008:成敗の後に救いの手
謎の空間を高速で飛行する。
スラスターから鳴る音が反響し。
敵のそれとも混ざり合って不思議な音を奏でていた。
風を切り裂き飛翔し、迫り来るメリウスたちに銃口を構えた。
敵たちはロックオンされても避ける素振りを見せない。
俺の予想が当たっていればこの行動に意味は無いんだろうが。
物は試しだからと裏切者に対して弾を放つ。
すると、放たれたプラズマが裏切者の機体に当たり――はじけ飛ぶ。
「……やっぱりか」
《ははは! ざまぁぁ!! 意味ねぇんだよ!! ばぁぁぁかぁ!!》
エネルギー兵器が有効なんてのは真っ赤な嘘だ。
逆であり、エネルギー兵器などが利かないんだ。
これでは何発撃っても同じであり、先ずはあのコーティングをどうにかして剥がす必要がある。
恐らくだが、あのコーティングが膜のように張るタイプだろう。
液体が噴き出して奴の機体に纏われたのだ。
つまり、外からの衝撃によって砕ける可能性がある。
だけど、俺の武装は全てエネルギー兵器であり、物理攻撃は加えられない。
裏切者はけらけらと笑いながら武器を構えた。
両手に装備したプラズマガンを向けて間髪入れずに放つ。
無数のエネルギー弾が飛来し、視界を覆いつくそうとする。
それを静かに見つめながらブーストによって回避。
奴は執拗に俺を追い掛けてくるが、距離を縮める事は出来ていなかった。
そして、外れていった弾が床に当たり――弾かれる。
「へぇ」
弾かれたプラズマは天井に当たって弾かれて。
壁に当たってまた弾かれて消えていく。
それを見た瞬間に、この部屋のメカニズムを理解した。
奴らの武器はエネルギー兵器であったり、レーザー兵器だろう。
それらが部屋の何処かに当たれば弾かれる設定であり。
俺自身の攻撃でさえも、自分自身に当たる恐れがある。
中々にえげつない依頼であり、これは初心者は絶対にクリア出来ないだろうと思った。
レベル六十以上と言うのも納得だ。
思考しながらも敵の攻撃を回避していく。
そうして、弾かれた攻撃もひらりと回転し回避。
そのまま特殊メリウスと大型兵器の攻撃を注意し――何か来るな。
大型兵器の突起物の装甲が展開された。
一瞬であり、その先端の透明な何かが真っ赤に発光し――ブーストする。
瞬きも無い合間に迫った極太のレーザー。
四方八方に放たれたそれを回避すれば、壁に当たったそれが部屋中に拡散されて行った。
無数の赤い線が部屋中に張り巡らされるように展開されて。
俺はそれの軌道を読み、機体を回転させて姿勢を変えた。
手足の隙間を縫うようにレーザーが通過。
そのまま俺はその細い隙間を縫うように移動していった。
なるほどな。
レーザーを拡散させて機動力を奪うのか。
当たればダメージとなり、じわじわと装甲が削られて行く。
丁寧に避けていれば、敵たちからの攻撃を受ける事になる。
中々に嫌らしい構成であり、確かに厄介ではある。
冷静に分析しながら、レーザーの網を避けていく。
すると、レーザーの勢いは弱まっていく。
やがて完全にレーザーが消えれば、敵の大型兵器の装甲は一瞬で閉じられた。
それを飛行しながら見ていれば、オープン回線で裏切者が声を掛けて来た。
《へぇ、やるじゃねぇか……お前、もしかして初心者ってのは嘘か?》
「さぁ? 当てて見なよ」
《へ! 別にどうだっていいさ! そんな装備じゃ、どの道此処でくたばるだけだからな!》
レーザーは完全に消えた。
レーザーを弾きながら飛んでいた敵たち。
二機の特殊メリウスがブーストにより加速。
一気に俺の近くまで接近してきた。
怖気が走る――俺はギリギリで連続ブーストを行う。
瞬間、奴らの装甲が展開されて奴らの周囲にエネルギーの波が走った。
バチバチと激しくスパークしながら広がるエネルギーの波であり。
触れただけで軽量級の機体は一気に蒸発するだろう。
おまけに触れていなくとも計器などに異常が出ていた。
……レーダーが使えなくてもそこまで影響はないけど……あんまり連発はされたくないな。
駆動系にまで影響が出たら大変だ。
機動力を奪われるのが一番のダメージで。
連発される前に、奴らを仕留める必要がある。
大型の兵器を見れば、装甲は閉じられていた。
分厚い装甲に守られている間はダメージは通らない。
展開された状態といえども、此方のエネルギー兵器が通用する事は無いだろう。
実体弾による攻撃が唯一有効だ。
しかし、俺の武装にそれはない――まぁいいや。
実体弾だけが攻撃手段じゃない。
あの裏切者にはその知識が無かった。
だからこそ、その手さえ封じれば俺が何も出来なくなると考えた。
それは甘さであり、油断でもある。
俺は自らの行動を一瞬で考えた。
そして、その通りに機体を動かす。
機体を更に加速させ部屋の中を翔ける。
裏切者はそこまでの速度は出せていない。
