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 クルーズがブツブツと呪文を唱えながら真上に手を上げる。

 そのかざした手のひらには真っ白な光が集まっていた。

 その光が神の奇跡を起こそうとするときのサインなのは間違いない。

 魔法というよりも神が起こす奇跡に近いだろう。クルーズの手のひらに集まった聖なる光が膨張していき、徐々に部屋の中にいる者たちの視界を奪っていた。


「止めなさい! クルーズ審問官!」


 クルーズの挙動が何を意味しているのか気付いたのは何も俺だけじゃない。

 イシュティール教会の大司祭であるデニスなら知っていて当然。

 が、そのデニス大司祭が制止する前にクルーズは上方に上げた手を思い切り振り下ろしていた。


「イシュテオール神の御名によって悪しき者を断罪する。ホーリージャッジメントッ!!!」

 

 聖魔法というものは本来はイシュティール教国の司祭だったり、敬虔なイシュティール教徒にしか扱えないはずだ。

 ただし、穂乃果のような例外もある。

 魔法やスキルは基本的に厳しい修行や努力の結果身につくものだが、そんな過程を飛び越えて扱えるのがギフトやスキルというわけだ。

 それに一部の者が持つ固有スキルだけは修練や努力だけではどうしようもなく、天賦の才とでもいうべきものだったが。

 いずれにせよ、クルーズが聖魔法を使おうとしたのは間違いない。

 ブルーム侯爵の屋敷内でイシュティール教国の人間がそんな暴挙に出るなんて、ダンジョンマスターである俺ですら予想だにしない行動だった。


「くっ、なぜだ? なぜホーリージャッジメントが発動せん! さては貴様、邪悪な術でも使って我の邪魔をしておるな!」


 が、どうやらクルーズはホーリージャッジメントの発動に失敗したらしい。

 ホーリージャッジメントというのはイシュテオールが邪悪な存在を断罪し、身体に咎人の印を焼き付ける魔法。

 対象が邪悪な存在でないと効果が薄いはず。が、発動に失敗するってのはこれまで聞いたことがない。

 かといって、俺が邪魔をしたというわけでもない。

 どのような攻撃であってもこいつらの攻撃程度なら避けるまでもないし、椎名と穂乃果だって3ヶ月間はイシュテオールの加護によって守られているはず。

 魔法に巻き込まれて被害を被るのはデニス大司祭やブルーム侯爵だけだろう。

 ともあれ、魔法の発動に何故失敗したのか、俺にもさっぱりわからなかった。


「デニス大司祭。今のはあきらかに私に対する攻撃のように思えるが? 敵対行動と見做すがいいな?」

「ま、待たれよ、モーリー殿。イシュティール教国としてはモーリー殿と争う気などない」

「はあはあ……。デ、デニス大司教! あなたはまさかダンジョンマスターに味方するつもりか」

「黙りなさい、クルーズ!」


 今ので精魂尽き果てたらしいクルーズ審問官が肩を落したまま、デニス大司教と揉め始める。

 基本的に俺はエルセリア王国ともイシュティール教国ともやり合う気がない。

 俺自身が怠惰な性格をしていることもあるが、この世界の住民をダンジョン外で殺したところで1銭の得にもならないからだ。

 戦争を仕掛けて兵士をダンジョン内におびき寄せる手もあるが、それだとあまり効率的ではないし、堕落ダンジョンの経営のほうが立ち行かなくなってしまう。

 それにダンジョン攻略が無駄だとわかれば、二度と兵士を寄越さなくなるだけだろう。

 それよりもこの世界の人間たちを家畜にして、長期的にLPを生み出すための道具にしたほうが賢明だ。

 欲しいものはダンジョンを介して手に入れられるし、女だってまるで不自由していない。

 そんな状況でわざわざこの世界を統治するという面倒くさいデメリットを抱える気はさらさらなかった。


「それならこの男はイシュティール教国の人間ではないとでも言い張るつもりですか?」

