3 酒場
夜までやることがなくなったので、お金を稼ぐためにフィールドに出ることにした。
この世界の酒に興味がある。酒を飲むのは唯一の趣味と言っていい。
当然、飲むにはお金が必要だろう。酒の一滴は血の一滴。
それと、暇な時間を使って今の内に稼いでおこうという作戦。ついでに汗もかいて一石二鳥。
「このっ…!くらえっ!」
少しずつ戦闘に慣れてきた。
ただ、棒切れでは大したダメージを与えられなくて疲れる。効率を上げるために、ちょっといい武器を買いに行くべきか。
町に戻って武器屋へ。
「ここは武器と防具の店だ。どんな用だい?」
「武器が欲しいんだ」
品揃えを見ると、今の手持ちで買えるのは…こん棒だけか。
手に取ると、ただの太くて硬い棒。ただ、これだけでも違うはず。ちゃんと攻撃力のステータスも上がってる。
「毎度あり。いらないなら、その棒切れも買い取るぞ」
「助かるよ」
ついでに道具屋に寄って薬草も買っておく。調子に乗ってやられてしまったら元も子もない。
…ゲームをやってた頃を思い出してきた。こうやって地味に経験値とお金を稼いだ記憶が蘇る。
防御力を上げた方が安全に冒険できる。だから防具から揃えるべき……という最もらしい理屈を攻略本で読んだ気がする。
でも、コツコツHPを削られると結局回復しなきゃいけないし、倒す時間は変わらないのが嫌で武器先行派だった。
その後も町の外でモンスターを探し、倒したり逃げたりでお金に余裕ができた頃、一気に夜の帳が下りきった。
…よしっ!いざ酒場へ!
明かりが灯るリリーの酒場に足を踏み入れると、開店直後なのか人の姿は多くない。すぐさまカウンターに向かう。
長髪の彼女がリリーだろう。
「いらっしゃい。初めて見る顔だね」
「昨日来たばかりなんだ」
「そっか。ここはリリーの酒場。冒険者達が仲間を求めて集まる出会いと別れの酒場よ」
そうだった。この酒場は、勇者が仲間を加えたり外したりする場所。
酒を飲むことしか考えてなくて、そっちは完全に忘れてた。
「酒を1杯飲ませてほしい」
「いいわ。なんにする?」
「喉が潤うようなオススメを」
「了解」
女性が差し出した小さな樽のようなコップの上部に、ビールのような泡が覗いてる。なんとなく見た目は美味そう。
受け取って、喉を鳴らしながら一気に飲み干した。
なんだこの酒…。
美味い…。いや、美味すぎる。
ビールよりキレがあって飲み応えがある。ガツンとアルコールを感じられて、喉ごしも抜群。しかも、冷えてないのに美味い。
常識を覆す飲んだことのない酒。どうせ『不味い』か『味がない』の2択だと予想していたから驚きしかない。
「いい飲みっぷり。もう1杯いく?」
「そうしたいけど、この酒は高いんじゃないか?」
「1杯1Gだけど、高いかな?」
「なんだって?!安すぎる…」
「あははっ。そう思うならもっと飲んでって」
「お代わりを」
「はいよ」
この世界で過去最高に美味い酒に出会うとは。この酒を飲めるだけで、駆け回ってモンスターを倒した甲斐がある。
駆けつけ3杯いかせてもらった。
「アタシはリリー。貴方は?」
「俺はタク」
「タクは冒険者なの?」
「違う。この国には初めて来た町民で」
「あははっ。町民って自分で言う人初めてかも。でも、冒険者っぽい雰囲気ある」
「そうか?酒場の客は冒険者ばかり?」
「そんなことない。誰でも来てくれて有り難いよ」
「この国には有名な勇者がいたって聞いたけど、その仲間達もこの場所から旅立ったのか?」
「カルデルのことを言ってるならそうよ。私の母親がやってた時代に、この国から旅に出たんだ。魔王を倒すってね」
「へぇ」
「私がまだガキんちょだった頃さ」
先代勇者の行方はどうだったか…。その辺りはまったく記憶にない。
「その勇者に子供はいるのか?」
「いるけど、なんでそんなこと聞くの?」
「まだ魔王は倒されてないよな?」
「そうね」
「俺が子供なら気が気じゃないと思って」
「普通はそうだけど、いろんな国で見かけたって情報が入ってくるんだよ」
「そうなのか」
「ただ…何年か前に目撃情報がパタリと途絶えた。それだけが気になってる。そう簡単にはやられそうにない強い男だったんだけどね」
チリン…と入口のドアベルが鳴った。
入ってきた男がカウンターに向かってくる。
「珍しい。噂をすればだよ」
「もしかして…」
男はリリーの前で立ち止まった。
「リリーさん。こんばんは」
「アマル。ここに来たのは子供のとき以来じゃない?」
勇者はアマルという名か。見た目はかなり若い。
「リリーさん。僕も今日から大人の仲間入りだよ。だから、旅に出ようと思って来たんだ」
「もう成人かぁ。まさか…カルデルを探しに行くつもりなの?」
「うん。見つけて、できるなら父さんの力になりたい」
「それは…魔王に挑むことだってわかってるの?」
「もちろん。そのつもりだよ」
「わかってるならいいけど、マーラは?」
「母さんは「行ってきな」って背中を押してくれた。王様にも挨拶してきたよ。こん棒とかお金をくれてさ」
渡すなら安くてもせめて剣にしろ…と思うのは俺だけか?
