012:狩りへと向かうルーキー
謎の組織からの襲撃を受けた翌日。
早速、ハカセから依頼の詳細がデータで送られてきた。
俺はそれを全て読み込んでから、彼女が教えてくれたワールドへと入る為の準備を進める事にした。
それぞれのワールドへと行く方法はたった一つだけだ。
それは各エリアにある“ポータル”なるものから転移する方法で。
全部で二十四か所あるそのポータルは基本的に全ての人間が利用可能とされていた。
ただし、ポータルから飛んで現地に行く場合には色々と準備が必要になる。
採掘が目的であれば、採掘用の装備を身に着ける事が必須で。
もしも、自分以外の人間に採掘をさせるのであれば契約を結ぶ必要がある。
異空間に採掘したものを入れる事も可能だが。
実はこの世界での新仕様で、メリウスの積載限界を超えるほどの物資は持てない事になっているらしい。
ある一定の積載量を超えれば、メリウスの機動力にも影響が出る仕様のようで。
これにより、ワールドでの採掘に関してもほどよい緊張感が生まれたらしい。
だからこそ、物資の運搬係と護衛用の人間とでチームを組む人も多いそうだ。
そのワールドでは鉱石を主に採取する事になるのだが、メリウスに関係ないものを取って来る事も出来る。
それらの使用用途は換金用であったり、単なるコレクション用だが。
こういうものも塵も積もればであり、多くを売却すればそれなりの額になるらしい。
他プレイヤーとの戦闘を避けたい人からすれば、こういうのを地道に集めたがるようだが……まぁこれはいいか。
ワールドに行って採掘はしたいが。
今回はハカセの依頼を優先するから採掘用の装備は必要ない。
まぁ俺以外のプレイヤーの中には採掘が目的じゃない輩も大勢いる。
そういう輩は大抵が漁夫の利を狙っている奴らであり。
他のプレイヤーが取ったアイテムを横取りする野盗のような連中だ。
PVPはゲームのシステム状許されているものの。
もしも、多くのプレイヤーを仕留めていれば。
自然とお尋ね者として賞金が科せられる場合もある。
そういった連中を狩る事を目的としたバウンティーハンターもいるらしく。
それを目的としてチームを結成した人もいるようだった。
その為、採掘以外でも準備は必要であり。
その一つがそのワールドの地形データを記録したマップなどの入手だった。
マップは誰でも持っているが。
それは単なる地図であり、何処に何があるのかや。
どの勢力がそこを縄張りにしているのかなどは分からない。
そういった情報については基本的に自分自身で記録していくしかないのだが。
一部のプレイヤーはそういう労力を掛けずに、金によってマップデータを取得するらしい。
俺もそのマップデータを買いに来た客の一人だった。
「……」
パラパラと雨が降っている中で。
小さな街の中で店を開いている人間たち。
その全てが現世人であり、彼らはそれぞれが簡易的なテントを張って商売をしていた。
許可を取っているのかは分からないが。
こんな陽の光もさし込まないような路地裏で商売をしているんだ。
きっと合法なものばかりは売っていないんだろう。
黒いスーツを着て、傘を差しながら目の前の男と会話をする。
彼は二三質問をしてきて、俺はそれにハカセが言った通りに答えた。
すると、男は俺を信用したようであり、金を先に払えばマップデータを渡すと言ってきた。
信用していいのかは分からないが、こんな所でログアウトする馬鹿はいない。
逃げようとすれば即座に銃で足を狙うだけだった。
俺はすぐに指を振って、男に対して指定された金額を支払う。
男は自らのアカウントに金が入った事を確認する。
そうして、奴も指を動かしてから収納用の異空間に手を突っ込みマップを投げ渡してきた。
「まいど」
「……」
俺はそれを受け取ってから、すぐに使用して地図に反映した。
すると、事前に手に入れていたワールドの地図が更新される。
色々な情報が書き込まれいていくのを見ながら、俺は眉を顰めていた。
露店商の男からデータを貰えたのは良いが……こいつは信用できるのか?
