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 ◆


 真っ白な玉砂利が敷き詰められた和風な雰囲気を漂わせる庭園。

 そのすぐそばには檜で作られた大きな浴槽も見えていた。

 一度に20名ほどが一緒に入れそうな広さだ。

 湯口から絶えず湯をかけ流している状態で、まるで地下から本物の源泉を引いているようにも見える。

 といっても、ここは地上ではなくダンジョンの内部。

 現在、そんなダンジョン内に設置された湯船に浸かっている3つの人影があった。


「ユージさんに感謝ですね。ユージさんがこんな施設を作ってくれていたおかげで、この世界でもゆっくりお風呂にも入れるのですから」

「聞いた、穂乃果? この世界の一般の宿屋ではお湯を出してもらうだけでお金がかかるんだって。冷水で身体を洗うことも覚悟していたので本当に助かったわ」


 そう言って気持ちよさそうに湯船に浸かる椎名と穂乃果。

 俗悪ダンジョンから帰ってきてすぐ、ふたりは堕落ダンジョン内にある温泉を利用していた。


「別に君たちのために用意したわけじゃないから。というか、ここの利用料金もあとできっちり精算してもらうよ」


 湯船の中に座っているふたりに対し、立った状態のまま食ってかかるピートン。

 おそらく湯船の中に座るには身長が足りなかったのだろう。

 そこではまるで子供が大人に注意しているような微笑ましい光景が見られた。


「わかってるわよ、ピーちゃん。今日ダンジョンに潜ってみたけど、これならすぐに借金を返せるようになりそうだからさ」

「何ですか、椎名。そのピーちゃんというのは。僕のことを舐めていると、痛い目に合わせますよ?」

「舐めてるわけじゃないって。親しみを込めてそう呼んでいるだけだからね。というか、ピーちゃんの肌ってすんごく綺麗じゃない?」

「それは私も気になっていました。もしかしてこの世界には独自の化粧品でもあるのでしょうか?」


 昨日の今日でピートンと日本人のふたりがこれほど気安い関係に変わっているのは、ふたりの世話をピートンが任されたせいだろう。

 ダンジョン内にある魔物用の宿泊施設の一室をふたりの部屋へと変えたり、食事を用意したりと、甲斐甲斐しく世話をしている様子。

 むろんダンジョンの制約がある以上、その分の代金をいただくことになっていたし、ふたりのほうもそのことについては了承済み。

 そんなわけで現在も仲良く一緒に温泉に入っている様子だった。


「ふふふ、わかるかい? いつかモーリー様にこの身を捧げるために毎日ピカピカに磨いているからね。そもそも君たちみたいな下等種とは生物としての格が違うから、肌艶が違って当然なんだけどさ」

