006:初心者を助けたい男?
「さて、絵を見せにいくついでに。本格的に依頼なんかをやってみようかな……んん!」
完成した絵を見ながら伸びをする。
出来上がった絵の中には、一人の綺麗な黒髪の女性とロボットの少女がいた。
黒髪の女性は俺の母であるツバキで、こっちのロボットの少女は俺の妹のアルタイルだ。
今でこそ、俺も妹も人間の姿と同じ体をしているが……懐かしいな。
生まれたばかりの俺たちの体。
現在も、妹が経営している博物館にて保管されているらしいが。
きっと妹の体も大切に保管しているんだろう。
もしも、時間があればまた妹の博物館に顔を見せに行こう。
そんな事を考えながら、俺は絵を大切に布で包んでいく。
会いに行く前に着替えておかないとなぁ。
§§§
……母さん、喜んでくれてたな……ふふ。
完成した絵を受け取ってくれた。
母さんはすごく喜んでくれていて。
一緒にいたライアン、カーラ、ジミー、修二も褒めてくれた。
俺は心を満たしてから、彼らと別れた。
また会いに来ると約束すれば、ツバキは「今度はお嫁さんも連れてきてね」と言った……まだ結婚してないのになぁ。
照れくささを覚えながら、俺は仮想世界の道路を歩いていく。
ファストトラベルで近くに降り立って。
そこから、プレイヤーたちが利用している酒場を目指していっていた。
そう、酒場である。
別に酒を飲みに行く訳ではない。
ワールド・メック・オーズのプレイヤーとは、厳密に言えば傭兵にカテゴライズされる。
パイロットたちの中には進んで自らを傭兵だと名乗る者だっているんだ。
プロ意識であったり、単純に格好をつけたいなど理由は様々だ。
俺は名乗る事はしないが、傭兵の方が格好良い気はする……そっちで慣れているのもあるけどな。
パイロットスーツを着込み。
ヘルメットを装着したフル装備の男。
明らかに街で歩いていれば危険に見えるが。
酒場の近くに降りておけば、プレイヤーだと思って怪しまれる事は無い……と、思ってたけど。
「……?」
何やら視線を感じる。
すれ違うプレイヤーらしき人からも二度見されていた。
俺は表には動揺を出さないものの、この視線は何だと思っていた。
もしかして、マサであるとバレているのか……いやいや、そんな筈はない。
仮想世界でアカウントの名前の変更は自由だが。
一般的なオンラインのVRゲームのように名前が頭上に表示される何て事は無い。
勝手にアカウントを調べる事も出来ないのだ。
唯一、フリー対戦やランク戦などで戦った場合に限り、本人が公開設定をしていればIDや名前などを見る事は出来る。
IDに関しては悪用される心配はないが。
ゴウリキマルさんが言うにはIDで大体のアカウントの製作年が分かるらしい……だから、五十年以上前なのか。
それ以上は分からないからこそ。
一部の人間からマサというプレイヤーは老兵では無いかと疑われている。
まぁアバターとなるこの体も、本人の意志によって自由に変えられるしな。
一度決めたアバターの変更は原則不可であるものの。
望んだ性別になったり、コンプレックスを克服できる事に喜ぶ人は多い。
だからこそ、つらい現実を捨ててこの世界に移り住む人もいる。
態々、戸籍を捨てる必要なんてないじゃないかと思う人もうるだろうが……そんな簡単な話じゃないんだ。
二つの体、それが大きく違っていれば。
誰であれ違和感を抱くものだ。
それもどちらの世界でも、同じような感覚であれば尚の事だ。
何方が本物かを決めなければ、人は精神を崩壊させてしまう。
それを防ぐ為に、マザーは感覚に対して制限を掛けるようになった。
勿論、嫌な人間は制限を解除するが、それをすれば結果的にはどっちが本物かで悩む事になる。
……だから、仮想世界では現実世界と同じ体を使う人間が多いんだろうな。
コンプレックスがさほど無く。
単純なゲームや旅行先と楽しむだけならば。
態々、新しい体を作る必要はない。
だからこそ、この世界にいるプレイヤーの中でリアルと同じものを使っている人は珍しくない。
……まぁその所為でリアルバレの危険は増えている……そういう人はマスクをしていたりするけど。
仮想であって偽物ゃない。
此処は第二の世界であり、皆、生きているんだ。
そんな世界が俺は大好きで、同じように現実世界も愛している。
掛け替えの無い思い出があり、全てはこの世界から始まったんだろうな……と、此処か。
昔を思い出していれば、あっという間に酒場に着いた。
路地裏を進んでいけば存在する酒場であり。
ネオンの光を放つ看板に、壁にはそれっぽい落書きも書かれている。
アウトローな感じが漂う酒場ではあるが、公式が設定している酒場なので安心だ。
「……よし」
俺は入口の取っ手を掴む。
そうして、カラカラとベルの音を立てながら中に入った。
瞬間、むわりと煙草の匂いが漂ってくる。
せき込む事は無かったが、明らかにその道の人間のような風貌の客が多い。
タバコや葉巻を片手で持って噴かせている。
中には化粧の厚い女性たちを侍らせる成金のような男もいた……公式?
