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022:元傭兵同士の協定

「……また派手にやったなぁ」

「ははは……すみません」


 現在、ゴウリキマルさんによって整備されているセブン・シージ。

 内部システムに関しては問題ないようで。

 見かけが派手にやられているだけだから“直すだけ”なら簡単らしい。

 ただ、装甲などは全体的に交換するようで。

 彼女は仮想世界から持ってきた装甲をアームを手持ちのパットを操作して取り付けていた。

 この作業は中々に重労働であり、同じ体勢で溶接などを行うので体が痛いらしい。

 俺は少しでも彼女の負担を和らげる為に、アーム作業の補助をかって出た。

 やる事は簡単であり、アームが届かない時にそのアームの場所を移動させるだけだ。

 運転機能があり、車などが運転で斬れば誰でも操作は出来る。

 後は彼女が溶接を行ってくれるので、俺は固定器具が外れないように見ているだけだった。


 作業時間は二時間ほどで終わった。

 彼女は機体に取り付けたロープを下げて降りて来る。

 首に巻いたタオルで汗を拭いながら、ヘルメットとゴーグルを外す。

 俺はすぐに手ごろな椅子を用意し彼女にお茶を注いだコップを渡した。

 彼女は礼を言いながら椅子に座り豪快にお茶を飲んでいた。


 ……まだ、明るいは明るいな。これから出てもいいけど。流石に昨日の今日だと警戒しているだろうなぁ。


 そんな事を考えながら、美味しそうにお茶を飲むゴウリキマルさんを見る。

 彼女はコップを口から離してから気持ちの良い吐息を吐く。


「はぁ、美味いなぁ……あぁ疲れたぁ」

「……そういえば、ワールド・メック・オーズには誰でも使える自動修復装置があるって聞いたんですけど。俺たちはそれ使わないんで」

「――使わない」

「え、でも」

「――絶対にダメだ」

「あ、はい……因みに理由は?」


 彼女は食い気味に俺の話を断ち切る。

 何故、こうも頑なに自動修復装置なるものを導入しないのか。

 俺は気になって彼女に質問した。

 すると、彼女はやかんからお茶をコップに注ぎながら飲む。


「……はぁ……いいか? 自動修復装置は確かに便利だ。本来だったら何人もメカニックが必要な機体のメンテナンスや修復作業をその機械一つで片付けちまえるからな。それに、ワールド・メック・オーズでプレイヤーの認定がされた奴には無償で配ってもいる。倉庫さえ契約出来ていたら、後は勝手にやってくれるんだ。そいつはすげぇことだ……ただ、こいつには重大な欠点がある」

「欠点ですか……それは?」

「……まぁ雑なんだよ。ハッキリ言ってな……最速の時間で機体のメンテと修復を行うのは良いんだけどよ。細部までのチェックが甘くて、これを何度も何度も使っていたら機体に不備が出始めるんだ。それに、修復作業に必要な材料なんかもリストアップしたり他のプレイヤーが販売しているものを買い付けたりしてはくれるんだが。この手の機械は直せたらいいが基本だからな。値段とか品質とかはあんまり見てないんだよ。だから、最悪の場合は粗悪品なんかを使って機体をお釈迦にしちまうのさ」

「えぇぇ……そうなんですか……でも、修復装置はそれなりに需要があるって聞きましたけど?」

「あぁ? まぁそりゃそうさ。態々、専属のメカニックを雇ったりメンテナンスなんかを請け負っている業者を使うよりも遥かに簡単だからな。あんまり金とか時間を掛けたくない奴らからすれば、こいつほどに良いもんはねぇよ……まぁランカーにもなれば、これを使っている奴はまずいねぇがな」


