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 ◆


「ふむ。そなたが勇者の名を騙る不届きものか」


 エルセリアの南西部に位置するセドリック領。

 現在金城勇は領主であるアドミラール伯爵の居城、セドリック城の大広間に連れて来られていた。

 居並んだ兵士たちが武器を片手に物々しい様子で勇のことを囲う。

 それだけではない。

 勇の両端に立った兵士が両脇から勇の肩を上から抑え込み、その場に跪かせようとしている様子もあった。


「だったら、何だって言うんだ?」


 そんな兵士たちからの掣肘せいちゅうを物ともせず、その場に突っ立ったままぶっきらぼうに返す勇。

 その様子に前方の豪奢な椅子に腰掛けていた人物がすっと目を細める。

 生来傲慢な性格をしているものの、勇だってまったく礼儀を弁えていないわけでもない。

 それに目の前の相手がアドミラール伯爵その人であり、この世界の権力者であることも充分に理解しているつもりだ。

 が、ここでやたらと下手したでに出るのはマズい。

 勇は神に選ばれし勇者。

 相手が貴族とはいえ、まるで小間使いのように扱われたり、奴隷のように搾取されるような事態だけは避けたい。

 イシュテオールの加護があるかぎり、勇はほぼ無敵に近いのだ。

 その間に勇のほうが立場が上であることをこの世界の人間たちに教えてやればいい。

 そんな思惑が勇の頭には流れていた。

 

「平民のくせにずいぶんと舐めた口を……。ワシが誰だかわかっておらぬのか?」

「お偉い貴族さんなんだろ? あんたのほうこそ、俺様を誰だと思ってんのさ。あのなあ、こちとら神に遣わされた勇者様なんだわ。舐めた口を聞いてんのは果たしてどっちだろうな?」

「貴様っ!!」


 勇の不遜な態度にアドミラール伯爵の隣に立った兵士が怒りをあらわにして腰の剣に手をかける。

 が、アドミラール伯爵本人は少しも気にした様子を見せず、激昂した兵士を制止したあと興味深げに勇のことをひと睨みしただけ。

 その姿はまるで度量の大きさを勇に示しているようにも見えた。


「良い、ヴォルクス。剣を収めよ。なるほどのお。イシュテオール神に遣わされた勇者であると申すか。だが、証拠はあるのかね?」

「証拠? そんなものはあんたが神にでも直接聞いて確かめてみろよ。俺はこの世界を救ってくれと頼まれただけなんでね」

「ふん。イシュテオール神に頼まれたとは、これまた大きく出おったな。だが、その言葉をイシュティール教会の者が耳にでもすれば異端審問にかけられようぞ」

「やってみろってんだ。俺は嘘なんか吐いてねえし、勇者である俺に敵対すればそのイシュティール教会とやらが神の怒りを買うだけだと思うがな」


 勇とて貴族にこんな態度を取ればどうなるかぐらいわかっている。

 にもかかわらず挑発しているのは、敢えて揉め事を起こすことで勇の力を示そうとしているからだ。

 が、それにしては相手の反応がおかしい。

 何となく肩透かしを食らったような展開に勇としても多少戸惑いを覚えていた。


「大層な自信だな。まあ、良かろう。それで仮にそなたの言っていることが本当だったとして、イシュテオール神に何を頼まれたと言うのかね?」


 とはいえ、事前に勇者が現れることを知っていた可能性はある。

 イシュティール教の教えにも勇者に関する言い伝えがあるぐらいだ。アドミラール伯爵がそのことを知っていたとしてもおかしくはない。

 まあ、その中にいつ頃どのような形で現れるなんていうくだりはないらしく、どうやって自分が勇者であることを証明しようかと悩んだ結果、勇としてはこのような形で権力者に接触するしかなかったというわけだった。


「何でも邪神ザルサスの復活の日が近付いているんだってよ。その復活を阻止するためにこの俺様がばれたってわけさ」


 このとき勇は異世界から召喚されたとは口にしなかった。

 ただでさえ俄には信じられない話だろう。

 それなのに異世界だの何だのと言ってしまえば、ますます信用されなくなるだけ。

 それに信じる信じない以前の問題で、もし違う世界の人間だとわかれば、そこに偏見も生まれやすい。わざわざそこら辺をはっきりさせる必要はないと考え、敢えてぼかした言い方をしていた。


「ふっ。邪神の復活ときたか」

「俺の言葉を信じないってのか?」

「いやいや。そうではない。さすがに、はいそうですかと素直には頷けぬ話ではあるが。ふむ、なるほどの。して、ひとつ聞きたいのだが、イシュテオール神はダンジョンやダンジョンマスターについてどう仰っていた? 悪か善か?」

