6 塔
塔に足を踏み入れて、1階フロアをしばらく探索すると、幾つかの階段を発見した。
「上にも下にも行けそうだぜ」
「どうする~?アタシはどっちでもいいよ~」
「僕の勝手な意見だけど、上に登るのが気持ちよさそうだよね。地下を潜って来たし」
「確かに最上階の景色は気になる」
外から見た感じだと、3~4階層だと思う。中と外の比率が見た目通りなら…の話。
「よっしゃ!まず上からだろ!」
「どっちにしても全部行くでしょ!宝箱探したいし!」
上に進むと、出現するモンスターも変化。幻覚の呪文で視界を奪う厄介な魔物も出現する。
「ん~…!『火球』!」
「…あっぶねぇ!!どこ狙ってんだ!俺に向かって撃つんじゃねぇ!」
「ちゃんと敵を狙ってるっつうの!」
「ルーナ!幻覚に呪文は危ないよ!効果が薄れるまで防御優先がいいと思う!」
「アマルの言う通りだ。無闇に攻撃すると同士討ちになる。タイガも落ち着け」
どうにか倒して少しずつ先に進むも、体力も魔力を削られて状況は厳しい。
明らかに最上階まで保たない。提案させてもらおう。
「この辺で一旦撤退しないか?」
「だな。さすがに疲れたぜ」
「アタシも呪文は無理っぽい」
「2階に進んだだけ前進だよ。また来ればいいのさ。町に帰ろう」
1階に下りて出口へ歩いていると、下りの階段が目に入る。
ふと、この塔の地下には珍しいモノがあったような気がした。
思い出せないけど……なんだったか…?
今度来たときは地下に行ってみよう。
「タク、なにか気になるのかい?」
「ちょっとだけ地下が気になる」
「覗いてみるかい?」
「いいのか?寄り道になるけど」
「直ぐそこじゃないか。僕も興味がある。下りてフロアを見るだけならいいだろう?2人はどう?」
「別にいいぜ」
「いいよ~。でも見るだけね~」
揃って地下への階段を下りると…。
「いらっしゃいませ」
そこはまさかの宿屋だった。
★
宿を発見してからは、焦らず度々回復しながらゆっくりと攻略を進める。
宝箱ももれなく回収。
「この種、なんだろ~?」
「能力強化の種だ。食べたら少しだけ能力が向上する。その色は賢さが上がる種で、ルーナが食べるといいかもな」
「ホントに?毒とかじゃないよね…?」
「物騒なことを言うな」
ちゃんとアイテム名が表示されてる。
「薄々思ってたけどよ、タクって物知りだよな」
「お前達もわかってるんじゃないのか?」
俺のは、薄ら根付いた知識と、ステータスに名前が表示されるおかげだから自慢にもならない。
「普通はわかんねぇよ。道具屋に持ってって教えてもらうってのが当たり前だ」
「タクは『鑑定』できるのかもしれないね」
「そんな特技があるのか?」
「商人ならできるらしいよ。君は違うけど、そんな人がいてもおかしくない」
「見立てが間違ってる可能性もある。そうだったらすまん」
「えっ!もう食べちゃったけど!?」
「…ルーナが食いしん坊ってことになるな」
「言いがかりは許さんっ!!」
しばらく追いかけ回されてしまった。
その後は、レベルアップの甲斐もあって順調に最上階まで辿り着いた。
なぜか壁には扉があって、控え目にノックしても反応はない。
「とんでもねぇモンスターとかいたりしねぇよな…?」
「その時はその時だよ。皆で協力して挑めば怖くないさ」
アマルは動じないな。
「よし。開けるぜ…」
扉を開けて中を覗くと…普通に質素な部屋のようだが誰もいない。
いや…。いた。
「こんな場所に住んでた奴がいたのかよ」
「魔物にやられて死んじゃったのかな?」
服を着た白骨が床に横たわってる。
姿がデフォルメされててよかった。リアルだったらかなり怖かったと思う。
「こっちに宝箱があるぜ。ルーナ、開けてみろよ」
「いいけど」
ルーナがそっと開けようとして…。
「わっ!!」
「きゃぁぁっ!!」
タイガが後ろから驚かせた。
「だはははっ!骨を見たからってビビりすぎだろっ!…ぐはぁっ!!」
「…ふざけんなっ!この…筋肉バカ!!」
怒ったルーナは、涙目で殴りつける。
「このっ!このっ…!」
「そんなに怒んなよ!冗談だろ!」
「うるさい!」
「2人とも、落ち着いて。ケンカはやめてくれ」
騒ぐ仲間を無視して部屋の中を見渡すと、テーブルの上に古ぼけた手帳が置いてある。
手に取って目を通すと、白骨の主が書いたと思われる日記のようだ。
盗賊だったこの男は、世界中で盗みを働きながら、流れ流れてこの塔のてっぺんに住み着き、病に罹って誰にも知られず孤独のうちに息を引き取った。