 ゴウリキマルさんは語る。

 プロ意識が高い人間ほど、自らの機体のメンテナンスに関してはプロを使いたがると。

 機械での整備は初心者が使うもので。

 上級者にもなれば人の手でメンテナンスをするのが当たり前らしい。

 まぁ俺もそっちの方が慣れ親しんではいる。

 機械の整備よりもゴウリキマルさんの腕の方が何億倍も信頼できるしな。


 俺は彼女の説明を聞いて謝る。

 機械を使えばゴウリキマルさんたちの負担を減らせるかと思ったが。

 これはプロである彼女たちに対して失礼だと思ったからだ。

 すると、俺の謝罪を聞いたゴウリキマルさんはカラカラと笑う。


「気にしてねぇよ……お前はゲームにだけ集中していればいいんだ。俺たちは直したり作ったりするのが仕事なんだからよ……まぁでも、心配してくれてありがとな」

「ゴウリキマルさん……俺、頑張ってランカーになります。その時は絶対にゴウリキマルさんの事を!」

「おいおい、そんなに張り切らなくていいんだぜ? 緊張してミスなんかしたら大変だからな。ふふ」


 彼女はくすりと笑う。

 俺たちは笑みを浮かべながら、ゆっくりと時を過ごし――



 

「おぉ、こいつが例の改造機体かぁ。うーん、テンション上がるねぇ!」

「「――!!」」



 

 俺は勢いよく立ち上がる。

 そうして、ホルスターから拳銃を抜いた。


 声のした方向を見れば、迷彩柄のコンバットスーツを着た中年の男がいた。

 白髪混じりの黒髪は後ろに流していて。

 右頬から首に掛けては火傷の跡があった。

 たれ目がちな目であるが、怪しげな光が目の奥から見えていた。

 黒髪に黒目の日本人らしき男であり、兵士らしく体つきもがっちりとしていた。

 黒いロングコートを羽織っていて、手にはグローブをつけていた。

 奴はへらへらと笑いながら両手を静かに上にあげる。


「おぉ怖い怖い……へぇ、噂のマサさんはそんな面してたのかい?」

「……っ」

「……」


 ゴウリキマルさんが心配するように俺に視線を向ける。

 顔がバレてしまったのはかなりまずいが。

 此処でこの男を始末しても状況は好転しない。

 逃がすのはもっての他であり、最悪の場合は生きたまま捕らえる他ないが……。


 男は笑みを絶やすことなく言葉を発する。


「なぁんか。誤解しているようだねぇ。俺は君たちの敵じゃないよぉ」

「嘘だな。お前の事は知っている。敵の総大将のサイナスだろ」

「おぉ? サイナスぅ? そいつは一体……待て待て待てぇ。早まるなよぉ……はぁ、はいはい。私めはサイナスでございますぅ。これでいいか?」

「……何で敵の親玉が此処にいやがる。何しに来た」


 ゴウリキマルさんが奴に問いを投げる。

 すると、奴は「よくぞ聞いてくれました」と言う。


「取引をしないか? 俺と君たちだけの秘密の取引だ……聞くだけなら損は無いよ?」

「……どうするよ」

「……話してみろ。先ずはそれからだ」


 俺は銃口を奴へと向けながら話すように促す。

 すると、奴はにやりと笑いながら取引について話し始めた。


「もしも、俺の取引に応じるのなら俺は君たちの協力者になる。帰還装置の場所も教えるし。何なら、うちのエースたちの情報も教えよう。拠点を潰す際に、何時のタイミングでどのルートが安全なのかも教えちゃうよぉ……どうどう? 取引したくなったでしょ」

「……その条件なら、俺たちが支払う対価も大きいんだろう」

「んん! 流石に警戒するかぁ。分かるよぉすげぇ分かる……でも、君たちが支払う対価は至って簡単……君たちのクライアントとの交渉の場を設けて欲しいんだよ。それもサシでね」

