表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/23

005:逸材を見つけた女科学者(side:ハカセ)

「……これもダメだな」

《おい! 出せ! 何だよこれ!? 全身毛むくじゃらじゃあねぇか!? おい、おい……何だ。これ、やめ――……》

 

 監視カメラから暴れている被検体を見つめる。

 人ではあるが、そのシルエットが分からないほどに全身から体毛を生やしている。

 黒い何かは間違いなく人であり、うら若き二十代の青年だった。

 しかし、私が投薬した薬の副作用で、見るも無残な毛玉になってしまった。

 

 今回投薬した薬の実験結果は散々なものだ。

 本来であれば身体能力の向上と知覚領域の拡大効果があった筈だが。

 まさか、単純に全身の毛を成長させるだけだとはな……全く。話にならない。


 ボタンを押して睡眠ガスを散布する。

 部屋の中にいた男はガスの音を聞いて慌てふためいていたが。

 ガスを吸い込んでいけば徐々に静かになっていき、数秒足らずでぐっすりと眠りにつく。

 私は部屋の外で控えていたロボットに指示を出し、彼を公園のベンチにでも寝かせておくように指示する。

 薬の効果は精々が一日だけで、後は全身の毛を刈れば問題ない。

 訴えられる心配も無い。何故なら、彼とは書面上の記録があるからねぇ……ふぅ。


 ……全く、父も私に無理難題をいう物だよ。薬程度で人類を進化させようなどと……そんな事は不可能なのにねぇ。


 私の父は日本に本社を置く大企業の一つ大蔵製薬所の現社長だ。

 私はそんな偉大な父の一人娘であり、あるプロジェクトを任されていた。

 そのプロジェクトこそが“人類の進化”であり、これは国からの依頼でもある。


 極秘のプロジェクトであり、一般人は勿論の事。

 他国の勢力にも知られてはいけない極秘の計画だ。

 だが、私の頭脳をもってしてもこの計画を成功に導く事は出来ない。


 無理なのだ。

 薬などという安易な方法で人類を進化させようなどと。


 そもそも、彼らにはヴィジョンが無い。

 進化進化と言うくせに、具体性に欠けるのだ。

 彼らにとっての進化とは何か。

 スー〇ーマンのような存在か。はたまたス〇イダーマンか?


 何方にせよ、そんなものは進化ではない。

 アレらは突然変異のようなものであり、本当の進化とは万人がなれてこそ意味がある。

 その為に必要な要素は魂にあり、それこそが進化の鍵ともいえるのだ。

 肉体の変化や身体能力の向上はその副産物に過ぎず。

 私が最も渇望してやまないのは魂そのものの変化なのだ。


 だからこそ、父からの命令は適当にあしらい。

 プロジェクトが進行しているように偽装しながら。

 私は別の研究を進めている。


 それこそが機械の分野であり、平たく言うのであればアンドロイドなどだ。

 そう、アンドロイドであり機械生命体とも呼べる彼らについての研究だ。

 私の目指すべき場所に最も近いのがそれであるが……だが、まだだ。


 アンドロイドは完璧ではない。

 魂そのものが人間のように複雑では無いのだ。

 予めプログラムされた中から、最適な方法を摘出し行動に移す。

 つまり、考えた結果の行動ではなく。

 予めインプットされている行動の中から、最適なものを選んでいるに過ぎない。


 自立思考型などと世間は言うが。

 真の意味での自立思考型は無駄とも言うべき行動も考えて取る事にある。

 機械は無駄だと切って捨てる行動をするのが人間で。

 進化した人間はそんな無駄ですらも有用な時であるかのように過ごせるだろう。

 だからこそ、あらかじめ設定された行動パターンで動くそれらは完璧ではないのだ。

 

