011:嘘だと言ってよハカセ
興奮したハカセを必死に落ち着かせた。
彼女はポケットから意味不明な注射器を取り自分の首に刺していた。
そうして、一気に気持ちを落ち着かせてから何食わぬ顔で話を戻していた……こ、怖いぃ。
平静を必死で装いながら、俺は先ほど見た事は忘れる。
そうして、会話を思い出してからその企業について考えた。
彼女のライバル会社も必死なんだろう。
マザーはこのゲームに関しては一切関与していないだろうから。
世界の崩壊を招くような事でもない限りは何もしないだろう。
にしても、企業ってのは頭が良い奴が多いんだなぁ。
リアルマネーに繋がらないと思われる事も金に換えてしまう。
やはり、企業というのは金の匂いに敏感なのか。
ある意味で感心していれば、ハカセは静かに息を吐く。
「……全く、やれやれだよ……まぁ良いメリウスに乗るのならば素材は必要で。それが壊れた時に修理する時も素材が必要になる。この素材にはゲームのようにレアリティが存在していてレアリティが高い所謂“質の良い”素材は中々手に入らないんだよ」
「ほぉ?」
「それで、そういったレアなものでパーツなり武器を作れば、その性能だって段違いなのさ。まぁ基本的にはメカニックの腕によるがね……あくまでそれらはスパイス。作り手の作る品をより最高のものにする為のものだ……君の専属メカニックだって、良い素材でメリウスを作りたいんじゃないのかい?」
「……! それは確かに……良い素材か。必要だな……うんうん」
俺は両腕を組んで何度も頷く。
ゴウリキマルさんの事だから、素材に関しては敢えて俺に教えなかったんだろう。
もしも、そんな情報を手に入れたら俺が無理してでも取りに行くと思ったのか。
彼女の事だから、俺が対戦に集中できるようにしたんだろうな。
彼女は優しいし俺の事もよく知っている。
しかし、今回ばかりは教えて欲しかった。
俺は別にメリウス同士の戦闘だけが楽しみなんかじゃない。
ゲームそのものが好きであり、こういう探索要素だって大好きなのだ。
母さんと共に働いていた修二やライアンともよくゲームをして遊んでいた。
一緒にパーティを組んで素材を手に入れに行って、ライアンが簡単なトラップに引っかかって――
『俺の事は置いて先に』
『行くぞ! マサムネ!』
『あぁ! この先だな!』
『ちょ! え!? い、いや!! ちょっとは迷えよぉぉぉ!!! あぁぁぁ!!?』
そのまま大型モンスターに食われて、糞になったライアンのキャラを回収したのは良い思い出だ。
暫くの間、恨めしそうに見られたけど……ふふ。
「……?」
「んん! 事情は分かった……引き受けるよ。その依頼」
兎に角、彼女の事情は分かった。
ライバル会社が力を戻すのが我慢ならないんだ。
それは単純な嫌がらせ目的ではなく、彼女の何かしらの研究の進行が妨げられるからだろう。
まぁそれはどうでもいいが、ビジネスで他のプレイヤーの楽しみを奪うのは容認できない。
これは社会の闇であり、1プレイヤーとして許されない行為だ。
だからこそ、俺はハカセの提案をのむ事にした。
すると、彼女は少しだけ驚いていた。
そのタイミングで俺たちの飲み物が運ばれて来る。
温かな湯気の昇るブラックコーヒーと。
砂糖とミルクの小瓶が添えられたオレンジ色のホットティーだ。
彼女は「冷めない内に」と言って飲むように促して来る。
彼女は砂糖とミルクをどばどばいれていて、俺はそんな彼女をチラリと見てからカップを持ち上げた。
匂いに変化は無し、見た目も変化はない。
至って普通の店のコーヒーであり、静かに口に入れて転がして……うん、美味い。
強い苦みとほのかな酸味を感じる。
薬による味の変化も無いようであり、問題は無かった。
俺は少しだけ警戒心を緩めてコーヒーを飲む。
温かなコーヒーが冷えた体を内から温めてくれる。
この一杯に感謝しながら、俺は静かにコップを皿に置く。
「……まさか、詳しく話を聞かずに提案を飲んでくれるとは」
「……? 別に、どんな理由であれ独占は良くないと思っただけだ。金に物を言わせて全ての資源を奪うのは、ゲームとは呼べないだろう? 俺や他のプレイヤーも純粋にゲームを楽しみたいだけなんだしさ」
「……ふふ、それはそうだね……よし、ならその勢力についての詳細は後日送ろう。此処で話をしてもいいが、少々リスクがあるからね。詳しい依頼内容もその時にだ……悪いが、隠されたワールドの情報についても依頼が果たされたあとでいいかな?」
「……? 何でだよ。もったいぶらずに話してくれ。もうフレンドなんだし、逃げも隠れもしない。信用できないって言うのなら何も言えないけどさ」
「いや、違うんだ。信用はしているよ? 君は私との約束を果たす為に一人で来てくれたからね……ただ、少々問題があるんだ」
俺が首を傾げていれば、彼女の端末から音が鳴る。
彼女は俺に断りを入れてから端末を取り出して操作する。
表示されている何かをジッと見つめている。
彼女はすぐに端末をポケットに戻してから、カップのつまみを摘まんだ。
彼女はカップを持ち上げてホットティーを一気に飲む。
そうして、財布から金を出して机に置いた。
すると、そのタイミングで外で車が急ブレーキをするような音が聞こえて来た……何だ?