「……クライアント? そんなものは」

「――あぁそういうのは良いよ。もう知ってるし。ハカセってプレイヤーネームの女科学者だろ?」

「……!」


 ゴウリキマルさんが動揺する。

 それを奴が見逃す筈が無い。

 奴はにやりと笑いながら「ほらねぇ」と言った。


 俺の依頼主であるハカセの情報を奴は持っていた。

 まぁ俺の名前を知っていたのなら、十中八九がその情報もあるだろうとは思っていた。

 そして、態々、危険を冒してまで此処に来たのならば。

 取引についての交渉も強ち嘘ではないだろう。

 もしも、奴が此処に仲間を引き連れていたのならば、流石に危なかっただろう。

 此処にはゴウリキマルさんもいて、味方の領域まで逃れるには時間が掛かってしまう。


 この前の襲撃は成功した。

 有志達や傭兵チーム“ゴールデン・ルール”たちの活躍で味方の領域は格段に広がっていた。

 三割以上は獲得出来たと言っていたが、それでも味方の領域は此処からは遠い。

 ゴウリキマルさんを連れてそこまで逃げるにはリスクが大き過ぎる。

 雷上動に乗れば逃げる事にだけ専念すればいけるかもしれないが。

 彼女をコックピッド内に乗せるまでの時間は無い。


 ……信用していいのか。こいつの取引を。


 此処まで来るのに単身で来たのか。

 今のところは敵の気配はまるでしない。

 メリウスが潜伏しているのであれば、距離を離していても多少の振動で分かる。

 それすらも感じなかったのであれば、メリウスもいないのだろう。


 取引をする為だけに現れた。

 もしも、奴が俺の始末が目的であったのなら。

 既に俺は此処で始末されていただろう。

 機体も失い終わっていたところで……でも、まだ安心はできない。


「ハカセと交渉して……何が目的だ?」

「ん? 気になるの? スケベだねぇ、君……まぁ単純な話さ。仕事と金、その二つだよ」

「仕事に金……それなら、今でも十分」

「あぁ違う違う。補足するのなら――“よりよい地位につける仕事”と“より多い報酬”だよ!」

「……強欲だな」

「はは、傭兵なんてみーんなそうさ! 欲深くて利己的で。だからこそしぶとく生きてしたたかなのさ……で? 組むのか、組まないのか。此処で決めちまおうぜぇ」

「……」


 奴は目を細めて笑う。

 まるで、今の状況を楽しんでいるような目つきだ。

 殺されるかも分からない状況。

 フルトレースでないのならそれほど怖くは無いだろう。

 しかし、こいつの纏う空気からして感覚を安全圏まで抑えるような手合いには見えない……恐怖を感じないのか?


 俺は奴をジッと見つめる。

 そして、最後の質問をした。


「何で、仲間を裏切ろうとする……今の状況なら、明らかにそっちの方が分があるじゃないか。こっちはほとんど素人の集まりだぞ」

「素人ねぇ……まぁ君以外はそうだろうさ。けど、別に良いんだよ……俺はね、戦いの次に賭け事が大好きなんだ。それも、ハイリスクハイリターンの賭けには鼻血が出るほど興奮するのさ……今の仕事でもそれなりの金は約束されているさ。けど、この仕事が成功しちまえば俺たちはお払い箱。奴さんも余裕が出れば、俺たちのような老いぼれなんかよりも若くて上等なプレイヤー様を雇うだろうさ。傭兵共は強化外装の扱いが上手いだけで、メリウスの強みである空中戦には疎いからねぇ。今はまだ素人相手で、戦いの経験や技術でカバーできているが。一度、上のプレイヤー様をけしかけられたら老いぼれ共は勝てねぇよ……ま、今はそれなりの金で腕利きが雇えるからって重宝はされてるけど。上が選択できるようになれば、何れはね」