亡くなるまでの過程が書かれているけれど、内容は悲観的な文章ではない。恨み辛みは記されおらず、死を受け入れて、この地を訪れた者に世界を旅するのに必要なモノを託す…と。
どんな気持ちでこの手紙を書いたのか読み解くことはできない。
「箱の中には鍵が入ってるよ~」
「タクに鑑定してもらおうぜ」
手に取って確認すると、『ゾロの鍵』と表示された。
「世界中で使えそうな鍵だ」
皆にも手帳を見せる。
「本人がいいってんなら、遠慮なくもらおうぜ」
「私達は盗賊になれないけどね」
「盗賊だってのに、財宝は1つもねぇのな」
「誰かに持っていかれたんじゃない?それか、盗賊として大したことなかったのかも」
にわかに盛り上がっている2人。
「アマルはどう思った?」
「どうって?」
「盗賊の住む部屋なのに、なぜ盗んだ金や宝がここにないと思う?」
「ルーナの言った理由があり得そうだけど、そうでなければどこかに隠してあるか、そもそも存在しない…かな?なぜそんなことを聞くんだい?」
「この男は、義賊かもしれない」
「義賊って?」
「人助けのために悪人から金や宝を盗み、盗んだモノを困っている人に配ったから、宝は1つもない…のかもな」
「誰かのために悪事を働くなんて、悪が悪を懲らしめるような所業だね…。僕なら違う方法で人を救いたいと思う」
「それでいいんじゃないか」
おっさんは小出しで思い出すから困ったもの。
この世界を旅していくと、盗賊ゾロの真実を知ることができる。
強制イベントじゃなく、聞かなくてもゲームをクリアするのに支障ないような、彼に救われたという1人の町民のセリフで。
正解がない問題に、勇者はどう答えるか聞いてみたくなった。
「もしそうだとして、タクは共感できるかい?」
「自分の正義だと信じたら、誰になんと言われても突き進むだけ…だったのかもしれないな」
「そうかぁ。正義って難しい…」
若い勇者アマルは、これから多くの壁にぶつかるだろう。おっさんのよもやま話で真剣に頭を悩ませるくらい純粋なのは、素直すぎてちょっと心配ではある。
「随分と古い手帳だ。孤独に息を引き取って何年経つか知らないが…この場所に居続ける理由もないだろう」
このまま遺骨を放置しておくのは忍びない。
『昇天』
覚えたての呪文を唱えると、ゾロの骨は霧散するように消滅した。
着ていた服と手帳は、鍵が入っていた宝箱に仕舞ってそっと閉じる。
「タクは、なにをしてるんだい?」
「たとえ盗賊でも、この世に存在した証を残してやりたい。もらった鍵の代わりに」
誰かが足跡を辿って来たとしたら、ゾロはここで生きていたという証を発見できる。誰かにとっては宝物かもしれない。
「おい、アマル!タクもさっさと行くぞ!」
「町に帰ろうよ!」
「そうだね。行こうか」
「帰ろう」
宿の主人が言うには、塔の地下はこの大陸の幾つかの場所に繋がっているらしい。俺達が来た洞窟もそうだし、城の地下にも繋がっていると言う。
けれど、アマルは「外に出よう」と提案してきた。
「塔で鍛えてる内に、呪文を覚えたから使ってみたいんだ」
「気になる!どんなの?!」
…あぁ。
状況からして、あの呪文か。
「じゃあ、唱えるよ。『瞬間移動』」
気付けば町の入口にいた。
「…ルビニアンの入口だ!」
「一瞬で帰ってきたんか!?すげぇ!」
「行ったことのある町に飛べる呪文だよ」
今後も重宝することになる呪文。
「このあとはどうすんだ?ゆっくり休むか?」
「結構金が貯まったから、装備を買いに行こう。そのあと休むのはどうだ?」
「やることやったら、1人で酒飲もうって算段だろ」
「酒代は自分で稼ぐぞ」
「タクだけちょっとずつレベル上がっちゃうんじゃないの?」
「酒代だけ稼げばいいから、経験値は大したことない。一緒に稼ぐか?」
「面倒くさいから私は休む!」
塔にこもっていたから何日かぶりなのと、酒が美味すぎて水のように飲み干せる自信あり。
「大して美味くもねぇ酒なのに、よく飽きずに飲めるな」
「なんだって…?」
今のセリフは聞き捨てならない。
あの酒が不味い…?現世なら間違いなく高級品だ。
「ルビニアンの酒が安いのは、世界の酒に比べて不味いからなのは常識でしょ」
「故郷の酒は馴染むけど、余所の酒の方が格段に美味しいね。その分値も張るんだけどさ」
なんてこった…。楽しみすぎる。
「こうしちゃいられない。さっさと世界に出るぞ」
「アンタの酒好きに付き合って冒険しないっての!」
なんと言われようと、楽しみが増えた。
旅先での楽しみがあるに越したことはない。
この世界も悪くないな。