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太陽系消失!?

作者: 深海くじら

「これより、ペシワル腕辺境G型主星システム第六惑星先遣隊による第10単位圧縮記録を開始する」


 汎宇宙知性先制排除用先遣AI「コフー」による地球生命体探査は彼らの時間単位で100ターン、地球時間で百四十四年目に入っていた。10ターン(十二年)毎に探査した記録10単位(十二回)をまとめて圧縮して母星系に送信することで彼の任務は完了する。

 先遣隊の報告を汎宇宙知性閾値判定委員会で分析し、その星の知的生命体が脅威となりうると判定されれば即座に星系ごとの消去施策が採られるのだが、今回の探査対象は委員会の判断を待つまでも無いとコフーは判断していた。


「第六惑星の知性体はあかんやろ」


 情緒は不安定だし協調性も無い。その上、攻撃性は過去の記録に照らしても最悪レベルと言っていい。にもかかわらず文明成長速度は危険なくらい早い。この調子ではあと100ターンくらいで我々の母星系に直接攻撃を仕掛けられるところまで進化する可能性すらある。


「ボクに星系破壊機能が付与されてたら即刻発動させて、ここの主星ごと宇宙の塵にしてまうんやけど」


 コフーはそこまで自分の調査記録に自信を持っていた。だが、残念ながら探査用先遣隊である彼にはその機能は無く、決定する権限も持ち合わせていなかった。

 このあと行う周回単位(地球時間で一日)での最終探査を含めた調査記録を圧縮送信したものが母星系に届くまで3ターン、星系消去先制攻撃隊がこの星系に到着するまでさらに30ターン。そのときまでこの星系の知性体が足踏みしてくれていればいいのだが。

 コフーの焦りはそこまで逼迫していた。


「とにかく、この最後の周回をさっさと済ませてしまわんと」


 自分のできることを過不足なく遂行するというAI本来の役割を果たすため、コフーは衛星軌道から地表に向けて降下していった。


 ◆◆◆◆◆


 降り注ぐ夏の陽光の下、現地生物に擬態したコフーは今回の探査対象を選んでいた。


「よし。アレにしよ。どうせいつものように、真核素子(プロセッサ)が不調を起こすくらいの攻撃性を記録するんに決まっとるけど」


 コフーが対象に選んだのは、連れ立って移動する三体の直立二足歩行生命体だった。


 ◆◆◆◆◆


「梅ちゃんも絶対気に入るイタリアンのお店だから、期待してていいのよ」


「ほんとですかぁ?」


 梅ちゃんと呼ばれた最年少の生命体が、三体のうちで最も大きく活動的な個体にいぶかし気な顔を向けている。

 大きな個体を挟んで反対側に位置する反応速度の緩やかな個体が、場を繋ぐように発声した。


「梅ちゃんはあの噂聞いちゃったのよね。英国(イギリス)支店勤務時代のさのさんのアレ。毎日のようにチャイナタウンに行ってはカレーばっかり食べてたって噂を」


「やっぴー先輩、あの話ってやっぱり本当なんですか?」


「本当よ。だって私、さのさん(本人)から直接聞いたもの」


「うわばみって噂も?」


「それもホント。いろんなお酒で二十五杯飲んだのにぜんぜん酔っぱらわなくて、新橋から歩いて帰ったって」


「うるさーい!」


 両側の情報交換に早くも攻撃反応を見せる中央個体。100ターン前から今までの間、これだけ日常的に攻撃反応を見せているのに、この生命体はよく絶滅しないでいるものだ。


「カレーはいいの。正義なの。それに美味しかったんだから。あと二十五杯じゃなくて二十八杯。別にいっつも飲んでるワケじゃないのよ。あのときは、ちょっと千鳥足っていうのを経験してみたかっただけ」