「……先が無いか……それと、お前には俺たちが勝ち札に見えているって事か?」

「んーそれはどうだろうかなぁ……ただ、あのクソ生意気なランカー様よりも……俺は君の方が好きだねぇ。戦いの姿勢がお兄さんからして高ポイントだよ!」


 奴は大きく笑う。

 歯を見せて笑っていて……嘘ではないな。


 嘘を言った時、特有の空気は感じない。

 本心からそう思っているようで。

 俺はゆっくりと考えてから、静かに銃を下げた。


「……分かった。取引に応じるよ」

「いいのか? アイツにはまだ」

「俺から話しをしておきますよ……それでいいか?」

「うんうん! 良いよ良いよ! 場をセッティングしてくれるのなら何でもね!」


 奴は腕を組んで何度も頷く。

 やはり、微塵も恐怖は感じていなかったようだ。

 俺はそんな奴を見つめながら、早速、欲しい情報について聞いた。


「そっちに紅の機体……ランカーがいるだろ。そいつの情報をくれ……それと、出来たらサシで戦いたい」

「……! まさか、君の方から素敵な提案をされるとはねぇ……よし! なら、渡しちゃおう! それと、戦いの場も俺がセッティングしてあげるよぉ」


 奴は指を振って操作する。

 何かが俺へと送られてきて。

 それを見れば、フレンドの申請だった。

 俺はそれをジッと見つめてから大丈夫なのかと無言で見つめる。

 すると、奴はケラケラと笑って「いちいち調べないよぉ」と言う……なら、良いか。


 俺はフレンドの申請を受託した。

 すると、互いにフレンドになった事で奴が何かのデータを送って来た。

 それはあの紅の機体のデータだったりパイロットの情報だった。


「あのおぼっちゃんは若いからねぇ。危機感何てものがまるでないよ。面倒臭がってうちの奴らに機体をメンテせていたから、データを取るのは簡単だったよ……で、勝てそうか?」

「……今は何とも言えない。ただ、俺と似ているタイプだとは思う……よし」


 流し読みでデータを読む。

 そうして、後はまた後程確認する事にした。

 奴を見れば手を合わせて興奮している様子だった……?


「それじゃあさ! 肝心の戦いの場所だけど……明日の11:00に廃棄街はどうかな?」

「廃棄街……あぁ、あの朽ちた建物の残骸エリアか……問題は無いけど。サシに出来るのか?」

「そりゃもう簡単よぉ。俺を誰だと思ってる? 指揮官だよぉ。責任者なのさ! ふふん!」


 奴は胸を張る。

 おじさんが威張っていても別に何とも思わないが。

 中々に明るく謎めいた奴だと感じた。


 俺はそれで決まりだと伝えて。

 明日の戦いに備えて今日はもう帰ると伝えた。

 彼はそれを了承し、思い出したように聞いてきた。


「……勿論、“例の機体”を使うんだよねぇ」

「……? あぁ……そのつもりだけど……どうした?」

「んー? いやぁどうせならそれで戦ってるところを“見たい”と思ってねぇ」

「……観戦するのか?」

「モチのロンだよ! 明日が楽しみだなぁ。ははは……それじゃあ、風邪ひくなよぉ」


 奴はそう言って踵を返して去っていく。

 ひらひらと手を振りながら去っていったサイナス。

 不思議な男ではあったが嫌な感じはしなかった。


 ……それにしても、契約も結ばないで信用するなんてな……何か考えがあるんだろうな。


 もしも、俺たちが裏切った場合。

 その時の作戦も考えているんだろう。

 此方に場所を決めさせなかったのもそれが関わっているのか。

 フレンドを登録してしまった手前、裏切る事は考えていないが……まぁいい。


 ランカーの情報は手に入れた。

 奴の機体の詳細までばっちりだ。

 これで負ければ恥であり、必ずや圧勝してやると心に誓う。

 ゴウリキマルさんを見ればやかんからお茶を注いで飲んでいた。


「……落ち着いてますね?」

「あぁ? あぁ……まぁ慌てても仕方ねぇし。慣れてるってのもあるけどよ……お前もだろ?」

「えぇ、まぁ……ふふ、ちょっと懐かしいですね」

「だな……ふふ」


 前世での事を少し思い出す。

 こういう状況には慣れっこであり。

 ゲームであるのなら、そこまで緊張する事でもない。

 最初の頃と違って、焦るような事だって無いんだ。

 俺はそんな事を考えながら、少し喉が渇いたと思って。

 俺も自分のコップを異空間から出してから、やかんを受け取って中身を注いでいった。

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