 完璧に近いが、まだ不完全である。

 完璧な存在とは自らの考えで動かなければならない。

 感情でも、合理的な思考でも構わない。

 考えるという行為そのものが無い存在なんて私は生命として認めない。


 だが、皮肉にも彼らの肉体は完璧だ。

 鋼のように強靭な肉体に高い身体能力。

 視力と聴覚の強化も可能な上に、計算能力もずば抜けて高いのだ。

 肉体的な変化は副産物であるものの、肉体の変化が魂の進化を促す事も事実だ。


 そう、私は肉体面でのアプローチを考えている。

 具体的に言うのであれば、人間の体を機械のようなものに置き換えるのだ。

 そうすれば、人間の魂は新しい器を認識し。

 そこから相応しい魂へと姿を変えていくに違いない。


 私の求める完璧とは、人間のように複雑な思考を可能とし。

 アンドロイドのように計算されつくした肉体を持つ存在だ。

 ハイブリットともいえるそれを作り出す事が私の夢で……だが、上手くはいかないな。


 私は薄暗い部屋の中で、机に置かれた電子ボードを取る。

 椅子をくるりと回してから、その実験結果を見つめた。


「人間の意識を機械体に転送する実験は失敗……何らかの理由により、機械体とのシンクロは不可能か……ふむ」


 プロジェクトの一環として行った実験。

 職員の中で希望した人間を使っての実験だったが。

 機械体への意識のトレースは出来なかった。

 それも、たったの三パーセントほどで人体に強烈な拒絶反応が見られた。

 即座に実験は中止し、被験者のケアもした。

 その結果、被験者は後遺症も無く今も会社で働いているが。

 この拒絶反応のメカニズムを我々は解析する事が出来ずにいた。


 ……いや、分かっている。このトレース実験でハッキリとした……“魂は存在する”と。


 人の魂は肉の体に定着している。

 誰かの肉体に映る事は可能かもしれないが。

 全く違う体であるのならば、魂が拒絶するのだ。

 つまり、人の魂が変わらない限りは肉体そのものも変化しない。


 ある意味で、アメコミのヒーローたちは進化しているんだろう。

 肉体の変化に適応した魂として……それならば、やはり肉体そのものを改造する他ないな。


 機械体へのトレースは失敗したが。

 あくまでそれは純粋な人間の魂を無理矢理に機械の体に移そうとしたからだ。

 これがもしも、仮想世界の住人であれば……いや、ダメだな。


 向こうの世界で可能な技術であっても。

 此方の世界で出来ないのなら意味は無い。

 私はあくまでも此方よりの考えであり。

 彼らの進化よりも、我々純粋な人間の進化を促したい。


「……やはり、どうにかしてマザーのサーバーにアクセスをするしか……ん?」


 マザーのサーバーには人間の魂のメカニズムを解析した記録がある筈だ。

 それさえ手に入れば、人類の進化の為に相応しい肉体を生み出す事も可能だ。

 そう考えて、私はパソコンに手を伸ばしてメッセージに気づく。

 誰なのかと見れば、情報屋からであった。


《特ダネだ。今回は無料で良い。今すぐに“マサ”っていうプレイヤーの対戦記録を見ろ》

「……はぁ、今更、機械同士の戦闘を見たところで……まぁ思考の箸休めだ」


 私は言われるがままにパソコンを操作して、ワールド・メック・オーズの記録を漁る。

 しかし、ランカーではないようで。

 フリー対戦の方を漁ってようやく記録が出て来た。


「……結構、見られているな……最新のものでいいか。どれどれ………………!」


 私は映像をつける。

 そうして、最初はぼけっと眺めていた。

 しかし、徐々に私は大きく目を見開いてそれを食い入るように見ていた……何だ、これは!


 対戦相手に関しては特筆するような点は無い。

 腕の立つ相手程度だが。

 問題なのはこの黄色の軽量二脚の方だ。


 メリウスの高機動戦は何度も見た事があるが。

 それは全て、システムの補助操作あってのものだ。

 しかし、このプレイヤーの動きは明らかにシステムによる補助を受けていない。

 滑らかな動きであり、一切の乱れが無いのだ。

 何故、そんな事が分かるのか。

 それはこの弾幕の中を最小の動きで避けているからだ。


 本来、補助操作により回避行動を取ろうとすれば。

 メリウスは敵の攻撃を認識し、大きな動きによって弾を回避させようとする。

 しかし、このプレイヤーのメリウスはあろうことか僅かな隙間に滑り込ませるように回避している。

 明らかに自分の手で操作しているのは明白だ。


 それだけじゃない。

 後半からは動きがより洗練されている。

 恐らくは、限定的なリミッターの解除をしたのか。


「これほどの加速と変則機動……狂っている。真面じゃない!」


 もしも、このような動きをしようものなら人体の機能が阻害される。

 痛みなどのフィードバックを抑えているのが普通であり。

 感覚そのものにも僅かな時間だがディレイがあるのだ。

 しかし、このプレイヤーの動きには僅かなディレイも存在しない。

 つまり、この男は感覚を現実世界と同じように反映している事になる……イカレれているよ!