黒いコートを着ていて、丸い二重の円状に青く発光する白い仮面をつけたプレイヤー。
身長は160センチほどであり、ハカセからは年齢も性別も不明な奴だと聞いていた。
ボイスチェンジャーを使っているようだが、その声が低かったから勝手に男だと思っている。
話し方も素っ気なく、男と会話している気がしたからというのも理由だが……。
こんな路地裏で商売をしている上に。
怪しさ満点の装いだからこそ疑いたくもなる。
奴は固まっている俺を見つめながら首を傾げていた。
「……どうした? 不満か?」
「いや、不満は無い……そもそも、分からないけど」
「だろうな。大方、あの女が腕だけで選んだプレイヤー何だろうが……正直、そのワールドには近づかない方がいい」
「……何でだ?」
「あぁ? 何でってお前……聞いてるだろ。そこのワールドを牛耳ろうとしている連中がいるって。腕利きに頭を張らせて、軍隊みたいにした奴らがそこに派遣されてな。何も知らないプレイヤーたちを襲って排除して誰も近づけないようにしていやがる」
「……その雇われたプレイヤーたちの中にはランカーもいるのか」
「噂ではな……悪い事は言わねぇ。どんなにお前が腕の立つ傭兵だったとしても、組織には勝てねぇんだよ。諦めな」
胡散臭そうだと思った男は意外と親切な奴だった。
お目当てのWー012の現状は聞いていた話よりも深刻なようで。
既にプレイヤーの掃討が済んでいるのであれば、これは由々しき事態だった。
彼には既に十万イェンを支払ってしまったが。
この情報をただでくれたのであれば文句はない。
俺は彼に礼を言ってから、その場を去っていった。
男の視線を背中に浴びながら、俺は露店商のプレイヤーたちからの声を無視して歩いていった。
§§§
ハカセへとマップが購入できたことを伝えれば。
彼女からアイテムが転送されてきて、俺はそれが覆面であると確認した。
レスラーがつけるようなものであり、それを装着して指定の座標に向かえと言われた。
俺はバイクに乗ってその座標へと向かう。
指定された座標にはほとんど何も無い。
広い荒野のストリートを突き抜けて行けば、スタンドとレストランがあるだけだった。
そこにバイクを止めてからヘルメットを脱ぎ、マスクを被っておいた。
時刻は昼時であり、それなりにバイクや車も停まっている。
此処で“例の連中”と会う事になるのか……不安だなぁ。
俺は平和に話し合いが出来る事を祈る。
ゆっくりと足を進めて、丸太をくみ上げて出来たレストランの中へと入る。
カラカラとベルの音が鳴り、店に足を踏み入れれば視線が集まって来る。
「……」
俺は気にする事無く扉を閉めて足を進める。
事前にハカセから聞いていた風貌の人間を探し……アイツだな。
俺は真っすぐに奥の席に座る男へと近寄った。
すると、傍に控えていた屈強な男たちが俺の道を阻む。
ギャングといった感じの装いで、これみよがしにホルスターから拳銃が見えていた。
現世人であり、躊躇いなく撃てる奴らだ。
俺はどうしたものかと戸惑っていれば、席に座るこいつらのボスが通すように言う。
その指示を受けて下っ端たちは道を開けて俺を通す。
俺は再び足を動かしてから、男の前に立つ。
男の名前は“スミス”という。
本名なのかは分からないが、プレイヤーネームはそれだと聞いていた。
ニッと笑えば、金の歯がきらきらと輝く。
浅黒い肌であり、黒いドレッドヘアを垂らして。
太った体にはネクタイもせずに白いスーツを身に着けていた。
ザ・悪党と言わんばかりのサングラスを掛けている……やべぇ。
手にはごてごてとした宝石が嵌められた指輪が嵌められている。
明らかな成金であり、こいつが本当に助けになるのかと思ってしまう……まぁ信じよう。
「やぁ、アンタがハカセの紹介した助っ人か?」
「そうだ……スミスさんであってるよな?」