仮にも王からの餞別品。余程貧乏な国なら別として。
「一緒に旅してくれる仲間を探しに来たんだ」
「なるほどね。今いるのは3人だよ」
リリーは俺を見た。店内を見渡すと、他に2人いる。
「まさか…俺も頭数に入ってるのか?」
「もっちろん♪」
「冗談はよせ。ただの客だし、こんなおっさんを仲間にしても仕方ない」
「おっさん?誰が?」
「誰って…俺だけど」
「う~ん…。アマル、この人どう見ても若くない?」
「僕と変わらないくらいに見えるけど」
「マジか…」
自分の顔を一度も見てないから気付かなかったけど、若い風貌なのか。
「俺は冒険者でもないし、期待には添えないと思う」
「それは登録してないからでしょ」
「登録?」
「この酒場で職業を登録すると、冒険者になれるのよ」
「なんで?」
「なんでって言われても、そうなのよ」
…ファンタジーな世界だ。
つまり『そういう制度』で、細かい理由なんていらないことを理解した。
「彼だってやる気のない男とパーティーを組みたくないだろ?」
「僕は君と組んでみたい。根拠はないけど、上手くやっていけそうな気がする」
初対面なのに、いい笑顔を見せる。
「楽観的すぎだと思うぞ」
「そんなことない。勘は鋭い方だと思うんだ」
アマルは他の2人の元へ向かった。
「タクって、真面目すぎるって言われない?この酒場にはいろんな人が集まるけど、初対面でパーティーを組むのは普通のことだよ」
「それは知らなかった」
「だから出会いと別れの酒場なの」
「なるほど」
「長年働いてる私の勘なんだけど、貴方は冒険者に向いてる。しかも、面白いタイプ」
「とりあえず、酒のお代わりを」
「はいはい」
出会って直ぐに惚れた腫れたが始まるドラマの世界みたいで、古くさい俺の感覚とは随分違う。
もしくは欧米って感じか。行ったことはない。
けど、ゲームでやってると違和感がないのは、現実には起きないことが面白いからかもしれない。
さらに2杯飲み干したところでアマルは戻ってきた。さっきまで話していた若い男女の客と一緒に。
「リリーさん。2人とパーティーを組むことに決まったよ」
「あらそう。2人も初めて見る顔ね。さっそく登録する?」
本当に初対面でパーティーを組むのか。この世界には、かなりの数パーティーが存在するってことになる。
「…で、タクはどうするの?」
「どうするって…どうもしない」
「パーティーって、4人編成が原則なんだよ~」
「もう少し待ってたら、誰か来るんじゃないか?」
「冷たいわね~」
「普通だよ」
無責任なことを言いたくないだけ。
アマルが隣に座った。
「なぁ、タク」
「ん?」
「君は、なにかやりたいことがある?」
「やりたいこと…?」
特に思い浮かばないけど…強いて言えば元の世界に戻ることか。
「あるといえばある」
「ここにいて、できることなのかい?」
「どうだろう。わからない」
「だったら、僕らと世界に飛び出してみないか?叶える方法が見つかるかもしれない旅に」
「願いを叶える旅…」
実際、この町にいてもなにも変わらないかもしれないし、まだ2日目で特にやりたいこともない。
この機会を逃したら、外の世界に飛び出したくなっても行けない可能性もある…か。
誰もパーティーなんか組んでくれないだろう。まず、俺が人を誘える気がしない。
打算的な考えであっても、チャンスと言えばチャンス。
「ちょっと訊きたい。別に一緒に行くのは俺じゃなくてもいいよな?他に冒険者がいたら誘ってたろ?」
「いや。あり得ないね」
「なぜ?」
「こうして巡り会ったのは運命だからさ。君がこの場にいてくれたのがね」
「4人揃ったのは、偶然じゃないって言いたいのか」
「僕はそう思ってる」
アマルは爽やかに笑う。
不思議な男だ。人を惹きつける魅力がある。人の上に立つ者が備えるカリスマ性のような雰囲気を醸し出してる。
一緒に物事を成し遂げたくなるような。
「…生まれてこのかた運命を感じたことはないが、縁は大切にするべきだと思ってる」
「じゃあ、いいのかい?」
「俺が冒険の役に立つかわからない。それでもよければ」
「ありがとう」
握手を求められて、がっちり交わす。やっぱり欧米風の文化。
しっかし、冒険なんてしたことないからどうなることやら。性格上、ゲームキャラのような大胆な行動はとれそうにないから、先行き不安ではある。
まぁ、決めたからには粛々とやるだけ。仕事と同じで、そう思ったら気が楽。
達成すべき最終目標は、『現世に戻る方法を見つけること』に設定しておくか。
「話は決まりね!じゃ、全員こっち来て!」
リリーに呼ばれて2階に向かった。