017:恋人からの愛情
両手に抱えた蔦に葉っぱの束を巻き付けたそれをぐるりと機体に巻き付ける。
疲れ知らずの体であり、跳躍力や筋力も向上しているからか。
こういった作業も全く苦に感じない。
目の前には大量の葉っぱが山のように積み上がっているように見えるが。
実際にはそれは葉っぱの山でではない。
メリウスに植物の蔦に括り付けた葉っぱの束を巻き付けただけのものだった。
作業時間は簡易的なカモフラージュ時は数十分ほどで。
今は本格的なカモフラージュを施していたので二時間ほどだ。
カモフラージュが完了し、ヘルメットを外して汗を拭う。
「……ふぅ、やっと終わった」
指を操作して現在の時刻を確認すれば……夜の10時を過ぎていた。
空には星が輝いていて、薄っすらと雲に隠れた月のような何かも見える。
大急ぎで敵から奪ったメリウスを森の奥深くに隠し。
葉っぱなどで偽装しておけば、上空を飛んでいた敵のメリウスたちもこいつを発見出来ていなかった。
何度も何度も敵のメリウスがライトを下へと向けながら飛行していたが。
川へと機体をつけてから湿った土なども入念に塗りたくった事で、機体の内部温度も下げる事が出来た。
休むことなく作業を続けていたから、このカモフラージュをすぐに見破る事は出来ないだろう。
鹵獲した敵の機体を駆り。
俺は敵の領域内で暴れまわった後にすぐに潜伏できそうな場所に機体を隠した。
此処は鬱蒼と木々が生い茂っており、木の間隔も狭いので上空から発見されるリスクも低い。
近くに敵の拠点も無いからか、此処まで探しに来る兵士も少なかった。
未だにメリスウが上空を通過する時もあるが。
別の場所から帰る途中なだけで、此処を重点的に探そうとする素振りは無い。
態々、足跡を消しながら此処まで来た事も奴らを惑わす要因になった筈だ。
適当な細身の木を半ばから破壊してそれを掴み。
後ろを向きながら移動してきた。
その木で地面の足跡を掃くように移動してきたが。
もしも、人間のような動きをしながら遠くまで行こうとすれば。
普通の人間であれば日が暮れてもここまで進めないだろう。
しかし、俺はメリウスを自分の体のように動かせる自信がある。
それこそ、初めて触れる機体であろうとも少し触れれば問題ないほどにはな。
バックカメラで後方を確認しながら速やかに移動し。
敵の襲撃も警戒しながら進めば、すぐに川まで来れた。
足跡を消しながら目的の川まで移動し。
川の近くで機体を停止してからカモフラージュ用の葉っぱなどを集めて機体を簡易的に偽装させて。
スナイパーライフルにも葉っぱを沢山つけて、それを頭上で掲げれば上空からの発見のリスクが減ると考えた。
そこからは川へと機体を沈めてから、最低限のエネルギーだけで機体を移動させた。
暫くすれば、敵のメリウスが俺を探しているのも分かっていたが。
川の水で機体は冷やされていて、最低限のエネルギーのみで移動していたからか。
発見されずに襲撃した拠点から離れる事は出来た。
地上部隊も編成されたようで、僅かな音も聞き逃さずに適度に足を止めていた。
しかし、途中でエネルギー残量が少ないと警告が出て来た時は焦った。
戦闘を行った時間は長くても30分ほどで。
移動時間も精々が1時間と少しほどであったが。
予備のエネルギーパックも無いようであり、50kmほどしか移動出来なかったのだ。
俺はもう少し距離を取りたかったが、それを断念し。
すぐに川から上がってから森の中へと機体を進ませて。
適度に奥へとやってくれば、エネルギー残量も10パーセントを切っていた。
そのまま機体の片膝をつかせるように倒し。
急いで本格的にカモフラージュに取り掛かって……ようやく“全て”が終わった。
メリウスを森の中へと隠し。
葉っぱなどで偽装しておけば、上空の敵から発見されるリスクは減る。
