015:獰猛な獣(side:雇われプレイヤー)
機体を動かしながら、センサーで奴を捉える。
が、その動きは俺たちと同じ機体と思えないほどに機敏だった。
《クソッ!! 当たらねぇ!!》
《何だこいつは!? 本当に同じ機体か!?》
「あり得ねぇだろ……あの動きは何だ?」
敵の動きを観察する。
奴は味方の攻撃を先読みしてステップを踏んでいる。
地面に転がるトラックのタイヤやエネルギーの精製液が入ったタンクなどを利用している。
味方はそれらで足を取られないように動いているが。
その所為で碌な狙いもつけられていなかった。
奴は全てを把握しているように大胆に動いていた。
飛んだり跳ねたり、機体を回したりしている。
機敏であり、まるで踊りでも踊っているようだ。
奴はシールドの先端で土を抉り巻き上げている。
それによる視界が悪くなる中で、味方は必死になって奴を制圧しようと動く。
俺たちと同じ量産機に乗っている筈だ。
それなのに、その運動性能が違うように見えた。
奴は重い機体を軽やかに動かして、敵の攻撃をブレさせていた。
必死にロックオンをしようとしても、奴はロックした瞬間に機体を勢いよく動かす。
その所為で狙いをつけた攻撃も外れたように見えていた。
違う。外したんじゃなく、外させたんだ。
奴の機体には一発も銃弾が当たっていない。
避けられないものはシールドで丁寧に弾いている。
流れるような機体の操縦テクに、敵の行動を分析できるだけの慧眼。
敵は確実に素人ではない。
特殊な訓練を受けた兵士であり、奴らが本腰を入れてプロを雇ったのか……いや、違う。
奴らは金を雇ってまで俺たちの邪魔をするつもりはなかった。
精々が、正義心に駆られただけであり。
自らの稼いだ金を支払うほどの気概は無かった。
威勢のいいボランティアで。
だからこそ、俺たちプロはままごとのように奴らをあしらっていたが……なら、こいつは何だ?
俺は少しだけ得体の知れないものへの恐怖を抱く。
が、すぐにそれをフリはあるようにライフルの銃口を向けた。
「――ッ!」
一瞬、視線を感じた気がした。
その所為で攻撃の判断を誤る。
奴はそのまま仲間の機体を狙う。
何処を狙うのかと思えば、足元を狙って銃弾を放つ。
仲間は防ごうとしたが、露出した脚部まではカバーできない。
銃身が一切ブレる事無く、少しだけ出ていた足を奴は精確に狙った。
ガガガと音を立てながら、銃弾が仲間のメリウスの装甲を削る。
同じ個所に銃弾を浴びせ続けて――味方の脚部がスパークを起こす。
《うぉ!?》
仲間のメリウスは脚部の出力が低下したのか、がくりと膝をつく。
奴はそのまま一気に接近していった。
《させるかァ!!!》
「待てッ! 奴はッ!?」
俺は奴の狙いに気づいた。
が、仲間は俺の声に意識を向けていない。
間に入った別の仲間のメリウスが銃弾をばらまく。
奴はすっと盾を目の前に構えた。
ガリガリと火花を散らせながら銃弾を盾で弾いていく。
仲間は叫びながら攻撃を続けて――敵が地面を強く蹴。
《はぁ!!?》
「マジかッ!?」
奴が大きく飛んだ。
スラスターを全力で噴かせて一気に跳躍し。
奴は仲間のメリウスの肩を踏みつけてから更に飛んだ。
踏み台にされた仲間のメリウスは蹴りつけられた衝撃で機体を転がされた。
「まずい!」
俺は咄嗟に奴にライフルの銃口を向けた。
ロックオンもままならないままに奴を狙って弾を撃つ。
ガラガラと音を立てながらフルオートによる射撃を行う。
が、奴は空中で盾を構えていて、当たる筈だった弾も完璧に防いで見せた。
「……っ! 冗談だろ」
明らかに俺の事は見えていなかったはずだ。
それなのに、俺が攻撃してくると分かっていたような動きだった。
つまり、奴は俺の事も認識して立ち回り――奴が着地する。
再び攻撃を仕掛けようとして――駄目だ!
