021:戦士への侮辱は許されない
森の中を疾走する。
木々の間を縫うように移動し、ブーストして横に飛ぶ。
木々がまるでシャーペンの芯を折るように派手な音を立てて砕かれた。
残骸が宙を舞い、敵のセンサーが赤く発光したかと思えば肩のガトリングガンが此方を向く。
「――おっと!」
レバーを操りペダルを強く踏む。
機体が一気に前へと加速し、ダッシュローダーが激しく回転する音が響いた。
敵の銃口が火を噴いて、ガラガラと音を立てながら弾丸が撃ち込まれる。
敵が放つ弾丸の雨が盾にした木々を弾け飛ばして。
俺はジグザグに移動し、加速と減速を織り交ぜながら敵を翻弄する。
敵は残弾など気にしていない様子であり、懐がよほど温かいんだろうと感じた。
弾を避けていきながらも上空を警戒。
殺気が少しでも強まれば、更に機体をブーストさせる。
上空から飛ぶ刹那の光を連続ブーストによりギリギリで避けていった。
奴の攻撃が触れた個所はずくずくに溶かされて。
連続して放つ事も出来るようであり、中々に厄介に感じた。
次は何処だ。
次はどう来る。
その連続であり、心が熱く燃え滾っていく。
笑みが深まっていくのが分かる。
心が熱くて熱くて溜まらない。
一瞬だ。
ほんの一瞬で砲弾と化した敵が迫る。
「――ふは!」
レバーを流れるように操作しボタンをカチカチと押す。
俺は機体を回転させながら跳躍。
そのまま敵の装甲の表面を滑るように回避した。
ガリガリと互いの装甲が触れて火花が散っている。
コックピッド内が揺れているが関係ない。
そのまま流れるように奴の背後を取った。
スナイパーライフルで敵の後方から――狙撃。
強いリコイルと共に真っすぐに弾丸が飛ぶ。
コックピッドを狙った攻撃であり、この距離ならば――が、狙いは逸れる。
《ふぐっ!?》
「へぇ!」
甲高い音が鳴り、俺の放った弾丸が敵の“肩”を掠める。
奴は僅かに姿勢を乱しながらも、すぐに此方に向き直りバズーカを放つ。
俺は咄嗟に横へとブーストし、奴の放ったバズーカは俺の背後の木に当たり爆ぜた。
爆風によって機体が僅かに揺れながらも、しっかりとレバーを持ち俺は加速する。
互いに再び地上を疾走しながら敵の隙を探る事に集中した。
ほんの一瞬の間だ。
確実に隙を見つけて攻撃をした筈だった。
しかし、奴は此方の反撃を予測し機体を僅かにずらして俺の攻撃を回避して見せた。
センサーを此方に向けていないのに、まるで攻撃が何処に当たるのか分かっていたようだ。
何度もこの動きを見せられれば、例え素人であろうとも分かる。
これは意図的にやっている行動であり、研ぎ澄まされた技術によって出来る芸当だと。
これが本職の動きであり、野生の勘とも呼べるセンスだと理解した。
完全には避けられていない。
肩には命中していて装甲も一部がが弾け飛んでいた。
しかし、頑丈な装甲であるからか俺の弾はただ装甲を撫でるだけに終わる。
凄いよ。かなりの強者だ。
これだけの強さがありながら、全くと言っていいほど驕りが無い。
口では壮大な事を言っていたが、その技術には慢心などは一切ない。
敵としても一人のプレイヤーとしても格が高い。
そう認識したからこそ、俺もこれほどまでに燃えていた。
上空から攻撃が飛んでくる。
が、次は単発の攻撃じゃない。
上空で無数の光の輝きを見た。
俺は形振り構う事無く横に向かって駆けていく。
瞬間、上空から無数の光が降り注いできた。
まるで、流星群だ。
その輝きが俺を終わらせようと迫って来た。
一つが地面に触れる度に、凄まじいエネルギーの爆発が起きる。
後方で爆発し、すぐそこでも爆発し。
エネルギーの青い粒子がパラパラと舞う。
加速、加速、加速加速加速加速加速加速加速――もっとだッ!!