川の水で機体内の熱も下げられて、今現在はコアの稼働も停止させていた。
すぐに戦闘状態に移行できない分。
敵のレーダーに捕捉されるリスクは大幅に軽減された。
そのまま、仮拠点として必要なテントを張り。
その中に個人用の帰還装置も設置しておいた。
簡易的なものであり、物資も少ししか持ち帰えれない携帯型で。
これは何処ででもすぐに使えるのが利点であった。
このままエネルギーの補充も済ませたいところだが。
少し時間を掛け過ぎたせいで、ゴウリキマルさんがもう家に帰っている可能性がある。
彼女を家に一人だけにするのは心配な上に。
俺自身も早く帰って彼女と話がしたかった。
だからこそ、今日の仕事は此処までで……はぁ、腹減ったなぁ。
今日は晩御飯は何にしようか。
そんな事を考えながら、俺は帰還装置となる小さな銀の筒に手を置いた――――…………
…………――――ゆっくりと目を開けた。
「……ん? 何か良い匂いがするな」
鼻を鳴らせばスパイスの香ばしい匂いがした。
俺は椅子から腰を上げて、そのまま匂いに引き寄せられるように部屋から出た。
一階のリビングから漂う匂いへと誘われて、ガチャリと扉を開けて中へと入れば――
「お、やっと来たな。そろそろだと思ったぜ」
「……それはカレーですか? まさか、ゴウリキマルさんが?」
「そうそう、カレーだよ。私特製のな。腹減ってるだろ? 座れよ」
彼女は赤いエプロンをつけていた。
その手にはお玉がカレーがもりもりに盛られた器が掴まれていた。
彼女はそれを俺の席に置いてくれた。
お茶の入ったコップにスプーンも既に置かれている。
俺は忙しいのにわざわざ作ってくれた事に感謝する。
そして、折角の料理が冷めてはいけないといそいそと食卓についた。
ゴウリキマルさんはエプロンを脱いでから椅子に掛ける。
そうして、自分も俺の対面に座ってからニコニコして俺を見つめてきた。
俺は両手を合わせて目の前の料理と作ってくれたゴウリキマルさんに感謝する。
スプーンを掴んでほかほかのご飯とルーを絡めて掬って口へと運び……!
「美味い! 美味しいですよ!」
「ふふ、そうか? なら、作った甲斐があったよ……こら、そんな慌てるなよ。詰まるぞ?」
俺はスプーンでご飯とルーを掬って食べていく。
米は丁寧にとがれていてにごりがなく、噛めばほのかな甘みを感じる。
ルーはスパイスによるピリッとした辛味がとても良い。
味は奥が深く。それでいて、纏まりがあって洗練されていた。
辛味と塩味がほどよくて、僅かにフルーツの甘みも感じられた。
「これ、もしかしてリンゴを?」
「お? よく分かったな。そうそう、母さんが隠し味にすりおろしたリンゴを入れると美味いって言っててな。真似してみた」
「最高です。こんなに美味いカレーは初めてです……でも、何時もながら凄いですねぇ」
「……うーん。何でかなぁ? レシピ通りに作った筈なんだけど」
俺は目の前のカレーを食べながら。
不思議な見た目をしたそれを何時もながらに凄いと思っていた。
ルーは青と紫色をしていて、ジャガイモや人参はまるで生きているかのように動いていた。
煮込まれた肉に至ってはパクパクと口のように動いていて、ゴウリキマルさんのお兄さんは“エイリアン料理”と名付けていた。
彼女には間違いなく料理の才能がある。
今まで食べた料理はどれも美味しかったからだ。
しかし、彼女はレシピ通りに作ったとしても。
毎回、このようにこの世のものとは思えないような見た目にしてしまうのだ。
どういう過程でこのようになるのかは不明で。
お義母さんが一緒になって作ってみたらしいが。
何故か、お義母さんはニコニコと笑うだけでどのようになっていたのか教えてくれなかった。
ただ一言「マサムネ君は愛されてるのねぇ」と言うだけだった……愛の力なのか?
