2 フィールド
今後は、ゲームの世界にいるという前提で行動することに決めた。
違うと判明したら方針転換すればいい。悩んで立ち止まっても問題は解決しないのだから、とりあえず仮説を立てて行動する。
あてもなく移動を始めると、遠くに城のような建造物が見えた。城下町らしき建物の集合体も見えてる。
いかにも人がいそうだ。まずはあそこを目指そう。
俺の知るゲームの世界だとしたら、主人公は城下町からスタートする。消息不明になった勇者と呼ばれる父の後を追って、王様に有り難い言葉をもらってから旅に送り出される。
あの城がそうとは限らないけれど、闇雲に動くよりはマシだ。とにかく行ってみるしかない。
できる限りモンスターに遭遇しないように行きたい……なんて甘い考えが通用するはずもなく、見事にエンカウント。
兎っぽいのと、人の顔した蝶が現れた。リアルな造形なら怖いと思うけれど、やっぱりゲーム感が強くて恐怖感は薄い。
「はっ!」
何発か攻撃を食らいながらも、棒を振り回してなんとか退治する。
「きっつ~…。もの凄く今さらだけど、剣道とかやっとけばよかった」
デフォルメされた姿でもしっかりキツい。この歳になってモンスターと戦うハメになるなんて夢にも思わなかった。
倒したモンスターから貰えた報酬は、金と…ただの草。
なんだこれ…?
もしかして薬草か。もしくは毒消し草あたりと予想してみる。
「どうやって使うんだ?食べるのが普通だよな」
ほんのちょっと齧ってみると…もの凄く苦い!
「ぺっ…!ぺっ…!無理すぎる」
通常、ゲーム上ではアイテムをコマンドで使用する。『つかう』を選択するだけの簡単操作。
ステータス画面とかメインコマンドのウインドウを開ければいいけど。
画面は…確かこんな感じだったような気が…。
「おわっ?!」
記憶を辿っていたら、眼前にメインコマンド画面が現れた。白文字で浮き上がって見える。
「こういうの…あったなぁ。懐かしい」
便利なことにカーソルは脳内操作できて、動かしたければ念じるだけ。ちょっとだけエスパーになった気分。
「やっぱり薬草だった」
所持アイテムを見てみると、『やくそう』の文字が。手に持ったまま自分に使ってみると、シュッ!と手の中から消えた。
「ちゃんとHPが回復してる。っていうか、いつの間にかレベル2になってるな」
たった2回の戦闘でレベルアップしたのか。久しぶりにあの音が聞きたかったけど。
テッテレ~テッテッテッテ~♪
せめて脳内で奏でてみよう。
ステータスには『パワー』や『俊敏性』、『体力』『賢さ』の他、幾つかの定番パラメータが表示されてる。
「キャラクターとしての俺の名前は…【タク】か。本名からとってるっぽいな」
改めてなんでこんなことに?
…なんて疑問が浮かべども、1人で考えても多分永遠に答えは出ない。
わからないことばかりでも、前向きに行動しよう。久しぶりに新入社員に戻ったと思えばいい。いろんな人に物事を教わればいいんだ。
嘆くだけじゃ事態が好転しないのは、中年が学んできた人生経験。
しばらくフィールドを歩き続けながら、ふと思った。
「日が暮れ始めたってことは…夜が来るな」
俺の朧気な記憶が確かなら、夜はモンスターの出現率が上がる。それまでに町に辿り着きたい…と思いながら、ある懸念が頭をよぎる。
「…やっぱりか」
周囲はあっという間に夜になった。このゲームには、夕方の概念がなかった気がしたんだ。
次々にエンカウントする。
「こう連戦だと、素人にはさすがにキツい…が、経験だけは豊富なおっさんをなめるな…。三十六計逃げるに如かず!」
モンスターに回り込まれながらもどうにか逃げ切って町に辿り着いた。
残りHP僅かで辿り着いたものの、町の中はすっかり夜の装いで、誰も出歩いてない。
「宿屋はどこだ…?」
回復と言えば宿。泊まれば体力も回復するし、朝にならなければ情報収集もままならない。
【INN】の看板を探し歩くと、直ぐに発見できた。
中に入って初めて人に遭遇する。やっぱりゲームキャラで間違いない風貌の店主。
「旅人の宿にようこそ。一晩2Gですが、お泊まりになりますか?」
「泊まらせてもらいたい」
所持金は足りる。良心的な値段に感謝だ。
先に支払って部屋に向かうと、簡素なベッドが置かれているだけ。それでも、思った以上に疲れていたのか、酒も飲んでないのに泥のように眠った。
★
翌朝。
窓から差し込む陽の光を浴びて起床すると身体が軽い。ちゃんと回復してる。
夢を見た記憶がなくても、普通に寝て起きた。この世界が夢じゃないことは確定。
宿を離れる前に店主に話を聞くことにする。
まずは、この土地について。
「ここはルビニアンの城下町ですよ。知らずに来たんですか?」
「この国に初めて来たんだ。話を聞いてもいいか?」
「もちろんです」
意外なことに普通に会話できる。てっきり決まった台詞を言うだけだと思っていたので少し意外だった。
ルビニアンは勇者の生まれ故郷で、旅立ちの町の名前…だった気がする。
「立派なお城だけど、王様の居城なのか?」
「ええ。国を治める王の名はカルロ17世。世界の中では小さな大陸の小国ですが、周辺のモンスターも凶暴ではなく、平和でいい国なのです」
遙か昔は世界でも指折りの帝国であったが、戦争に敗れ現在の領土のみに落ち着いた国らしい。
そんな設定があったか?まったく覚えてない。
その後も気になることを幾つか確認してお礼を告げる。
「いろいろと教えてくれてありがとう。タメになった」
「いえいえ。いってらっしゃいませ。またのお越しをお待ちしています」
宿を出て少考する。
この国は、勇者を輩出した国で間違いない。うろ覚えでも、記憶にある情報とほぼ一致する。
「どうしたもんか」
今後の身の振り方を考えよう。ただのモブ町民である俺は、魔王を討伐する旅に出る必要がない。
このゲームのストーリーにおいて重要な役割ではないはず。この町に留まって、元の世界に帰る方法を探してみるべきか。
「あ~、あ~。んんっ…。こんにちは。ここはルビニアンの城下町だ」
「よく来たなっ!ルビニアンだぜっ!」
「ようこそ、ルビニアンの町へ。楽しんでくれ」
立派なモブになれるよう、定期的にセリフの練習はしておこう。
どこに配置されるかわからないし、今やゲーム世界の一員となった。
曲がりなりにも人生ベテランの域。与えられた仕事はこなしてみせるぞ。
その後、徘徊しながら町民から話を聞いていたら、有力な情報を入手できた。
「リリーの酒場にいってみな。情報が聞けるよ」
「ありがとう」
この世界の情報も重要だが、酒が飲めるとあれば行かない選択肢はない。
昨日はかなり久しぶりの休肝日だった。
足取り軽く教えてもらった酒場に向かうと…。
「なんてこった…」
どうやら営業は夜からのようだ…。
夜勤明けの兵士とかいるだろうに…。
昨夜、行っとけばよかったな。