限界を超えて駆けていく。
速度を高めれば衝突のリスクが高まる。
一瞬にして前を塞ぐ木を感覚だけで避けていく。
完全に避け切れずに何本かは装甲に触れていたが。
瞬時に体勢を戻して速度を緩める事無く駆けていく。
流星群はどんどん遠ざかっていく。
そうして、全ての攻撃が止んだ瞬間――機体が宙に浮く。
「――!」
光が漏れる先。
そこへと飛び込めば、下は川になっていた。
俺はそのまま川の中へと飛び込んでいく。
着地した瞬間に大きな水しぶきが上がる。
人間でいう所のくるぶしまでの高さの川。
それなりの深さの濁った川には障害物は何一つとしてない。
つまり、敵からすれば俺は格好の的で――敵が上空に躍り出る。
《かかったなァ!!》
「……!」
敵の狙いが分かった。
今までの攻撃も俺を仕留める為のものではない。
この川まで俺を誘導する為で。
敢えてあそこで仕留めるような事はしていなかったんだ。
本気であっただろう。しかし、歴戦の強者であるからこそ確実に仕留められるフィールドを考えていた。
この機体を作り上げたのは昨日だ。
俺自身の情報があったとしても、これについては知らなかった筈だ。
つまり、あの拠点で俺の機体を観察し。
瞬時に適したフィールドを考えだし、此処まで誘導してきた事になる。
流石だ。
これがプロであり、戦闘の心得だ。
俺は笑みを深めながらも、敵のセンサー越しに感じる殺気を浴びる。
すぐそこに死の気配が漂っているのに笑みが止まらない。
敵は銃口を俺の機体へと向けて飛んでいた。
回避しようにも間に合わない。
このままやられるのが確定していた。
ダッシュローダーは水面での機動が得意ではない。
機動力は格段に落ちるから、今からでは回避は間に合わない。
上空へと飛んでも同じだ。
高出力のプラズマで焼かれるだけで――あぁそうか。
この感覚は懐かしい。
死の気配が濃厚で。
死神に心臓を掴まれたような寒気がある。
それなのに、心臓の鼓動は強く感じて。
矛盾を感じるような現象もひどく納得してしまう。
これが死――これが絶望だ。
俺は知っている。
これを何度も味わってきた。
何度も何度も絶望を味わい。
足を止めてしまいそうになった。
この感覚に慣れた事なんて一度も無い。
慣れてしまえば終わりであり、恐怖で体が凍り付くのであれば俺はまだ正常だ。
ゆっくりと時が止まったように感じながら。
後ろと前で俺を挟み込む二機のメリウスの殺気を感じる。
このままでは終わる。折角、ゴウリキマルさんが改造してくれたシージが壊される。
それは絶対に嫌であり――我慢できないな!
――俺は笑った。
《取ったッ!!!》
敵が弾を放つ瞬間――スラスター出力を上げてその塊を下へと放つ。
ぶわりと川の水がまき上がる。
蒸発し水蒸気が発生し、俺はそのまま何も無くなった地面を走行する。
敵は弾を放つが既にそこに俺はいない。
弾は俺がいた場所に触れて爆発を起こし、またしても水が蒸発した。
《――なッ!?》
《おぉ!!》
敵は驚きながらも勢いよく川の中に着地した。
水柱が噴き上がり、奴らはセンサーを周囲に向ける。
濃い水蒸気が発生している。
バズーカの攻撃によって巻き上がった水が雨のように降り注ぐ。
その間に俺は何度も何度も地面に向かってエネルギーの塊をぶつける。
その度に川の水は蒸発し、俺は滑るように移動していく。
機体が浮き上がらないように微調整し、川の水だけを巻き上げていく。
兄は呆気に取られていたが、弟の機体は俺を狙っていた。
「川に誘い込んで俺の機動力を奪うのが目的だったんだろ。でも、条件は同じじゃないのか?」
《はは! 確かになァ!!》
《だが、まだまだァ!!》
敵は勢いよく跳躍する。
空を飛べば水なんて関係ない。
だが、飛べば俺は奴らを狙うだけだ。
スナイパーで瞬時に兄に向けて狙撃を行う。
すると、奴は機体の噴射口からエネルギーを放出しまたしても機体の位置をずらす。
的確に俺の攻撃を避けながら、奴も間髪入れずにバズーカの弾を放つ。
また、スラスターから下に向けてエネルギーを放つ。
その瞬間、ダッシュローダーは勢いよく回転する。
激しく地面をこするような音を立てながら、俺は一気にその場を離れた。
背後でバズーカの弾が爆ぜた。
爆風で機体が一瞬持ち上がるが、エネルギーを噴かせなが滑空。
そのまま下へとスラスターの熱を浴びせて水を蒸発させた。
これを繰り返しながら上空の奴に向けて弾を放ち続けた。
川での戦闘だが。
奴らは慎重に立ち回り、此方との距離を詰めようとしない。
