7 脱出
ゾロの鍵を手に入れて、本格的にこの大陸から旅立つ方法を探すことになった。
とりあえず、アマルが王様から情報を仕入れてきたらしい。勇者の息子だから優遇されているのか、それとも分け隔てなく情報をくれるのか。
「この大陸のどこかに、他の大陸に転移できる場所があるらしいよ」
「じゃあ情報を集めて探すしかないね!」
「俺は聞いたことねぇなぁ」
「……ちょっと待ってよ?アタシの村で、旅人が通ってきた道の話を聞いたことある」
「ルーナの故郷は遠いのかい?」
「そうでもない。夜までには着くよ」
「行ってみるか。有力な情報を得られるといいな」
手掛かりを求めてルーナの故郷へ向かうことに決める。
目指す村の名はレノン。
夜になる前には村に辿り着いた。
「既に懐かしい~。久しぶりだぁ」
「大袈裟なこと言ってら。まだ大して旅してねぇのに」
「村には二度と戻らない覚悟だったの!」
「覚悟は必要だけど、帰る場所があるのはいいことだと思う。心が安らぐよね」
アマルの言う通りだと思うが、帰る場所…か。
俺の場合は元の世界、いわゆる現代ニッポンってことになる。けど、部屋で煙を吸い込んだあと、どういった経緯でこの世界にいるのか不明。
死んでいるのかもしれないし、実は漫画でよくある夢オチ的な状況ってこともあり得えなくはない。
もしこの世界は空想で、俺は病院のベッドで生き永らえているとしたら、部屋の家賃も払えないし仕事もクビになるだろう。
独身で、親兄弟も故郷で暮らしてる。部屋を引き払われてしまうと、元の世界に帰れたとしても住む場所がないんだが。
深く考えても仕方ないか。実家暮らしになるだけで、田舎嫌いでもないしそれもいい。
「さっそく行こ~」
ルーナの実家に向かうと、普通に歓迎された。
「もう冒険の旅は終わったのか。世界は狭いなぁ~」
「そんなわけないでしょ!まだ始まったばかりだっての!教えてもらいたいことがあって来たの!」
「はっはっ!冗談!冗談!」
なんというか、和む父娘の会話。
「で、なにが知りたいんだ?」
「昔、他の大陸から旅人が来たことあるって言ってなかった?どこから渡ってきたかわかる?」
「ん~?…あぁ、思い出した。南東にある祠だったはず」
「遊びで行ったことあるけど、なにもなかったよ?中が急に広くなってるくらいで」
「お前が生まれて直ぐに地震があったことを覚えてるか?」
「さすがに知らないよ」
「それまでは人が通れる通路があったけど、地震で天井が崩れて塞がった。父さんが子供の頃は、その先に鉄格子みたいな扉があってなぁ、その先から来たって言ってたな」
「ってことは、崩れた土砂を取り除く必要があるってことね!」
崩れた土砂を取り除く…か。
「な~んかいい方法ないかなぁ~?」
「とりあえず掘るか!」
「コツコツやるしかないかもしれないね」
普通だったらタイガの案が現実的。ただ、ゲームの世界では真面目に掘って開通…なんて選択はない気がする。おそらく別の手段があるはずだ。
「タクはどうするべきだと思う?」
「手っ取り早く壁を崩す方法は…爆破だろうな。爆薬を入手できればの話だが」
この世界にダイナマイトのような爆薬が存在するだろうか。
「それなら村外れに住んでるタマヤの家に行ってみろ。なんとかなるかもしれん」
「お父さん、ありがとう!直ぐに行ってみる!」
行ってみろったって、こんな小さな村に爆薬を作ってる奴がいるとは思えない。ただ、得た情報に従って冒険するのはRPGの鉄則。兎にも角にも訪ねてみるか。
空振りに終わっても、新たな情報が掴めたら御の字。村の外れもさほど遠くはない。
「タマヤおじさぁ~ん。爆弾ってあるぅ~?祠の壁を壊したいんだけどぉ~」
玄関で呼びかけると、人のよさそうな男が顔を出した。
「幾つかあるぞ。いるなら1つ持ってけ」
「ありがと!助かる!」
予想に反して簡単にゲットできた。
タマヤは国家転覆を狙う過激派なんだろうか…。いや、名前からして花火師だろう。そうに違いない。
無条件に譲渡するなんて現実にはあり得なくても、ゲームでは『そんなバカな!』ってことが普通にスルーされる。いちいちツッコんでられないし、ストーリーも進まない。
…ん?