「マサムネ君。先に謝っておくよ……私と君が会う事が知られてしまっていたようだ」
「えっと、それはつまり……何してんだ?」
彼女は席から立ち。隣の席から何かを取る。
それは全身を覆い隠せるようなレインコートだった。
彼女はそれで全身を覆い、顔にはガスマスクのようなものを装着する。
レンズ越しに見える目を俺に向けながら、彼女は小さく言葉を発した。
「生きてまた会おう。幸運を祈る」
「え、ちょ何――!!」
彼女のレインコートの色が変わる。
風景に溶け込むように彼女の姿が消えた。
それは光学迷彩であり、数秒遅れて扉がぶち破られた。
客たちは何が起きたのか理解できない顔で破壊された扉に視線を向ける。
すると、外から何かが放り込まれてカラカラと転がっていって――ぶしゅりと煙が噴き出した。
「な、なに!?」
「おい、これはどう、いう……こ……」
店内の客たちは慌てふためくが。
煙を吸った事で、全員が体を横たわらせてしまっている。
睡眠ガスのようであり、命には別条が無さそうだ。
俺はその光景を見つめながら笑うしか出来なかった。
「はは、マジかぁ」
ぼそりと呟く。
そうして、席から立ち上がる。
辺りは白い煙が充満していて何も見えない。
ハカセは何処に行ったのかと探して……もういない。
気配が完全に消えていた。
恐らくは裏口から逃げたんだろう。
俺はそう考えて、自分も裏口から逃げようと――!!
近くに人の気配を感じた。
瞬間、俺はそいつからの攻撃を回避する。
背後に回ったガスマスクの男の股間を肘でうつ。
プロテクター事破壊してやれば、奴は少しばかりの痛みで体を硬直させた。
そのまま俺は奴の胸のナイフを抜き取り、それで奴の首を掻っ切る。
ぶしゅりと血を吐き出しながら、奴はごろりと体を横たわらせた。
痛みはそれほど感じていない様子で、必死に声を出そうとしているが力が抜けて行っている。
数秒でだらりと四肢を投げ出して、奴の体はパラパラと粒子になって消えた……こいつは一体。
どうみても傭兵のような装いだった。
防弾ベストに自動小銃を装備していた。
無線機にガスマスクまで用意していて――!
瞬間、味方がロストをしたことを察知した敵たちが気づいて煙の向こうから発砲してくる。
煙の先からマズルフラッシュが見えて、顔の近くを弾丸が通過していく。
俺はすぐに体を動かしてカウンターの奥に飛び込んだ。
……何でこうなるんだよ。俺はただゲームの情報を知りたかっただけなのに!