ちょっとアウトロー過ぎないかと思いつつ。
俺は足を動かして中に入る。
確かにやばげな雰囲気ではあるものの、大体のプレイヤーがパイロットスーツを着用している。
恐らくは同じメリウスパイロットであり、中には真面目そうな人もいる。
俺は周りをキョロキョロと見渡す。
すると、誰かに肩を叩かれた。
振り返ればそこには優しそうな顔をした青年が立っていた。
黒髪のマッシュヘアで、変わったゴーグルを嵌めている。
パイロットスーツは白いプロテクターのようになった少しごつそうなもので。
身長は165くらいで少し小柄だ。
彼は俺が困ってそうに見えたから声を掛けたと教えてくれる。
「はは、実は俺まだ認定試験を合格したてで……依頼を受けたいんですけど。何処で受けられますか?」
「あぁ依頼ですか。それなら、あそこの掲示板を見てください。前に立ったら、自動的にどんな依頼があるか表示されるので。そこから色々と条件を入力していけば条件にあったものが表示されますので……因みに、今日はどんな依頼を? あぁいえ! ちょっと興味があったので」
彼は少しだけずけずけと聞きすぎたと思ったのか。
両手を振って謝ってくれた。
俺は気にしていない事を伝えてから、どういう依頼を受けるかはまだ考えていないと伝える。
すると、彼は顎に手を当てて頭を捻っていた……?
「それなら、これも何かの縁なので……よろしかったら、僕と一緒に依頼を受けませんか?」
「え、いいんですか? それは嬉しいですけど……でも、何で俺なんかと?」
「あぁいえ、大した理由は無いんですけど……僕、実はこう見えて勝手にボランティアをしていましてね。初心者の方にワールド・メック・オーズを楽しんでもらう為に。こうやって色々と教えているんですよ……ま、まぁ偶にうざがれるんですけど。はは」
彼は恥ずかしそうに笑う。
俺は良い人なんだと思いつつ、彼との協力プレイも良いかもしれないと思っていた。
この先、誰かと組んで依頼を熟したり対戦する事もあるだろう。
そういう時に少しでも連携の為に必要な知識や経験をためておく必要がある……たぶん。
それに、彼は俺なんかに声を掛けてくれた。
きっと良い人であり、その誘いを断るのは失礼だろう。
俺は是非、お願いしますと頭を下げる。
すると彼は「任せてください!」と言って胸を叩く……ん?
酒場の一角から奇妙な視線を感じた。
見れば、またしてもガラの悪そうな連中がいた。
カードゲームをしていたのだろうか、その手にはトランプの札が握られていたが。
彼らは俺たちの事を見ていてくすくすと笑っていた。
「アイツ、また……ぷ、ふふ」
「可哀そうに……くくく」
「……?」
俺は奇妙な視線に違和感を抱いていた。
馬鹿にしているような感じもするが。
何やら憐れんでいるようで……肩を叩かれる。
ハッとして背後を見れば、彼が首を傾げていた。
「どうかしましたか? 具合でも……」
「あぁいえ! 大丈夫です。さ、行きましょうか」
「はい……あ、因みに僕の名前はローです。失礼ですが、お名前は」
「あぁ、俺は……ま……マスターです」
「……? そうですか……やっぱり、素人だな……」
彼は自己紹介をし、俺も咄嗟に別の名前を言った。
マサという名前が此処まで広まっている場合もある。
もしも、彼がその名前を知っていたら怖がって逃げていくかもしれない。
そう思ったからこそ、俺は敢えて全く別の名前を伝えた。
……まぁ一回だけだし……もし、フレンドになろうって言ったら、その時は謝ろう。
騙すつもりなんて無いけど。
最初はお互いにピュアな感じで協力したい。
互いに初対面であり、一方的に知られる訳にはいかないのだ。
彼の案内のまま、俺たちは掲示板の前に立つ。
そこには無数の依頼書らしきものが貼られていた。
すぐに、目の前には依頼を纏めたウィンドウが現れる。
俺はそれを静かに見つめて……ん?
ウィンドウの内容が勝手に切り替わる。
見れば、協力の申し出と表示されていた。
ローさんを見れば親指を立てていて「それにしましょう」と言う……どれどれ。
カルト集団が根城にする巨大な廃工場。
そこで開発された謎の大型兵器の破壊作戦か……へぇ面白そうだな。
敵の数は不明で。
メリウスが出現する可能性が高い。
巨大兵器は地下のエリアにて保管されているが。
その道中に危険なトラップなどがあると予測されている、と……なるほどな。
俺は詳細を確認してからそう言えばと、ある事を思い出した。
「この依頼って、レベル的にはどのくらいなんですか?」
「え、レベルを知っているんですか?」
「え、えぇまぁ……友人から聞いていたので……分かります?」
「……そうですね……まぁ二十ほどです! 僕も何回か挑戦しましたけど。敵はそんなにいなくて、チュートリアルって感じでしたよ! だから、そんなに身構える事はありません。気楽に、肩慣らしと思って、ね?」
彼はにこやかに笑う。
しかし、何故か、俺は彼の視線から違和感を抱く。
何かを隠しているような気がするが。
此処でそれを指摘するのは失礼だろう。
俺は敢えて気づかないふりをして、それならばと依頼の協力を承諾した。
彼はゆっくりと手を差し出してきた。
「それでは、お互いに頑張りましょう!」
「あ、はい。頑張ります」
固い握手を結ぶ。
そうして、俺たちは転送開始のボタンを押す。
体が粒子となっていく中で。
俺は初めての協力プレイに心をワクワクとさせていた。
消えゆく中で彼の顔をチラリと見る。
すると、彼はゴーグルの中で目を細めて――――…………