その狙いは分かっていた――“エネルギー切れ”を狙っている。
この移動方法はかなりのエネルギーを喰う。
川の水を蒸発させなければ俺は真面に移動が出来ないからな。
それだけの高出力のエネルギーを出し続けていれば嫌でも寿命は早まる。
連続して行っていれば何れはエネルギーが尽きるだろう。
もって一時間……いや、もっと短いかもしれない。
奴らは俺がエネルギーが切れた瞬間に勝負を決める筈だ。
その瞬間が俺の敗北だ。俺はそれを認識しながら立ち回る。
が、何度放とうとも俺の攻撃が当たる事は無い。
敵はそんな俺を追い詰める為に何度も攻撃を行っていた。
エネルギーが川に触れて水が蒸発。
バズーカが川に当たりまたしても水が蒸発。
気が付けば辺りは濃い霧のようになっていた。
視界が不良の中ではセンサーの反応だけが頼りだが。
敵はそんな俺を狙って攻撃を続ける。
見えてはいない筈だが、僅かな風の揺らめきとスラスターの光で当たりをつけているんだろう。
川の下は砂利だらけだ。
澄んでいる水では無く、濁った水であり。
川の水を蒸発させただけでは機動力をフルには発揮できない。
対して敵は高い跳躍力を武器に縦横無尽に空を翔けていた。
敵の動きを予測しての攻撃は出来るが。
敵は攻撃が来る前提で立ち回っている。
それも、攻撃に対処できるギリギリの位置を認識してだ……やり手だな。
手強い相手だ。
戦いのプロとだけあって立ち回りを理解している。
だからこそ、此方の思い通りには動いてくれない。
このままではジリ貧だ。
確実に負けの確立が高まるだけで……懸けに出る他ないな。
俺はエネルギーを噴きつける。
そうして、川から飛びだしてそのまま別の位置に着地し。
カチカチとレバーのボタンを操作する。
瞬間、スラスターから光が消えた。
まるで、エネルギーが切れたように。
「――ッ! しま」
《――ッ!!》
敵が俺のミスを目ざとく見ていた。
瞬間、その場に敵の弾が着弾する。
俺は一瞬の判断で機体を後ろへと跳躍させていたが。
爆風を機体全体で受けてしまう。
機体が強烈な熱を浴びて、前面の装甲がメキメキと音を立てながら歪む。
システムがダメージを報告してくる。
俺は敢えて呼吸が乱れているように“演じる”。
そのまま吹き飛ばされる形で後方へと更に飛び。
足の裏で川の水を巻き上げながら滑っていく。
俺は咄嗟にスナイパーライフルで敵がいた場所を撃つ。
しかし、弾は空を切り――強い殺気を側面から感じた。
来る。すぐそこに迫っていた。
濃厚な死の気配だ。
死神の冷たく腐った吐息を耳元で感じていた。
俺はそれを受けながら――にやりと笑う。
一瞬にしてボタン操作でスラスターを全てつける。
そうして、一瞬にしてその場から跳躍する。
敵はそのまま俺がいた場所を通過していった。
《――まさかッ!!》
「そのまさかさッ!!」
敵の眼前でスラスターを切る馬鹿はいない。
手練れが狙いを定めている中で。
死地へと自らの意志で飛び込む馬鹿はいない。
そんな馬鹿はよほどの愚か者か――イカれた戦闘狂くらいだろうさ。
空中に飛ぶまでの一瞬でボルトアクションは終わらせてあった。
俺はスナイパーライフルを上空で構える。
一撃で仕留めるのならば、敵の分厚い装甲の中で最も脆い個所を狙う。
それは機体の関節部であり、上空から見える位置であるのなら――右腕の肩関節部分だ。
次弾は装填済みで。
敵はほぼ至近距離にいた。
センサーを此方に向けようとしているが遅い。
俺はそのままがら空きの敵の肩関節に目掛けて弾を放つ。
がすりと音がして放たれた弾丸。
斜め上から放たれた弾丸が関節部にめり込み。
そのまま機体内のコア付近へと撃ち込まれた。
敵はオープン回線越しに笑っていて――爆ぜた。
《兄者ァァァ!!!!》
「次は――貴方ですよ」
《クソォォォォッ!!!》
敵が俺を狙う。
俺はその一瞬で地面に着地。
エネルギーを噴きつけて大きく跳躍した。
敵もエネルギーを放つが当たらない。
俺は上空でスラスターを再び停止させる。
敵からは俺のスラスターの光が急に消えたように見えただろう。
センサーでの索敵も弱い筈で。
俺はそのまま地面に着地する前に、スナイパーライフルを落下地点より横の方に投げ飛ばした。
そのまま流れるようにハンドキャノンを両手に装備。
すると、少し離れた位置で俺のスナイパーライフルが地面に落ちた音が響き――無数の光を見た。
霧の向こうで無数の星が流れ落ちていく。
それは俺のスナイパーライフルを穿ち。
それが派手な音を立てて爆発した。