バラバラと銃弾が放たれる。
カウンターがごりごりと銃弾の雨で削られて行く。
ぱらぱらと木屑や砕かれたカップの中身が降って来る。
俺は頭からコーヒーを被りながら目を細める。
そのタイミングで端末が震えた。
俺はゆっくり思考で通話を繋ぐ。
すると、電話の主はゴウリキマルさんであった。
《マサムネか? 実は今日は早く帰れそうでさ。良かったら、久しぶりに外食でもどうだ?》
「あぁ、良いですね。ゴウリキマルさんは何が食べたいですか?」
《私は……あ、いや! お前の好きなものでいいんだよ! 私に合わせるな! たく》
「すみません。でも、ゴウリキマルさんの好きなものは俺も好きなので、何でもいいんですよ……それに」
《それに? 何だよ》
「……ゴウリキマルさんと一緒に食べるものなら何でも美味しいですから」
《……! お、お前ぇ……もう、ふふ……てか、何かノイズが走ってないか? 何処にいるんだよ》
「あぁ、今はちょっとゲームセンターにいて……厄介な敵と戦うところなんですよ」
《へぇ……まぁほどほどにしておけよ……それじゃあな》
「はい。ではまた……ふぅ」
通話を切り、ポケットからハンカチを出す。
それで頭や顔を拭ってから、ポケットの中にハンカチを戻す。
まだまだ、敵は銃弾を放っており、木屑がはらはらと舞っていた。
もうカウンターの原型はほとんどなく、これが盾として機能しなくなるのも時間の問題だった。
俺は慣れた手つきで拳銃を取り出す。
シリンダーの中を確認し、銃弾が入っている事をチェックしておく。
シリンダーを戻してから、撃鉄を起こす……やるしかないかぁ。
そうして、どうせ逃げても追ってくるのだろうと考えた。
此処でアイツらを始末しておいた方が逃げやすいだろう。
騒ぎを聞きつけた警察が来る可能性もある。
片付けるのなら手早くであり――今だ。
銃の勢いが弱まったのを確認。
俺はそのままカウンターから飛び出して煙の先で揺らめくシルエットに銃弾を撃ち込む。
奴らのマスクに銃弾が命中し、奴らが破壊されたその部位を抑えていた。
その瞬間だけは無防備であり、俺はナイフを構えながら走る。
そうして、一瞬の内に懐に入りナイフを取り出そうとした奴の腕の腱を切る。
そのまま流れるように首にもナイフを刺してから、此方に銃口を向けて来た敵の殺気を感じて死体を盾にする。
そのまま奴は死体に弾をばらまいていて、俺は死体を蹴り飛ばして奴に放つ。
敵は慌てふためき死体と共に転がった。
死体はすぐに粒子となって消えて、俺は残った奴の心臓をベスト越しに突き刺す。
そうして、拳を握ってから首へと打撃を加えて首の骨を破壊した。
ゆっくりと立ち上がりながら扉の先を見つめる……まだいるな。
こいつらを先行させて様子を見ているのか。
仲間の反応が一気にロストしたから、すぐに――違う!!
俺は全身に怖気が走るのを感じた。
だからこそ、そのまま窓の方に向かって走る。
近くにあった椅子を掴んでから、それを窓に向かって放り投げた。
そうして、そのまま砕けた窓から体を滑り込ませて――何かが部屋に投げ込まれた。
それは手榴弾であり――勢いよく爆ぜた。
「嘘だろぉぉぉぉ!!?」
俺は爆風を受けながら外に投げ出された。
背中が少しだけ焼けるように痛かったが無視。
雨を全身に浴びながら空を見つめて、次の瞬間には体が下に落下していった。
「いて、いててて!!」
見晴らしのいい丘の上から下へと転がっていく。
下は崖であり、かなりの高さだが。
途中で生えていた木々に体を巻き込ませながら減速していき。
そのまま斜面を転がるように落ちていった。
暫くして、ようやく平地について……ひでぇな。
見上げれば、さきほどまでいた喫茶店が燃えている。
中の人たちはまた生き返るだろうが、店の修理は大丈夫なのか。
保険もあるにはあるらしいが……祈っておこう。
店主の人が報われる事を静かに祈る。
そして、俺はそのまま林の中へと体を進ませていった。
あの手榴弾は警告だったのか。
これ以上、ハカセに関われば痛い目に遭うと言う。
恐らく、最初の睡眠ガスも俺とハカセを捕まえるのが目的だったんだろう。
もしも捕まっていれば何をされていたのか。
少しだけ背筋をぞくぞくさせながらも、俺は遠くでサイレンの音が聞こえているのを感じた。
店まで破壊すれば、そりゃ警察も動くよねぇ……早く逃げよう!
俺は完全に被害者であるものの、事情聴取を受けるのはすごく面倒くさい。
だからこそ、此処はさっさと退散するのが吉だ。
奴らの激しい攻撃によって店は破壊されて、監視カメラの映像も綺麗になくなっただろう。
俺が入って来た映像は残っているかもしれないが。
あの攻撃で死んだと思ってくれる筈だ。
……にしても、妨害工作ねぇ……前世とやってる事そんなに変わらない気がするなぁ。
傭兵としてではなく、プレイヤーとしての依頼だが。
企業の陰謀を食い止めるという意味では、もう遊びの範疇ではないのではないかと思ってしまう。
まぁこれも一つのゲームだと自らに言い聞かせながら、俺は腕に刺さった枝を折る……いてぇ。