未亡人バニーガール
私は因幡美月。40歳の未亡人だ。17歳の娘がおり、来年大学に行けるかの瀬戸際である。
私の夫は二か月前に交通事故で亡くなった。仕事がうまくいかず酒に酔った挙句、道路に飛び出して普通自動車に撥ねられたのだ。
運転手はすぐに救急車と警察を呼んだが、夫は数時間後に死亡した。運転手は中年男性で仕事の帰りだったそうだ。
正直なところ夫が亡くなっても悲しいとは思わなかった。いつも私と娘を罵り、毎晩酒を飲んで帰ってきては私たちに暴力を振るっていた。私が働こうとすれば俺に恥をかかせるのかとヒステリーを起こすくらいだ。
短大を出てすぐ結婚したが、愛情らしいものはなかったと思う。男は仕事をして女は家を守ればいいという化石時代のような考えの持ち主だった。
運転手は慰謝料を払ってくれたのでとりあえず生活は困っていない。むしろ心苦しいくらいだ。刑務所に入ったが、奇麗な身体になって帰ってきてほしいと願ったくらいである。
それに保険金も降りたので問題はなかった。
だからといって働かなくてはならない。お金はすぐ羽根を生やして逃げていくからだ。
夫の実家は葬式の時に息子を殺した嫁なんか縁切りだと言って、絶縁したまま。女の後継ぎなどいらんと吐き捨てられた。
私の両親はすでにおらず、頼れる親戚もいなかった。
逆に夫が勤めた会社の取引先の社長さんが職を斡旋してくれたくらいだ。
「ぐへへへへ……。奥さんよぉく似合っていますよ」
ここはとある高級クラブで私は社長さんの隣に座っている。私より一回り大きく、山のようだ。頭は剥げており、眉がなく瞼が腫れている。鼻は丸く唇は分厚い。容姿はそれほどよくはないが、威圧感がある。夫より迫力があると思った。
この人は食品関係の会社を経営しており、高級クラブは社長さんがオーナーを務めているらしい。
私の姿はバニーガールであった。社長さんは私にバニーガールになれと勧めたのだ。
娘は勉学に集中させたいので私一人だ。
正直40過ぎた私に、バニーガールはきつすぎると思う。
胸はメロン並みに大きいし、腰はくびれているが、子供を産んだのでお尻は大きい。網タイツを穿いているがいるがその上にパンストも穿いていた。こうすることで足がテカテカに見えるらしい。ただトイレに難儀するのが玉に瑕だ。
青とピンクの柄が付いたうさ耳とバニースーツだ。バルーンと言う柄らしい。新人バニーはこういった柄付きの物を着せられるそうだ。
黒や白のバニーはチーフでバニーたちのまとめ役だという。これはクラブの支配人から説明を受けた。
「恥ずかしいですわ。それに働くのは初めてなので粗相をしないか心配で……」
これは本当だ。私の学校はお嬢様学校なのでバイトすらしたことがなかった。短大でも実家通いだったから金を稼ぐ必要もなかったのだ。
逆に私がバイトをしたいと言ったら、両親は烈火のごとく怒りだす始末だった。
「ですがあなたは働く意欲がある。大切なのはそれですよ。それに奥さんは色んな資格を持っているではありませんか」
私は通信教育で資格は多く持っていた。だが役立てる機会がなく、宝の持ち腐れであった。
「でも役に立ちませんわ。それよりも社長さんには感謝しております。私に職を斡旋してくれて……」
「なんのなんの。私は一目あなたを見て気に入ったのですよ。あなたのような人がバニーガールになったらどれほど素晴らしいかとね……」
社長さんとは自宅で会ったことがあった。夫が連れてきたのである。夫は自分以外の男と会うのを嫌っており、外出すら滅多に許さなかったのだ。
社長さんとはお酒を飲んだが、夫とは違う圧迫感に惚けていたが、帰宅した後夫は私を殴った。男に色目を使うんじゃないと腹を何度も蹴った。夫は非常に子供っぽく、些細なことでプライドを傷つけられるのが耐えられないのだ。
社長さんには叱られたことが多く、そのうっぷん晴らしを私にするのである。
「まったくあの男はよくありませんな。自己中心的すぎていけません。遠からず勤務先を首になっていたでしょうな。亡くなったのは幸運と言えますね」
私は何も言えなかった。すべて社長さんの言葉通りだからである。正直なところ夫を交通事故で殺した人に感謝したいくらいであった。しかし周りは夫を失った可哀そうな未亡人として過ごさなければならない。夫の死を喜べば私は悪魔扱いされるからだ。
「その話は忘れましょう。しかし奥さんの胸は素晴らしいですなぁ。あふれんばかりの乳房、ちょっと立ち上がって後ろを振り返ってもらえませんか?」