仲間との距離が近すぎる。
これでは確実に何発かは仲間に被弾する。
《撃てッ!!》
「……!」
仲間がオープン回線で叫ぶ。
俺は一瞬で奴へと攻撃を仕掛ける決断をした。
が、スローモーションに感じる中で、奴は優雅に味方の背後に狙いをつけていた。
シールドの先端を構えて――一気にシールドを仲間の背中に向けて差し込んだ。
《あああぁぁ――――…………》
「くそッ!!」
メリウスによる全力での攻撃だ。
此処まで聞こえる音であり、派手な音を立ててシールドがレーダーユニットに刺さる。
仲間の背中のそれは貫通し、コックピッドまで到達していたのか。
エネルギー回路がやられたようで一瞬スパークしたかのように見え――爆発した。
そのまま味方のメリウスが轟々と燃えている。
黒煙を上げながら激しく燃えるそれ。
爆炎に包まれるそれの近くで奴は機体を揺らす。
「……っ!!」
俺は機体を操作する。
レバーを動かしペダルを踏んでスラスターを噴かせた。
ガシガシと音を立てながら大地を駆けていく。
炎の近くで揺れ動く奴を睨みながら迫っていった。
奴は俺の事も見えている。
俺は攻撃を仕掛けようとしたが、奴はすぐに動いていた。
爆炎を盾にするように動き、俺のロックを乱す。
唯一、近くにいた仲間だけが奴をロックオンできている。
《くそったれ!! 死ね!!》
味方はライフルの銃口を奴へと向ける。
すぐに弾が発射される――否、それよりも早く奴の腕が味方の武器を弾いた。
「――な!?」
至近距離で銃口を向けられて、咄嗟に腕で弾いたのか。
度胸があると彼の話では無く、どういう思考回路があってそんな判断を下せるのか。
普通であればブーストなり何なりで回避行動を取る。
それなのに奴は銃口を弾く方法を取った。
弾かれた味方のライフルが火を噴く。
バラバラと見当違いの方向に弾をばらまき、奴はそのままゼロ距離からライフルを味方の機体のコックピッドに向ける。
奴のセンサーが強く発光して――
《ま――――…………》
味方の声を最後まで聞く事は出来なかった。
奴は躊躇く事無く銃弾を放ちやがった。
ガスガスと音を立てながら、銃弾をコックピッドへとぶち込んで。
仲間の機体ががくがくと揺れていた。
そうして、ゆっくりと後ろへと倒れていく。
派手な音を立てて転がったそれは四肢をだらりとしてセンサーから光を消して沈黙した。
「くそったれがぁ!!」
俺は狙いも何も関係なく弾丸をばらまく。
奴は殺された仲間の機体を盾にする。
味方の機体が盾となり、俺の攻撃を防いでいた。
奴はそのまま味方の機体からライフルを奪っていた。
そうして、背後から奴の機体を別の仲間が狙って――駄目だ!!
「逃げろッ!!」
《――え!?》
奴は後ろを振り返る事無く片方のライフルを向ける。
そうして、そのまま銃弾を放てば吸い込まれるように仲間の機体のコックピッドに全弾命中する。
仲間は悲鳴を上げながら絶命し……こいつは!