「ちょっと待て」
「なによ?」
「爆弾……俺が持つのか…?」
ルーナは、さも当然といった風に俺に差し出した。ありがちな球型の爆弾は、大きさが俺の頭くらいで短い導火線が付いてる。
ユーモアのセンスがない俺でも「収穫したスイカのヘタか!」ってツッコみたくなる短さで、秒で燃え尽きること必至。
「パーティーのお金もアンタに預けてるよね」
「だから?」
「大事なモノを持つのは、タクの担当でしょ」
「そんな取り決めはしてない」
「ぐだぐだうるさいなぁ。とにかく、はいっ!」
「おいっ!!投げんなって!」
不意打ちでラグビーボールのようにパスしてきた。どうにか優しく受け止め、間一髪でセーフ…。
投げて渡すなんてどんな神経してんだ。落としたら、あっという間に全員御陀仏だったかもしれない。
不本意でも、受け取ったからには慎重に運ぶしかない。背負って知らぬ間に落とすのは嫌だから、腹の前で抱える。
結構重いのに、誰も手作ってくれそうにないな。協力を仰ぐとするか。
「おい、タイガ。戦士だから力あるだろ。交代しながらでいいから、運ぶの手伝ってくれ」
「俺は戦えないお前を守る役だぜ。両手を塞ぐわけにはいかねぇ」
一応、話の筋は通ってるな。
「アマル。勇者は危険に身を晒すのを恐れないよな?手伝ってくれ」
「僕だって怖いモノは怖いよ。でも、ちゃんと近くで見守ってる」
アマルは単なる我が儘勇者。
ルーナには聞くまでもない。明後日の方角に顔を逸らして無視を決め込んでやがる…。
…しょうがない。コケたりしたら足元に投げつけて、爆発の衝撃で全員を道連れにすることに決めた。1人で死んでなるものか。
ゲームじゃ持ち物の中に表示されるだけでも、現実に運ぶとなれば恐くて仕方ない。
移動中に当然モンスターと遭遇する。両手が塞がってる俺は役に立たない。
いざとなったら最終兵器として敵にぶつけるつもりだったのに、3人がきっちり倒しながら先に進む。心配するような事態は起こらず祠まで辿り着いた。
「崩れたのって、この部分っぽくない?」
「そうだな」
祠の中を見渡すと、壁の色が違う部分がある。天井と同色なので、この部分が通路だったと推測できるが確証はない。
「吹っ飛ばそうぜ」
「タイガ、爆弾仕掛けてくれ」
「嫌に決まってんだろ」
「俺だってここまで嫌々運んだんだ。仕掛けるのくらいお前らがやれ」
「あとセットして爆破だけじゃん。簡単でしょ~」
「じゃあ、ルーナがやれ」
「やだっ!危ないから!」
コイツら…。人をなんだと思ってやがる。
「おらっ!」
「バ、バカ野郎っ!いきなりなにすんだ!」
爆弾をタイガにパスしてやった。ビビりながら受け取って、直ぐ隣のルーナにバトンパス。
「やめろ~っ!めっちゃ怖い~!どっりゃあ!」
「うわぁ!乱暴に扱っちゃダメだよ!投げるなら高く投げないと危ない!」
アマルも標的になる。勇者だか知らないが、パーティーメンバーは容赦しない。おっさんを1人だけ酷使した罰だ。俺の気持ちを少しでも味わえばいい。
こういうのをテレビのバラエティで見たことある。どんどん膨らむ風船がいつ破裂するかわからなくて面白い。俺達の場合は、爆破したらその時点で人生が終了するけどな。
阿鼻叫喚で爆弾を押しつけ合っていた3人だったが、俺の手に戻ってきたところで真剣に考える。
「壁を吹き飛ばすにしても導火線に着火しなきゃいけない。ルーナが離れた場所から『火球』で狙ってくれ」
「えぇ~。アマルも詠唱できるよ」