「ダンジョン? そんなもんは悪に決まってんだろ。ぶっ潰して俺様のレベルアップの糧にしろって言われているぐらいだからな」

「ほほう」


 そんな勇の答えにアドミラール伯爵がニヤリと笑みをこぼす。

 アドミラール伯爵は対ダンジョン過激派の筆頭格。

 邪神ザルサスの復活などという眉唾な話はさておき、最後にした質問の答えは充分に満足のいくものだったのだろう。


「まだ疑うんだったら、試しにあんたの家来をけしかけてみろって。俺は神によって守られているから、痛い目を見るのはそっちだぞ」

「いや。何もそなたの言葉を頭から信じないと言っておるわけではないのだ。むろん実力のほどは後で試させてもらうつもりだし、イシュティール教会と話し合ってもみないうちに勝手に勇者だと認定するわけにもいかぬがな。それでそなた、名は何と申す?」

「金城勇だ。呼びにくかったら勇でもいいぞ」

「そうか。ヴォルクス、この勇殿をセドリック城のお客人として迎え入れることにする。今の話が本当なら、我々としても最大限の敬意を込めて遇せねばならん。丁重に扱うようにな」

「よろしいので?」

「わしが構わぬと言っておるのだ。むろん事がはっきりするまでは、あくまでただのお客人という立場で居てもらうが」

「はっ」

「それと勇殿。イシュテオール神に遣わされたという話ならば、微力ながら我々も手助けしたいのだが、構わないかね?」

「あ、ああ……。あんたらがどうしてもって言ってるのにこっちが拒絶するのも何だしな。つっても、俺は俺で勝手にやらせてもらうけどな」

「それで問題ない。ベルモンド、勇殿を客室にご案内差し上げろ」


 アドミラール伯爵のそんな言葉に後ろに控えていた執事らしき壮年の男が前に進み出て、勇に恭しくお辞儀をしてくる。


「金城勇様、こちらへ」


 そしてベルモンドの案内に従い、尊大な様子で大広間から出ていく勇。

 おおむね狙い通りに事が運んだのか、そんな勇の顔には満足げな表情も浮かんでいる。

 が、勇の姿が扉の向こう側へと消えた途端、ヴォルクスを初めとする兵士たちの顔には不満げな表情がありありと浮かんでいた。


「伯爵様。まさか今の話を本気でお信じになられたので?」

「なんだ。お主は信じておらぬのか?」

「勇者や邪神ザルサスの復活など、大法螺も良いところではありませんか。ずいぶんとおかしな格好もしていますし、おそらく詐欺師の類いではないかと」

「だが、そなたもその目で見たはず。周囲の兵たちが床に伏せさせようとしてもまるで動じなかったところをな。そもそもあの男が何者なのか、その真偽を確かめるためにわざわざこの場に連れてきたのであろう?」

「それはその通りでございますが……」

「ふふ。冗談だ、ヴァルカス。正直なところ、あやつが勇者だろうと詐欺師だろうと、こちらはどちらでも構わないのだよ」


 そんなアドミラール伯爵の言葉にヴォルクスが目を丸くして尋ね返す。


「と、申されますと?」

「これはブルーム侯爵を初めとする穏健派貴族どもや間違った教えに惑わされておるイシュティール教徒どもを黙らせるためなのだよ。そのために何か手立てがないかと常々考えておったのだ。そこに都合よく、あの男が現れたというわけだ」

「それではあの男を利用するおつもりだと?」

「うむ。あの男、少なくとも何らかのスキルを持っているはず。もし本物ならば拾い物だし、たとえ偽物であっても無理くり勇者ということで押し通せば済む話であろう。イシュティール教の経典にも勇者がどのような存在なのかまでは書かれておらぬのでな」

「なるほど。ですが、あのように無礼な輩をわざわざ傀儡にせずとも」

「逆にあのように調子に乗っている者のほうが御しやすいのだ。それにイシュテオール神に頼まれたという話ならば、イシュティール教会を動かすことも容易かろう」

「なるほど。そのようなお考えでしたか。愚生ぐせい、お考えがあってのこととは露知らず……」

「いずれにせよ、手駒としてあの男がどれほど使えるかによるな。ただし、いつでも始末できるようにあの男の弱点も探っておけ」

「はっ」


 アドミラール伯爵がヴァルカスにそう吐き捨てたあと席を立つ。

 と同時にヴァルカスが兵士たちに何やら指示を出す様子も見受けられた。

 そんなセドリック城の大広間では慌ただしい靴音が鳴り始めていた。

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