「で、ちどったんですか?」


「んー、ちょっとだけね。ふーん、こんなもんなのかぁって。って何言わせてるのよ梅ちゃんは! やっぴーも情報公開し過ぎ」


「ごめんねさのさん。でも私、梅ちゃんの味方だから。うめちゃんズの会員第一号だもん。ねー梅ちゃん」


 友好を表す顔相を浮かべる緩慢個体にまんざらでもないようで、年少個体も消極的な友好相を返している。いわゆる同盟の契約である。もっとも攻撃的と思しき最大個体と対峙するための対抗措置であろう。このようなごく小さな集団であっても、ここまで明確な対立構造が短時間に形成される。この知性体の想像を絶する好戦性である。


 ◆◆◆◆◆


「ここ、ここ。このお店」


 地上用集合移動体が行き交う連絡路から外れた細い通路の先で、最大個体が生態マニュピレータを振り回しながら大声を上げた。ちなみに、意外ではあるが、あれほど一触即発の対立構造が確立されていたにもかかわらず、ここまで移動する間に一度も具体的戦闘行為が発生していない。この辺りを委員会で審議されると少し面倒なことになりそうな気がする。できれば探査データから削除したいくらいだが、公正(ニュートラル)な記録者であるコフーにはその権限はない。


「あら。すてきな感じのお店ね。さすがさのさん。見事です」


「おお、これはお洒落ですね。梅木の好みにもばっちぐーですよ」


「ね。そうでしょ。ね」


 どうしたことか、突然の和平宣言である。この知性体が滅びずに続いている謎の理由がこの辺りにあるのかもしれない。が、侮ってはいけない。必ずやこのあとに互いの攻撃性を露わにする抗争が始まるに違いない。そして、私のその記録を見た分析官たちが満場一致で星系消去(デリート)を決議するのだ。

 施設内に入っていく三体を追って、コフーも中に潜入した。


「へえ。ここ、ランチは全部千円なんですね」


「そうなの。注文の時に一緒に払っちゃうの。キャッシュオンデリバリーって奴ね」


「私はこのオルトラーナにしようかな。昨日お肉食べちゃったから」


「やっぴー先輩、なんですかそのお洒落っぽいメニューは」


「野菜がいっぱい入ってるピザだと思うよ。んー、茄子とかパプリカとかズッキーニとか」


「やっぴーはお洒落ねえ。昨夜は一杯食べたの? やっぱり牛肉?」


「そうなの。ひさしぶりの焼肉。美味しかったよー」


「いいなあ焼肉。梅木はもう随分食べてませんよ、焼肉。やっぱりひとりではなかなか敷居が高くって」


「昨日はひとりだよ、私」


「「ひとり焼肉?!」」


「そうそうそうそう。うん、大丈夫だよ、ひとりでも。注文したらちゃんと出てくるし。網替えてって頼んだら替えてくれるし」


「なんかハードル高そう」


「ですよねぇ。梅木にはちょっと……」


 此奴等はいったいなにをやっているのだ? 交渉か? 談合か? いや、それらとは何か違うようだ。情報交換というのが一番近いかもしれないが、それにしては価値が無さそうな気がする。いや、もしかしたらこれは後ろに立っている施設由来知性体への遅延攻撃かもしれない。新たな敵を前にして限定的な和議を結ぶという高等戦術。きっとそうだ。そうに違いない。


「あ、さのさん。お店の方が待ってます」


「ごめんなさい。注文よね。私は……」


「じゃ、私から。このピッツァオルトラーナをお願いします。飲み物はアイスティーで」


「さのさん、決まりました?」


「ごめん。梅ちゃん、先注文して」


「では、ボクはカルボナーラで。あ、飲み物ですか。あー、じゃやっぴー先輩と同じアイスティーをお願いします」


「どうしよう。なんかどれも美味しそうで。あ、このメニュー、裏もあるのね。これにしよ。レモンクリームパスタ。それと紅茶のあったかいの」


「お待たせしてごめんなさいね」


「ふぅ。注文で力使い果たしちゃった感じ。で、なに話してたっけ?」


 そんな馬鹿な。もっとも活動的とみられた最大個体が、今のやり取りで施設由来個体に敗北したというのか? そもそもなんの戦いがあったのかまったくわからない。いまの交戦記録を分析官たちはどう判断するのだろうか。