それとほぼ同時に地面に着地し――スラスターを再点火。
《――何ッ!?》
敵が慌てて俺を狙おうとした。
が、それよりも早くに俺はありったけのエネルギーを噴射して上空に飛ぶ。
敵は俺目掛けて弾を放ってきた。
が、碌な狙いもつけていないそれは俺の胸部装甲を薄く溶かすだけに終わる。
俺は口笛を吹きながらたらりと汗を流し。
ほぼゼロ距離の中で敵の分厚い胸部装甲にハンドキャノンの照準を向ける。
「イカした機体でした――また何処かで!」
《次こそは確実に――――…………》
相手に言葉を贈る。
そうして、敵が何かを言おうとしていたが。
それを最後まで聞くことなくハンドキャノンの弾を撃ち込んだ。
無数の弾丸が敵の分厚い装甲を抉り取る。
ガスガスと音を立てながらめり込んだそれによって敵の装甲やパーツが飛び散る。
黒いオイルをまき散らしながらそれはひらひらと落下していき――爆ぜた。
俺はそのまま川の中に滑るように着地した。
ゆっくりと息を吐きながら周囲を見る……生体反応ロスト。敵影無しっと。
強者との戦闘が終わってしまった。
達成感を抱きながらも、少しだけ残念い思う。
もっともっと戦いたかった。
が、戦闘を長引かせたら俺が負けていただろう。
どうせ戦うのなら勝ちたい。
負ける戦い何てしたくない。
だからこそ、勝負を決めて今回は俺が勝った。
『次こそは確実に――――…………』
「次、か……ふふ、楽しみにしていますよ」
俺は先輩方の言葉を嬉しく思う。
この世界では俺は新人であるからこそ、先輩は敬う。
彼らは敬われるだけの力を確かに持っていた。
久しぶりに追い込まれるような戦いをしたからか。
俺の新たな機体も傷だらけだ。
これ以上の戦闘は危険であり――ッ!!
強いプレッシャーを感じた。
遠くの方から何かが接近している。
俺はそれを感じた瞬間に、一気に川の中から飛び出した。
そうして、すぐに森の中へと入り。
身を潜ませて、機体の稼働を最小限にまで落とす。
廃熱機構を作動させて、機体内に溜まったエネルギーも一気に放出していった。
機体内の熱は待機状態の時ほどに冷やされて――上空から無数のミサイルが放たれた。
俺が先ほどまでいた場所にミサイルが降り注ぐ。
それによってあの兄弟の機体も粉々に砕かれた。
上空にはあの時に見たランカーらしき紅の機体が浮遊していた。
それらは辺りを見渡しながら、声を周りに聞かせるように出していた。
《あぁ、マサっていうプレイヤーは出て来い。俺が直々に戦ってやるからよ。さっさと来い。いるのは分かってんだよ》
「……」
《……あぁ……あ、もしかしてビビってる? ははは、だっせぇなぁ! 少しだけもてはやされてたから期待してたのに。とんだチキン野郎じゃねぇか! やっぱ、ルーキー様相手には尻尾撒いて逃げんのかぁ?》
明らかに俺を挑発している。
今で出て行って戦っても勝ちは薄い。
此方の武装はハンドキャノンだけであり。
彼方は空中戦での高機動戦を主体としてメリウスだ。
他のプレイヤーならまだ知らず。
戦闘に慣れた熟練のプレイヤー相手では分が悪い。
連携を取りながらの戦法であれば地上戦の方が強いだろうが。
此方は一体であり、明らかに勝算は薄い。
武装が空中戦にも対応したものであれば戦えるが……。
《……はぁ、んだよ。つまんねぇなぁ……あぁあ、出てこないって事はその程度って事か。だったら、此処でくたばったあのハゲ兄弟も大したことなかったんだなぁ》
「……!」
《散々、俺たちは偉大だぁとか先輩を敬えぇとかほざいてたけどよ……とんだ雑魚じゃねぇか。ははは! だっせぇぇ!!》
「……」
アイツは言ってはいけない事を言った。
勇敢に戦った戦士に対して侮辱の言葉を吐く。
俺の事はどう言おうとも構わない。
だが、命を懸けて戦った戦士への侮辱は許されない。
俺は硬くレバーを握りしめながら、視線の先の奴を静かに見ていた。
《……チッ、もう離れたのか……はぁだる》
奴は拡声器を切る。
そうして、そのまま踵を返して去っていった。
やはり、あの機体のパイロットはランカーだった。
腕に相当自身のある若そうな声の男だったが。
俺は奴への殺意を静かに滾らせていた。
……侮辱の言葉は確かに聞いた。それを吐いたのなら、吐かれる覚悟くらいはあるだろう。
俺は任務の事も忘れて。
奴だけは確実に仕留める事を誓う。
確実なる敗北であり、侮辱されたあの兄弟の分も俺がその無念を晴らす。
そうして、俺は機体のスラスターを再稼働させて自らの拠点に向かって帰還していった。