衝突を避ける為か。それとも単純に無駄な力を使いたくないからか。
俺はそれを見ながら迫って来た特殊メリウスを振り切る為に更にブーストした。
連続ブーストにより何度も方向を転換。
がくがくと軌道が変わる度に全身に強烈な負荷が掛かるが問題ない。
そのまま床を滑るように移動し、大型の兵器に迫る。
すると、危機を察知した奴は履帯を激しく稼働させて距離を取る。
そうして、再び突起物の装甲が展開された。
攻撃のタイミングを計り――加速、上昇。
四方に放たれたレーザーを回避。
床や壁などに当たったそれが無数の細い線となって広がっていく。
それらの隙間を縫うように飛行し、速度を緩める事無く飛行する。
そうして、レーザーの網の中を移動し、明らかに速度を“緩めている”敵へと一気に迫る。
敵は俺の接近に気づき、装甲を展開。
そのままエネルギーの攻撃を行おうとしたが――遅いな。
そのまま脚部による蹴りを見舞う。
展開された事で内部が露になった敵。
そこへと加速によって力が加算された蹴りを放った。
ミシミシと音を立てながら、奴の機体が大きく凹む。
そうして、そのまま奴の機体を蹴り上げて一気に距離を取った。
遅れてエネルギーの攻撃を放つが、完全に威力が弱まっていた。
蹴りは物理攻撃だ。
メリウスに乗っていれば格闘戦くらいは出来て当然だ。
有効な攻撃手段の一つを発見し、敵のコーティングを剥がす事にも成功した。
《け、蹴りだと……あり得ねぇ。蹴りなんて熟練のパイロットでも成功率は低いのに……ま、まぐれだ》
「……」
裏切者が狼狽えている。
そんな声を聞きながらも、迫り来る別の敵の動きを察知。
死角から飛び出そうとしていた奴へとブーストにより逆に接近してやった。
そうして、そのまま鋭い蹴りを見舞う。
装甲を展開したが明らかに俺の行動についてこれていない。
そのままメキメキと内部フレームを凹ませながら、コーティングにも亀裂を走らせた。
これで二機の特殊メリウスのコーティングが剥がれた。
奴らは機体内部から少しだけ煙を発していたが。
機体性能にはさして影響は出ていなさそうだ。
まだ、プラズマが有効になるほどにはコーティングが剥がせていないがこれでいい。
準備は万端であり、後は奴らを上手く誘導するだけだが――おっと!
死角からブーストによって迫って来た裏切者。
プラズマ弾による攻撃を下へと降下する事で回避。
奴は舌を鳴らして苛立ちを露にしていた。
奴はもう形振り構う事無く攻撃を仕掛けて来た。
しかし、破れかぶれの攻撃なんて当たる筈が無い。
軽く回転をして回避しながら、二機の特殊メリウスがブーストしている動きを見ておく。
動きに変化が出たのはダメージを負ったからだ。
警戒しており、次は簡単には攻撃を受けてくれないだろう。
俺はそんな事を考えながら、空中でくるりとプラズマライフルを回す。
銃身を手で持ちながら、俺は奴らを惑わすように機体を加速させた。
壁ギリギリまで飛行し、壁を脚部でこすりながら疾走する。
ゆらゆらと機体を揺らせば、大型兵器が機体を移動させながら装甲を展開しようとしていた。
その動きを察知し、一気に壁を蹴りつけた。
ブーストも併用し、トップスピードで奴へと迫る。
瞬間、特殊メリウスは俺の動きを先読みし突起物の近くで装甲を展開した。
蹴りは間に合わない。今度は完璧に俺の動きを読んだ――そう“錯覚”していた。
俺はそのまま機体を回転させて、遠心力を載せた全力の振りで――“武器”を投擲した。
《《――!!》》
勢いのままにくるくると回転するプラズマライフル。
蹴りは間に合わない。が、最初から蹴りなんてするつもりは無かった。
もしも、もっと利口であれば俺の動きが蹴りでは無く投擲だと気づいていたかもしれない。
だが、それも後の祭りであり、俺の放った武器はそのまま奴らの内部フレームにかち当たった。
それも、コーティングに亀裂が走った個所であり。
ミシミシと音を立てながら武器の質量による攻撃を受けて――音を立てて砕けた。
俺は変則機動により一気に方向を転換。
距離を取りながら背面飛行で奴らを見る。
「――チェック」
そう呟いた瞬間に、俺のプラズマライフルが膨張した。
凄まじいエネルギー波を発生させながら二機を巻き込む。
そして、コーティング剥がされた奴らは真面にダメージを負う。
奴らも派手な音を立てながら機体を爆発させて、その近くにいた大型兵器の突起物は至近距離から大爆発を受けていた。
例え、エネルギーに耐性があろうとも。
プラズマライフル二丁の爆発に加えて、二機のメリウスの爆発を受けたんだ。
艦砲射撃を直で浴びるようなものであり――大型兵器から爆発音が響く。
突起物が破壊されて、黒煙を上げている。
むき出しになった内部フレーム。
流石に、そこにはコーティングがされていない。
動くのもやっとの状態で――俺は一気にそれに迫る。
