですよねー!
そうなると思ってた!
「ほ、本当に戦ってくれるの……? ウチらを助けてくれるの……? 今ならまだウチらを置いて逃げることだってできるのに……」
「何を言うか。聖域とやらで助けられた礼も未だ返せてはいないのだ。このまま逃げればオレの気が済まんというもの」
「そうですよ~。私たちの方こそ、ニーニャさんに助けられたのですからね。恩返しをさせていただかないと」
「はい、このまま逃げたら自分で自分を許せなくなっちゃいます……!」
「キヒッ……敵だぁ……♥」
あ、どうやらメリアちゃん以外の皆も戦う気満々らしい。
凄い正義感だなぁ……なんか違うのも混じっていた気もするけど。
「うぅ、ありがとう……! でも、アイツらはウチらじゃ絶対に勝てないくらい圧倒的な力を持っているから……どうか、気を付けて。絶対に無事に戻って来てね……!」
「フハハッ、このオレを誰と心得る。黄金士族の一人にしてゴルドラン家当主、メリア・ゴルドランであるぞ。この程度の魔力しか持たぬ雑兵、敵ではないわ!」
うひょーメリアちゃんかっこいい!
最高!
大好き!
よぉし、こうなったらもうどうにでもなーれ……だ!
騎士隊だか魔獣だか分からないけど、俺たちが全部ぶっ倒してきてやるからよぉ!
安心して待っていてくれよなニーニャ!
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