「い、いや。どうも行き違いがあったというか……。クルーズ審問官に成り代わり私が謝罪するので、何卒今回の件ご容赦願いたい」

「嫌ですね。私はものすごく器が小さい男でしてね。敵対してきた人間は許せないんですよ」


 が、俺はこの世界の住人におもねる気もなかった。

 こちらに非がないのだからなおさらの話。

 やられたらやりかえすだけだ。

 俺はおもむろに手を上げたあと、そのままクルーズに向かって手を振り下ろす。


「ぎ、ぎゃあああああああああああああああっ!」


 クルーズの頭上にイシュテオールによる裁きの光が降り注ぐ。

 それはさきほどクルーズが俺に使おうとした現象とまるで同じだった。

 ただし詠唱はしていない。

 イシュテオールへの信仰心も俺は持っていない。

 それ以前に呪文を覚えることすらしていなかった。勇者のギフトやスキルのようにコマンドとして当たり前のように扱えるだけ。


「なっ! ダンジョンマスターが聖魔法だと……」


 クルーズの身体に咎人の焼印が浮かんだことにより、デニス大司祭も今のがホーリージャッジメントだと気付いたらしい。

 が、よもやダンジョンマスターが聖魔法を使えるとは思ってもみなかったのだろう。

 ただしそれだとデニス大司祭もダンジョンマスターのことを邪悪な存在だと見做しているってことになりそうだが。

 いや、聖魔法を扱えるのは、イシュティール教国関連の人間のみだと思い上がっているだけか……。


「ブルーム侯爵。それでは我々はこの辺で」

「モーリー殿。ワシのほうからきちんとイシュティール教国に苦情を入れておくのでな」

「ご配慮、痛み入ります」

「うむ。だが、ザルサスや勇者の件に関しては、イシュティール教国ともよく話し合って対処しなければならん。その話が事実かどうかもだ。モーリー殿のことを信用していないわけではないのだが、事が事だけにな……」

「まあ、そうなるでしょうね。私だってにわかには信じられない話ですから。椎名、穂乃果、帰るぞ」


 咎人の焼印は非常な苦痛を伴うらしく、うめき声を上げ続けるクルーズ。

 俺はそんなクルーズには見向きもせず、その場から静かに出ていく。

 俺だけでなく椎名や穂乃果もイシュティール教会から睨まれる結果になってしまっような気がするが、さすがに手出しはしてこないはず。

 中で何が起きているのかわからず、部屋に飛び込もうかと悩んでいたらしい兵士たちと入れ替わるようにして、俺たち3人はブルーム侯爵の屋敷を後にしていた。


 ◆


「チャージ!!!」


 色欲ダンジョンの1階層にそんな声が響き渡る。

 チャージというスキルはしばらくの間突進や突きによる敵へのダメージを1.3倍にするというもの。

 聖騎士が一番最初に覚えるスキル――それがチャージだった。

 といっても、チャージ自体はそこまで珍しいスキルではなく、スキルとして強力かといえばそれも微妙。

 むしろ聖騎士の長所を上げるとすれば状態異常耐性のほうだろう。

 毒、麻痺、盲目、睡眠、混乱、魅了、病気、火耐性、氷結耐性……。

 条件は厳しいがこの世界の人間も聖騎士という職業に付くことが可能で、レベルアップとともにこれらのパッシヴスキルを徐々に覚えていく。

 状態異常に一定の耐性が付くこのスキルは、精神系の攻撃をする魔物が多い色欲ダンジョンとはことのほか相性が良かった。


 1階層の魔物であるドリュアスが美しい女性や男性の姿になって相手を魅了してくるタイプの魔物だったからだ。

 相手が魔物だとわかっていてもその魅了には抗い難く、精神力の低い冒険者の場合は木の中に引きずり込まれたあと栄養分にされてしまう。

 もちろん冒険者たちも男女でパーティーを組んだり、魅了耐性の付くマジックアイテムを装備することで対処しているので、滅多なことでは負けない弱い魔物という位置付けでしかなかったが。

