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 ◆


 堕落ダンジョン内部にある、椎名と穂乃果に充てがわれた部屋。

 まるでホテルの客室を思わせるようなその一室は、何不自由なく暮らせるどころか、ともすれば贅沢過ぎる設備が整っていた。


 冷暖房に洗濯機。

 何人もがいっぺんに入れそうな浴室に、調理道具がずらりと揃ったダイニングキッチン。

 ふかふかのベッドに最新式のトイレ。

 そして壁一面を覆い隠すように設置されたディスプレイと、何着でも洋服が入りそうな大型のクローゼットや洗面台付きの化粧台まである。

 むろんテレビ番組を見ることができるわけではないのだが、映画鑑賞やオフラインのゲームを楽しむことなら可能。

 この部屋だけを見れば、誰もここがダンジョンの内部だとは思わなかっただろう。


「そんな格好で今までどこへ行ってたのよ。穂乃果……」


 そんな豪華な部屋のベッドでウトウトしていた椎名が、バタンとドアが閉められた音に、はたと気付く。

 寝入ったタイミングはだいたい一緒だったはず。

 その穂乃果がベッドから居なくなっていることには椎名も気付いていた。

 そこまで心配したわけでもないが、黙って居なくなるなんて穂乃果にしては珍しい。

 この世界に来てからは特にそうだ。

 どちらかといえば穂乃果のほうが片時も椎名のそばを離れようとしなかったぐらい。

 いったいどこに行ったんだろうと、椎名も夢うつつの中、不審に思っていた。


「ん? モーリーさんとお話をしてきただけよ」

「こんな真夜中まで?」

「うーん。ちょっとだけ話し込んでいたから遅くなったかも……」

「ちょっとだけねえ。別にあれよ。モーリーさんと男女の仲になるのを反対しているってわけじゃないのよ?」

「そんなんじゃないって。普通に世間話をしてきただけだから」

「なんか怪しいわね」

「本当だって、椎名」

「はいはい。たとえそれはそうだったとしても、モーリーさんが穂乃果のタイプだってことはお見通しなんだからね。この前だってピーちゃんからモーリーさんの愛人になれって言われて満更でもなさそうな顔をしてたじゃない?」

「や、やめてよ、椎名。私、そんな顔してないから」

「どうだかねえ。というか、私たちには神様から与えられた使命があるのよ。別に恋愛したって構わないけど、使命のことは忘れないでね」

「だから違うって言ってるのに……」

「ふーん。ならモーリーさんなんかまるで眼中にないって感じ?」

「そ、そう言われると……」


 そう言って椎名が穂乃果のことをからかう。

 出会ってまもないし、何と言っても相手は異世界人だ。そもそも穂乃果は奥手でこれまで付き合った男性はゼロのはず。

 なので椎名としても本気で言っているわけじゃない。

 言ってみれば仲の良い親友同士のおふざけに過ぎない。

 とはいえ、穂乃果がモーリーに惹かれているのもわかっている。

 背が高く、筋肉質な男性が穂乃果のタイプだということは親友である椎名も知っていることだ。

 そもそもの話、吊橋効果というか、こんな意味不明な状況下で頼りになる男性が近くに居れば、穂乃果でなくても惹かれてしまうだろう。

 そんなふうにただでさえ衣食住の面倒を見てもらっているというのに、この世界で生き残れるようにと丁寧に戦い方まで教えてもらっているのだ。

 恋人ではなく愛人という話に多少ひっかかりを覚えなくもなかったが、そこは価値観の違いだろう、と。穂乃果がモーリーに対して好意を持ったとしても何ら不思議ではないと椎名は思っていた。


「で、どんな話をしてきたのよ?」

「ん、色々。モーリーさんが日本のことを知りたがっているみたいだったからね」

「へええ。自分が住む世界とは違う世界のことはやっぱり気になるものなのね」

「それなんだけど、椎名……」

「何よ?」

「私、モーリーさんって実は元地球人、いえ日本人なんじゃないかって思ってるの」

「ん? それって今地球に戻っているはずのユージさんって人が実はモーリーさんだってこと?」

「そうかも知れないし、私たちと同じようにユージさんとモーリーさんのふたりが一緒に召喚されたのかも知れないと思って」

「ああ、なるほど。ふたりして召喚か……。あり得ない話ではないわね」


 椎名にしてもモーリーが日本人なのではないかとちょっとだけ疑っている。

 パチンコ屋を経営している時点で色々とあれだが、神様から日本人がここに居ると聞いたからこそやってきたのだ。

 それなのに本人は不在というのも、どこか釈然としない想いがあった。

 全体的に日本人というよりも西洋的な雰囲気を感じるものの、濃い顔の日本人だと言われれば納得できなくもないレベル。

 まあ、この世界の人間にだって日本人っぽい顔の持ち主が居ないわけではないので、なんとも言えない話ではあったが……。


「でも、それだけじゃなくて、なんとなくそう感じる部分があったっていうか……」

「日本人っぽいと?」

「うん。というか、日本のことについてお喋りしたとき、ところどころ表情が変わったような気がして。心当たりというか、何か思うところがありそうな感じだったの。気のせいかも知れないけれどね」

