声は今も聞こえないまま
プロローグ
ずっと声だけを探してる。美化されないままの思い出を、綺麗に着飾ろうと努力して。24時まで君を思いかえす。明日になれば何かが変わるのかな。
remind1
「桜の花は入学式には間に合わないものだよねー」友人の萌衣が明るい弾んだ声で言った。
蕾を膨らまして風に揺れる桜の木の下を、緊張や期待を含んでいるだろう様子の生徒達に混じって、まだ硬くクリーニング屋の匂いが残る制服に身を包んだ私は、萌衣と共に今から入学式が行われる体育館に行った。
体育館に入るとブワッと空気が変わった気がした。予め指定されている席に座り周りを見渡す。萌衣は出席番号が早いから席は離れているみたいだ。隣の人は気難しそうな顔をしているな。前の席の女の子は髪の毛がきれいだな。そんな事を考えながら校長先生の祝辞を聞き流していた。
開け放している窓から爽やかな風が通り抜ける。新しい人間関係。新しい環境。これから新しい生活が始まるのか。ワクワクする気持ちと共に不安がちらりと顔を覗かせる。
『本当は好きじゃない』泣きそうな顔で私を見つめる少年の顔は、もう思い出せない。
私はぐっと唇をかみしめて、思い出してしまった不安を飲み込んだ。もう遠い小学生の頃の記憶なのに今でも耳にベッタリと張り付いている。幸人はこの学校にいるのだろうか。私は首を振って思い出に沈まないように入学式に集中しはじめた。
ちょうど先生の話も終わり新入生代表の挨拶が始まる頃だった。
「新入生代表。佐竹匠海。」メガネの長身の先生がよく通る声で言った。
「はい!」
新入生代表は男子なのか。私は何故か聞き馴染みのある声に違和感を感じて新入生代表の男子の姿を探した。あ、いた。あっちは1ホームの方かな。新入生代表はやや遅れて壇上に登った。
「桜の花も咲き始めてきた頃に…」
少し高めの声は私の耳にスッと入ってきた。真面目そうな雰囲気の新入生代表の黒髪はサラサラで、短髪の下にある意志の強そうなキッとした眉毛と瞳は教職員の方々に向けられている。横顔からわかる顔の良さに私は内心ホッとした。顔なじみにあんなイケメン男子はいなかったからだ。
教職員への挨拶が終わると今度は私達新入生に向けて話し始めた。前から見るとさらにイケメン具合がわかる。高身長なのにあまり威圧感を感じさせない人懐こそうな顔は人気が出そうだ。まぁ新入生代表やってる時点で人気が出るのは当たり前だろうがな。私は彼の姿をじっと見つめた。あの懐かしさはいったい何だったんだろうか。結局新入生代表の挨拶が終わっても私は謎を解くことが出来なかった。私はその後もぼーっと話を聞き流しているうちに入学式は閉会された。