機体を加速させて迫りながら頭上を通過し。
プラズマランチャーの照準を定めて、そのまま奴のむき出しの部位に向かって放つ。
両肩部から放たれたプラズマがそこに触れて、機体内部から再び爆発が起きる。
紅蓮の炎を機体全体から発しながら、敵は完全に沈黙した。
俺はこれで当初の目的は達成できたと認識し……さて。
床に着地し、死角から迫ろうとした奴の攻撃を回避。
そのままステップを踏むように動いて、連続ブーストに加速。
奴は一瞬で俺の機体が消えたと狼狽えていて。
俺はそんな間抜けの背中から重い一撃を浴びせてやった。
《あぎゃ!!?》
加速により攻撃力が高まった鋭い蹴り。
奴の背中のスラスターからミシミシと音が鳴り。
派手な音を立てて破壊された。
案外、もろいと思いながらひらひらと落下していそれを見つめる。
《ああぁぁあああぁぁ!!!?》
「……」
情けな声を上げながら、姿勢制御も間に合わず。
ごろごろと床を無様に転がっていそれ。
ぷすぷすと破壊されたスラスターから煙を上げながら。
激しくスパークするそれの近くに降り立つ。
芋虫のように這いつくばる裏切者の機体の背中に足を置く。
力を込めればミシミシと音が鳴り。
奴は必死にやめるように言ってくる。
奴は必死になるあまり、まだ何も言っていないのに武装を解除した。
そうして、叫ぶような声で俺に対して命乞いをしてきた。
《すすすすすみませんでしたぁぁぁ!!! 僕が悪かったぁぁぁ!! ゆ、許してくださぁぁぁい!!》
「……で?」
《え、で、でって?》
「許して、俺に何かメリットがあるの?」
《……か、金を振り込みます。この依頼の報酬と……う、上乗せして三十万イェンを!》
俺はその提案を聞いて、ゆっくりと奴の機体から足をのけた。
奴の機体を小刻みに揺れており、レバーを握る手が震えているのだと分かる。
こいつが何故、こうも命乞いをしているのか。
それは以前、協力プレイなどについて調べた時に知った事だが。
もしも、途中で仲間が裏切ったりして敵対関係になった場合。
何方かが敗北したら、その時に相手が所持しているものの一部や機体データを手に入れる事が出来るらしい。
機体データは貴重であり、一般で販売されている量産型であろうともかなりの額になる。
それがメカニックに作ってもらった特注品であれば、交渉次第では現実の金額に変える事も可能で。
ざっと計算して何十万円にもなるらしい。
こいつが今まで初心者を狙っていたのも、恐らくは機体データなどを奪う為だ。
初心者の中にはお金をためて自分専用の機体を買った人もいるだろう。
こいつはそんな純粋にゲームを楽しみたいプレイヤーの気持ちを踏みにじって来た。
そして、今回、不運にも俺と出会ってしまったばかりに今度は自分の機体を失おうとしていた。
……あぁなるほど。機体データを失うのが怖いのか。
機体データを失えば、また一から製造を依頼する事になる。
見たところ、何処かのメカニックに作ってもらった特注品なんだろう。
データを再び作ってもらうにはそれなりの金がいると言う事だ。
メカニックは大抵、現金による依頼しか受け付けていない。
イェンで買えるのは一般で売っている量産型だけで。
こいつからしたらプライドを捨ててでも守りたいんだろう。
俺は少し考えた。
そうして、ある提案をした。
「なら、倍払え。それもすぐにだ」
《え、え!? ば、倍って……六十万イェンを今此処で!? ふ、ふざけんじゃ――!》
俺は静かに殺気を放つ。
そうして、無言で奴に条件を送り付けた。
これに同意すれば、奴は再び協力関係に戻れる。
破ればそのままであり、俺は今ある手段で奴を確実に殺す。
奴が震えているのが分かる。
だが、拒否権がない事なんて一目瞭然だ。
奴は回線越しにすすり泣きながら同意した。
契約が完了した瞬間に、奴が纏っていたコーティングが剥がれる。
金もちゃんと俺のアカウントに振り込まれていた。
頭上にはミッション達成の文字が表示されていて――俺は目の前のクソにランチャーを放つ。
《え――――…………》
両肩部から放たれたプラズマランチャー。
奴の機体は青白い光に包まれて。
次の瞬間には機体がバラバラになって転がっていた。
俺は汚い残骸だと思いながら、それらを冷めた目で見ていた。
《――Mission Complete!》
頭上に表示される言葉。
それを静かに見つめて、ゆっくりと息を吐く。
ミッションは達成した。
奴を破壊しても機体のデータは手に入らない。
しかし、そんな事はどうでも良かった。
単純にムカついたから破壊した。それだけだ。
俺はすっきりとした気持ちのまま、体が転送されて行くのを感じて――――…………
…………――――体が酒場に戻って来た。
見れば、放心状態で固まっている裏切者がいる。
俺はそんな哀れな奴を無視して、酒場から出ようと――うぉ!?