 当然ながらリュウジにも魅了攻撃への耐性がある。

 現在魅了攻撃を受けているにもかかわらず、美しい女性の形態を取ったドリュアスに対してチャージスキルを使ったあと、無防備に接近していった。


「うひょおおおおおおおおおお。たまんねえなあ! 異世界、最高ッ!!!」


 ドリュアスに密着したリュウジが激しい攻撃を畳み掛ける。

 この世界に勇者として召喚されたリュウジの倫理観や道徳心、常識などはすっかり消し飛んでいた。

 いや、リュウジとこの世界の親和性がよほど高かったのか。

 けっして戦闘狂というわけではないが、リュウジはチャージスキルを駆使して1日に何体ものドリュアスを倒し回っていた。

 色欲ダンジョン内で偶然リュウジの姿を見かけた冒険者たちからも恐ろしいやつだと噂され始めているほど……。


「KISHAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」


 ドリュアスが驚きにも似た威嚇の叫び声を上げる。

 魅了したはずの餌が突然攻撃してきたからだろう。

 突きによるダメージは1.3倍。

 たとえその一突き一突きがたいしたことのない攻撃だったとしても、何度も何度も突き攻撃を繰り出されれば、ドリュアスの身体にはダメージが溜まっていくだけ。


「はあはあ……。まだだ。まだ俺の攻撃は終わっちゃいねえぜ。はあはあ……。うっ」


 激しい攻防のすえ、ようやく両者の間に決着が付く。

 最後の大きな一突きにより、美しい女性の姿をしたドリュアスは跡形もなくその場から掻き消えていた。

 残されたのは、ドリュアスのドロップ品であるキャッサバ芋1kgとクズ魔石、そして謎の液体。


 キャッサバ芋は1kgでだいたい銅貨2枚程度。

 ただしキャッサバ芋はそのままでは毒性が強いため、2,3日水に付けて毒抜きをする必要があり、デンプン質を固めてタピオカにすることのほうが多い。

 まあ普通にじゃがいもが流通している世界だし、過酷な環境下でも育つというキャッサバ芋の長所もドロップ品として出現するこの世界ではまるで意味がなく、デンプンの原材料として使われている感じだ。


「ふう。さすがに疲れたな。今日はこの辺でおしまいにするか」


 そう判断したリュウジは身支度を整えたあと色欲ダンジョンの出口へと向かうことにした。

 この世界に召喚されてから1週間。

 リュウジのレベルは現在4まで上がっていた。

 神からは、邪神の復活が迫ってはいるが、ほかの勇者に任せてリュウジは好きなように生きればいいと言われているし、金と力さえあれば女なんか選り取り見取りの世界だとも聞いている。

 強いて言うのなら勇者の血をより多く残すこと。

 それがリュウジに与えられた使命だった。


 金を貯めて娼婦を抱いたり、奴隷を買ってもいい。

 近くにあるジェネットの町では獣人を見かけたし、どうやらエルフ、サキュバスなどもこの世界には居るらしく、リュウジの美醜価値基準に照らし合わせれば絶世の美女揃いだという話だ。

 ただし、神様からは最低限の装備と謎の水袋を渡されただけ。

 その水袋からは一時的に痛みを麻痺させ、集中力を高める効果があるドーピングポーションが無尽蔵に湧き出してくるのだが……。


 そんなこんなでこの世界に来てからリュウジが貯めた金は金貨1枚ほど。

 日本円にしておそらく2万5千円から3万円くらいか。

 けっして金を稼げているとは言えないが、その日暮らしが多い冒険者にしてはこれでも蓄えに回しているほうだろう。

 それというのもリュウジには確固たる目的があったからだ。

 この世界に召喚されて早々、リュウジが目にしたのはジェネットの町にある娼館ニンフの宴だった。

 ニンフの宴はジェネットの中でも一番の高級娼館らしく、一晩相手をしてもらうのに金貨2枚はかかるという話。探せばもっと安い娼館だってあるだろうし、道端で春を売っている者もいたぐらい。

 いずれにせよ性におおらかなこの世界に降り立ったリュウジの箍が外れるまで、それほど時間がかからなかった。

 といっても初めての経験はニンフの宴でと決めていた。

 中でもナンバー2である獣人のミーシアちゃんがリュウジは気になっているところ。


 そんな長門リュウジにイシュテオールが与えたギフトは紛れもなく【せい騎士】そのものだった。

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