これが彼女の愛によるものなのであれば。
俺はそれを変えさせる事はしたく無い。
どんな形であろうとも、それが彼女の愛であれば。
俺はどんなものであろうとも喜んで受け止める。
それが恋人としての責務であり、愛する人の想いに答える事になるんだ。
俺はそう自分に言い聞かせながら、彼女がまた俺の為に作ってくれた最高の料理を平らげていく。
「……そう言えば、お前の機体の事で話があるんだけどさ……もっと性能を上げたいと思うか?」
「え、性能ですか? それはまぁ上がるんだったら……いや! 今でも満足はしていますよ! 不満は無いですから!」
「いやいや、別にそんな心配はしてねぇよ……あのさ、お前、何処かのワールドに潜ってんだろ」
「――ッ!?」
俺は動揺を露にする。
すると、ゴウリキマルさんはくすりと笑う。
「図星かよ……まぁいつかは話そうとは思ってたけどな……素材を集めてくれるのはすげぇ助かるよ。お前の事だから、貴重なもんだって難なく取って来るんだろうな……今お前、相当に無茶な事してねぇか?」
「えっと……ど、何処まで知ってます?」
俺は恐る恐る尋ねた。
すると、彼女はにまりと笑うだけで何も言わない……白状するしかないな。
俺は全てを話した。
ハカセというプレイヤーの依頼を受けて今はWー012で戦っている事や。
鹵獲したメリウスを使ってこれからゲリラのような戦いをする事など。
黙って聞いていたゴウリキマルさんは疑問を口にする。
「何で雷上動を使わねぇんだ?」
「……ゴウリキマルさんの機体は特別ですから。切り札だと俺は思ってます。宣伝にはならないですけど、本当の仕事の時はなるべく手札は置いておきたいので……それに、現地で鹵獲した機体で戦うというシチュエーションは何だか主人公っぽくて良いなって思ってましたし!」
「……ふふ、なるほどな……よし、じゃ明日はお前が鹵獲したっていう機体を見に行くか!」
「え!? で、でも」
「何だよ? 別に戦いについていくとは言ってねぇだろ? 私はお前の相棒で、専属のメカニックみたいなもんなんだ。お前が乗る機体なら、一回は私が見ておくのが筋ってもんだろ? 違うか?」
「そ、それはそうですけど……いや、でも現地には整備用のものは何も」
「ふふ、まだまだだなぁマサムネ……まぁ楽しみにしておけよ。すぐに分かるから。ふふふ」
ゴウリキマルさんは笑っていた。
彼女には何か秘策があるようであり、俺は思わず喉を鳴らす。
まるで、既に俺が鹵獲したメリウスをどのようにするか決めているような表情だ。
俺は彼女が一体どんな魔法を使うのかと恐れと期待で胸を膨らませた。
彼女はすっと立ち上がる。
そうして、食器は適当に片付けておいてくれと言ってきた。
「今から構想を纏めておく。時間があったら、鹵獲したメリウスの情報を纏めて私の端末に送ってくれ」
「ほ、本気で何かするんですか……て、聞いてない……ふふ、変わらないな」
前の世界での彼女と変わらない。
何時も俺の為に動いてくれて。
メカニックとしての責務を果たしてくれていた。
彼女のお陰で俺はあの世界で生き残る事が出来た。
もしも、彼女と出会えていなかったら俺はこの世界を手に入れる事も出来なかっただろう。
全てが運命で、俺は彼女と出会う為にあの世界に生まれたんだと思っている。
この世界でも、彼女は俺の傍にいてくれている。
絶対に危ない事はさせないが。
彼女となら何処までも行けると思えるんだ。
彼女が俺に空を飛ぶ為の翼をくれるように。
俺も彼女を何処までも運んでいく。
二人で一つであり、決して離れる事が無いのが俺たちだ。
「……カレーのお代わりあるかなぁ」
俺は綺麗に平らげた皿を持つ。
そうして、ライスとルーのお代わりをつぎに行く。
ゲームはゲームだ。今はこの美味しいカレーライスを食べる事に集中しよう。
ライバル会社の動きも気にはなるが。
そんな事よりも俺にとっては腹を満たす方が最優先だった。