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たらこ霊

作者: せおぽん

最近、肩こりがひどい。まだ、30手前なのに。


週末の仕事終わりは、同期の同僚4人で居酒屋に行くのが俺達のルーティーンだ。だけれど、今日は1人足りない。


「平野は?」と俺。

「婚約したんだよ。あいつ」と安藤。

「え?、あの娘?、あの娘と?」と俺は聞き返した。安藤はムスッと不機嫌な顔をした。村田も同じ顔をしている。

「あのな。小山。お前はデリカシーが無いんだよ。」村田も頷く。

「小山くんは、人の話を聞かないよね。平野くん、こないだもう飲み会は行けない。って言ってたよね」と村田。

「ああ、そうなんだ。そうだったな」

と、俺はその場を繕い、好物の焼きたらこを追加注文した。


ーーーーー


俺は1人で飲み会を続けている。


同期の同僚との飲み会は、何年も前に終わってしまった。平野は最近子供が産まれたそうだ。3人目で始めての女の子だったらしい。平野は、とても喜んでいたそうだ。あいつが部長を勤める部署も好成績だと聞いている。安藤も村田も幸せらしい。


居酒屋の帰り道、俺はトボトボと歩いている。

肩こりがひどい。まだ、40を過ぎたばかりなのに。


左足の膝の痛みに立ち止まり、うずくまる。また痛風の発作かもしれない。


ふと見ると道端に占い師が座っているのに気づいた。椅子もあるようだし休憩もかねて占ってもらうか。


占い師は俺の顔と手相を交互に見比べたあと神妙な顔をして、俺に言った。

「あなた、長らく肩こりに悩んでいませんか」

俺は驚いた。確かに俺は10年ほどひどい肩こりに悩んでいる。


「はい。そうです。なんでわかるんですか」

占い師は答えた。

「あなたには、水子の霊がついているんです。それもたくさん」


俺は、占い師の言葉に激怒して、大声で怒鳴った。

「馬鹿野郎。このインチキ占い師め。こちとら、40過ぎで独身の童貞様だぞ。水子の霊なんてつくわけがないだろう。いい加減な事をいうな」


不愉快な気持ちで、占い師を後にした俺は飲み直そうと思いコンビニによって、チューハイ数本と明太子のパックを購入した。痛風の足の痛みに耐えながら。


ゴミに溢れたアパートに戻り、明太子をつまんだ俺は『このツブツブの一個一個が卵なんだよな』などと思いながら、チューハイをちびちび飲んでいた。


「ああ、そうか」と俺は気づいた。


「たらこか。たらこ霊だ。たらこの水子の霊なんだ。


きっと、たらこの呪いなんだ。俺の肩こりも、痛風も、結婚ができないのも」


そんな訳あるはず無い。「たらこ」が人を呪うなんてあるはず無い。俺はわかってる。本当は俺が悪いのだ。俺の不遇は俺自身の責任だとわかっている。それでも自身の不遇を「たらこの呪い」だと信じる事にした。そう思わなければ、俺は、もっと壊れてしまうだろうから。


ーーーーー


最低の気持ちで眠りについた俺の目覚めは、最悪の目覚めだった。左の膝どころか、両足が痛い。両足の関節全てが痛い。携帯が鳴った。もっと長い充電ケーブルを買えば良かったと悔やみながら這いつくばって携帯を取った。「あ、小山くん? 今日のシフトなんだけど30分早くでれるかな? でれるよね?」

無理だ。俺は今立ち上がることすら出来ないのに。

「すいません。今日は休ませてください」

「え?、もしかしてまた痛風?」

「はい、すいません」

「小山くんさぁ、いくつだったっけ」

関係無いだろう。年上に向かってなんだ。

「はい、すいません。4..歳です。すいません」

「なあ、その歳になって体調管理も出来ないの?」

「いや、薬は飲んで...」

「出来ないのって聞いてるんだよっ!!」

携帯の先で怒鳴られた私はとてもとても惨めな気分になった。両足の関節の全てが痛い。さっきよりもずっともっと。「ごめんなさい。もう辞めます。辞めさせて下さい」と私が言う前に電話は切れてしまった。私は、少しほっとした。


しばらくして、トイレに行きたくなった。両足の痛みで立ち上がれない私は、部屋のゴミの中にある空のペットボトルに用を済ました。用を済ましたあとは眠りにつくまで泣いた。


ーーーーー


翌朝には、かろうじて歩くことが出来るようになった私は仕事先に謝罪の電話をかけた。携帯の画面には「着信拒否」の文字。


「ああ、そうか」


私は少し眠って、風呂に入って髭を剃った。最後の食事を取ろうと足を引きずって居酒屋に向かった。


居酒屋に向かう途中に先日の占い師がいて、私に声をかけた。「あんた、もう終わりだよ」と言った。


私は無視した。


居酒屋につくと、私はテーブル席について「焼きたらこ」を注文した。最後の飯は好物が良い。


私は俯き最後を惜しむように「焼きたらこ」を少しずつ食べていった。最後の一口を口に入れようとした時に、椅子をひく音の後に、ドスンと椅子に座る音がした。え?と思い、私は顔を上げた。


ぽってりとした唇が素敵なふくよかな女性が、私の前の席に座っている。「明太子は嫌いなの?」と彼女は言った。


彼女の問いに、私は何故だか嬉しくなって「好きです。大好きです」と答えた。


「私も」

話を聞くと彼女は福岡から1人こちらに来たそうだ。1人暮らしで話相手のいない寂しさに、今日は勇気を出してこの居酒屋に来たという。混雑した居酒屋で1人テーブルに座りたらのをつつく私が気になったらしい。


「私、こっちに友達おらんの。1人はとぜなか」


「わかる。わかるよ」福岡の言葉はわからないのに私はそう言った。何故だか、涙がこぼれた。


「何で泣くと?」と彼女は言った。


「もう少し、ここにいたいんだ」と言って俺は焼きたらこを、もう2つ頼んだ。

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