見れば、酒場が人でごった返していた。
入った時よりも人口密度が増加している。
彼らは興奮したような表情で帰ってきた俺にずいっと近寄って来た。
「き、君! 噂のルーキーだよね!? 良かった是非、この後お話でも!!」
「いやいや! 私が先に来たんだ!! 交渉権は私にある!!」
「そんなの関係ないでしょ!? 彼が選ぶ事よ!! 私と来て!! 悪いようにはしないわ!! ビジネスの話をしましょう!!」
「ちょ、ちょっと待って! 貴方たちは一体――うぁ!?」
群がって来る人たち。
それに押されるように掲示板に体を押し付けられた。
彼らはビジネスとか契約とかの話ばかりして。
俺の体やヘルメットに紙やボードを押し付けて来る。
俺は必死に抵抗しながら突破口を探ろうとして――窓が割れる音が聞こえた。
今度は何かと視線を向けようとしたが何も見えない。
代わりにカラカラと何かが転がる音が聞こえた。
瞬間、足元に転がった缶からぶしゅりと白煙が出て来た。
それらは酒場の中に一気に充満し、彼らは激しくせき込んでいた。
俺は何が起きているのかと思いつつ、これは好機だと彼らの体を跨いで外へと向かう。
彼らは床に膝をつきながらも、必死に俺に手を伸ばしてきた。
悪いとは思ったが、あそこでもみくちゃにされるのは嫌だ。
俺は酒場の扉をあけ放ち――え?
酒場の前には一台の黒いバイクがあった。
そこに跨っているのは白衣を着た女性で。
彼女はフルフェイスのヘルメットを被っていて顔は分からなかった。
「乗りたまえ」
「え、え、でも。俺は」
「じきに薬の効果が切れる……走って逃げるのかい? それともファストトラベルかな? 位置が特定されてもいいのならいいが……私なら安全に君を逃がせるよ」
彼女はそう言うが。
明らかに怪しい。
信じていいのかは分からないが。
よく利用しているポイントを特定されるのは嫌だ。
会社の宣伝はしたいけど、リアルを知られたり住んでいる場所が特定されるのも嫌だ。
俺は考えた末に、彼女の後ろに跨る。
彼女は「振り落とされるなよ」と言う。
そのままフルスロットルで細い路地裏を疾走する彼女。
ゴミも何もかもを蹴散らしながら、彼女は迷うことなく進んでいく。
そうして、そのまま通りに出れば他のプレイヤーらしき人たちが俺たちを見つけて何処かに連絡していた。
「君は有名人だ。行動には気を付けた方がいい」
「何で俺に?」
「決まっている。腕が立ち何処の勢力にも属していないからだ。引く手あまたであり、君が何処かの勢力に属するまで勧誘は続くよ」
「……マジかよ……あぁ、最悪だ」
ゲームは楽しい。
協力プレイとかもしたいさ。
でも、勧誘とかはお断りだ。
俺はゲームを楽しくプレイしながら、会社の宣伝がしたいだけだ。
どうしてこうなるのかと思っていれば、彼女は「そういえば」と呟く。
「自己紹介がまだだったね。私はハカセだ。よろしく、マサ君」
「……よろし……ん? ハカセ? どっかで聞いた気が……何処だったかなぁ」
「ははは、私もそこそこに有名ということかな?」
彼女ははぐらかすように笑う。
俺はそれを不審に思いつつも、今は兎に角、彼女の指示に従う事にした。
得体に知れない女生との出会い。
また騙されたら大変だが、彼女からは殺気も悪意も不思議と感じなかった。