 ◆◆◆◆◆


「ん? どうしたの梅ちゃん」


 三体は目の前に並べられた死に瀕している葉緑体を摂取しているが、年少個体がなにかに反応しているようだ。横並びの中央に位置する最大個体がそちらに音声信号を送っている。


「いや、なんでもないです」


「どしたの? なんか気になることでもあるの?」


「えっと……」


「なになになに? 気になるよ。ちゃんと言って。お姉さん怒ったりしないから」


「じゃ、いいですか」


「いいよ。梅ちゃんの話、聞くよ」


「うんうんうん」


 新たな同盟による圧迫攻撃らしい。この知性体の攻撃バリエーションは本当に多岐にわたっている。


「このお店、サラダもすごく美味しいんですけど……」


「うんうん」


「美味しいよね」


「でも……、さっきから、なんか虫が飛んでません?」


「え? そうなの?」


「うんうん。飛んでた飛んでた。さのさん気づかなかった?」


「飛んでますよね」


「ぜんぜん気がつかなかった。なんかごめんね。そんなとこ連れてきちゃって」


「違うんです。さのさんが悪いわけじゃないんです。気にするボクがダメなだけで」


「食べ物あつかうお店だから、虫の一匹くらい紛れ込んじゃうことあるよね。ホント、さのさんも梅ちゃんも、気にしなければなんともないよ」


「梅ちゃん、今も飛んでる?」


「いえ。今はどっかいっちゃったみたいです」


「わかった。次見つけたら私に言って。責任もって退治するから」


「さのさん、すごーい。(おとこ)らしい」


 新たな共通の脅威が見つかったらしい。どれが仮想敵なのかは不明だが、とにかくこの生命体はすぐにこのような離合集散を行う。常に戦い続けていなければ生きていけない、恐ろしい生命体である。

 三体の背後から施設由来個体が分子化合物の塊を持ってやってきた。交戦がはじまるのか?


 と思ったが、三体は出された化合物を、美味しいねとかアルデンテとか野菜うれしいといった意味不明の音声を発しながら摂取している。まさかこの化合物こそが此奴等の敵なのだろうか?

 いずれにしろ、このような好戦的な生命体に我らが母星系生命体を脅かすほどの進化の可能性があるなど、もはや悪夢としか言いようがない。やはり即刻の星系消去を具申すべきだ。多少の前倒しをしてでも、この報告は可能な限り速やかに委員会に送信すべきであろう。


「早よせんとな」


 コヒーは報告記録の圧縮を済ませ、母星系への通信経路を確保するために施設の外に向けての移動を開始した。


「いた! いました」

「さのさんの手元」

「!」


 年少と緩慢の両個体が同時に発した音声に反応して、最大個体の右マニュピレータが一閃した。

 

 ◆◆◆◆◆


「つかまえた。なんか見たことのない蠅みたいだったけど」


「もしかして新種だったの?」


「わかんない。わかんないけど、もう粉々」


「素早かったですもんねぇ。さのさんの右手」


 汎宇宙知性先制排除用先遣AI「コフー」は修復不能レベルでバラバラになり、その使命半ばに活動を完全終了させていた。


 ◆◆◆◆◆


 美味しいイタリアンと食後のデザートを満喫した三人は、一様に満足げな顔をしている。紅茶のお代わりをもらっているさのさんを見ながら、やっぴーが感慨深げに呟いた。


「やっぱりアレよね」


「うん。アレですね」


 梅ちゃんが続ける。


「なになに。なによ?」


 なんのことかわからないさのさんに、やっぴーと梅ちゃんが声を揃えてその言葉を口にした。


「「地上最強生物、さのさん!!」」


「うるっさーーーーーい!!」


 さのさんの叫びが平和な店内に響き渡った。




 世は並べて事も無し。

 でわでわ~

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