「うーん。たまたまの可能性もあるけど、穂乃果って他人の表情の変化にけっこう鋭いところがあるからね。もしかしたら当たってるかも知れないわ」

「それじゃあ、やっぱり……」

「待って。仮にそうだとしてもモーリーさんが黙ってるってことは、言いたくないか、きっと言えない理由があるのよ。だったら、その話題には極力触れないほうが良いんじゃない?」

「わかってる。別に詮索しようってわけじゃないから……。私がそうだったら良いなってだけ」

「なんだ、やっぱり気になってるんじゃない。穂乃果、この世界に居るうちにお腹が大きくならないように気を付けてね。帰るときには子供と一緒だったなんて、ご両親がとてもびっくりするわよ」

「もう! 椎名ったら!」


 モーリーが今の会話を聞いていたら、ヨグくんから何らかの精神干渉を受けているんじゃないかと疑っていたはずだ。

 実際のところ、勇者たちにそういった洗脳まがいのものが施されていないわけじゃない。

 喧嘩の経験もない、ごく普通の女子高生に対して、いきなり魔物や邪神と戦えなんて言ったところで、戦闘技術の面だけではなく精神的にも無理がある。

 そういったわけで勇者たちがこの世界に適応できるような精神干渉を受けているのは事実だったが、基本的な性格は変わらず、モーリーに対する感情も自然なものだった。

 しいて上げるとすれば、モーリーと極めて相性の良い女性を選んでいる点か。

 そこだけはヨグくんの意思が介在しているはず。

 結局それもヨグくんにとって、面白そうかどうかが基準でしかなかったが……。


 いずれにせよ、穂乃果がモーリーにほのかな恋心を抱き始めているのは間違いない。

 そんな親友を盛大にからかう椎名だったが、モーリーが日本人ではないかという点についてはどうやら穂乃果と同じく疑っている様子だった。


 ◆


「いやはや、本当にお見事でした。勇者殿」


 ヴォルクスがそう言って金城勇のことを褒めそやす。

 その言葉に追随するように周りの兵士たちも皆、しきりに頷いていた。

 ついさきほど、城の兵士たちの目の前で金城勇が傲慢ダンジョンのダンジョンマスターであるウェアウルフを倒し、ダンジョンをひとつ潰してきたからだ。


「ま、まあな。あんなもん、俺様の手にかかれば楽勝よ」


 といっても、所詮は初級ダンジョン。

 兵士たちとて何人かが束になってかかればなんなく倒せたはずだ。

 これまでそれをしなかったのは、この世界においてダンジョンが有益なものと見做されているからだろう。 

 無闇にダンジョンを潰してまわれば、周囲の貴族からの突き上げにあうのが目に見えているので、ダンジョン過激派であるアドミラール伯爵ですら率先してダンジョンを潰すような真似をしなかっただけ。


 むろん名分があれば別だ。

 ダンジョン外で多大な被害を及ぼしたダンジョンマスターについては討伐するのが常になっていたし、立地やドロップ品の問題から敢えて潰すという選択肢が取られることはなくもない。