「見てよ、穂乃果。このモチモチっとした玉肌を。お尻のほうもツルツルだし、シミひとつないんだけど?」

「ちょ、ちょっと。な、何するんだよ。断りもなく僕の身体をまさぐるなって。し、失礼にもほどがあるだろ。やめなよ。やめろってば……」


 実を言えばモーリーが強制進化した際の恩恵により、ピートンも上級ダンジョンのダンジョンマスター以上の実力を有していた。

 やろうと思えば、堕落ダンジョンを訪れている冒険者連中を一人残らず皆殺しにできるほどの恐ろしい存在。

 だが、椎名と穂乃果にはただの可愛らしい少女だと思っているようなフシがある。

 ふたりしてピートンの身体に遠慮もなくベタベタと触って騒いでいるぐらいだ。まるで親戚の子供と一緒にお風呂に入っているように和やかな雰囲気がその場には流れていた。

 いずれにせよ、モーリーから客人としてふたりのことをもてなすように厳命されている以上、ピートンがふたりに手を出す恐れもなかったのだが。


「えーい。いい加減にしなよ。いくら温厚な僕だって怒っちゃうんだからね。というか、まさかとは思うけど、君たちこの調子でモーリー様にご迷惑をかけてないだろうね?」

「か、かけてないわよ……」

「え、えーっと。ちょっとだけお手数を掛けた面もあったかも……」

「ふう。モーリー様が仕方なく君たちの面倒をみているってことを理解しているのかい? 別にあのとき放りだしても良かったんだよ?」

「モーリーさんには本当に感謝しています。住む場所や生活の面倒だけでなく、ダンジョン探索の仕方まで一から丁寧に教えていただいて」

「私だって感謝してるわよ。ねえねえ、ピーちゃん。モーリーさんって本当は日本人なんでしょ?」

「は? 椎名、あなたまだそんな馬鹿なことを言っているのですか? モーリー様は人間など超越した存在。言ってみれば、あなたたちが会ったという神と同等の存在ですよ?」


 ユージという日本人のダンジョンマスターの存在を椎名と穂乃果のふたりが頭から信じていたわけではない。

 神様からはっきりと、王都エルシアードにあるダンジョンに行けば日本人に会えると教えられていたわけではないが、会ったばかりのモーリーに何故か親近感を覚えているのも事実。

 それが日本人だという理由にはならないが、そうであってくれればいいという願望も手伝って、ふたりはユージという日本人の話をそのまま受け入れられずにいた。


「ピーちゃんってさあ、本当にモーリーさんのことが好きだよね」

「当たり前ですよ。椎名も勇者になることなんかさっさと諦めて、潔くモーリー様の愛人になることをお勧めします」

「はあ……。駄目だわ、この子」

「でも、それで良いんですか? 私たちがピーちゃんさんの大切な方を奪っても?」

「まったく、何を勘違いしているんですか? 穂乃果ごときにモーリー様が少しでも心をお寄せになるとでも? 無駄な肉ばかり付けた女が、モーリー様を独占できると考えるなんて烏滸がましいにもほどがありますよ」

「す、すみません。駄肉の持ち主で……」

「穂乃果ってば、モーリーさんに惚れるのがちょっと早くない? 昔っから背が高くて、筋肉質の男性が好みなのは知ってるけどさ」

「そ、そういうわけじゃあ……」


 けっしてデブというわけではなかったのだが、本人としては気にしていたことだったらしい。

 同年代の女子と比べて多少肉付きがいいことも本人は自覚しているのだろう。

 そのせいか、その場でしゅんと項垂れる穂乃果の姿があった。


「まあ見てなさいって。いつまでもモーリーさんに頼りっきりにならなくて済むように私たちも努力するからさ」

「ふん。無駄な努力だと思いますけどね」


 まるっきり馬鹿にした様子でピートンがそう呟く。

 が、椎名や穂乃果にはそんなピートンの嫌味混じりの言葉を気にした様子もなく、まるで小さな子供扱いしている様子。

 ここが堕落ダンジョンの中だということも忘れて、久しぶりの入浴を楽しんでいるふたりの姿があった。


 ◆


――パチプロ、ガーヴィンのとある一日――


 ガーヴィンは俗にいうパチプロだった。

 世間からはパチプロなんてヤクザな商売だと後ろ指を刺されているものの、ガーヴィンにとっては冒険者と何も変わらない真っ当な職業でしかない。

 ダンジョンに潜って生活の糧を得ていることには変わらず、ダンジョンだって儲けられるかどうかはギャンブルそのものだ。

 ダンジョン内で宝箱を見つけられるかどうかは運次第だし、魔物のドロップ品だって多少のばらつきがあるぐらい。

 パチプロだって方法が若干異なるだけで立派な冒険者なんだ、と。

 

