1 知ってる世界?
「懐かしいな。まだ売ってるのか」
ゲームショップで手に取ったのは、小学生の頃遊んだソフト。
当時、一世を風靡した大ヒットゲームで、勇者が仲間と協力して魔王を討伐するという一昔前の王道RPG。
本屋に寄って新刊をチェックするついでに、暇つぶしで同階に隣接する中古ゲームショップを徘徊していて発見した。
友人や兄弟と一緒に遊んだ記憶が蘇る。コツコツレベルを上げて、少しずつ攻略してた。何十時間もかけてクリアした。
ただ、シナリオはまったくと言っていいほど覚えてない。呪文やアイテムなんかは、ぽつぽつ思い出せる程度。
年齢を重ねると、楽しかったことは直ぐに思い出すのに、悲しいかな内容は朧気。残念なのは俺の脳みそで、しっかり記憶も劣化してる。
歳も40を過ぎた独り身。これといった趣味もなく時間を持て余してる。
…とくれば。
「久しぶりに遊んでみるか」
買ってもまずやらない。高確率で『買っただけで満足』パターンになる。こういうの、『オジサンホイホイ』って言われてるんだよな。
中年は復刻版と銘打たれたレトロなモノ全般に弱く、飲み物やお菓子などとりあえず手に取って買ってみるものの、懐かしいと言えるほど味を覚えてなかったり。
リメイクされた映画も、面白かったという記憶だけが残っていて、内容自体は覚えてない。前作との相違点がわからないことも多々ある。
老いを感じる今日この頃。このゲームも新作かのように遊べる自信あり。わかっているけど、ここで出会ったのも縁。
時間と経済的な余裕があるので、買ったり観るのをやめられない悪癖。たとえ無駄遣いだとしても、止める者もいない悲しさよ。
「ありがとうございましたぁ~」
ゲーム機本体も一緒に購入して店を出る。
最近では、互換性のある本体が売ってるんだな。知らなかった。
海外製で違法な雰囲気ありあり。でも、公然と販売しているのだから、買って遊ぶのはオッケー…なはずだ。きっとそうに違いない。
アパートに帰り着いて、まずはゲーム……と思いきや腹ごしらえから。
買ってきた幕の内弁当のおかずをつまみに、冷蔵庫に常備しているレモンサワーを1本飲み干す。
もうちょっとだけ…の2本目。最後にしよう…で3本目。
いつの間にか爆睡してた。
目を覚ましたら外はすっかり夜。どっぷり更けている。1日だらだら過ごしたことなど気にも留めず、シャワーへ一直線。
「ふぅ…。さっぱりした……ん?」
部屋に戻って、無造作に置かれた紺色のビニール袋が目に付く。
そういえば……とゲームを買ってきたことを思い出した。
「中途半端に寝てしまったし、暇つぶしにはなるか」
また眠気が襲ってくるまでやってみることに決め、まずは本体をセットすることから。
付属してるケーブルは、現代のテレビに合った配線。昔はカッターでケーブルを剝いたりしてた。RFスイッチってまだ存在するんだろうか?
どうにか繋いでソフトを本体に差し込み……スイッチ…オン!
「なっ…つかしいな」
少ない和音で構成されたオープニング曲が脳に染みる。PSG音源の良さは色褪せない。現代の子供や若者には「しょぼい」と言われそうだけど、思い出補正も加わってなんともいない名曲感。
チープに感じられても、昔は最先端だったんだ。関係ないのに、ガラケー初期に本を見ながら着メロ作りにハマってたことを思い出す。
タイトルとスタート、コンティニュー程度しか表示されないシンプルなオープニング画面。美麗なムービーなんてなくても世の少年達は心躍った。
…と、様子がおかしい。
「なんだ…?」
流れるBGMが、急に狂いだす。
音が突然切れたり、間延びしたり…。心霊現象のようにタイトル画面も歪む。
「ソフトが不良品だったってことか…?それとも本体…?…おっわぁっ!?」
ソフトの差し込み口から、とんでもない量の煙が吹き出した。粉末消火器を噴出したくらいの勢い。
「げほっ…!とりあえず窓を開けないとっ…!」
煙を吸いすぎて、頭がクラッとする。
ヤバい…。
部屋の中が濃霧みたいに視界がゼロで……身体が……動かない…。
いくら不良品でも……煙、出すぎだろ…。
★
「…火事だっ!!」
勢いよく目を覚ますと、快晴の下で原っぱに寝そべっていた。
明らかに俺の部屋じゃない。
…ここ、どこだ?
近所の公園…じゃないし、そもそも部屋の外に出た記憶がない。煙を吸って倒れたとこまでは覚えてる。
…ってことは、まだ夢の中か?
とりあえず起き上がって服の汚れを払う。
「…なんだこりゃ!?」
自分の身体を見ると、安っぽい布の服を着てドット絵になってる…。
ただの四角いブロックじゃなく、結構細かい造形でまるでゲームのキャラクター。明らかに現実じゃあり得ない。
やっぱり夢か…。それにしちゃ妙にリアルな気がするけど。
「…ん?」
傍に木の棒切れが落ちているので拾ってみると、妙にしっくりくる。
ガサガサッ…。
「なんだ?」
草むらでなにかが動いた。
目で追うと、草をかき分けながらこっちに移動しているのがわかる。
「……はぁっ?!」
草むらからピョーンと飛び出したのは、青色の大福フォルムでお馴染み……スライムだ。
ゲーマーなら知らない者はいない有名モンスターと突然の邂逅。ぷるぷる震えるスライムと対峙するのは、棒切れを握りしめた四角で象られたオッサン。
端から見れば、さぞシュールな光景だろう……なんて余裕をかましていたら、スライムの体当たりを食らう。
「いってぇ!」
見事な跳躍で顎にクリーンヒット。目の前がチカチカする。水を極限まで詰め込んだ硬い風船がぶつかってきたような…。いや、鏡餅に近いか?
「痛いってことは……夢じゃない…?」
一体どうなってんだ?まさか……ゲームの世界に迷い込んだ……とか…。
そんなことあり得るのか?小説じゃあるまいし、いくらなんでも現実離れしすぎてる。
「…あっぶなっ!!」
再びスライムが体当たりしてきたのをどうにか躱して、握った棒切れを叩きつけた。
反撃に怒ったのか、跳びはねるスライムとの緊迫感のない戦いは続き…。
「しつ…こいぞっ!!」
俺なりの会心の一撃でスライムは消滅した。どうにか倒せた…のか?
「はぁ…はぁ…。疲れた…」
スライムが消えた後、キラッと光るモノが目に入ったので拾ってみる。
「硬貨っぽい…ってことは報酬…」
モンスターを倒して経験値と金を報酬として得る。
この流れは…知ってる。にわかに信じ難いけど、やっぱりゲームの世界なのか。
身体を動かした感覚や、受けた痛みは現実そのもの。仮想現実だとするなら、よく出来過ぎていて気持ち悪いレベル。
「とりあえず……泣き喚くような歳でもないし、いろいろと調べてみるか」
深く考えても仕方ない。妙なシルエットでも、身体を動かすのに不便もない。なにより、酔ってもいないのに1人で喚き散らす中年は見苦しいことこの上ないと思える。
まず自分の置かれた状況を把握することから始めよう。情報収集のタメに人に出会うことが当面の目標。
この世界がとんでもない場所でないことだけ祈る。