 ただし傲慢ダンジョンのダンジョンマスターがそうした行動を取ったという事実はなく、初心者向けとしてそれなりに利用価値の高かったダンジョン。

 それなのにダンジョン討伐という愚挙に走ったのは、ひとえにアドミラール伯爵と勇の思惑が合致したせいだろう。

 いや、勇のほうは自分の実力を喧伝するために大口を叩いていただけの話で、ダンジョンを討伐する意思はそこまでなかった。

 アドミラール伯爵の口車にまんまと乗せられたわけだ。

 そういうわけで、ダンジョンの討伐を果たした勇は兵士たちからの美辞麗句に気を良くしながら、意気揚々とセドリック城に帰還したばかりだった。


「ん? あれは?」


 帰ってきたばかりの勇の前方にひとりの少女が見える。

 この城の客人として滞在してからはや10日。

 もちろん城の中で出入りするなと厳命されている場所もあったが、比較的自由に行動できている。

 それにしては初めて見る顔だった。


 噴水の石座の端にちょこんと腰掛けた、どこか物憂げな様子の少女。

 年のころは勇と同じか、若干若いか。

 あきらかにメイドとは異なるドレス姿に、ひと目でそこそこ地位の高い人間であることがうかがわれた。


「あっ、あれは……。いえ、あのお方は伯爵様の御息女であられるケイラ姫ですな」

「へええ。ケイラ姫ね。娘さんが居たんだ。というか、女性にしてはけっこう身長が高そうだな。いや、これは良い意味で言ってるんだぜ」

「ははは。ま、まあ、伯爵様は何人かお子様を儲けておりますので……」

「ふーん。そうなんだ。ちょっと声をかけてみてもいいか? それともいきなり声をかけるのは失礼だったりするのかな?」

「身分の高いレディに対して気軽に声をかけるのはどうかと。いかに勇者様といえども……」

「軽く挨拶するだけだって」

「お、お待ちを。まずは伯爵様にご確認してからでないと」


 そんなヴォルクスの制止を無視し、ケイラ姫に大股で近付いていく勇。

 相手のほうも勇に気付いたらしく、おもむろに顔を上げる。

 その顔に勇は内心はっとしていた。

 美人というよりも美形。

 短く切り揃えた金髪にきりりと吊り上がった眉。

 じろりと勇を見上げた双眸は深みががったダークグリーンで、たしかにアドミラール伯爵の血を継いでいるとわかる尊大さがその瞳には浮かんでいた。


「よう! あんた、ケイラって言うんだってな? 俺は金城勇、これでも勇者ってやつらしい。この城で厄介になり始めたんで、ひと言挨拶しとこうと思ってな」

「…………」


 断りもなくケイラの隣に腰掛けた勇の言葉にケイラ姫がピクリと頬を引き攣らせる。

 勇の態度や物言いが、あまりにも礼儀を欠いたものだったからだろう。


「なんだ、緊張してるのか? 何も手を出そうってわけじゃないから、そんなに心配すんな。というか、今ひと仕事終えて帰ってきたばかりなんだよ」

「傲慢ダンジョンの討伐に行ったのは知ってる……」

「おっ、あんたの耳にも届いていたのか。伯爵にどうしてもって頼まれてな」

「そうか。ご苦労様」

「おう。あんたらが安心して暮らせるように、俺が悪のダンジョンを片っ端から潰してやっからな」

「ふっ」

「無理だと思ってんのか? こうみえて俺様はお偉い勇者様なんだぜ。あっ、そうそう。ほらよ」


 そう言って勇が懐から取り出した大きな宝石をケイラに手渡す。


「何?」

「傲慢ダンジョンのダンジョンマスターを倒したときに出たドロップ品だ。多分エメラルドだろうよ。っても、けっこう大きいだろ? あんたにやるよ」

「良いの? そこそこ価値があると思うけど?」

「ああ。こんなもん、これからいくらでも手に入るしな」


 現時点で勇もそこまで金を持っているわけではない。

 城で世話になっている分宿泊費や食事代が浮いているとはいえ、財布の中はほとんど空に近い状態。

 それなのに気前良くケイラにドロップ品をやったのは、ケイラが相当勇のタイプだったからに違いない。

 下心があるのはケイラにもわかっていることだったが、勇からの贈り物にケイラが目を輝かせる。

 エメラルドが欲しかったわけじゃない。

 この男をそそのかせば、もしかしたらケイラの欲しているものが手に入るかも知れないという一縷いちるの望みが見え始めていたからだった。


「ありがとう。有り難くいただくわね」


 勇の膝にそっと手をおいて感謝の言葉を伝えるケイラ。

 そしてにこりと微笑んだその顔には男に媚びたような色目が浮かんでいた。


「い、良いってことよ。というか、これから暇か? まだ何回か城で迷っちまってな。もし暇だったら、ケイラが城を案内してくれると助かるんだが」

「ふふふ。構わないわよ、方向音痴の勇者様」


 そうしてふたりして立ち上がったあと、ケイラが勇の腕に自分の腕を絡ませると豊満な胸を勇に押し当ててくる。

 そしてそのまま城の中へと仲良く消えていくふたり。

 そんな様子を唖然として見送っていたヴォルクスが、急ぎ足でアドミラール伯爵に報告に行く姿もあった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ここまでお読みいただき有難うございます。

 この後のパチンコMEGAZ異世界店へようこそに関しては、月1回程度の更新になります。

 物語が始まったばかりで申し訳ありませんが、基本的に「BEYOND A WORLD」のほうを重点的に書いているので、こちらやほかの作品は、気が向いたときに更新するという形になっています。

 まだ未読でしたら是非「BEYOND A WORLD」のほうも一読してくだされれば有り難いです。

 「BEYOND A WORLD」のほうはシリアス系で現時点で70万文字程度、120話投稿とだいぶ進んでいますので。

 ならびに、こちらもたまに更新しますのでブックマークをしていただければ幸いです。

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