 そもそもガーヴィンがパチプロになったのは、30年前王都エルシアードに突如として現れた堕落ダンジョンがきっかけだった。

 その当時、冒険者登録したばかりのガーヴィンは初級ダンジョンで何度も死にそうな目に遭っていた。


 才能がない。

 ひと言で片付ければそのことに尽きるだろう。

 この世界の人間は神からスキルを与えられており、誰しもが何らかの特技を持っていた。

 足が早かったり、剣の扱いがすぐに上手くなったり、魔法を覚えられたり、遠くの人間と会話できたりと、スキルというものは人によって千差万別。

 その中には冒険者として有用なスキルもあるし、まったく役立たずなスキルだって存在する。

 ガーヴィンに与えられたスキルはどちらかといえば後者のほう――測量というスキルだった。


 物質の長さや角度、高さなどを視覚のみで知ることができる珍しいスキルだ。

 が、ダンジョン探索の役に立つかといえば、そこはちょっと微妙だろう。

 魔物の正確なサイズを知ったところで、だ。

 冒険者というか、ダンジョン内部の測量をする仕事ならあるにはあるのだが、それには深層まで潜っても足手まといにならない程度の実力が必要になってくる。

 いつまで経っても初級冒険者を抜け出せないでいるガーヴィンには難しい話だった。

 それ以外で役に立つのは大工か整地師ぐらいか。

 ガーヴィンも本当はそっち方面の職業に進むべきだったのかも知れない。

 が、堕落ダンジョンが王都で噂になり始めた頃、興味本位に立ち寄ったガーヴィンもすぐにパチンコというギャンブルの虜になっていた。


 その堕落ダンジョンを攻略する鍵が、自分の持つスキルだということに気付いたからだ。

 そのことに気付いたおかげで、つい最近まで中級冒険者並みの収入を得られていたほど。

 パチンコというギャンブルは普通に稼いでも生活費を稼げるほど甘くはないが、毎日超お宝台を確保できるとなれば話は別。

 ひと目見ただけでパチンコ台の良し悪しがわかる測量というスキルは、まさに天佑といって良かった。


 実はそんなガーヴィンのほかにもパチプロとして稼いでいる連中が居る。

 パチプロ軍団という組織で、皆で情報を持ち合うことにより、一定の稼ぎを出している連中だ。

 ただし、軍団の中に測量のスキルの持ち主はおらず、朝一で優秀台を選ぼうと躍起になっている間に、ガーヴィンだけはあっさりと超お宝台にありついていた。

 そのこともあってガーヴィンは軍団から一目置かれており、これまで揉め事にもならず、上手くやってきたのだが……。


「ガーヴィンのおっさん、調子のほうはどうだい?」

「ゴンズか。正直、何とかって感じだよ」

「ふう……。あんたでもか。こうなると足を洗うことも考えなきゃならねえかもな」

「ああ、このままじゃあマズいってのは俺もつくづく感じているよ」

「俺やおっさんには多少蓄えがあるからまだ良いけどよ。軍団の中にはパンクしちまったやつだって居るんだ。残った連中に打ち子をやらせて凌いじゃいるが、結局辞めちまったやつもいるしな」

「一応はプラスの台だってあるんだ。そもそもこれまでのように稼げなくなったからって、ダンジョンに文句を言うわけにもいかねえだろ?」

「だがよお。これじゃああんまりだぜ。これなら初級ダンジョンに潜ったほうが金になるってなもんよ」

「安全に稼げるだけでもマシだろ。あとはモーリー様のお帰りを待つしかねえ。そしたらきっと……」

「皆でピートン様にもう少しなんとかならないかと頭を下げて頼んでみるってのはどうだ?」

「止めとけ。出禁になるだけだぞ。ダンジョンの管理者にしちゃあ話がわかるお方だし、ある程度こちらの要望にも応えてくれているがな」

「くそっ。もう半年だぞ……。いったいいつになったらモーリー様に帰ってきていただけるんだよ」


 暗い雰囲気の中、ゴンズの嘆きがホール内に漏れる。

 最近は見切りを付け、ほかのダンジョンに潜る冒険者も多い。

 まあ、そんな連中も夕方くらいになればポツポツと姿を現し始めるのだが……。

 いずれにせよ現状が酷いのは間違いない。

 何とか凌いでいるガーヴィンの口からもため息が漏れていたほど。


 そんなガーヴィンたちの陰鬱な嘆きの声が聞こえていたのは、ヨグ・ソウローズによってモーリーがこの世界に呼び戻される数日前の話だった。

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