「おぅ、俺はスミスだ。傭兵チーム“ゴールデン・ルール”のボスであり、お前たちが求める力を有する存在だ。はは!」
「……そうか。なら、協力してくれるって事でいいんだな?」
話が通っているのならそれでいい。
このまま作戦会議に入りたいところで……スミスが待ったを掛ける。
「俺たちも最初は協力するつもりだったんだがよ……ちょっと情勢が変わってな。手を引こうかと考えているんだ」
「金は受け取ったんだろ。なら、仕事は果たせ」
「いや、それは分かってる。新たに条件を提示させて欲しいんだよ……更に、もう三割上乗せしてくれないか?」
「断る……と言いたいが、そもそも俺にそんな決定権は無い」
「そうだろうな。アンタも俺と同じ雇われだ……そこでだ……どうだ。相手に寝返るってのは――っ!?」
奴がふざけた事を言い出した。
その瞬間に俺は拳銃を引き抜いてから相手の眉間に向ける。
手下たちも慌てて拳銃を抜いて俺に構えるが無視する。
スミスは両手を上げながら「ジョークだよ!」と言ってくる。
「そもそも! 俺を殺したところで意味はねぇだろ? 現世人にとって此処での死なんてのは」
「――感覚のフルトレースをしている人間は薬物や飲酒をしている人間がほとんどらしい」
「……へぇ、で?」
「酒の高揚感も薬物でハイになる感覚も、フルトレースでなければ満足できない輩が多い。だからこそ、ゲーム以外ではフルトレースを使っている奴も多い……スミス。お前、薬をやっていたな。両手を上げた時の手指の揺れに呼吸の乱れ。そして、目の開き方……フルトレース時の死を体験してみるか?」
俺は目を細めながら奴を見つめる。
俺は殺す気で銃を向けている。
スミスもそれが分かっているんだろう。
奴は声を震わせながら、部下たちに銃を下ろすように言う。
「わ、悪かったよ! もう二度と言わねぇ! じょ、条件も撤回する……きょ、協力してやるって言ってんだ!」
「……なら、データとして残せ。契約は知っているな?」
俺は指で操作して、奴に対して契約を持ちかけた。
契約とは仮想世界で現世人同士が約束をする時に使うシステムで。
もしも、この約束を違えたりした場合は、問答無用で条件に提示されてたペナルティが課せられる事になる。
単なる口約束では信用できない相手に対して使うもので。
こういった簡単に裏切そうな傭兵に対しては最も有効だ。
奴は提示された条件を確認し、ペナルティを見て――勢いよく立ち上がる。
「お、おい! この所持金の五十パーセントを慈善団体に寄付するって何だ!? ふざけんじゃ――っ!?」
「……約束を守ればいいだけだろ。難しい事か?」
「……くそ、最悪だ……ほら! 結んだぞ!? これで満足か!!」
「……よし、なら“仲間”として話をしようか。ん?」
「……チッ」
どかりと椅子に座り直すスミス。
俺はマスクの下で笑みを浮かべながら、銃を戻して奴の近くに座る。
スミスは指で操作してからマップを表示する。
立体的なマップが表示されて、勢力図のようなものも浮かび上がって来た。
「これがWー021の“踏破領域内”の全体図だ」
「……ん? 踏破領域内って……これが全てじゃないのか?」
「は? そんな訳ないだろう。まだ調べられていないエリアだってあるんだよ。何せ、ワールドは全てのプレイヤーが入る事を想定したすげぇ規模のデカい場所だからな。まぁ未踏破エリアは危険があるから、まだ誰も入れていないだけだ……てか、そんな場所はどうでもいいんだよ。此処だ、此処!」
奴は指をマップに差す。
すると、マップのほとんどが赤く染まっていた。
ドクロであるから敵のマークであり、俺はやっぱりかと納得した。
「東側はほぼ奴らに制圧されて、西側に残った奴らも押されてきている。有志たちが独占を企てようとしている奴らを止める為に戦っているが……制圧されるのは時間の問題だな」
「……どのくらいの割合が、奴らの支配領域なんだ」