 メリウスの高機動戦において掛かる負荷。

 戦闘機以上に速度を速めて、立体的な動きを可能とするアレに乗ってだ。

 感覚を現実世界と同じにして戦える人間がどれほどいる。

 少なくとも、私の知る限りではそんな危ない橋を渡るような狂人はいない。


 結局、私は映像が切れてから数分間は画面を見続けていた……素晴らしい。


 高機動戦において全ての感覚をフルで使って。

 目まぐるしく変わる戦場の中で冷静に次の行動を考える思考力。

 相手のデコイは完全にこのマサというプレイヤー対策だったんだろう。

 しかし、彼は一瞬にしてデコイの動きの違和感を見破っていた。

 そして、最後に敵の位置を特定し強襲する瞬間だ。

 彼は敢えてスラスターの稼働を停止した。アレにも意味がある。


 コアの稼働を極限まで抑える事によって敵のレーダーを誤認させた。

 敵のレーダーは彼が放ったジャマー弾で一時的に不調を来していたんだろう。

 だからこそ、不意に彼がレーダーから消えた事も不信に思わず。

 そのまま予測経路に向かって全力の攻撃を仕掛けていた。

 彼はそれにより敵の位置を突き止めて、そのまま地面スレスレで機体の姿勢を修正。

 流れるような動きで、敵の機体にトドメの一発を撃ち込んだ――凄すぎる!!


 私は今、とても興奮している。

 戦いそのものにも感動したが何よりも。

 私の求める逸材が現れてくれた事に歓喜した。

 頬は蒸気して全身が熱く火照っている。

 これが俗にいう恋というものなのか……こうしてはいられない!!


 私はすぐにマサというプレイヤーを検索した。

 同じような名前のプレイヤーはいたが。

 私はすぐに目当てのプレイヤーを発見した……ふむ、なるほど。


「あの剛力覇王の……直接のコンタクトは難しいだろうな……それなら先ずは」


 私は彼にメッセージを送る。

 すぐにでも会いたい気持ちを抑えて、ちゃんと相手の都合を聞く。

 警戒されない為にも長文にはしなかった。

 私は彼からの返信を待って……ふむ、来ないな。


 私はすぐに別のメッセージを送る。

 寝ているという考えもあったが。

 まだ最後の対戦から時間は経っていないだろう。

 寝る体制に入っていても、すぐに寝られる訳が無い。

 あの戦闘を見れば分かる。

 彼は戦いで燃えるタイプであり、今頃は戦いの余韻に……ん?


 メッセージを送ろうとした。

 しかし、何故かメッセージが送れなかった。


 どういう事なのかと思いながらメッセージを書く。

 そうして、送ってみたもののやはり送れない……変だな?


 私はすぐにパソコンを操作してAIに問い合わせる事にした。

 すぐに担当のAIが出て、私は質問の内容を話す。

 すると、AIは淡々と何が原因かを話す。


《それは恐らくブロックされていると思われます》

「ふむ、ブロックか……では、速やかに解除してくれ」

《出来ません。ブロックの操作に関してはご本人様の意志によるものなので》

「ほぉ? では、私はどうやって彼と話をすればいい? ん?」

《申し訳ありませんが、その問いに対する回答はございません……そのプレイヤー様のご友人に話を通す、でしょうか》

「なるほど……では、その友人の場所を教えてくれないかね? そのアカウントの名前は」

《申し訳ありませんが、プレイヤー様の個人情報を此方が提供する事は出来ません》

「……そうか」


 私は中々に難儀なものだと思った。

 AIへの質問を終える。

 そうして、私は仕方が無いと情報屋に情報を求めた。

 恐らく、彼もこうなると分かっていて敢えてその情報だけを寄越してきたんだろう。

 商売上手な奴であり、メッセージはすぐに帰って来た。


《先に報酬を支払え。何時もの額でな。そうすれば、奴の特徴や仮想世界での活動拠点……もっと金を払えば、リアルだって暴いてやるぜ?》

「……全く……だが、金に糸目はつけないよ」


 私は二つ返事で了承する。

 場合によっては彼の家に訪問する事になるが。

 その時は最高級の手土産を持参しよう。

 私は端末を静かに置きくつくつと笑う。


「待っていたまえ、マサ君……我々は運命の赤い糸で結ばれているんだよ……必ず。君の全てを分析して見せるよ。く、くくく」


 彼はどんな人間か。

 そして、どのような過去を持つのか。

 全てを知り、彼の体の隅々まで分析する。

 彼こそが私のプロジェクトの鍵を握る存在だ。

 私はそう確信している。


 あぁ、会うのが今から楽しみだ……すぐに我々は相見える事になるだろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