社長さんに言われて私は立ち上がった。網タイツに包まれたお尻を見せる。スーツが食い込んで痛い。
「ほっほっほ、素晴らしいお尻ですなぁ。子供を産んだ経産婦にしか出せない味わいがありますねぇ。ほっほっほ」
社長さんは嬉しそうだ。品がなくグラスに注がれた酒を飲みながら、私をじろじろ見てくる。
周囲には私と同じバニーガールが席に座っていたり、周囲に立っていたりしている。
立っているのは暇な人たちだ。店内を華やかに見せるためらしい。立つだけなら楽ではないかと思うだろうが、立ちっぱなしは結構きついのだ。ハイヒールも履きなれていない頃は靴擦れを起こしてとても痛かった。働くとはこういうことなのだなと、私は感動したくらいだ。
だが社長さんの望みはわかる。恐らくこの人は私の身体が欲しいのだ。他のお客さんも若いバニーもいいが、私のようにぽっちゃりしたバニーもいいらしい。
私とてこの手の店がどういうものかわかっている。恐らくは私の身体を楽しみたいのだろう。
娘に手を出されないだけましだと思っている。
「あの、社長さんいいでしょうか?」
「ん? 何かね?」
「私とはいつ楽しみましょうか。いつでもこの身体を捧げます」
すると社長さんの目が険しくなった。不快感をあらわにしている。なぜこの人は怒っているのだろうか?
「奥さん、この店はそういう店ではないのです。あなたのようなバニーガールを眺めて、お酌してもらうためにあるのです。あなたは頭の中はピンク畑で出来ているのですか?」
厳しい口調であった。そしてこほんと咳払いをする。
「とはいえあなたは私の勧めで働いてる。そういった見返りを求めてられてもおかしくないという気持ちはわかります。そもそもバニーの姿になったらなおさらですからね」
一転して私を諭すような口調になった。声色も優しい。
私は社長さんの行為を邪推していたことを恥じた。
「奥さんが不安になる気持ちはわかります。しかしバニーガールと寝ることはありませんね。あれはプロでなければできませんよ。所謂コスプレでの行為は特撮映画みたいなものだと考えてください」
「プロでございますか?」
「そうです。私も若い頃は服を着たまま遊ぶことを夢見ましたが、現実は厳しいものでした。素肌に衣服はちくちくして傷むのですよ。それにバニースーツは着てわかると思いますが、胸の部分はコルセットで、簡単には胸は捲れません。そして股間の部分もこすれます。素人には耐えられないのですよ」
社長さんが説明してくれた。コスプレでの行為は素人が思っているほど痛みを伴うらしいのだ。
着たまま行為を行えるのは、プロの男優以外ありえないという。
「私はあなたのように美しく、バニー映えする女性が日々の労働でやつれていく姿を見るのは忍びないのです。なので私はこのクラブを作りました。世間の恵まれない、バニーに相応しい女性を集めたのが、このクラブなのです。ちなみに支配人は私の同志であり、チーフは私の愛人ですよ」
衝撃の事実であった。そういえば私は社長さんの推薦で働きに来たけど、同僚たちは優しく迎えてくれた。逆に客に舐められないよう厳しくするように指導された。
てっきりいじめられると思っていたのに拍子抜けだった。
だけど謎が解けた。ここで働く人たちはみんな社長さんのおかげなのだ。社長さんに救われた人たちなのだ。
それがわかっただけで満足だ。私は夫との出会いは不幸だったが、その縁で社長さんに出会えたのだ。
私はこの幸福を噛みしめた。
☆
後日、娘がバイトをしたいと言い出した。しかもこの店で。社長さんは許可してくれた。いざとなれば支配人とチーフが助けてくれるからだ。それに在籍しているバニーさんには大学を出た人もおり、休憩時間には娘の勉強を手伝ってくれている。
こうして私と娘、親子で出勤することとなった。
「ほっほっほ、母と娘のバニーガールは最高だなぁ!!」
社長さんは接待相手を連れてきて、私たちを席に呼んだ。
私と娘の胸をのぞき込んでは興奮し、私たちの後姿を見ては鼻息を荒くする。
その癖私たちには指一本手出しをさせない。酔った接待客が触ろうとすればすぐに社長さんが止めてくれる。
この人は本当にバニーガールを愛しているのだなと思った。
当初はノクターンノベルズにしようと思ったが、やめました。
バニーを愛でたい人はバニーと寝たいとは限らないからです。
基本的に直接的は単語は使わないようにしましたね。