「まぁ七割近くだな。もう八割になっているかもしれねぇ。ポータル付近は関係ねぇし……だから、条件を提示したんだ。分が悪すぎるんだよ」
「……拠点を配置しているのか。それと大量のプレイヤーを雇って、採掘と運搬を繰り返して……奴らが手を休める時はあるのか?」
「あぁ? そりゃあるが……採掘ポイントのチームによってバラバラだぜ? 資源を掘り尽くせば、また戻るまでの時間だけ奴らは休息を取る。まぁざっと6時間ほどか。採掘時間はだいたいが12時間程度。採掘した鉱石の選別で4時間掛けて、残りの2時間で運搬してだ……まぁ大規模な鉱石の採掘ポイントには兵隊を配置しているからそこに潜り込む隙はねぇし。そもそも兵隊の数が桁違いだから、穴だってねぇんだよ。兵隊はほぼずっと自分たちの領域内を徘徊してやがる。ネズミ一匹も入れねぇんだよ」
「……基本的なポイントとして十か所がマーキングされているが……他のポイントは放置しているのか?」
「いや、それは違うぜ。それらは何時間も掛けるほどの量が無いポイントだ。そういうところは別の小規模の部隊が見回りをしながら採掘しているんだ。だからこそ、警備の奴も配置していない」
スミスの説明に頷く。
つまり、大規模な採掘ポイントをキープして。
他の小規模な採掘エリアは見回りのついでに採掘していると。
もしも、他のプレイヤーが採掘できる可能性があるとすれば此処だが……そう簡単じゃないんだろうな。
「言ってくおくがな。奴らはそれぞれのポイントの資源が復活する時間を精確に把握しているんだ。隙を見つけて掘る事は絶対に出来ない……これが、奴らの独占のやり方だ。最早、ゲームでも何でもねぇよ」
「それで有志が募られたんだな……でも、勝てなかったと」
「あぁそうだ。本当だったら、すぐに決着が着く筈だったんだが。奴らの背後にはデカい企業様がついてやがる。それと、奴らはランカーにまで声を掛けて集めやがった。ランキングは下の下であっても実力は本物だ……それに奴らの統制された動きはもう軍隊のそれだぜ? 勝てっこねぇよ。たく」
スミスは苛立ちを露にするように髪を掻く。
俺は彼からの説明を聞き終えて、何処から攻めるべきかを考えた。
「……この中央の拠点を落とせば、戦況は変わるか?」
「あぁ? あぁ……まぁそうだな。此処が起点となってるから。少しは攻めのしようも出てくるだろうさ……ただ、この拠点は難攻不落だ。一度も落とされた事がない。他の拠点もそうだ……せめて、奴らの統制を乱せたらなぁ」
「――分かった。その役は俺が担う。乱しまくってやるから、拠点を落とすのに全力を出せ。それとあるだけの情報もくれ。敵が採掘するポイントをどの時間帯に回るかだ」
「は、はぁ? 乱すってお前。いや、情報は渡すけど……ほらよ……って、どうやって乱すんだぁ?」
「まぁ見ていてくれよ。合図は……必要ないか。明日からワールドに入って暴れまくる……勇士たちにもそう伝えてくれ。きっと隙が出来るってな」
「え、えぇ……どういう事だよ。全く分かんねぇ……てか、名前! 俺、まだアンタの名前聞いてねぇけど!?」
俺は椅子から立ち上がり店から出ようとした。
協力関係を結んで、お互いのやる事も分かったからな。
すると、スミスが慌てて俺を呼び止めて来る。
俺は振り返ってから、親指を立てる。
「俺はマサだ。ただのマサ」
「マサ……マサって……っ! ま、まさか例のルーキー!?」
奴が慌てているが無視。
俺はそのまま外へと出てバイクに跨る。
ヘルメットを被ってからエンジンをつけて、そのまま駆けていく。
店から出て来たスミスが何かを叫んでいたが聞こえない。
……さて、久々の戦場か……と言ってもゲームだけどなぁ。
統制された軍隊のような敵たち。
ほぼ休みなく動いている奴らの隙を突くのならば。
俺がどうやって立ち回るべきなのかは見えて来る。
俺は久しぶりの冒険のように思いながら、胸をワクワクとさせていた。