明らかに手慣れている。
戦いでの立ち回りを理解していた。
そして、背後を一切見る事無く仲間の機体を精確に射貫いていた。
アレは絶対にアシストでは出来ない芸当だ。
確実に奴は自分の腕で操縦しており……なるほどな。
「お前も、こっち側かよ……上等だァ!!」
対人慣れしている上に、メリウスの操作技術も一流だ。
相手を始末する事に関して躊躇いが無く。
一挙手一投足が計算された動きだった。
相当な場数を踏んでいなければ出来ない芸当ばかりで。
死線を超えた事で育まれた精神力はもはや俺たちの比では無い。
退屈だと思っていた。
刺激が欲しいと願った。
その結果、ふらりと現れた敵は――死神の如き圧を感じさせる。
ピリピリとさすような殺気を全身に感じる。
気を抜けば体が震えあがりそうで。
まるで、蛇に睨まれた蛙のような気持ちだ。
こいつは手練れだ。
それでも、現実世界でも滅多にお目にかかれないような上物だ。
俺はだらだらと汗を流しながら、大きく笑みを浮かべた。
俺は機体を横に動かす。
スラスターを噴かせながら跳躍し。
滑るように地面を走っていった。
そうして、シールドで奴の攻撃を警戒しながら全力で攻撃を仕掛けた。
バラバラと弾丸をばらまいてやれば、奴は腰を屈めて盾で攻撃をしのぐ。
俺はそのまま目の前のトラックを思い切り蹴り上げて奴に飛ばす。
「さぁ来いよ!! もっと俺を――!!」
奴はすぐにその場から動いた。
飛ばされたトラックを姿勢を低くする事ですり抜ける。
そうして、鮮やかな手さばきで姿勢を制御し。
ぬるりとした人間のような滑らかな動きで横にステップを踏む。
俺は舌を鳴らしながらも、そんな奴を狙い――ッ!!
奴が予備動作も無く片方のライフルを投げて来た。
攻撃は警戒していた。しかし、武器そのものの投擲は予想外だ。
あり得ない攻撃であり、俺は思わず面食らってしまった。
動揺のあまり、そのまま横に大きく跳躍し、ライフルを避けて――奴は!!
奴が視界から消えた。
地面に着地しながら奴を索敵する。
レーダーが反応をキャッチ――横!!
大きく機体を動かして横にセンサーを向けようとする。
ライフルの銃口も連動するように動かして――青い光が見えた。
「――ッ!!」
息を飲む――動きが速過ぎる。
何故なのか、そう考えてすぐに理解した。
その手にはライフルを持っていない。
無手であり、奴はバックパックすらも切り離していた。
身軽になった奴の機体は機動力を底上げし。
俺の予想を超える速さで間合いを詰めて来た。
俺は奴に銃口を向けようとした。
が、既に奴は俺の懐まで入っていた。
奴はそのまま一気にブーストで迫り――うあぁ!?
奴はショルダータックルを仕掛けて来た。
盾に衝撃が走り、俺の機体は後ろに一歩後退した。
姿勢制御をしながら、盾を振って奴を弾こうとした。
瞬間、奴は俺の攻撃に合わせるように後ろに飛びのく。
俺の機体は全力で空気を殴りつけたようなものであり、機体のバランスが大きく乱れた。
「ぐぅ!!」
俺は何とか姿勢を立て直す。
が、そんな隙を奴が見逃す筈が無い。
奴はそのまま俺の機体の背後に回る。
そうして、俺の機体の脚部を足で払った。
その瞬間に、俺の機体は無様に地面に転がされた。
機体が強い衝撃を受けて、俺はシートに頭を何度もぶつけた。
痛みはそれほど無いが、衝撃によって少しだけ視界が乱れる。
モニターの映像にノイズが走っていて、俺の鼓動は早まっていく。
次の瞬間には、奴が俺の機体を蹴りつける音が響いた。
「ああぁ!!?」
俺の機体は派手に転がる。
そうして、天を仰ぎ見るように倒れた。
俺は霞む視界の中で、奴が俺の機体を見下ろしているのを見ていた。
俺は目の前で無傷のプレイヤーを見つめながら、小さく呟く。
願ったのは俺だ。
刺激を求めていて、敵が来てくれないかと思っていた。
どうせ来ないだろう、来たとしても大した事は無い……違ったな。
俺は小さく笑う。
そうして、センサーを強く発光させる奴を見ながらぼそりと呟く。
「くそ……願うんじゃ、なかったぜ」
奴は拳を固める。
腕を振りあげながら、俺の事をジッと見ていた。
心臓の鼓動が速くなっていくのを感じながら。
これが仮想世界の死なんだと感じていた。
スローモーションに感じる世界で。
巨人が拳を振り下ろす。
勢いのままに振り下ろされたそれが機体に当たり。
モニターの映像がぶつりと消えて、めきめきと音を立てながら目の前のモニターが迫ってきて――――…………