「ルーナの方が命中率が高い。安全に遠くから狙える」
同じ呪文を使えても、詠唱してる回数が違う。命中率に勝るルーナに頼るほうが確実性がある。
「やるしかないんだ。この短い導火線に火を着けてから投げて、退避が間に合うと思うか?」
「無理だね。よっしゃ、やるかぁ~」
壁の前に爆弾をセットしても、ルーナが離れる気配がない。まだかなり近くて、10メートルあるかないくらいの距離。
「もっと離れたほうがいいと思うぞ」
「これ以上離れると当てる自信ない。かなりギリ」
「じゃあ、唱えて猛ダッシュで離れる」
「了解」
せめて背中に盾を背負う。爆弾の威力に太刀打ちできないとわかっていても、気休めでもないよりマシ。
「逃げ遅れたら俺が盾になってやるから心配するな。お前は絶対に死んだりしない」
「うん。じゃあ、やってみる」
この言葉も半分は気休め。ただ、緊張するときほど落ち着いて平常心を保つことが肝要。
集中してじっくり狙いを定めるルーナ。真剣な表情から緊張が伝わってくる。俺の予想だと、この距離なら高確率で命中するだろう。戦闘でも当ててる距離だ。
「よ~し。いくよ」
「頼んだ」
「ふぅ………『火球』」
放たれた呪文は爆弾に向かって一直線。ストライクゾーンを捉えてる。
「当たるっ!逃げるぞっ!」
「オッケー!…って、いったぁ~!」
全力で退却しようとしたルーナが見事にコケた。
起こしてる時間はない。なんせ短い導火線だ。がばっと上からルーナに覆い被さると、耳をつんざく轟音と共に背後から爆風を背中で感じる。
「いってぇ…」
天井からパラパラと小石が降り注ぐ。鼓膜がやられて耳鳴りが止まらない。
想像通りの威力だ。タマヤの奴はクーデターでも起こそうとしてるんじゃなかろうか。こんな爆弾を何個も所持してるなんて、正気の沙汰じゃない。
「早くどきなさいよっ!このスケベっ!」
「あぁ、悪い」
ルーナの苦情が聞こえてホッとする。立ち上がって振り返ると、壁が吹き飛んで通路が露わになっていた。どうやら成功したってことでいいな。
「先に進めそうだぜ」
「予想通りだったね」
「お前ら、逃げ足速いな」
前衛の戦士と勇者は全速力で逃亡した。そして、俺の台詞を完全に無視してやがる…。まぁ、全員無事だったからいいか。
奥に進むと聞いたとおり鉄格子の扉があって、その奥には不思議なオーラが立ち昇る祭壇のようなものが見える。
「あの上に立つんじゃない?!で、転移するんだよきっと!」
「でも、扉には鍵がかかってるね」
「っしゃあ!俺の出番だろ!ぐぎきぎっ…!うぉらぁぁっ…!!」
両手で鉄格子を掴み、ゴリラのように無理やりこじ開けようと奮闘するタイガ。顔が真っ赤に染まってもビクともしない。
そんな努力を横目にゾロの鍵を鍵穴に差し込んで回すと、カチンと鍵が外れる音がした。
「わかってたんなら最初からやれ!俺がバカみてぇじゃねぇか!」
「もしかしたらと思ってな。それに、大した力だった。開くと思ったぞ」
シナリオの流れは忘れていても、古いゲームでシナリオを進めるにはお決まりのパターンがある。苦労して入手したアイテムが物語を先へと進める鍵になるんだ。逆に言うと、手に入れなければ絶対に進めない。
「この祭壇に載ったら、僕らはどこへ行くんだろう」
「別の大陸だよ!楽しみ~!」
「こっからが…本当の冒険の始まりかもしれねぇ!」
転移すると決まったわけでもない。けど、ほぼ間違いなくそうなる。
さぁ、新たな場所へ出発だ。